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ガラージ  作者: 空き巣薔薇 亮司
第1章 ヴィルマの殺人鬼
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第9話 予想外!

 正面。一心不乱に逃げる男が1人。


「くそっ!」


 毒突き、息を吐き散らし走るその姿は街の衛兵の装備。対応を見るにバーム竜滅戦士団ではなく、この街の兵士だろう。


 そして、背中を追いかけるのは俺と横に並走するアルチョムの2人。距離は徐々に縮まるため、すぐ追いつくのは明白だった。

 それからアルチョムに


(俺がやる)


 そう言わんばかりの視線をくれると、奴は頷く。


「よし」


 それを見届け呟くと急速に速度を上げ、追いついたその背中に跳び蹴りをかました。


「ぐえ゛っ」


 潰れた蛙のような声。

 前のめりに倒れたその背中を即座に踏みつけにし、かがんでダガーを突き刺す。

 丁度心臓を貫き吹き出す鮮血を避け足を退けると、まだ生命の痕跡を保ち死体は痙攣を繰り返していた。


「いっちょ上がり」


 最早その一連の流れに何の感慨も覚えない。つーか、疲れた。


◆◆◆◆


 順を追って話そう。


 集結した警備を一網打尽にした俺達は、その後遅れて集まった数人の兵士達を斬り殺し、廊下の奥へ進んでいた。


 外観を見た時点で何となく気付いていたが、この屋敷は無駄に広い。本館でこれだけとなると、3棟合わせたらかなりの坪数だろう。

 そんな場所で散発的な戦闘を繰り返し、俺は疲労が溜まりつつあったが余裕綽々のアルチョムがいる手前、弱音を吐く気にはなれなかった。


 で、ちょうど追加の兵士が途切れた中、たまたま遠くの方でこちらを見て動けないでいた男を見つけ、こうして追いかけ殺したのだ。


 以上がここまでの流れ。


(あーっクソ。新調した装束がもうベトベトだ)


 ここまで散々殺し、相応に血で汚れた袖を見ながら思う。自分で買ったものじゃないが、それとこれとは別の話だ。


 そして、俺がそれだけ汚れているのだから、数十人もの飛び散った血液や肉片で汚れまくった館内の有様は酷いものだった。


 ベタベタの壁、血の池と化した床は、まだ綺麗にできるだろう。

 だが、シャンデリアになぜか眼球が引っ掛かっているのを見つけた時は少し吹き出してしまった。


 あれはどうやって掃除するんだ?


 だが、最も取り返しが付かないのはやたらと高そうな美術品の数々だ。

 廊下や広間に一定間隔で飾られていたが、陶器や彫像はもちろん粉々。絵画なんかは血で塗れて何が描かれていたか分からない始末。


(これ、全部弁償したら幾らなんだ?)


 辺りを見回しそう思う。

 俺自身、エトセラムから大金を要求された経験のせいで、そこが気になった。


 そしてもう1つ気になること。

 美術品が壊れたことを気にするぐらいなら、もっと人の死体を気にするべきじゃないか?

 ということ。


(いや……)


 プレイヤーは死んだらキャラクターを失い(ロスト)、また作り直し1から始めるのがこのゲームの死の仕様。

 だが、死んでもやり直せる事を思えば、人の命など軽く、美術品の方がよほど価値があるだろう。


(何ともまあ、無情な世界だ)


 なら、俺のやってることは何とも安上がりな趣味だ。これこそまさに、ゲームの醍醐味と言えるだろう。


◆◆◆◆


「全滅?」


 息も絶え絶えに部屋へ駆け込んで来た部下(名はカガリ)を前に、バッカスはその言葉から後が続かなかった。

 あまりに常識外れの事態に言葉を失ったのだ。


 同様に驚愕の表情を浮かべるメイソン。

 彼の、のっぺり顔は表情が分かりにくいが、それでも明白に判るほどだ。

 そして彼とは相対的に分かりやすく眉間に皺を寄せるイイダ。普段のヘラヘラした印象は消え去っている。


 いま部屋にいるのはこの4人。

 一様に事態の深刻さを受けお通夜ムードだ。


 それから数秒経ってバッカスはようやく冷静さを装い始めた。

 ようやく息が整ったカガリを落ち着かせ、改めて詳しく話すよう促す。


 彼の話をまとめるとこうだ。

 黒装束の男と大柄な男が、たった2人のみで屋敷本館に侵入。夜警からの報告が途絶える異常事態を受け、予備のメンバーを連れ街に繰り出そうとしていた3番隊副長バルバドと遭遇。

 それから交戦した結果バルバド含め、見た限りそこにいた団の大半が死亡。下手人は警備との交戦を繰り返し館内を進んでいる。


 以上。


「その黒装束の輩は『ヴィルマの殺人鬼』だとして、その大柄の男について何か気付いたことは?」


 話の全容を聞き質問に入る。

 それからカガリは少しずつ少しずつ、思い出すように話し始めた。


「……恐ろしく強いことしか。一応、襲撃者はその2人でしたが、ほとんど、その大柄の男のみで戦っているようでした。」


 唸りつつ、頷くバッカス。


「後は……そうだ。気のせいかもしれないですが……」


「何だ、言ってみろ」


「その、この部屋に一直線に向かっているようでした」


「何……?」


 ここで1つ補足を挟むと、彼、カガリはあのアルチョムの殺戮騒ぎに参戦していない。

 騒音を聞きつけ同僚と3人で駆け付けたところ、廊下の先で遠目にその光景を目撃した。

 その後、廊下を進んで来たガラージとアルチョムの2人と交戦。

 予め、あの光景を見ていたこともあり、カガリは即座に伝令へ向かい、今に至るわけだ。


「どうにも館を進む様に迷いが無い様な、そんな感じです」


 この報告を受け、バッカスは顎をさする。


 それは完全に想定外だった。

 話が正しければ館内の構造に詳しい者が情報を流した可能性が高い。

 そもそも、なぜ今日この日を選んで襲撃を仕掛けたのか意図が掴めない。


 わざわざ警備の厚くなるこの日を。


 裏で糸を引く奴がいたなら、その情報を掴んでいないと考えにくい。


 そもそも、自分達は殺人鬼の討伐に来たはず。それがなぜ、こんなことに……


(とりあえず、『ヴィルマの殺人鬼』は単独犯で間違いない。やり口の稚拙さからそこは確定。とすると、考えられるのは……第三勢力の介入か?だとしたら目的は……?)


 ここで、1つ天啓のようにひらめく。


「……俺たちに黒星を付けることか」


 ボソリと呟く。

 何もありえない話じゃない。

 恨みなんていくらでも買っている。

 いや、理由は違うかも知れないが、そもそも確かな情報が無い為憶測に頼らざるを得ない。

 他の目的も考えられるが、まあその辺はどうでもいい。


 今できる最善のことを……


「カガリ。お前は市長と執事のおじさん引き連れて、どっか目立たない場所に隠れてろ。もし秘密の抜け道でもあるんなら、そこ通って逃げろって言っとけ」


 横からの口出しを防ぐため、今、市長と、その執事には私室に籠って貰っている。

 1人こちらの警備は付けているが、多分例の2人組相手には役立たない。


 外も伝令が来ないことを思えば安全ではない。なら、屋敷の中で隠れてもらったほうがいい。抜け道云々に関してはあったらいいな程度の話だ。


「はい!」


 気合いの入った返事を残し即座にカガリは部屋を出る。その背中を見送って、残り2人の部下。イイダとメイソンに目を向ける。


「イイダ、メイソン。お前らには先んじて襲撃者と闘ってもらう。階段で待ち構えてろ」


 メイソンは無言で頷くが、イイダは質問で返す。


「バッカスさんはどうするんです?」


「俺はここで待ち構える。ここの方が相手しやすいからな。」


 それからふと、イイダは部屋を見回す。豪奢な執務机にチェア。何か高そうな陶器に絵画や壺、本棚とそれに収まった分厚い本。


「ああ、なるほど」


 それだけでイイダは理解した。たった数ヶ月とはいえ、深い付き合いなのだ。

 相手の得意とする戦い方ぐらい知っている。


 そして、襲撃者は最短経路を取り市長の居所と思わしき場所へ向かっているので、絶対にこの部屋を訪れる確信がその場の全員にあった。


 それからメイソンは無言で、イイダは


「じゃ、行ってきます」


 そう言い残して部屋を去った。

 その背中を見てますます、こんな状況に追い込まれた自分の不手際が身に沁みた。


「くそっ」


 バッカスはこんな指示しか出せない自分にイラつく。そして何よりそれは例の襲撃者2人にも向けられていた。


 バッカス自身、現実でもゲームでも規律を重んじるタイプではないが、それでも超えてはいけない一線があると考える。


 特に、こんな迷惑をかける奴らはすべからく死んでしまえとさえ思っている。


 立場がある以上、そんな事はおくびにも口に出せないが。


 そして彼は行儀悪く机に腰掛けると目を閉じる。その様は瞑想するようで、この件の裏側、敵の正体など諸々へ意識が向けられていた。


◆◆◆◆


 その廊下の奥に階段はあった。廊下と同様に柔らかさを感じさせる赤い絨毯が敷かれている。

 俺の足の裏は血でベットリだから、それを今から汚すわけだが。


「ん?」


 階段の照明は壁の燭台だけだ。

 廊下と比べるとほんの少し暗い。

 だから、10段程上った先にいる2人は影の様に見えた。


(……)


 一旦鞘に収めていたダガーをまた引き抜く。

 アルチョムも同様に戦闘態勢。

 2人で横並びに進む。


 そして、段を登ろうかという手前に達したその時。


「止まれっ!」


 よく通る声。それは階段に佇む2人のうち、どこかのっぺり顔の男の方からだ。

 2人とも、視界の確保のためか顔面の開けた兜を身に付けている。恐らく、バーム竜滅戦士団の正式装備なのだろう。


 そして、もう一方は若い男。

 よく睨みを利かせた表情。


(どこかで……見たような)


 しかし、思い出せなかったので、その考えは捨てた。思い出せないなら重要じゃないはずだ。

 そして、2人とも既に長剣を引き抜いている。


(こいつら俺より強いかも……)


 確信に近い予感。

 もはや言うまでもなく臨戦態勢だ。

 だから、そんな状況でこそこそ話かけてきたアルチョムに驚いた。奴はどこまでいっても自分のペース。

 で、その話は要約するとこう。


「とっととケリ付けたい。サポートするから、お前はあの2人すり抜けて市長の居所へ向かえ」


 そんな耳打ち。

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