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邂逅

 本著者を手に取る読者は、変革する世界に取り残された、あるいは新常識をスポンジのように吸収することが求められている人を想定している。

 なので、少しでも馴染みのあるフレーズから始めさせてほしい。


 19XX年、地球は膨大な魔力に包まれた。


 超常現象を引き起こす魔法や特殊能力であるスキルが当たり前となり、混乱を迎えた社会に異世界“マナテリア”の発見が追い討ちをかけ、地下の大迷宮への対処が遅れた。

 大迷宮から魔物が溢れ出した『10.14スタンピート』は当時を生きた人々の記憶に強く刻まれている。

 市街地に乱入した魔物は、対抗する術の乏しい一般市民を捕食し、急速に被害を拡大させた。

 この悲惨な事態を目の当たりにした各国政府と異世界“マナテリア”は、一時的に過去の遺恨を水に流し、例外的に協力関係を構築することに合意。


 国籍を捨て、自らの良心にのみ従って活動する者たちは、いつしか危険を省みず命を賭して探索する姿から、『冒険者』と呼ばれるようになった。

 冒険者たちは活動の範囲を広げ、少しでも多くの被害者を救済する為に、独自の組織を構築。

 奇しくも、市民からの支持や政府からの理解を獲得し、国際的な組織『冒険者ギルド』にまで成長。


 冒険者ギルドは多額の費用と人材を使い、『10.14スタンピート』被害者、およそ八億六千万人の死者を蘇生させた。

 当時は宗教組織から反発や制裁措置を取られたが、今では極めて道徳的な行為であったと幅広い年齢層から支持されていることが、各国政府の調査により明らかとなった。


 各地を強襲していた魔物を再び地下の大迷宮に封じ込める事に成功した冒険者ギルドは、各国に支部を配置し、内部の調査と監視、魔物の討伐を第一の目標に掲げて今もなお活動を続けている。


 ────『変革する日本、新たなる常識の創造』





◇◆◇◆◇◆◇◆




 地下の大迷宮の発生と魔法やスキルの発見は、既存の科学技術を大いに飛躍させた。

 半導体の素材となる結晶シリコンは、地下の大迷宮で湯水のように湧き出し、かつて半導体不足によって販売を停止していた非接触型のカードは、今ではワンコインで購入できるほど値下がりした。

 異世界“マナテリア”から持ち込まれた魔法の技術や、日本政府の打ち出した国民総スキル活用事業の影響により、各業界の人手不足や後継者の不足は解消された。

 しかし、その全てが良い出来事だったと結論付けるのは早計である。


 迎えた2000年代では、スキルや魔法を利用した犯罪の増加と凶悪犯による連続的な犯行、異世界“マナテリア”から移住した他種族によるテロ活動など、例を挙げるのにキリがない。

 市民からの支持率が高い『冒険者ギルド』も、その実態や構成員は闇に包まれており、関係者の失踪や不祥事の抹消などが日常茶飯事に行われている。

 市民からの高い支持率を実現した死者蘇生に関しても、行き場のないスキル所有者や素質のある者を冒険者として運用し、地下大迷宮から持ち帰った資源を徴収している。

 巨額の資産と資源を持つ冒険者ギルドに対して、政府は実質的に言いなりとなっている状況であり、政治家や学者が苦言を呈するのも至極真っ当な意見である。


 今や、市民が自衛の為に武装し、警察官より先に冒険者を呼び、冒険者ギルドが市民からみかじめ料を取る社会となった。

 死者の尊厳は無視され、利益の為に道徳は軽んじられる。

 刑法は『神による奇跡』と『神官の説法』に取って代わられている。


 手足を切り落とされた被害者は、神聖魔法で治療され、記憶に干渉する魔法でトラウマを消し、加害者は金を払って無罪放免となる。

 取り仕切るのは、警察でも司法でもなく、『冒険者ギルド』とは名ばかりの反社会組織。

 これのどこが、法治国家といえるのか。


 『新たなる常識の創造』は、既存のルールを無視して作られたものであり、これを賛美する事は法や道徳を軽んじることである。

 この新時代を歓迎する者は、現実が正しく見えていないか、あるいは自分さえ良ければそれでいいと考える愚か者だ。



 ────『崩壊する日本、無視される歴史』出版差し止め




◇◆◇◆◇◆◇◆





「おい、どういう事だ!」


 冒険者ギルドのホールに男の怒号が響く。

 自然と視線は騒音の元へ集まった。


 騒ぐ人がいれば見てしまう、私もその一人。

 流石に首を突っ込むほど馬鹿ではないが、巻き込まれるのも嫌なので注意を払う必要がある。


「何故、地下の大迷宮に入るのに国籍を捨てなくちゃいけない? この高貴な生まれであるエルドラ・フォン・ド・バウミシュランに祖国を捨てろと!?」


 どうやら騒いでいるのは、日本に来たばかりの異世界転移者のようだ。

 異世界“マナテリア”では、迷宮の探索に国籍の放棄は必要なく、素材や貨幣を上納すればいいらしい。

 この世界の冒険者ギルドは、少し特殊な成り立ちがあるので国籍の放棄が最低の条件となる。


 国籍を捨てるということは、故郷や国のしがらみを捨てるということ。

 国籍の再取得には長い時間がかかるし、審査の目は厳しい。

 冒険者になりたがるのは、相当な目的や動機がある者だけ。


 特にこの世界の大迷宮は、あらゆる魔法やスキルを持って挑んでも命を落とす事があるぐらい危険な場所。

 生半可な覚悟で近寄るべきではない。


 周囲の冒険者は、新参者に対して白んだ目を向ける。

 この様子では、先輩の下について学ぶのも難しいだろう。

 冒険者も暇ではないので、関わるメリットもないトラブルメーカーに親切を振り撒く余裕はない。


「……」


 私も、この騒動には静観を決め込むつもりだった。

 しかし、騒いでいる新参者の特徴的な容姿を見て考えを改める。


 流れるような金髪、竜のように縦に裂けた瞳孔が特徴的な金の瞳、人ならざる長く尖った耳、周囲を高圧的に見下ろす高い身長に、他を寄せ付けない剣呑な雰囲気。

 その胸にぶら下がる特徴的な金属の飾りと、黒のローブを彩る金色の刺繍。


 探し求めていた存在といっても過言ではない。

 この機会を逃せば、また目的から遠ざかってしまう。

 千載一遇のチャンス、相応のリスクが伴うが。

 気がつけば、私は群衆を掻き分けて彼に近づいていた。


「あっ、ユアサカナデ様……!」


 半泣きのドワーフ少女の受付嬢カローラが、ぱあっと顔を明るくさせる。

 私は顔まで覆ったプレートアーマーの下で盛大に顔をしかめながらボールペンでメモに書き殴り、カローラに手渡す。

 中身を見たカローラは、橙色の瞳を大きく開いて、慌てて裏へ駆けていった。


「おい、なんだ貴様。横から入ってきてなんのつもりだ?」


 隠すこともなく、自らをエルドラと名乗っていた男は私を睨みつけ、殺気を飛ばしてくる。

 冒険者でなければ気絶するか、精神にダメージを負っていただろう。


 エルドラに向けて掌を向ける。


 様々な種族が入り混じる冒険者ギルドにおいて、いわゆる公用語とも言われるボディーランゲージがある。

 『待て』や『現状維持』を意味するジェスチャーが、相手に向けて掌を向ける動作なのだ。


 ほどなくして、カローラが戻ってくる。

 エルドラが口を開くより先に、書類をカウンターの前に並べた。


「大変長らくお待たせいたしました、エルドラ・フォン・ド・バウミシュラン様。ユアサカナデ様のご要望により、冒険者ギルドの登録の条件である国籍の放棄は免除となります。差し当たりまして、もう一枚の書類をこれから作成いたしますので、ご記入をお願いします」

「……なに?」


 エルドラが私を睨む。

 『どういう意味だ』と『何が目的だ』と視線が問いかけていた。

 冒険者ギルドの異例な対応に、騒ぎを野次馬していた他の冒険者たちがざわざわし始めた。


「ユアサカナデ様もどうぞ隣へお掛けになってください。これから書類を作成いたしますので」


 カローラのにこやかな笑みと、周囲から向けられる様々な視線。

 目立つのが嫌だが、この際、背に腹は変えられない。

 ボールペンを手に、嫌気がさすほど面倒な書類作業に取り掛かった。


「……はい、これでエルドラ様がパーティーのリーダーとなり、ユアサ様がその下につく形になります。国籍の放棄が免除となる代わりに上納金が必要となります。また国籍の放棄が免除となったからといって冒険者の義務までも免除されたわけではありませんのでご注意ください」


 非常に不服そうな面持ちでエルドラが腕を組む。

 納得していないと雰囲気が物語っていた。


「冒険者の義務というのは?」

「地下大迷宮の探索と成果物の報告、異変発生時の対処、市民からの救援要請に応じる事などが挙げられます。市民からの救援要請によって発生した損害や費用の補填はギルドが支給したドローンによる映像から算出しますので定期的な魔力チャージをお願いします」


 エルドラが、私の背後に浮かぶドローンを睥睨する。


「ドローンというのは、宙に浮かぶ骨みたいなアレか?」

「はい。あちらのドローンはユアサ様が所有しているものです。冒険者ギルドでは無償で貸し出しているスタンダードタイプのドローンや、配信に特化した機能を取り揃えたハイエンドモデルなども販売しております」


 どうやら、エルドラはこの状況を受け入れるつもりだ。

 あるいは、使えるものはなんでも使う主義なのか。

 いずれにせよ、私にとっても都合がいい。


 ひとまず、エルドラの研修が終わるまで付き合うしかないようだ。





◇◆◇◆




「なんのつもりだ、貴様」


 受付嬢カローラが気を利かせて用意してくれた貸し切りの狭い談話室で、向かい合わせに座ったエルドラが射殺さんばかりの不機嫌オーラを放っている。

 さりげなく威圧のスキルと精神干渉系の魔術を織り交ぜている辺り、こういう下心のある親切を毛嫌いしているらしい。


 私は言葉の代わりに、指先に込めた魔力で文字を綴る。


『諸事情により、顔と声を見せることはできない』

「だからなんだ? 貴様を無条件で信用しろと?」


 エルドラの意見はもっともだ。

 別に犯罪者とか後ろ暗い過去があるわけではなくて、性別を明らかにすると態度を変える奴らがいるからだ。

 男女比やパワーバランスを考えて対応するのが面倒なので、いっそ顔や素性を隠しているに過ぎない。


『信用も信頼も必要ない。好きなだけ疑って、自衛してくれて構わない。ただ、君が冒険者ギルドで受け入れられたのは、誰のおかげかを考えて欲しい』

「貴様、この俺を脅す気か」


 殺気の密度が上がる。

 恐らく、エルドラはもう気がついている。

 彼のスキルや魔術を無効化しているという事に。


『異世界“マナテリア”に実在する【叡智神】の加護を持つ神官に協力してほしいことがある』

「……なに?」

『その長く尖った耳に、二十ほど同時に展開している精神干渉系の魔術。魔法の創始者であるハイエルフの生まれで間違いはないだろうか』


 エルドラが組んでいた腕を解く。

 身を乗り出し、鋭い目で私を見下ろす。


「貴様、名をユアサカナデといったか。この世界に蔓延る人間の生まれであろう。そんな浅ましく下等な人間が、ハイエルフの祖である【叡智神】に何を望む?」

『神々の図書館、アカシックレコードの閲覧』


 エルドラは無言で口を閉ざした。

 重苦しい沈黙が場を包む。


 私が冒険者となり、冒険者を続ける理由。

 『10.14スタンピート』で行方不明となった親友の田中愛花を見つける為。

 既に死者の全ては蘇生したというのに、彼女だけがまだ見つからない。その手がかりも痕跡すらも掴めないでいる。


 何年も冒険者を続けて、あらゆる伝手を探して、ようやく見つけた一縷の希望。

 それが、異世界に実在するという神が管理するあらゆる情報が集約する領域、神々の図書館、またの名をアカシックレコード。

 あの日、何が起きたのかを完全に解明すれば、親友が今どこにいるのか分かる。

 その為なら、私はなんでもするつもりだ。


『もちろん、神官であってもアカシックレコードに踏み込むのは難しいと理解している。君がそれなりの経験を積んで、神官としての地位を高める必要がある。君も、その為にここへ来たんだろう?』


 冒険者は、それぞれに事情を抱えている。

 だが、共通する動機がある。

 目的を成し遂げる為に、迷宮を探索して力が欲しい。

 それは誰にも負けない為だったり、病を治す奇跡の霊薬だったり、あるいは失った何かを取り戻す為。

 神官なら、神に近づく事を目的としている事が多い。


「ふん、下賤な人間にしては良く勉強しているじゃないか。褒めて遣わす」

『それは協力してくれる、という解釈で問題ないかな?』


 エルドラは薄い唇を釣り上げた。


「いいだろう。お互いに目的は一致している。利用しない理由はない」


 非常に不遜だが、私の目的を知って納得した様子だ。

 物言いに少しイラッとするが、それでも必要な人材なのでぐっと堪える。


『ひとまず、君の状況を説明しよう。私のこれまでの活動経歴で無理やり登録した形だから、君をどう評価するかギルドは判断に悩んでいる状況だ。だから、まずは実力を証明する必要がある』


 エルドラは特に何も言わない。

 エルフ族は傲慢で、特権階級の出自が多い印象だが、彼は少なくとも分別はあるらしい。


『なので、まずは肩慣らしがてら大迷宮の探索をするべきだと思うが、どうだろうか?』


 それでも、決して驕りはしない。

 異世界という未知の環境からやってきた生命体である以上、認識や思考のズレはどうしても存在する。

 必ず可能な限り事前に説明し、提案という形で了承を得る。

 不幸な事故を防ぐ為に、欠かす事の出来ない作業だ。


「ふん、いいだろう。貴様の脛齧りと侮られるよりマシだ」


 ひとまず合意を得たので、初仕事に向けて準備をする。

 まずは買い出しからだ。

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