運命は交錯する④
海斗のその言葉は、和陽にとっては思いもよらぬものだったのだろう。ビクンと体を震わせている。しかし、そのことで上げ足を取られるわけにはいかないと思っているのだろう。その証拠に、彼はことさら落ち着いた様子で海斗の言葉に応えている。
「そんなことも言ったかもしれないね」
「やっぱり、そうなんだ。じゃあ、おじさんは友梨がどうなったのかっていうことも、ある程度までは分かっているんじゃないんですか?」
今の海斗にとっては入学式よりも友梨の行方の方が気になるのは間違いない。自分の問いかけに肯定的な返事をした和陽に、さらに食い下がっていく。だが、ここであっさりと尻尾を掴まれるほど和陽も与しやすい相手ではない。彼は表情をうかがわせない笑顔を貼り付けると、ことさら穏やかな調子で海斗に語りかけている。
「その返事は、また後にしてもらえるかな? 今は学校に行って、入学式を済ませてくる方が大事なことだと思うからね。ほら、なんといっても、先生に友梨が欠席するってことを連絡してもらわないといけないし」
「え~、俺がですか? でも、それって本来は保護者であるおじさんがするべきことじゃないんですか? ま、やれって言われるんなら、やっちゃいますけど」
和陽の言葉に、海斗はぶぜんとした表情を浮かべて居る。だが、ここで反論しても軽くかわされてしまうということも分かっているのだろう。渋々といった表情ではあるが、和陽の言葉に頷いている。
「やっぱり、海斗君はちゃんと分かってくれるんだね。いや~、助かるよ。そうだね、友梨は体調を崩して休むっていうことにしておいてもらえるかな? 第一、本当のことを言ったとしても、誰も信用してくれないしね」
「そうでしょうかね」
和陽の言葉に、不満げな口調で応えている海斗。だが、そんな彼の頭をポンと軽くたたきながら、和陽は話し続けている。
「そうだよ。海斗君だって、あれを目の前で見たからこそ、そんなことを言うんだろう? 人間って不思議なものでね。信じがたいことを目にした時って、それを真実だとは思わないように感じてしまうものなんだよ。だからこそ、誰がきいても納得する理由にしておいた方が、余計な詮索を受けなくてすむ」
その言葉に含まれているのは剣呑な響き。そのことに気が付いた海斗が何かを口にしようとした瞬間、和陽は彼のl口を押えると、ニッコリと笑っている。
「海斗君、今から学校に行こうね。おじさんも、まさかこんな時間に事が起こるとは思ってもいなかったんだ。確かに、今日は朔の日だから用心はしていたんだけどね……」
どこか悔しさをにじませるような響きが和陽の口からは漏れている。そのことを不思議に思う海斗が口を開く前に、和陽がその背中をグイっと押している。
「さ、早く行った、行った。友梨のことは心配しないように。もっとも、そうはいっても海斗君が友梨のことを心配してしまう気持ちもわかるからね。そうだ、今度の休みの日にでも話をしようか。それまでくらいなら、待てるよね?」
一見、穏やかな口調ではあるが、その言葉の端々からは逆らうことができないような力が感じられる。そのことに気が付いた海斗は、首を縦に振ることしかできない。そして、どこか納得していないというような表情で海斗が立ち去った後。和陽はそれまでとは全く違った真剣な表情で、神木と並んでいる桜の木を睨みつけていた。
「まさか、このタイミングで動くなんてね。僕の読みが甘かったってことかな? いや、きっとそうなんだろうね。でも、これ以上のことはさせないからね。友梨は渡さないよ。そのことは覚えておくんだね」
凄みを効かせた声が辺りを漂っていく。そして、その声に応えるかのように桜の木はハラハラとその花びらを散らしていくのだった。
◇◆◇◆◇
「どういうことなのだ?」
「どうもこうもない。神の声が降りてきたのだ。巫女は神の声を代弁するものだからな」
天井の高い石造りの部屋の中に人々の声がこだまする。だが、その声はどこか焦りを含んだもの。そんな中、若い男の声がその場を制していく。
「いつまでも御託を並べるな。神の告げられた言葉はどうだったのだ。間もなく、『封じの鍵』が代替わりするはずだ。そのことに対する託宣ではなかったのか?」
その言葉に、その場にいた誰もが思わず平伏している。そのことに軽く舌打ちをする男。すると、彼の逆鱗に触れることを恐れるかのように、おずおずと話を切り出す者がいた。
「た、たしかにその通りでございます。しかし、巫女の言葉では神は次の『封じの鍵』はこの地にはいないとおっしゃられまして……」
「どういうことだ。エリアルがいるだろう。彼女が次の鍵だというのは有名な話ではないか。しばらく姿をくらましていたようだが、今は戻ってきている。それなのに、どうして鍵がこの地にいないというのだ」
吐き捨てるように告げられた言葉には不機嫌さがありありとみてとれる。そのことを感じたのだろう。その場にいた者は一様に顔を見合わせると、言葉を選ぶようにして応えていた。
「リオン様はそのようにおっしゃいます。しかし、この言葉を告げられたのは我がディノスの神である御方。そのお方のお言葉に異を唱えられるというのは、リオン様といえども許されることではないはずです」
その声にリオンと呼ばれた男はやれやれという表情を浮かべることしかできない。そのままの表情で、彼は投げやりに言葉を続ける。
「わかった、わかった。お前たちの石頭ぶりを忘れていた俺が悪かった。だが、そうなると鍵がなくなるということにならないのか? それにエリアルは己の立場を理解して、封印の洞窟に出発する準備をしていたはずだ」
「はい。エリアル様は準備を整えられ、明日にも出立なさる予定でした。しかし、神のお言葉がありましたので、今はそれを見合わせておられます」
その返事にリオンは思わず眉をひそめている。その表情からは『どうして、予定通りにしない』という叱責の声が聞こえるかのよう。だが、相手はそれに負けたくなかったのだろう。必死になって気持ちを立て直すかのように言葉を続けていた。
「リオン様がおっしゃりたいことは分からないでもありません。しかし、エリアル様は稀有なるお方。神の声を降ろすことのできる巫女は多くとも、『界渡り』は滅多に生まれないのです」
「だが、そのエリアルが次の鍵なのだろう。たしかに彼女の力は惜しい。しかし、『封じの鍵』がそんじょそこらの者と同じであるはずがないだろう。とにかく、神がどう言おうと、鍵は必要なのだ。エリアルには早急に封印の洞窟に出発するようにと伝えておけ」
そう告げると、リオンはその場から立ち去ろうとしている。その時、部屋にある窓から差し込んでいた明るい光が急に消え失せる。同時に聞こえるのは地を這うような轟音。
「どうした! 何があったのだ!」
一瞬、顔色を変えたものの、すぐに気を取り直したようにそう叫ぶリオン。だが、彼のその声に応える者はいない。ただ、部屋の外からは「恐ろしい」、「太陽が消えた」という、震えるような声だけが聞こえてくる。
「被害はないか! 誰でもいい、応えろ!」
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