運命は交錯する②
「友梨、遅い。何してたんだ」
「か、海斗……ゴメン……時間は分かってたんだけど……」
ゼーハーと息を切らしながら言い訳を口にする友梨。そんな彼女の頭をコツンと突いた海斗は、仕方がないな、というような視線を彼女に向けていた。そのまま、どこか呆れたような調子で言葉を続けていく。
「ま、仕方ないさ。友梨が遅くなった理由って分かってるし」
海斗のその言葉に、友梨は『ほえっ?』と情けない声を出すことしかできない。そんな彼女の頭がポンと叩かれる。
「ほら、うちのお袋もだけどさ。友梨ん家の親父さんも入学式には絶対行くとか叫んでなかったか? ホント、あの二人って傍迷惑な保護者ーズだよな。高校生にもなって、親子連れで入学式なんて抵抗あるんだってこと、理解してほしいよな」
どこか明後日の方を向きながらそう呟く海斗の声は、友梨の心の叫びそのものでもある。だからこそ、彼女はこくこくと首を振っている。もっとも、海斗が頭を叩いたことで無茶苦茶にしてしまった髪の毛のことで文句を言うことも忘れてはいない。
「そうよね~。やっぱり、海斗は分かってくれてるんだ。でも、それと人の髪の毛を、無茶苦茶にするのとは別だと思うのよ? セットするのだって、結構な時間がかかっているのよ。私の苦労をどうしてくれるのよ」
「そうだったっけ? いつもと同じだから、気が付かなかった」
「海斗のイジワル! 入学式だし、気合入れてやったのに、台無しになったじゃない!」
時間をかけ、念入りにセットした髪をぐしゃぐしゃにされたことに怒り狂っている友梨。だが、当の海斗はそんなことを気にした様子もない。そんな彼の様子にまた腹を立てた友梨はプイっと横を向くとサッサと歩き出している。そんな彼女の腕をギュッとつかんだ海斗はそのまま友梨を引き寄せると、その髪の中に顔をうずめている。
「友梨、悪かったって。謝るから、機嫌直してくれよ。でもさ、そんなに可愛い友梨のこと、他のヤツに見せたくなかったんだよな」
「何、バカなこと言ってるのよ。ホントに調子が狂っちゃう。それより、早く行かないと遅刻しちゃうんじゃない? 入学式に遅れたなんてことになったら、お父さんに大笑いされちゃうんだから」
その言葉に、海斗も今の時間を思い出したのだろう。今度は友梨の腕を引っ張るようにして走り出している。そのまま、前方を向いたまま紡がれる言葉。
「なあ、友梨。高校の入学式の記念に今夜、夜桜でも見に行かないか?」
「夜桜? たしかに綺麗かも。でも、どうして今なの?」
「え? そりゃ、ちょっとそんな気分だったから?」
おどけたような調子ではあるが、そう言う海斗の耳がどこか赤くなっている。そう思う友梨だが、今はそんなことを気にしている時ではない。今の最重要事項は、入学式に遅刻しないということ。だというのに、突然、訳の分からないことを言い出すなんて。そう文句を言いたいのだが、今はそれをするのも時間の無駄に思える。だからこそ、彼女はどこかぶっきら棒な調子で応えることしかできない。
「夜桜に興味がないっていうのは嘘だけど、無理。何しろ、お父さんって朔と蝕の時には外に出るなっって変なこと言うんだもん」
「朔って新月のことだったっけ? 友梨の親父さん、神主だけあって難しい言葉、知ってるんだな。でも、どうしてなんだ?」
「そんなこと私が知るわけないでしょう。というより、私だって訳が知りたいんだから。でも、いくら訊ねても教えてくれる気配すらないのよ。それどころか、何があっても朔の夜には出るなっていう一辺倒。そりゃ、新月の夜に外を出歩こうとは思わないけどね」
走りながらそんな言葉を口にする友梨。だが、次の瞬間、今の時間を思い出したのだろう。慌てたような声が友梨の口から飛び出している。
「そ、そんなことより、もっと大事なことがあるじゃない!」
「そうだったか?」
「海斗のバカ! 入学式に遅刻しちゃうじゃない!」
友梨がそう叫んだ時である。フワリと風が動いたかと思うと『行かせないよ』という声が響く。その声に思わず足を止める友梨。そんな彼女の様子を海斗が不思議そうな顔でみつめている。
「友梨、どうかしたのか? マジで遅刻するぞ」
先ほどまでのやり取りから分かるように、友梨は今の時間を把握しているはず。それなのに、急に立ち止まってしまったことに海斗は不思議そうな表情を向けるだけ。そんな彼に思いもよらぬ言葉が返ってくる。
「う、うん……ねえ、海斗。さっき、声が聞えなかった?」
友梨のその声は、海斗にとって驚くものなのだろう。どこか間の抜けたような表情で、彼女の顔をみつめることしかできない。今の彼は入学式に遅刻するかもということよりも、友梨の言葉の方が気になってしまったというのが本音の部分なのだろう。
「ゆ、友梨……分かっていると思うが、ここには俺とお前しかいないんだぞ? だったら、こ声が聞えてくるなんてこと、起きるはずがないって簡単に分かるだろう?」
「海斗の言いたいことは分かるわよ。でも、さっき家を出る時にも感じたのよ。その時は声だけだったかもしれない。でも、今でも聞こえてくるような気がするって、どういう訳だと思う?」
どこか不安げな様子を浮かべた友梨がそう呟いている。今の彼女にとって入学式に遅刻するかもしれない、ということは些細なことになってしまっているようだった。その証拠に、脚は地面に縫いとめられたようになり、あたりをうかがうようにキョロキョロすることしかできない。そんな友梨の様子を不安げな顔で見つめることしかできないのが海斗。とはいえ、今の彼にできることは一つだけ。そのことが分かっている海斗は大きく息を吐きながら友梨に問いかけている。
「友梨、ホントにどうしたんだ。それに、お前は声っていうけど、本当に聞こえたのか?」
海斗の声にしては珍しく、威圧するような気配も含まれている。そのことに気が付いてはいても、友梨は首を傾げながら応えることしかできない。
「うん……間違いなく聞こえたと思ったんだけどな。でも、海斗には聞こえなかったのよね? ホント、理不尽沢だわ」
「たしかに友梨にしてみれば理不尽だろうな。でも、友梨は声が聞こえたって言ってたけど、俺には何も聞こえなかったんだぞ。それより、早く行かなくてもいいのか? 入学式には、遅刻したくないんだろう?」
「そりゃ、そうなんだけどね……」
促すような海斗の声にも、友梨の足は動こうとはしない。たしかに、学校へは行かないとダメだということは分かっている。だが、状況がいうことをきかないというような感覚。そのことに怯えたような表情を浮かべる友梨だが、状況が変わる気配は微塵もない。
「友梨、どうかしたのか? お前だって入学式に遅刻したくないんだろう? ほら」
そう言いながら、海斗は友梨の手を引いて歩き出そうとする。だが、それに反応するような雰囲気はない。一体、どうしたんだというように彼女の方を振り向いた時、ひときわ強い風が二人の間を吹き抜けていた。それを同時に、地の底から響くような音がする。
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