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運命は交錯する①

「お父さん、行ってきます」


 少女の明るい声が鎮守の森に響く。

 そこは、近隣の人々から『田間媛(タマヒメ)さん』と親しみを込めて呼ばれている神社。いわれをたどっていけば、かなり由緒正しい神社。そのわりにはこじんまりとしているためか近隣の住民しか参拝しようとはしない。とはいえ、ここ田間媛神社は地域の鎮守の神として、畏敬の念を集めているのも間違いない。

 そこの神職である天野和陽(アマノカズヒロ)の一人娘。16歳になったばかりの友梨(ユリ)は、高校の入学式に向かうために家を出ようとしていた。そんな彼女を追いかけるようにして聞こえてくる声。


「友梨、忘れ物しているよ。それより、本当に行かなくてもいいのかい? こういう時って、やはり保護者も出席するっていうのが常識だと思うんだけどね?」


 口調は穏やかではあるが、どこか懇願しているような雰囲気もある。そんな声を友梨はバッサリと切り捨てることに決めているようだった。


「お父さんはそう言うけど、気にしないで。もう、子供じゃないんだし」

「友梨はそう思っているかもしてないけどね。でも、今日は友梨の入学式じゃないか。晴れ姿だし、見ておきたいんだよね」


 娘の否定するような声に対して、諦めきれないといった調子の声がかぶさってくる。それを耳にした友梨は、呆れたような調子で応えることしかできない。


「小学校じゃあるまいし……高校の入学式よ。別に親がいなくてもいいじゃない」

「高校だからこそじゃないか! こういう区切りの時は、家族総出で祝うものだよ。今までだってそうしてきただろう?」

「お父さんの言いたいこと、分かるわよ。でもね、入学式にお父さんが来るのって、恥ずかしいのよ!」


 この反応は、思春期の女の子ならある意味で当然といえるものだろう。しかし、娘に力いっぱい否定されたことで、父親である和陽が完全に打ちのめされているのも事実。その証拠に、力ない呟きだけがその場に広がっていく。


「分かったよ。友梨がそこまで言うのなら、行くのは我慢する。その代り、変な人に声をかけられてもついていくんじゃないよ」

「お父さん、小学生じゃないんだから、そんなことあるはずないじゃない。変なこと考えてる暇があったら、ちゃんと神主のお仕事、怠けずにやっておいてよね」


 どこか落ち込んでいる様子の和陽のことを気にする様子もなく、友梨は家を出ようとしていた。その時、玄関に飾ってある写真に『行ってきます』と声をかけるのを忘れてはいない。

 家から一歩踏み出したそこは、穏やかな春の日差しが降り注ぎ、今を盛りと咲き誇る桜の花がひらひらと花びらを散らしている。もっとも、神社である田間媛さんに桜の木が多くあるわけではない。だが、ここの神域には神木としてあがめられている木々に交じって、一本だけ大きな桜の木が生えている。

 この桜は友梨にとって幼い頃からの遊び相手と言っても間違いないだろう。小さな手足で桜の木によじ登り、両親の肝を冷やさせたことも数えきれないほどある。だからこそ、彼女は玄関を出ると桜にも向かって「行ってくるわね」と明るい声をかけている。その時である。友梨にはどこからともなく『やっと見つけた』という微かな響きが伝わってきたような気がしたのだ。


「え? 誰か、いるの?」


 空耳だろうと思っても、友梨はつい反応してしまうのだろう。そんな娘の姿に、和陽が首を傾げながら問いかけていた。


「友梨、どうかしたのかい?」

「うん……なんだか、声が聞えたような気がしたのよね」

「そうなんだ。でも、お父さんは声なんて聞こえなかったように思うけどね」

「そう? お父さんが聞いていないんなら、空耳なのかな? その割にはハッキリ聞えたような気がするんだけどね~」


 和陽の言葉に、友梨は小首を傾げながら応えることしかできない。そんな娘の背中をグイっと押しながら、和陽は言葉を続けている。


「友梨の耳にはハッキリ聞こえたのかもしれないね。でも、お父さんの耳には何も聞こえなかった。ということは、空耳だっていうことが結論だよね。そんなことより、時間に間に合うのかな? お父さんに来なくていいなんて言うんだから、遅刻なんて情けないこと、しないよね?」


 穏やかな口調ではあるが、言葉の端々からは棘しか感じられない。これは地雷を踏んでしまった。そう思った友梨はブルブルと震えながら、精一杯の虚勢を張って応えることしかできない。


「そんなこと、ちゃんと分かってるわよ。ちょっと気になったからお父さんに訊いたんじゃない。それから、遅刻なんてことになるはずないじゃない。まだ、時間は十分にあるんだもの」

「はいはい。それじゃあ、入学式には参加しないから、気を付けて行っておいで。ほら、海斗君が迎えに来たよ。待たせるのは、失礼になるってことも分かっているよね」


 和陽のその声に、友梨が焦りの色を見せるのは間違いない。慌てた様子でカバンを持ち直した彼女は「行ってきます」と口にすると玄関先を飛び出していく。そんな娘の姿を優しいまなざしで見送った和陽。だが、その口から微かに漏れる声にはそんな気配は微塵もない。


「覚えておくんだよ。そっちの好きにはさせないからね」


 誰もいないはずの空間に向かって放たれるそんな言葉。その声は、先ほどまで友梨を相手にしていた時とは違い、どこか冷酷な色も感じられる。そして、そんな彼の言葉に応えるかのように枝を震わせている桜。そんな気配を感じた和陽は、まるで桜の木に言い聞かせるかのように、もう一度『覚えておくんだよ』と冷たい声をぶつけているだけだった。

 一方、友梨は自分が飛びだしてきた家の玄関先でそんな暗闘ともいえるものがあったなど思ってもいない。なにしろ、今の彼女は迎えに来てくれた幼馴染である海斗の機嫌を取らなくては、と思っているからだった。

 海斗とはそれこそ物心のつくかつかない頃から一緒にいるといってもいい。だからこそ、そんな彼との付き合いは安心できるのだ。もっとも、この頃ではさりげなくかばわれていることにイラつくことがあるのも事実。もっとも、それが女の子として扱われているのだということを意識させるためだろう。それでもいいかと思ってしまう友梨がいる。

 だが、それもある意味では仕方がないだろう。友梨の幼馴染である妹尾海斗(セノオカイト)は俗にいうイケメンに分類される。おまけに、彼がそういう配慮を示すのは友梨に対してだけ。そのことから二人が付き合っているのではないかという疑惑が中学のころから持ち上がってている。

 しかし、いくら周囲が騒いだとしてもそこはキッパリと否定できる。友梨にとって海斗はあくまでも幼馴染であり、話しやすい男友だちという認識なのだ。もっとも、海斗がそのことをどう思っているかについては不明としかいいようがない。なにしろ、彼は自分の感情というものをハッキリと表に出してはいないからだ。

 とはいえ、彼が彼女のことを異性として意識しているのは間違いないだろう。その証拠に、約束の時間に贈れそうになっている友梨のことを辛抱強く待っているのだ。そんな彼のもとに、肩で息をしながら友梨が駆け寄っていく。


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