猫の騙り
ーー次の日ーー
特に何事もなく2人共起きて着替えて事務所へと向かう。変なドキドキ展開とかあるわけないな、だって他人だし。
今でもビビってるエレベーターに乗りながら軽く話していると途中の階で人が乗る。
スーツを着た普通の一般男性、くたびれた様子と眠そうな横顔は朝特有の気だるさを感じさせた。
その後タクシーに乗って事務所に入ると帆哭さんだけが席に座ってパソコンを叩いていた。
帆哭さんは俺等に気づくと立ち上がって挨拶をする。
「おはようございます、名木田君、ラクラットさん。よく眠れましたか?」
「おはよう、、、ございます。あぁ、おかげでよく眠れた、むしろ向こうよりもよく眠れたな。」
エリスは騎士団長だが、宿舎で寝起きしてたらしく、布団は寝れればいい主義だったみたい。
俺は寝具にはこだわりたい派なので、布団も枕もそれなりに良いのを使っている。
別に異世界だっていろんな毛皮とか羽毛も有るだろうからそこまで質に違いはないと思うので、単純にエリスが無頓着だっただけだね。
「それは良かったです。・・・ではラクラットさんにスーツ等渡すものがありますので付いて来てください。名木田君は任務がありますのでメールを確認してください。」
そう要件だけ伝えて帆哭さんはエリスを連れて事務所を出ていった。
帆哭さんとすれ違った瞬間に端末が震えたのでメールを確認。
『中央三区のコンビニに野良猫が多く集まるそうです。それだけなら問題はありませんが毎回初めての猫が集まり、同じ猫は二度と現れないらしいので聞き取りと可能なら解決をお願いします。』
ふむふむ、なるほど。
つまり猫がいなくなると、、、え、どうでもよくね? 俺猫より犬派だし。
ーーー
端末を眺めたまま10分程突っ立ったあとに渋々現場に向かうことにした。
中心部ほど栄えてはいないが別に廃れてもいない普通の街なかにある小さなコンビニ。
ビル群から少し離れているので落ち着いた雰囲気はあるが改めて現場を見るとその異常さが目に留まる。
「・・・うわぁ、軽く十数匹はいるな。」
眼の前の駐車場にチンピラより多くたむろしている猫達。この数だと車も止められないし入りづらくて売り上げも落ちそうだな。
屋根上、店横にもいる猫達を横目に見ながら店内に入った。
「いらっしゃいませ~。」
店内からの間延びした声を聞きながら適当にお菓子とカフェオレを手にとってレジに向かう。
「752円になります。」
「・・・あのすみません、少しお聞きしたい事があるのですが時間あったりします?」
女性店員は軽く店内を見回して笑顔で応対してくれた。
「全然いいですよ〜、ぶっちゃけ暇すぎて眠かったので。」
「それは外の状況と関係あったり?」
視線を向けながら問いかけると店員はため息を付きながら肯定の意を返す。
「はい、2匹くらいなら可愛いものですけどここまで多いと入ってくるのにお客さんも躊躇してしまうみたいで。」
「よっぽど猫好きならいいかもしれないけど流石にこの量だとな。・・・なにか心当たりは?」
「いえ全く、私も他の店員も皆エサをあげたりしてないみたいですしお客さんにも猫にエサをあげるような人は見当たらないんですよね。」
んー、世話好きの人がエサをあげて集まって来たのかと思ったんだけどその線は薄いのか、流石にそんな人物がいれば猫が集まって店員が気づかないなんてことはないと思うし、原因は別にあるのか。
「・・・あの、お客さんは探偵とかなにかですか?」
「ん? あー、俺はこういうものですね。」
猫について考え始めた俺が気になったのか店員が聞いてくる。
別に隠す必要は一つもないので素直に懐から手帳を取り出して見せた。
「・・・はぁ〜、なるほど対策局なんですね。初めて見ました。」
「普通は警察から来るからな。」
異変は事件から始まることが多い。
その時は事情を聞く人物も限られるし、会う人も事件関係者が主となる。
「・・・え、じゃあこれも災害の前兆とかだったりするんですか?」
「いや? どちらかというと異常現象だね。」
それだけ伝えると彼女はホッとしたように息を吐いた。
「良かったです、せっかく一人暮らし始めたのに避難所生活になるかと思いましたよ。」
「今のところ猫がいるだけだし、そこまでする必要はないと思うよ。ただ万が一もあるから的確な情報提供をしてもらえると助かる。」
「はい、わかりました!」
それから色々聞いてみたことを整理すると、
・餌を上げる人はいない
・集まる猫は毎日変わる
・集まり始めたのは一週間前ほど
・常連さんも来なくなってしまった
・最近ハマってる料理はカレー
・彼氏と別れて傷心中
・・・ふむふむふむ
「・・・つまりワンチャン俺どう?」
「私目がギラギラしてる人が好きなんで無いです。」
つまり俺の目は光を失っていると?
話を聞いても特にこれといった情報は手に入らず、心に傷を負ったので店を出て外を見回ってみることにした。
黒に白、茶トラに灰や斑等いろいろな猫を見て回って気づいたことは、、、
「びっくりするくらい逃げないな。」
無造作に近づいて手を伸ばして撫でても受け入れてあくびを漏らす始末。
野良でここまで警戒心がないのは不思議だな。
「ほらー、みょんごーヨシヨシヨシヨシ。」
「その名前は少し斬新じゃないか?」
疲れてきたので黒猫をゴロゴロ撫でてると後ろから声がかけられる。
聞き覚えのある声に首だけ振り向くとそこには予想通りの人物が立っていた。
「おぉー、バリバリのキャリアウーマン見たい。」
「私はそれがわからん。」
エリスは呆れた顔で俺の横にかがんで猫を撫で始めた。
癒やされたように顔をほころばして楽しそう。
今日の朝に着ていたワンピースとはうって変わり完全フォーマルの紺色スーツ。動きやすいようにちゃんとズボンだね。
「それでこの生物は何だ?」
「知らない生物をよく撫でられるなお前。」
「可愛くてつい、、、モフモフだし持ち帰ってもいいか?」
「アパートはペット禁止だ。」
俺は立ち上がってカフェオレの蓋を開けてチビチビ飲みながらエリスに話しかけた。
「で、どうしてここに来たんだ? 帆哭さんは?」
「副班長は別の事件が起きたと言って私をここに送り届けてどっか行った」
普通はそこにいる部下に挨拶くらいしてもいいと思うんですけど?
でも、帆哭さんが新人を放置してまで優先させたとなると急を要する事件っぽいな、連れてかれなかっただけ感謝しよ。
「・・・さて、それでこれはどう不自然何だ?」
「そこからスタートかよ。」
足手まといを送られた事に気づいて頭を抱えざっと説明。
「野生の生物が一箇所に理由もなく集まるってところがおかしい。」
「ふむ、この生物特有の生態というわけではないのだな。」
「あぁ、普通近づいて撫でようものなら逃げ出すもんだからな。」
違う猫をなでながらフンフンと頷くエリス。
ちゃんと聞いてます?
「それで、なにかわかったのか?」
「あぁ、店員さんはいま彼氏募集中らしい。」
「驚くほど興味ないな。」
え、そう? なかなかの美人だったし俺は興味ありありなんだけどなー。趣味の違いか?
辺りは徐々に日が落ち暗くなり始める。
暗くなってからでは捜査もしづらいしそろそろやめどきかな。
「よし、じゃあ一旦帰るとするか、、、エリス?」
事務所に帰ろうとエリスに振り返るとそこには誰もおらず、周りにいた猫さえも忽然と姿を消していた。
「・・・・・え?」