ようやくスタートライン
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長ーい話はまだ続く。
俺は知ってる話なのでもう帰りたいんだが、帆哭さんの圧が強いので大人しく座り続ける。
でもめんどいので俺が簡略的に解釈しますか。
まず、創国の8人と呼ばれた賢者はそれぞれが国を興す。
自分たちが生活する火山が多い海に囲まれた島国は『極東防衛国』と呼ばれていて、その海を挟んだ向こうにあるのが『東亜帝々共和国』。
地続きの大きな大陸に存在する一つの国家でぶっちゃけ極東と仲が良くない。貿易などは行われているが水面下では領海や島の取り合いをおこなっているようだ。
そしてその大陸にある国は他に『ボルドリッド国』『ラルト王国』『サルタッタ国』。
より遠くの海を挟んだ向こうにあるのが『シャーリアス統制国』『ポルトト』『キュライオス』だったな。
その8カ国は大国としていまだに発展を続けていた。
他にも小さな国々が出来たりもしているが、そこら辺は省略しよう。
極東はシャーリアス統制国とラルト王国と同盟を結んでおり強固な相互協力を築いていた。
こんな不安定な世界で争い合ってないでみんな協力しろとも思うがそんな簡単にはいかないのが人というもの。
まぁ、そこら辺は俺たちじゃなくて国のお偉いさんが考える事なので任せましょうねー。
「ーーーと、これが周辺国家の名前と状況ですね。」
「ふむ、細かないざこざはあるようだが戦争は起きてはいないのだな。なら平和と呼ぶこともできるか。」
「・・・少なくとも一般の人々は平和に過ごしてますよ。ただ、突発災害などの不安に常に脅かされていますがね。」
それだけ言って帆哭さんは椅子の背もたれに体重をかけて息を吐いた。
他にも異能犯罪者や組織による破壊行為もゼロではないので危険は多い、平和とは一概に言えるわけないわな。
「極東は他国と比べて治安が良い方ですので落ち着いてはいます。ただそれは、暗い部分が深く潜ってしまっているとも言えますので見つけるのは大変なんですよ。」
「・・・なるほど、苦労しそうだ。」
話を聞いてるだけで頭痛がしてきた。
これからも仕事が目白押しなんだよなー、有給とかいつになったら取れるんだろ?
「ざっとになりますがこれがこの世界の説明ですね。後の細かいところは名木田君に聞いてください。」
「え、そこで俺に投げんの?」
「今ここで知識を詰め込んでも効率が悪いでしょう。それに暮らす場所や暮らし方を覚えることも必要です。」
話を聞いて俺はカップを持つ手が震え出す。
ま、まずい、ついに俺の部屋に侵入を許しちまう。
できればこのまま話が流れてくれればと淡い期待も抱いていたが、、、もう諦めるしかない、、、のか。
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事務所からタクシー乗って15分。
俺が今借りてるマンションの前につきました。
え、抵抗したかって? すぐ諦めましたよ、ええ。
ちなみに来る前の軽い事件はマジでエリスが窓から飛び降りたことだね。
そんなにエレベーター嫌だった? 慣れないとこれからの生活きついと思うんだけどなー。
てか俺の部屋も5階だからエレベーターだぞ?
階段で登るとかごめんなんだけど。
「・・・わかった、もう逃げないから手錠を外してくれるか?」
ちなみに今は逃亡しやがったエリスの後ろ手に手錠をかけて連行してきた。
なんで俺が自主的に連れてこなくちゃいけないのだろう?
「いや本当に勘弁してくれよな? さっきと違って街中なんだから目立つ行為は控えてくれ。」
それだけ言って俺は懐から鍵を取り出し手錠を外す。
エリスは無言で手をさすって大人しく後ろについた。
「・・・手錠されてる私を連れ歩いていた時点で今更ではないか?」
「ヘーキヘーキ、そういう奴らもいるから。」
きっともう、ご近所さんは近づいてきてくれないな。
俺の存在が社会的に死にかけながら自分の部屋に向かう。
カードキーでドアを開けて中に入るとそれなりの玄関と奥に広めのリビングが見えた。
「ふむ、だいぶ綺麗なのだな。」
「・・・あぁ、その綺麗な床に靴跡をつけるのは楽しいか?」
普通に靴のまま家の中に入りやがったバカの首根っこを掴んで連れ戻し、靴を脱がせる。
ちなみに家は広めの2LDKの高級アパート。
家賃は全額対策局負担という贅沢ぶりなので遠慮なく良いところに住むことにしました。
対策局用の社宅も存在はするが、あまり所在を特定されるべきでない局員は社宅以外で部屋を借りることができるのだ。
帆哭さんや佐山もどっかに借りてるっぽいが場所は知らない、行ったことも招待されたこともないからね!
俺はそのまま家に入って上着をかけてソファに倒れ込んだ。
テレビをつけてテーブルの下に貯蓄してあったお菓子箱からポテチを取り出してパクつく、俺の至福タイム突入。
「・・・・・いや、あの。」
「はー、そういやこの誘拐事件って佐山に案件回ってきてたなー。
「無視するなー!! わ、私はどうすれば良いのだ!?」
「え、いや適当にしてれば?」
普通に座ってダラダラすれば?
まぁ、人の家に初めて入って落ち着かない気持ちはよくわかるけどね。
冗談はさておき、仕方ないので立ち上がりざっと案内をすることにした。
キッチン風呂トイレ押し入れテレビレンジ洗濯機などなど、、、。
特に驚くことのない一般的な一人暮らしの部屋なので面白みも何もない。
そこでこいつを寝泊まりさせようと考えていた空き部屋のドアを開けた時に一つ気付く。
「お前はここで寝泊まり、、、あー、そういや布団とかねぇな。」
「・・・床でいいぞ? 敷物があるからそこまで硬くもないしこのくらいならよく寝れる。」
「外聞が悪いから買い行くぞ。てか他にも歯ブラシとか着替えとかもないだろうしな。」
「・・・それはそうだった。」
帆哭さんからもらったワンピースはあってもパジャマとか他の普段着も欲しいだろうしね。
・・・あれ? これって俺の実費じゃないよね? 確認しよ。
帆哭さんに確認のメッセージを入れるとすぐに返信が入った。
『美少女を自分好みに着せ替えできるのですから実費では?』
『趣味じゃねぇ、好みは胸がでかい不思議ちゃんタイプなんで。』
『急に暴露されましても、、、まぁ冗談です、しっかり領収書貰ってきてください。』
よっしゃ。
「んじゃ行くか、メイド服でいい?」
「・・・なんだそれ?」
適当な会話を交わしながら俺たちは街中に繰り出した。
ーー
夜。
「時間かかったーー!!」
「・・・本当に申し訳ない。」
何が必要なのかエリスはわからないので日用品は適当に買い揃えた。
そこまでは近くの薬局とかで済んだが服は近くにないのでデパートまで遠出したのだが、たくさんのブランドが所狭しとあるし男の俺では何を選べばいいのかもわからない。好きなのを選ばせたが量の多さに目が回ってたからなー。
その間に俺は布団などの寝具を調達。
今日中に届けるのは無理らしいので今日は俺がソファに寝るしかないかな。
買い終わって様子を見に行くと多くの店員に詰められあたふたするエリスさん。
話を聞くと、最初はその店の人だけだったのだが、少しその店舗の外に出ると多くの店員たちに囲まれて是非買ってくれと必死に懇願されたようだ。
まぁ見た目は人が羨みそうなパーツをつけ集めたような程の美少女だしね。少しでも自分の店の服を着てもらって広告になればと思わなくはない。
・・・素材に負ける可能性もあるのにね。
「・・・あの押しの強さは向こうもこちらも同じだな。だが向こうは私に役職がついていた分ここまで押してくることはなかった。」
エリスも力が抜けたように玄関の扉に体を預けて苦笑いを浮かべていた。
2人とも両手に荷物を抱えて整理を始める。
布団は明日届くので今日は申し訳ないけど俺の部屋で寝てもらうか。
「・・・ざっとこんなものか、夕飯は有り物で適当に作り上げるけどいいか?」
「あぁ、任せる。何から何まですまないな、もちろん手伝うぞ?」
「あー、勝手がわからないだろうから軽い手伝いを頼むわ。」
冷蔵庫には日持ちするものは無かったので冷凍餃子と帰り道に少しだけ買っておいた野菜を軽く炒めて下味をつけてソースをぶっかける。後スープが欲しかったので玉ねぎと溶き卵を入れた中華スープをつけ合わせた。
ちなみにエリスに野菜を切るのを頼むと高い打点からズダンッと切り下ろしたので即手伝いをおろして台拭きと食器を並べるだけにしたよ。
「んじゃ食べるか、いただきます。」
「い、いただきます。」
俺の真似をしながらいただきますと言った後に彼女はこちらを見つめる。
その理由を察したので先に俺が適当に食べ始めるとエリスも同じように食べ始めた。
「マナーとか作法も教えはするがそこまで気にしなくていいぞ。俺しかいないしな。」
「ありがとう、だが失礼な思いはお前にもさせたくはない。早めに教えてくれると助かる。」
「そうか、そう思うなら早めに教える。」
その土地に馴染むには作法は重要だ。
暗黙のルール等も多く存在するし、それだけで相手の心象が決まることも多いから覚えることは大切。
「それにしてもこの餃子とやらは美味いな。中から溢れる肉汁と野菜の旨みがいいバランスだ。炒め物も味付けが丁度いいしこの白飯とやらとよく合う。」
「どうも、餃子は冷凍だが口にあったならよかった。」
「あぁ、それにしても味付けが多彩だな。この醤油など初めて食べたが美味しいな。」
長いこと一人暮らしを送っているので簡単な料理は作れるけど他人に食べてもらったことはなかった。
うまく口に合ってここまで褒めてもらえるのは素直に嬉しいもんだな。
「じゃあ、食い終わって片付けたら規則とかマナーとかそこら辺を教える。」
「頼む。」
ーー
夕飯の後、数時間経ち夜も遅くなる。
道を歩くときはどっち側通行とか朝はおはよう昼はこんにちはとか箸の使い方とかまとめて教え込む。
少しでも覚えてくれれば良いと思っていたが元の地頭がいいのか教えた事をスラスラ繰り返し吸収していく。
俺もそろそろ教えることがすくなくなってきたな、パチンコとか行く?
「今日はこのくらいにしとくか。」
「あぁ、ありがとう、またよろしく頼む。」
勉強から開放され、エリスは伸びをして体をほぐす。その際に強調されたラインをしっかり目に焼き付けることも忘れない。
「・・・普通は目をそらさないか?」
「・・・え、そんな選択存在するの?」
驚きに目を見開くと、引いたようなジト目を向けられる。
まぁまぁ、据え膳食わねば男の恥(?)って言うしね。
「とりあえず風呂でも入ってこいよ。使い方はさっき教えたとおりに。」
「わかった。ちなみにさっきの行動で信頼がないから言っておくが覗いたら目を潰すぞ。」
「わかった。」
しっかりと釘を差された後、タオルと着替えを持ってエリスは風呂場へと向かう。
全く失礼だな〜、さっきのは眼の前でやられたから仕方ないのであって、紳士だというのに。
部屋は広く防音もしっかりしているので音漏れもシャワーの音も聞こえないので普通にテレビをつけながらココアを飲む。
その後、風呂上がりのエリスと交代して風呂に入って就寝となった。
布団を譲られることに申し訳無さそうだったが俺が頑として譲らなかったので渋々彼女は俺の部屋に入って行く。
ーーー
俺はソファで普通に寝ーーーる前にそっと玄関から外に出た。
そのまま手すりに手を預けながら虚空に呟く。
「・・・やめてくれると助かるな、お互い怪我したくないだろ。」
「ーーーッ!」
ーーーサァ
夜風が流れる音に混じってかすかに聞こえた息を呑む声に視線を向けると変なトカゲマスクを被ったレインコートの人物が一歩下がった状態で固まっていた。
その人物は視線を受けて無言でその場を離れる。
俺はその背を目で追いながら部屋に戻って眠りについた。
・・・まったく、どいつもこいつも元気なことで