瞬間の出来事
ーーパアンッ!
化け物達の一戦が終わり、空気が落ち着いたところに一発の銃声が響く。
俺は脇腹を撃ち抜かれ、タタラを踏んで膝をついた。
「ーーっ、てめぇ、、、!」
「ケ、ヒ、ヒッ!」
懐から取り出していた金色の趣味の悪い単発銃を構えてエラードは憎たらしい笑みを浮かべる。
エラードは痛すぎて動けないのか脂汗を流して未だに蹲っているが、どうしても足を引っ張ってやるという意志をその笑みから感じさせた。
「あ、綾人くん!」
フユ姉が俺に近づいて体をあげようとするのを手で制する。意識は何とか保ててる、下手に動いて痛みを強くしたくない。
「ーーッ、よくも!!」
黒いワームがエラードに向かって伸びていく。
動けないエラードはそのまま食われるかと思ったが、指輪が光り、透明な壁が前方に出現してワームを防いだ。
「ケヒッ、ヒッ! わ、悪いが、逃げさしてもらうよ、、、。」
エラードは懐からもう一つ幽世渡りノ箱を取り出す。
恐らく今度は住人を喚ぶのではなく本当に逃走手段として使う気だろう。
俺は痛みに耐えながら必死に体を起こして倒れ込むようにエラードに向かって与罸を振りかぶるが、同じ様に壁に阻まれてしまう。
「ーーくそっ!」
「さらばだ、対策局! またゴミ溜めで会おう!」
ーーシュゴンッ!
掲げられた箱が軋みだしたのを見て諦めを色濃くしていると、一線の雷が幽世渡りノ箱を霧散させた。
あまりに一瞬な出来事に全員が呆然と固まる。
そして雷が飛来した後方を覗き見ると、そこには疲れたように息を切らしたエリスが立っていた。
「ーーはぁ、はぁっ! 言ったろ、雪辱は、、、晴らすと!」
彼女の半端に開かれた手からは未だに電気がピリッと帯電している。それだけで俺は何が起こったのかを理解した。
エリスは前に遠方から狙撃するのに雷魔法は便利だと言っていたし、今回も同じように雷で狙撃したのか、、、。
魔法は魔力を多くしてしまうため、この回復し辛い世界ではあまり使いたくないと言っていたが、さすがに優先度を引き上げてくれたのか。
「・・・あー、そうか、ワッチの負けかい。」
黒く炭化し、粉になっていく箱を見つめながらエラードは壁を背に座り込む。
もはや打つ手はなさそうなのにえらく落ち着いていて気味が悪い。エリスもまだ何か隠し持っている手があるのかと、警戒して剣を手に持ちながらこちらに近づいてくる。
エラードはそんな様子を軽快に笑った。
「ケヒヒッ!そんな警戒しなくてもワッチは自分の価値をよーく分かってる。ワッチは自分で何もできないくせに、人を踏みにじるやり方しかできない劇薬みたいなものだ。」
「・・・それがわかってるならなぜ改善しない。」
「ケヒッ! できないのよ、人間つーのは一度価値観が固まっちまったらそうそう塗り替えられるものじゃねぇ。特にワッチのように止めてくれるやつもいないクズは特にな、、、。」
その独白のようなことを言うエラードをエリスは見下ろす。
「なら今変われ。」
「無理だな、ワッチは今も人を壊したくてたまらない。これはもはや価値観とも言えないのかもしれないな、本能ってやつだ。」
「・・・救えないな。」
「ケヒッ! 望んじゃいねぇよ。」
エリスは取り出した手錠をエラードに掛ける。
特に抵抗もせずにエラードは手錠をかけられ、大人しく立ち上がった。
そのあまりの無抵抗さをエリスは気味悪そうにしている。
「言ったはずだ、ワッチは自分の価値を理解している。助けに来るやつなんていないだろうし、抵抗するだけ無駄だ。」
「・・・へぇ、最後に幽世渡りノ箱を暴走させて、災害を起こそうと狙ってくると思ったんだけどな。」
「それこそ無駄だ、この街にはハルがいる。あいつがいる限り街を壊すことは不可能だろ、ケヒヒッ。」
少し自嘲気味に笑うエラードに俺も顔を引き攣らせる。確かにこいつの言う通り、もし幽世渡りノ箱を全て暴走させて住人が溢れかえるとしたら、この街を守るためにあの人が動くだろうな。
ウチの班長と喧嘩できるような人が本気を出せばあんな怪物であろうとすぐ対処してくれるだろう。
「・・・だがお前さんもわかってるだろう? 既に幽世渡りノ箱はこの世にばら撒かれている。すべて見つけ出して回収か破壊をしないといくらでも増やせる、ワッチを捕まえたところで手遅れだ。」
「だから捕まえたんだけどな。」
俺達は確かに異常具を管理し、物によっては処分するのが仕事だが、適した管理方法は昔の文献を引っ張り出したりして手当たり次第に試すしかない。
失敗すれば犠牲が出たり世界の理がねじ曲がったりする可能性のある危険性が高いため、対処には慎重を期す。
そのため少しでもその異常具に対して有効手段を見つけている者の知識は酷く貴重なのだ。
俺達は多くの異常具を知っているが、対処法を知っているのはそのわずか20%くらいだしね。
さーて、秋にぶん投げよー。
「・・・んじゃ、とりあえず事後処理と行きますか。」
ーーー
囚われた人の解放と、エラードの搬送、現在確認されてる幽世渡りノ箱の回収を始めているさらに地下、金剛城が建てられる前からあった通路で血を垂らしながらレイッツオは逃げていた。
「く、、、ふふっ、、、久しぶりに、、、負傷しましたね。」
服は端々が焼け焦げ、胸の傷は未だに痛む。
しかし彼の脳裏には戦いを楽しんだあとの高揚感しか残っていない。
ーーガシャアンッ!
そんな彼の横にあったゴミが溜まっていた場所に何かが落ちてくる。けたたましい音を立てながら落ちてきた何かは音を立てながら立ち上がった。
「いってぇーなこんにゃろう! てか結局あいつらと合流できてないし、ずっとドカンドカンうるせえし最悪だな!」
落ちてきた蛇紋はゴミをまとわせながら怒りの形相でホコリを払いながら立ち上がる。そしてそこにいた満身創痍のレイッツオを見て目を細めたあと、「ケッ」と唾を吐いた。
「んだよ、俺は美人な女以外介抱する気はねぇぞ。」
「・・・望んでいませんでしたが、ここまで言い捨てられるとも思いませんでしたね。」
レイッツオは小さく笑いながら片手に鉈を持つ。
獲物を見つけた猛禽類のような光を目に宿し、そのままゆったりと蛇紋に向かって歩き出す。
「・・・へ? お、おいおい、あ、やっぱりあれだ、肩貸して知り合いの医者に紹介してやってもいいぜ?」
「ですから望みませんよ。」
走り出したレイッツオは万全のときと同じスピードで蛇紋に迫り、鉈を振り上げた。
腰に抜かしながら立ち止まるように手をかざし、後退する蛇紋に向かってその鉈は振り下ろされる。
ーーズガアンッ!」
突然もたらされる雷のような轟音とともにレイッツオの左腕が吹き飛ぶ。
予想外の衝撃と痛みにレイッツオは膝をついて困惑する。
「いやー、怖え怖え、鉈持って走ってくるとか怖すぎんだろ。なぁ、首取り レイッツオ。」
「・・・・・どうして、私の名前を? 何者ですか?」
「あー? ただの浮浪者だろ、どっからどう見ても。」
蛇紋はそう言いながらポケットからタバコを取り出して火をつける。その手に持ったジッポは年季が入っているが、浮浪者が持っているものとは思えない紋章が入っていた。
「・・・国防軍、ですか。」
「お?お前らクズでもそのくらいは気にしてんだな。御名答、国防軍だよ。」
言いながら蛇紋は雑に紋章の入ったジッポをぶらぶらさせる。
その適当な所作も今では鈍いと言うよりわざと見せる隙のように感じさせた。
レイッツオは出血を止めながらふらふらと立ち上がる。
「根性がすげぇな、俺だったら泣いて命乞いしてるぞ。」
「クフフ、許してくれないでしょうに、、、。」
既に肉をえぐられ、動かすだけでも痛みが伴う右手に鉈を持たせた。
そんな様子のレイッツオに蛇紋は嫌そうに肩をすくませる。
「おいおい、勘弁してくれ。おとなしくあきらめてお縄についてくれよ。」
「諦めは、、悪いので、、、。」
レイッツオと蛇紋は睨み合い、お互いに構えを取る。
一触即発の空気を醸し出しながら、膠着が続くと、背後からゴトンッと何かが転がる音がした。
「・・・あ? なん、だ?」
ズルリッ
割れた黒い箱から半透明の幽世ノ住人が現れる。
先ほど腕が吹き飛ばされる前に危機感を抱いたレイッツオはそっと幽世渡りノ箱を投げていたのだ。
蛇紋は震えたように声をかすれさせながらあとずさる。
「これが幽世渡りノ箱とか言う中にいるバケモ、、、ってあいつどこ行った!?」
幽世ノ住人に気を取られてる隙にレイッツオは逃げ出していた。
呆気にとられて固まる蛇紋に触手が迫る。
だがその触手を蛇紋は見ることもせずに躱した。
「だーっ! せっかくあの逃げ足の速いクズを追い詰めたのに勿体ないだろ!!」
頭を掻きながら睨むように後方に振り返って、幽世ノ住人を観察する。
さっきまで立っていた床は触手によって抉られていた。
「包み込んで内側の物でも分解すんのか? ったく、気味の悪い存在だな。」
住人は両手を広げ、無数の触手を展開させる。
そのあまりの数に蛇紋は目を見開き、頬を引きつらせた。
「・・・あー、やっぱ喧嘩ってのは外でやるもんだよな。ここじゃやめない?」
もちろんそんな言葉が通じるわけのない住人の触手は蛇紋を捕らえるために動き出したのだった。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
「・・・あーキモかった。」
地下通路を抜け、日の光が当たらない6番街に無傷の蛇紋は戻ってきた。手で庇を作り、「おっさんに触手が殺到する光景なんて誰が見たいんだよ。」と呟きながらため息をつく。
そんな彼の後ろにザッと一つの足音が響いた。
「・・・相変わらず神出鬼没だな。外で接触はしねぇって言っておいたはずだが?」
「早めにお話したいことがありましたので、、、。私を捉える事は並大抵の者にはできません。見つかる可能性は低いはずです、蛇喰 竜紋『少将』。」
いつの間にか蛇紋の背後に現れた嶺藤は、そう言って敬礼する。その丁寧な礼に名を出された蛇紋は嫌そうに顔を歪めた。
「・・・形だけの階級だろ。話ってなんだ。」
「貴方を次の局長に据えたいという話が出ております。ここには別の者を派遣するとのことなので是非ご帰還を、、、。」
「却下だ。顔も知らない上官が急に現れたところで誰も納得しやしねぇ。だったらお前がその穴に埋まったほうが何倍もマシだろ。・・・それに俺はこの地下での生活が気に入っててな、上に戻る気はねぇよ。」
「・・・しかし、国防軍の立役者である貴方に
「くどいぞ、上官命令だ。あきらめろ。」
そう強く返されて嶺藤は押し黙る。
蛇紋はため息をつきながら街の方に視線向けた。
「・・・仮にだ、別の者を送ると言って誰を送る気だ。一体誰が俺の代わりにハルの野郎を監視できる?誰が止められるって言うんだ?」
「・・・それは。」
「別に協力しねえとは言ってねぇ、命令があれば上に顔くらい出すが、ここを手放す気はない。上の馬鹿どもにも言っとけ、いい加減自立しろってな。」
その頑として引く様子のない蛇紋に嶺藤は諦めたように深いため息をついた。そして蛇紋の横に並び、彼に煙草を差し出して火をつける。
「・・・勘弁してください、私がそんな事言えるわけないでしょう? 先生。」
「はっ、損な場所にまで上がっちまったもんだな。板挟みだろうが上手くやれ、やりようは教えたはずだ。」
そんな突き放すような言い方に嶺藤はまた溜息をつく。そして自分もタバコを取り出し、煙を燻らせた。
「・・・やりようはあってもやりたいかは別なんですがね。」
「くかかっ、諦めろ。無能な上官がいて大変だな。」
「私は貴方を無能だなんて思ったことありません。」
「そりゃどうも。」
それだけ言って蛇紋は嶺藤に手を挙げながら歩き去っていく。その背を嶺藤は無言で見つめ、最後にまた、深いため息をついてその場から姿を消したのだった。




