噎せ返る怒り
落ちていく途中で剣を壁に突き刺し、減速しながら途中で止まる。それだけで痺れるような感覚が全身に駆け抜け剣を掴んでいられずそのまま穴へと落ちた。
「ーーっく、最悪な気分だ。」
穴の下にはクッションがあり柔らかく迎えられた。
落ちた時に死んだりしないための工夫だろうが、この薄さなら足とかは打ち所が悪いと簡単に折れるだろう。
死にさえしなければいい、、、あの男の性根を感じられて吐き気がする。
「ーーっつ! ぅあっ。」
手をついてクッションから起き上がろうとするが、力を入れるとすぐにそこが熱を持つ。
「厄介、だな。まさこれほどの、劇薬に気づかないとは、、、情けない。」
入った時からどこか甘い匂いは漂っていた。
ただその時はほんの僅かに香る程度で匂いは強くなかったはずだ。だがいつの間にか濃くなっている香に気づく事ができなかった。
「ま、まぁいい、少し落ち着けば治ま、、、」
【ギュヒッ!】
だが悪意は休む暇を与えてくれない。
暗い無機質な部屋の奥から息を呑むような奇声が耳に届く。
『鬼のような怪物が生まれた。』
どうもその怪物の檻へと落とされてしまったらしい。
なんとなく予測できていた事に不安はないが、焦りはある。
今のコンディションでは充分な実力を発揮できるとは思えなかった。
【ギュヒヒヒヒヒヒヒッ!!】
暗がりから現れた怪物は真っ赤な肌をしており、その体躯は2mを超えているだろう。嫌なほど吊り上げられた口元からよだれを垂らしながらゆったりとこちらに近づいてくる。
「・・・これがその食わされた少女が見た最後の人か。」
なんと醜悪で救いがない。
クズの気まぐれに無理やりつきあわされて人がここまでの怪物に見えるほど恐怖させられた。
とてつもないほどの怒りが腹の底から湧き出てくる。
「やはり意味がわからんな。あのクズの道理は、、、。」
今思うのは悲しみと憤りだけだ。
あの男が言うように人の本質が悪だとしたら私が今抱いてるこの感情はなんだというのだ。
・・・そもそも本質が悪? 表面にどっちが現れてるかなんて貴様に分かるわけないだろう。
「いいさ、私の剣であのクズの言葉を否定してやる。動く理由なんてただの弔いで充分だ!!」
腕を振り上げてきた怪物の大振りを後ろに跳んでかわす。
動きはあまり速くない、それに行動もひどく単調だ。
・・・だが
「ーーっつあ、気持ち悪い!」
唇を噛みながら何とか動く度に身体に走る痺れを打ち消す。厄介なのは痺れだけじゃない、どことなくあの怪物が動くたびに惹かれるような嫌な気持ちが湧きそうになる。
おそらくあの香と、怪物から発せられる独特な体臭のせいだろう。
飛び退いたときの衝撃によって刺激された体を落ち着けるように姿勢を低くしていると、プシュッとどこからか小気味よい軽音が聞こえてきた。
そして僅かに甘い匂いを感じ、すぐに口を袖で塞ぐ。
「ーーぐ!? 徹底的に動けなくする気か!」
油断せず落ちた相手が反抗する可能性を視野に入れトドメを刺しにきた。
用意周到というか臆病というか、どちらにせよ最悪な展開だ。
このままではいずれ動けなくなる。
ようやく香の焚かれた部屋から離れて少し動けるようになったのにこれでは振り出しだ。
負ければ終わる、そのくらい馬鹿でもわかる。
活路は短期決戦、一瞬で決着をつける!
「・・・ほんとなら斬り刻んでやりたがったが、仕方ない。出し惜しみして崩れたなど冗談にもならないからな。」
エリスは剣を掻き消して、こちらに剣呑な目を向ける怪物に手をかざした。
刻一刻と迫るガスが到達する前に起死回生の言霊を放つ。
「『求めるは生命の運び手、種を導き、恵みをもたらす息吹なり、しかし時に祝福転じて災いとなる、岩を砕き、創造を破壊し、遍く全てを奪い尽くす竜巻と化せ! 風獄楼!』」
唱えると同時にエリスの足元に薄緑色の魔法陣が広がる。
怪物が伸ばしてくる手が届く寸前、エリスを中心に風が回り始め、竜巻のように香を巻き込み辺りを破壊する風が生まれた。
【ギュヒイッ!?】
怪物は短い悲鳴と共に風に切り刻まれて消え失せる。
しかし風はそれだけでは吹きやまず、壁に着けた傷を徐々に、徐々に深くしていく。
「ぶっ壊れろ!!」
一気に魔力を込めて魔法に力を込める。
吹き荒れた風は壁すら吹き飛ばし部屋ごと辺りをぶち抜いた。
ーーガラガラガラ、、、
「ゲホッ、ゲホッゲホッ、さ、最悪な気分だ。」
砂埃に紛れて痛む頭を押さえながら蹲る。
ようやくほんの少しだけ回復した魔力を一気に消費したため魔力枯渇に陥ってしまった。
頭はガンガンと痛むし、体は痺れながら熱を持つという意味の分からない状態で動くことができない。
「うおおおぉ、しぬぅ。」
部屋の外は未だ金剛城の中のようで剥き出しの木材がズタボロになっている。
早くこの場を離れないといけないのは理解してるが身体が動かない。
すると向こうの方から大勢の足音が聞こえてきた。
「・・・まずいな。」
急速に魔力が抜けた影響で力がはいらない。
だが動かないわけにはいかないので、力がはいらないながらも何とか逃げようと必死に身体を動かすが思うように動かない。
後は角を曲がれば遭遇するくらいの距離まで近づいてきていることに気づき、万事休すかと諦めが脳裏によぎると、、、
「上にいないので驚きましたよ。では逃げましょうか。」
ーーシュンッ
頼りがいのある凛とした通る声が聞こえ、フッと景色が変わった。
荒れていた破壊跡が途端に土を押し固めて作られたような牢屋に移り、目を丸くする。
何とか気怠い頭を回して背後を確認すると、背に手を添えた副班長と目が合った。
「・・・まったく、名木田君は隠密行動という言葉を知らないのですかね?」
立ち上がってコキリと首を鳴らす副班長の周りにはボコボコに殴られて気絶する男たちが横たわっていた。
なるほど、副班長は地下に連れてこられて全員気絶させたのか。
あっさりと状況を把握できたので何とか視線だけで副班長に助けを求める。
「・・・え、動けないのですか? ふむ、体温が異様に高い、鼓動も早いですしまともな状態じゃないですね。」
副班長は軽く首に触ってすぐに状況を把握してくれる。
「何か嗅がされました? では少し休みましょう、薬が抜けてきたら行動しましょうか。・・・それまでは名木田君に任せます。」
副班長はそう言って端末をいじって何やらメッセージを送り、自分に水を飲ませてくれた。
あまりにスマートな仕事に惚れそうなんだが?
ーーー
ーーズガンッ!
「げほっげほっげほっ! う、うまくいったか!?」
「窮地だけどな。」
俺と蛇紋とフユ姉は咽ながら瓦礫から這い出る。
デカい居城に横穴を空け、そこから差し込む光に照らされながら辺りを見渡した。
薄暗いがガスランプに照らされた通路に眉を顰めていると辺りから声が聞こえてくる。
「おい、こっちから音がしたぞ!」「爆破でもされたのか!?」「くそ、こんな時に!!」
さまざまな怒号とともにチンピラたちが角から現れる。「やべっ」と冷や汗をかいていると、彼らは声を上げる前に黒いワームにバクンッ!とまとめて食われた。
「ないすフユ様!」
「・・・じゃ、蛇紋に褒められても嬉しくないぃ。」
「びえぇぇぇ」と半泣きのフユ姉の腕を取ってひとまずここを離れようと走りだす。
後ろから「おい、俺は!?」と抜けた声をとともにダバダバとした足音が聞こえるのを気にせずに走り、狭い物置小屋のような部屋に入った。
ごちゃごちゃした部屋の奥に縮こまるように身を隠す。一度ガラリと扉が開かれたが「そんな所隠れられるわけないだろ!」と同僚に一喝でもされたのか深く確かめられることなくチンピラは出て行った。
「あっ、ぶねぇー。」
「あわわわわ、ドキドキする。」
部屋の奥でフユ姉を庇うように上から覆っていると、下でフユ姉が鼻息荒くあたふたしているため気まずい。
「あれ? てか蛇紋どこ行った?」
「そ、そう言えばいないね。」
案外身体が大きいし一緒に隠れたら見つかりそうなはずなのにおかしいと思ったんだ。一回息を殺して耳を澄ますと廊下の方からバタバタとしてる音が聞こえる。
「おい!こっちにいるぞ!」「なんだこのデブ?こいつが侵入者?」「てか蛇紋じゃね?」
「うぉおおおー! あいつらどこいったー!」
頼むからそのまま囮になってくれ。
あいつのことは尊い犠牲だと思って諦めよう。実際結構お金かけてるし別にいいよね。
「いやー、にしても本当に潜入、、、いやもう突入か。よくうまくいったよな。」
「・・・く、空間を齧るってよくわからなかったけどうまくいったならよかった。」
そう、俺たちはあのあと高台に登ってフユ姉に空間を齧ってもらい、歪みを飛び越えて移動した(?)。
まぁぶっちゃけ言ってる俺もよくわからん。よくわからんけど異能でそんな無茶をしてる奴が昔にいたので同じようにやってみただけだ。
そしたら奇跡的にうまくいって金剛城に急接近できたのだが、たどり着いたのはちょうど外壁で何とかフユ姉に壁をかじってもらいながら侵入したってわけ、そんで今に至る。
「・・・これからどうするの?」
「んー、もう完全に侵入がバレてるし早めに幽世渡りノ箱を見つけないと証拠が全て消されちまう。・・・まずは一気に地下に行くか。」
言いながら下の彼女の顔を覗くと、グッと親指をが立てられる。了承をもらったし任せっきりになるけど掘削してもらうかな、ここまで来たらド派手に行きますか!!
真上から現れた黒いワームが下に向かって床を食い破りながらドンドンと二人で下に落ちていく。
ぶっちゃけどこで何してるか分からないから細心の注意をはらいながら辺りを見渡していると、横合いから振り切られる刃に気づき、フユ姉を庇いながら体をひねって何とか刃の横腹を蹴り上げた。
「あっぶね!?」
「・・・罠?」
こんな予想外の動きに対応してくる罠とかある!?
完全に動きが止められ、床を転がりながらR-808を取り出した。特に周りから人の気配はしない、しかしどこか嫌な気配がする。
ーープシュッ
ガスが吹き込まれる音が聞こえてすぐに袖で口を塞いで扉を蹴破る。何とか吸い込まなかったがこんな所で得体の分からないガスなんか絶対吸いたくないね。
というか抱きかかえてるフユ姉の柔らかさがやば、、、っとと邪念が混じったな。
ガコッ
「・・・なるほど、罠屋敷みたいなものか。」
「れ、冷静、かっこいぃ。」
多分目が曇ってるんだね。
いいから立ち上がって自分で歩いてくれないかな?
どこか動く気のないフユ姉を抱え上げると、横合いからトゲの壁が迫ってきていることに気づいた。
「随分と古典的な罠だな! いけ、罠クラッシャーフユ姉!」
「が、頑張る!」
優しいぃ、ていうか全肯定bot。
これが帆哭さんだったら「頑張ってくださいね。」といって姿を消し、班長だったら「失望させるなよ?」と脅されるからさ、、、。あれ、涙出てきた。
フユ姉が腕の中でグッと腕を構えると、ワームが両脇に伸びて壁を破壊する。
もう破壊者って言われてもおかしくないね、かっくぃー。
ーーザザッ
『あー、侵入者諸君、ワッチはエラード、ワッチはエラード。ケヒヒッ! ずいぶんとド派手な登場だな? お前らの正体はわかっている、対策局の連中だろう?』
どこかから人を嘲笑うような声が聞こえてくる。
恐らくだこの声の主がエラードだろう。小馬鹿にしたようムカつく喋り方だな。
『だがまぁ速攻でワッチを殺しに来なかったと言うことは情報通り灰原はいなーいようだな。』
情報通り?誰からの情報だ?
班長がレベル5の調査に向かったと言うのは同じ対策局員か、けしかけたグリーンパイソンくらいしか知らないはずだが、、、。
対策局員だとは思えないし、やっぱりグリーンパイソンかな。
まぁ、確かに班長なら上から突っ込んで建物ごと畳むだろうしね。
『でも残念だったね。君らのお仲間の可愛い、可愛~い人形ちゃんはすでに囚われの身、ワッチのペットが今頃可愛がってる頃かな?』
その言葉に俺はピタッと動きを止めて顔を怒りに歪めていく。横にいたフユ姉がビクッと震えて腕をつかむ力を緩める。
『ケヒヒッ! 何とか壊れる前に見つけられるといいねー。』
ーーブツッ
それだけ言い捨てて城内に流れた放送は途切れた。
後には無言の俺とフユ姉だけが残される。
・・・一回落ち着け、冷静になれ。
深く息を吐いて気持ちを一度落ち着ける。
向こうには帆哭さんがいるはずなのに捕まるのか?
ただ帆哭さんの異能は内部の構造が分からないと役に立たない。下手に分断されれば危ういとは思うがそのくらいは帆哭さんも想像できるはずだし何とかしてくれるはずだ。
・・・ほんとにか?
いくら安心材料を考えようとしても頭には不安がよぎってしまう。
どっちだ、どっちを急げばいい? 2人を信じて地下に行くか、助けに向かうか、、、。
どうしようか必死に頭を回しているとポケットが震える。
届いたメッセージを確認して俺は悪い笑みを浮かべた。
「・・・フユ姉、前に預けた俺の装備ってまだ持ってたりするか?」
彼女の『胃袋』は物を入れたり出したりできる便利な性能を持っていた。
・・・ただでさえ攻撃面でも凶悪なのに運び屋としても優秀すぎるんだよなぁ。
唯一の欠点を挙げるなら防御力だけかな。
本人が反応できれば大概の攻撃に対応できるけど、それを超えられたり、反応できなければ普通にダメージを負う。
・・・ってそんな事いいんだよ。
フユ姉は少し唇に指を当てた後、コクリと頷いた。
「う、うん、与罸なら持ってるよ。・・・で、でも『空写』程の性能は、、、ないけど。」
「持っててくれただけでもありがたいさ。」
俺が手を差し出すと、黒いワームが口から包帯に巻かれた武器を吐き出した。
ハラリと包帯を解くと、灰色のブレードタイプの剣が姿を現す。
まだ俺が対策局に来て間もない頃に使っていた装備の一つだ。
「ふ、ふふ、それを持ってる綾人くん、久しぶりに見た。」
「・・・そりゃ実際久しぶりだからな。」
与罸を腰に差して、息を整える。
・・・さて、マジでやろうか。




