6番街
まるで立体迷路かのように乱立する派手に電飾された建物群にどこから匂うのか分からない甘いんだが臭いんだか分からない謎の煙。
紛れる人々は派手な音楽を街中に響かせながら酒を交わし、遠くから聞こえるバイクの音や怒声が街の一部を形成するかのように自然に溶け込んでいた。
「す、すさまじいな。」
「・・・ここが6番街。まともな人間が1日で狂うことのできる異常な街ですよ。」
帆哭さんは変わらない景色にため息をついた。
俺も相変わらずだなぁ、と思って遠い目をする。
ーーガッシャアン!
「てめぇ! どこ歩いてんだ!?」
「ーーっ! 道歩いてるだけで殴ってくんじゃねぇぞ!」
ふらついた男がすれ違った男を瓶で殴りかかり、ひでえいちゃもんを付けている。
嫌な光景を見てすでに帰りたい気持ちがいっぱいになっていると、ふと視線を感じそちらから投げつけられた小瓶を掴み取った。
「ーーっち。」
路地の方でこちらを見ていたフードを被った青年が舌打ちをして影に消えていく。
・・・えぇ怖ぁ、通り魔じゃん。
投げられた小瓶にはヒビが入って簡単に割れるようになっている。中の無色透明な液体は劇薬かなぁ?
「・・・帆哭さん、やっぱり収集班に任せて帰りましょう。」
「対処はできないので仕方ありませんよ。というかまだ入り口じゃないですか、心折れてないで行きますよ。」
「・・・はーい。」
諦めたように項垂れながらついて行く。
ちなみにエリスは大丈夫かな?と振り向くとドン引きした表情をしていた。手に持ってる剣は何かな? 頼むから襲いかからないでくれよ?
それからたった数メートル歩いただけで目の前にチンピラの集団が道を塞いできた。
俺は顔を両手で塞いで「あぁ~めんどくさいよー。」と聞こえないように呟く。
帆哭さんはチャラチャラしてる連中を鋭く細めた目で睨みつける。
「何ですか?」
「いやぁ怖いなぁ。別に? 少し遊ばないかなって思ってね。」
「・・・忙しいので失礼します。」
「まぁまぁ、お話くらいしようよ。」
チャラい連中はテンプレでもあるのかってくらいよくある絡みで帆哭さんを苛立たせる。
目を細めて露骨に青筋を立てる帆哭さんが暴力に走る前に俺が先に前へと出た。
「・・・なに? お前が遊んでくれるの?」
前に立つ無駄にチェーンをチャラチャラ付けてる馬鹿を無言で見返す。言っとくけど俺が守ってるのは君等だからね?
何で赤の他人で関わりたくもない奴らを守らないといけないんだよ。
俺は懐からスプレー缶を取り出した。
周りでニヤニヤ見ていた他のチャラ男も急に取り出されてスプレー缶に首をかしげる。
「ぷしゅ~。」
「ーーてめ! なにお、、、くっせ! オエッ!オロロロロロロッ!」
「トッチン、だいじょ、、、オロロロロロロッ!」
「なんかヘドロと納豆とカビた牛乳の匂、、、オロロロッ!」
いやぁ、獣屋に各個撃破向けチンピラ撃退用スプレー貰っといて良か、、、くっさ! ちゃんと風上側で使ったのにこっちまで臭うんだけど!
あいつこのスプレーはかかった相手しか臭わないって言ってたはずなんだけど!?
俺はすぐに一歩後ずさって帆哭さんとエリスを連れてそのまま走り去る。
「あー、臭かった。」
「・・・ボッキボキに畳んで欲しかったのですが。」
「鼻が曲がりそうなのだが、、、。」
どこか責めるように見てくる二人に俺は一汗かいたようないい笑顔を返す。帆哭さんが近づいてきたので褒めてくれるのかなって期待したらスッと足を踏み抜かれ、俺は激痛にしゃがみ込んだ。
・・・まったくー、自分じゃなくて他人の手を汚させようだなんてひどいなー。
「へ、下手にボコボコにして軋轢作るとバックに何がいるか分からないんでこれでいいんですよ。あいつらも臭いスプレーかけられたんでやり返してくださいなんて口が裂けても言えないでしょうから。」
「・・・・・あぁ、確かにそうですね。」
「なるほど、言われてみるとそうだな。」
でしょ? なのに足を踏み抜かれた俺って本当に可哀想。
2人とも得心のいった顔をして頷いた後、それぞれ適当に楽な体勢をとる。
あ、エリスさん?そんな適当に木箱に座るとスカートが、、、帆哭さん?何で鉄パイプを手に持ったんですか?
「それでこれからどうするのだ?」
慣れないメガネをあげながらそう聞いてくるので、俺は帆哭さんに視線を送った。
「・・・知り合いを訪ねます。少し癖がある方なので素直に協力してくれるか分かりませんが。」
「あぁ、やっぱり『ハルさん』に会いに来たんですか。」
「彼自身は情報を持ってはいないかもしれませんが『ファミリー』の誰かしらなら知ってるでしょう。」
確かになぁと頷く。
あの人はこの街に驚くほど馴染んでるしね。悪い人じゃないんだけど何か野性的な勘が鋭すぎて少し緊張する。昔に世話になった恩もあるし会いたいけど野性的な勘が鋭どすぎて気が休まらないんだよな。
俺はそんな事を考えながらついていけてないと思うエリスに振り返った。
「ま、簡単に説明するとここに住んでる荒くれ者かな。性格は荒っぽいけど悪い人じゃないよ。」
「・・・あ、綾人が紹介で良い人なんて言うとは、相当な御仁なのだな。」
君は俺のことをどう思っているのかな?
俺だって人を紹介する時は素直に、、、褒めることは少ないかもしれん。ごめんなさい、反省します。
ひとまず目的は決まったので移動を開始する。
帆哭さんを先頭にするとまた絡まれるから俺が前に立って歩けばあら不思議、絡まれる回数が一気に減りました。
何でだろうね?そこら辺を歩いてるチンピラ達と同じように目つきが悪いからかな? はっはー、泣きそう。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
しばらく迷路みたいな廃墟を登ったり降りたりすると最初に出た広場の様相とはうって変わり、静かな居住区が姿を現す。
ただ居住区と言ってもどこから拾ってきたかもわからないボロボロの家具とかでその日その日を生活してるようなホームレスのような生活感を感じさせた。
すれ違う人や各々に休んでる人達が値踏みするようにこちらを睨んでくるが、絡んでくることはない。
俺は辺りを見回して壁を背にしていた逆立った赤髪に黒に赤のラインが入ったスポーツタイプのアウター、クロップドパンツを履いた青年を見つけた。
その青年はジッパーのついた黒いマスクを付けていてこちらを興味なさそうな冷めた目で見つめている。
俺はその青年に気さくな笑顔を浮かべ、手を振りながら近づいていく。
「よ、久しぶりナツ。」
「・・・一年か? 久しぶりだ、綾人。」
興味なさそうな表情は変わらないが、相変わらずちゃんと返事を返してくれる。
もともと感情を表に出さないだけで結構気さくなんだよなこいつ。
「にしてもここらへんまた人増えたな。またファミリーが増えたのか?」
「・・・知らない、勝手に住み着いてるだけだ。」
ナツについて来いと手だけで示されたので素直について行く。そしてひと気がなくなってきたら俺は一度エリスの肩に手を置いて前へと押し出した。
「はいナツ紹介、対策局の新人で名前はエリス。」
「急だな!? え、エリス・ル・ラクラットだ。」
「・・・びっくりした。え、さっきまでいた?」
ナツは驚いたように眉を上げている。
知らない人がいるのに一切触れてなかったからやっぱり気づいてなかったのね。ちゃんと認識阻害のメガネは効果を発揮してるみたい。
俺に触られて効果が切れ、認識できるようになったエリスにナツは戸惑った後、少し頬を赤らめる。
「・・・お前ガキだな。」
「・・・べ、別にそういうわけじゃない! ただ動揺しただけだ!」
声を荒らげてる時点で図星だと思うけどね。
まぁ本人に拗ねられても困るし、あまりイジらないようにしよっか。
てかほとんど無感情なナツが動揺するってすごいね。
「・・・そういえば何しに来たんだ?」
ナツは話を変えるように俺たちの用件を聞く。
言われて思い出したので来た要件を説明することにした。
「探し物しててな。どうもこの街で量産されてるみたいで情報を求めに来たんだよ。」
「・・・あぁ、じゃあハル兄に会わせなくても別にいいのか。」
「いや流石に挨拶くらいはさせてくれよ。」
せっかく来たんだしね。
そう思って言っただけなのに帆哭さんとエリスは驚いた顔をしている。本当に君たちは俺のことをどう思ってるのかな?
「・・・で、何を探してるんだ?」
「幽世渡りノ箱って知ってる?」
単刀直入に聞いてみたらナツは普通に首を傾げた。
「・・・カクリヨ? なんだそれ、学がないからわからん。」
「あってもよくわかんないからな。えーと、黒い正方形の箱なんだけど見たことない?」
「・・・・・・・あ、もしかして最近ハザード共がボコボコにされたあと逃げるときに使ってる箱か? 何か地面に落とした後に黒いニョロニョロしてるものが出てくるやつ。」
ナツのそのセリフに俺と帆哭さんは顔を見合わせた。
そして帆哭さんが口を開こうとしたがその前にエリスがポンと手を叩き、、、
「うむ! たぶんそれだぞ!」
大きな声で頷いた。
元気が良くて何よりです。
ほら、帆哭さんが出鼻をくじかれて少し困ってるよ。
「・・・こほん、ではそれについて詳しく教えてもらえません?」
「・・・あー、俺たちあれ気持ち悪くて嫌いでな。特に奪ったりもしてないから詳しくは知らないんだよ。ハル兄にも触れるなって言われてるし。」
・・・触れるな? あれがどういう代物なのか知ってるのだろうか。やっぱり一回あってみといたほうがいいな。
「・・・でもわかってる? ハザードのトップ、エラードは6番街の元締めだぞ。ハル兄が睨んでるこの一帯には手出しはしてこないだろうけどテリトリーを荒らされれば俺たちにも手に負えない。お前らは友達だけど、それとこれとは話が別だ。」
「わかってるよ、これは俺たちの問題だからな。ただ情報がもらえれば十分だ。」
「・・・わかった。ひとまずハル兄の所に案内するよ。フユ姉も会いたいだろうし顔を見せてあげて。」
「え、あいつ食べ物以外に興味持つことあるの?」
「名木田君、失礼ですよ。」
頭の中に何か食べてる姿しか見覚えのないダメージジーンズに上はビキニという痴女っぽい格好をした人物を思い浮かべていると、ナツが先導して少し高いところにあるやけに斜めなビルらしきものに上がっていく。・・・倒壊したらどうするんだろうね?
ビルの中は外にいた人たちよりも武装していたり喧嘩慣れしてそうな武闘派っぽい人達が多い。
エリスにはまた眼鏡をかけさせたし、ナツに案内してもらっているので特に触れられたりもせずに目的の部屋に辿り着いた。
ーーギィ
錆で軋むドアを開けた中には朽ちたボーリング場があった。
そのど真ん中にでっかいソファと空き瓶に囲まれた男性が寝っ転がっている。
「・・・ハル兄、お客さんだよ。」
ナツが声を掛けると細いがガッシリとした筋肉質の上半身に右腕だけガッツリ入れ墨の入った上裸でアーミーパンツを履いたハルさんが欠伸をしながら起き上がる。
左だけ剃り上げたくすんだ赤髪に鋭い鷹のような目でこちらを睨み、そしてその目を軽く見開いた。
「なんだ綾人じゃねえか、久しぶりだな。」
「お久しぶりですハルさん。なかなか来れなくてすみません。」
「ふっは!構わねぇよ、てかどうせ来たくなかっただけだろ。お前絡まれるの嫌いだからな。」
「・・・喧嘩なんてしたくないでしょ。」
「そうか? てめぇの拳を気軽に試せる場所なんかなかなかねぇぞ。」
「案外世間に溢れてるからいいや。」
どんなに綺麗な街でもガラの悪い人間は居るからね。違いなんて多いか少ないかだけだよ。
ハルさんは久しぶり会った俺に嬉しそうな笑みを浮かべたあと、俺の後ろへと視線送って頬杖をついた。
「朱紀ともう一人は知らねえな。朱紀がいるってことは仕事か、何が知りてえ。」
相変わらず察しがいいな。てかエリスにも気づいたのか、認識阻害は一級管理品に指定されるほど危険視されているのにこの人相手だと役に立たない。感覚が鋭すぎるんだよな。
俺が説明する前に帆哭さんがエリスを連れて一歩前に出た。
「その前にハルさん、挨拶させてください。」
「ん?あぁ、そう言えば朱紀も久しぶりだったな。」
「はい、お久しぶりですハルさん。班長から伝言を預かっています、「たまには遊びに来い。」と。」
「けっ、遊び相手が欲しいだけだろ。喧嘩は好きだがやられっぱなしは好きじゃねえ。」
「ふふ、あの人と喧嘩できるのはハルさんくらいですから。」
そう言って微笑む帆哭さん。
確かに帆哭さんの言うと通り普通は喧嘩にすらならない。それだけでも彼の強さがうかがえる。
「紹介しますね、新しく対策局に入ったエリス・ル・ラクラットさんです。」
「エリスという、たいそうな御仁だと話に聞いた。よろしく頼、、、痛い!」
「お前は何時になったら初対面の人に敬語を使えるんだ?」
ペシリと叩かれ頭を押さえるエリスに呆れた視線送る。いい加減そこら辺も成長してもらいたい、てか騎士団長ならそういう機会も沢山あったと思うんだけどなぁ。
「別に気にしねぇよ。んなことよりお前、いいカラダしてんな。後で相手してくれ。」
「・・・む? いや、私はそういう事はせんぞ。」
「・・・ハル兄、その言い方は誤解がすごいから。喧嘩相手になってくれってことだから誤解しないで。」
「あ? それ以外ねえだろうが。」
そんなことはないと思うよ。実際に俺はビビったしね。
でもこの人の頭には本当にそれ以外の意味なんてないんだろうな。
「だが班長の相手ができるほどだろう? 私では役不足だと思うが、、、。」
「何いってんだ、お前だいぶ鍛えてるだろ。死に物狂いで生きてきた匂いがする。その血生臭さは俺好みだ。」
「・・・。」
エリスはそう言われると今まで見たことがないほど真剣な目で口を噤んだ。俺はそれを横目に見ながら少し考える。
・・・確かに騎士団長になるには半端な実力では足りないはずだ。それに至るまで、彼女は必死に強さを磨いただろう。
どうして鍛えようと思ったのか、、、その理由を俺は知らない。
「・・・機会があればな。学ぶことも多そうだしその時は相手させてもらう。」
「おう、よろしくな。・・・で、そろそろ何しに来たのか教えてくれ、あまり焦らされるのは好きじゃねえ。」
ハルさんはそう言ってソファの上にふんぞり返る。
そして俺達はナツに伝えたことと同じ事を彼に話した。
「・・・あぁ、あのチンケな箱か。一回壊したことあるが気持ち悪いのが出てきてからは触らねえようにしてんな。」
「こ、壊したの!?」
「ん?不味かったか? 塵になって消えるまでぶん殴ったから大丈夫な気がすんぞ。穴も塞いだしな。」
「・・・よ、良かったです。・・・え、塞いだ? 物理干渉できないはずなのに? ま、まぁ大ごとにならなくて安心しました。」
珍しく帆哭さんが素の反応を見せた。
理解しがたいセリフもあったみたいだけど災害にならなくて良かったとは俺も思うよ。
「ただナツの言った通りあの箱はエラードの野郎が仕切ってる『ハザードファミリー』の連中がよく使ってる。無駄にでかいし目をつけられるとしつこいぞ。」
「・・・知ってるけどリスクに突っ込む仕事だからなぁ。」
そう言いながら頬を掻く。
ぶっちゃけリスクに突っ込まないと何も解決できない仕事だからね。
「はっ、ちげえねぇな。・・・悪いけど手伝えることはねえぞ。」
「えぇ、少しもだめ? 喧嘩できるよ。」
「ふっは! ちげえねえ!・・・と、言いてえが俺一人なら付き合うが変にしがらみも増えちまってな。アイツラからは嫌な匂いがする、力で解決できないことはしない主義なんだ。」
「知ってるよ、元々挨拶しにきただけだから。」
助けてもらえたら心強いけど迷惑はかけたくない。昔から何回も助けてもらってるのに仇では返したくないからね。
すると、ハルさんは一度顎に触れて横にあった酒瓶を放り投げてきた。
「いやいや、これから仕事だって。」
「わーってるよ。それを持ってハザードのとこにいる蛇紋ってジジイのところに行け。いろいろ顔が利くやつだ、連中の中に入れる方法も知ってるかもしれねぇ。ただまぁ、、、うぜぇけどな。」
一瞬最後に嫌なことを言われた気がする。
でも確かに知ってるなら会っといたほうがいいだろう。
ふぅ、まだまだこの人に恩を返すことは難しいかな。
「ありがとう、また来るよ。」
「おう。・・・あ、そうだ、フユのやつが連中のところにいるから見つけたら帰るよう伝えといてくれ。」
「・・・え、フユ姉向こうにいるの? 何で?」
「あっちぃ勝負があるんだと。」
ナツも知らなかったようでハルさんに聞き返していた。俺の知ってるあの人は基本、ここで買い食いばっかしてるから外にいるのは珍しい、、、。
「・・・平気か? 皆が姉と呼んでいるということは女性だろう? この街を歩くには少々不用心な気がするのだが。」
エリスが最もなことを言って心配そうに眉を曲げる。
しかし、そんな心配をよそにハルさんは豪快に笑った。
「ふっはっは! 平気だろ、この街であいつに手を出すバカはもうほとんど居ねぇよ。いたら余程の命知らずだ。」
そう言いのけてハルさんは最初に来た時のようにソファに寝転がった。
もう充分だろと手を振っているので俺達は言葉をあとにして、目のチカチカするネオン街へと向かう、、、。




