エリスの一日
あのあと家に帰って風呂に入って寝て、次の日朝日とともに目が覚めた。
「おはようだ! 綾人!」
「おうそうか、とっととドアを閉めて居間に帰れ。」
折角いい天気で青空が覗いているのに綾人は部屋を開けられた瞬間そう言って布団に潜った。
というかこの部屋寒いな、クーラー何度なんだ? あ、25℃寒くないか?
「風邪引くぞ?」
「おかんかお前は。てか普通に部屋開けて入ってくんな。」
・・・そう言えば前も勝手に部屋を開けて怒られたな。座らされて小一時間詰められたの忘れてた。あそこまで怒る必要はなかろうに、、、。
休みたいなら仕方ないのでドアを閉めて居間へと戻る。
さてこれからどうしようかと腰に手を当てて頭を捻った。
「二度寝などしたことないし、このまままた休むのもな、、、。よし、折角だし掃除でもしよう。」
基本的にまだエリスの中に一人で外出するという選択肢はなかった。周辺の地理にも疎いし、常識も覚えきれているわけじゃない。
そんな中外に一人で出て何か問題でも起こせば忙しそうな副班長に迷惑をかけてしまうだろう。さすがにあれ以上負担をかけたくはなかった。
なので綺麗に整理整頓され、片付けるものは少ないが埃を被った部屋を掃除することにする。
窓を開け、ホコリをキャッチするモサモサの道具を取り出して上から掃除をしていく。
そしてモップをかけてトイレとお風呂を磨いたら円盤状の機械の前に立ちつくす。
「・・・こ、これがお掃除してくれる機械だったな。確か綾人はここのボタンを押して、、、。」
カチッ
フイイイイイイイィ、、、、。
「思ったより静かだな。」
見様見真似で操作してみたが上手く起動してくれたようだ。円盤状の機械はあっちこっちに行ったり来たりして床のほこりを取ってくれる。
「・・・なんだか和むな。」
ウィンウィンと静かながらも壁に当たらないようにゆっくり走る機械をしゃがみながらボーっと眺める。
そのままこっちに帰ってきて定位置にカチッとハマるまで眺めてしまった。
「・・・・・っは! まだ掃除の途中だった!」
パタパタと洗濯機を回して水回りを磨く。
ここらへんの水回りや洗濯はほとんど綾人がやってくれているので少し苦戦したが、エリスは洗剤の洗浄力に驚きながらもなんとか終わらせた。
「・・・ふぅ、ここまで綺麗にすれば良さそうか。」
洗濯機が止まると同時にほとんどの掃除が終わり、洗濯物を干すと遂にやることがなくなった。
もともとそこまで汚れてたり散らかったりしていなかったのでそこまで時間はかからず、まだお昼前なのにやることが終わってしまう。仕方ないのでソファに座ってテレビをつけた。
『ーー大臣の行方は未だに分かっておらず、地下に存在した謎の地下室と関係があるのかと噂されています。国防長官は責任を取って辞任、ただ国民からは説明責任を果たせと言及が続いています。』
「・・・ふむ、この前のイルシオンパークの件か。」
まだ事件から数日しか経っていない。
あの一件はまだまだ収束しそうになく、人々から責め立てる声が連日寄せられているようだ。
それでも綾人からすれば「そのうち収まる。」らしい、が今のこの勢いは正直怖かった。
「・・・・・だがあの男が言った通り、私らの話題だけは怖いくらい上がらないな。」
避難指示をだしたのは対策局だと言っていた。なのにニュースや新聞を見てもびっくりするくらい名前が上がらない。班長が圧をかけたのか、あの嶺藤という男が規制したのかは知らないがここまで隠せるものなのだな。
一人でそんな感想を抱きながらチャンネルを適当に回す。別に見たいものがあるわけではないのでコロコロチャンネルを変えていたら見たことのある顔が映った。
「む、この前の映画で妹役の女優か。」
・・・確かユーカだったか?
短く切り揃えられたサラサラの黒髪に優しそうな相貌は幼い印象を抱かせる。
司会の男性と楽しそうに笑いながら会話しているところを見ているとふと彼女の背後に黒い影が映ったような気がした。
「・・・ん?」
ほんの一瞬だけ映った黒い影。
しかし司会者や他に座っている芸能人たちは何も見えなかったのか会話を続けている。
エリスも見えたのはその一回だけでその後は何も見ることはなかったので特に気にしないことにした。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
「・・・お腹すいた。」
太陽は完全に昇りきり、時刻はお昼時を示している。
前ならお腹空いても耐えれていたがここのところ美味しい食事と空き時間に何か食べることが多いため空腹に弱くなっていた。
一先ず綾人の部屋をノックしてお昼をどうするか尋ねてみたが「俺はいいやー、適当に食ってくれー。」とだけ返された。
・・・さてどうしよう。
野営とかで適当にスープや肉を焼くことはあっても綾人のように丁寧な料理はしたことがない。
まぁ包丁とかは向こうにもあったし肉や野菜ぐらいはわかるから軽く炒めるくらいはできそうだが、、、。
「そういえばとても簡単に美味しいものが食べれると言っていた代物があったな。」
思い立ってガサガサと食料棚を漁ると四角い入れ物を取り出す。
「カップ焼きそば? 確か綾人は蓋にやり方が書いてあるからその通りにやれと言っておったな。」
包装をはがしてフタの表面に書いてある説明を読んでいくと、、、
「えーと、中の液体ソースとかやくを、、、か、火薬? え、た、食べれるのか?か、火薬。」
エリスは完全に勘違いをしながら恐る恐る説明通りに点線の位置まで蓋を開けて中からソースとかやくを取り出した。
「・・・野菜じゃないか。」
想像していた粉が出てこなくて良かったと安心して中にザラザラ撒いてお湯が沸くのを待ちながら端末をいじる。
そういえばリリカにオススメされた音楽アプリがあったなと開いて適当に再生した。
『〜〜〜♪ 〜〜♪ 〜〜〜〜〜♪!』
優しそうなメロディーとテンポのいい音楽。
「おぉ!」と声を漏らしながらまったりと首を揺らす。よく酒場とかで詩人が歌っているのを聞いたことがあったがこの音響と独特なリズムは癖になるな。
ピーー
「お、沸いたか。」
お湯を注いで3分待つ。
1、2、3、、、、、、、、、、、180。
1から数え終えて湯切りを取れば良いのだったな。
そう思ってペリッとシールを剥がしてふと思った。
「・・・このまま傾けたら中身こぼれないか?」
ハッと嫌な予感を感じて踏みとどまりフタを押さえてお湯だけを流す。
麺にソースをかけてかき混ぜるとふわりと香ばしい匂いが漂い空腹を刺激した。
ーーきゅーーー、、、。
「ここまで暴力的な匂いがするものか。」
空腹をダイレクトに刺激する香りにたまらずフォークを持って茶色く染まった麺を持ち上げ、口に運ぶと、、、。
「ーーぷはっ!」
熱さの中に感じる濃いソースの味。
麺はモソモソしているがそれすらも醍醐味のようにカップ焼きそばという代物を完成させていく。
無心になって食べ続けるとあっという間にカップは空になった。
「ものの数分でここまで美味しいものができるのか、、、。野営でこれがあれば皆の戦意が高く保てそうだ。」
「・・・カップ焼きそばを戦場に持ってこうって言う発想は初めて聞いたな。」
食事に集中していたら後ろから呆れたように言われて首だけ振り返る。そこには寝起きでいつもより数倍目つきの悪い綾人立っていて、癖っ毛をさらに暴れさせながら欠伸をして洗面所へと入っていった。
そして少ししたら戻ってきてコーヒーを淹れ始めた。
「・・・いるか?」
「うむ、もらえるか?」
そう返すと綾人は「あいよ」と言ってコーヒーを前に置いてくれた。
豊かな香りを楽しみながら飲んでいると綾人は前に座ってノートパソコンを開く。
「・・・え、綾人、、、仕事、、、か?」
「そんなあり得ないものを見るかのような目で見なくても、、、。ま、仕事じゃないけどな。」
何だ、仕事じゃないのか、、、熱があるのかと思った。
私が胸を撫で下ろしてるところを綾人に「俺のことをなんだと思ってんだ?」という様な薄目で見られたので「日頃の行いだ」と目だけで返した。
「それで何をしているのだ?」
興味が湧いたので聞いてみたら綾人は「うーん、、、。」
と微妙な顔をして画面をこちらに向けてくれる。
そこには綾人が所持しているR-808のような形状の銃が写っていた。
「・・・?」
「ちょっとした趣味だよ。俺専用のカスタム拳銃を獣屋に作ってもらおうと思っててな。そのイメージ案と欲しい性能を議論してるって感じ。」
「今使ってる銃じゃダメなのか?」
「いや相当満足してるよ。ただそれとは別に専用弾が欲しくてな。今のやつに合う規格の弾を作って使うのでもいいんだけどそれなら一から作って「材質を変えるならどうしても射程距離や威力とかが落ちたりするっすから性能を維持できるように専用モデルでも作ってみないっすか?」って獣屋に言われてな。」
・・・ちょっとよくわからないが要はフルで性能を活かせるように専用器を作ろうということか。
そのイメージを照らし合せて上手く機能と合致するか相談している段階という話だと思う。
「まだ話し始めたばかりだしそこまで進んでないけどな。まずは試作品から、、、」
ピンポーン
綾人が説明しているとインターホンが鳴る。
その音を聞いて綾人は「来たかな」と呟いてモニターを確認してどうぞと招き入れた。
「ちわーっす。2人ともお久しぶりっすね。」
開けた先にはチャラそうにツナギを着こなした獣屋が立っていた。相変わらずの気さくな笑みで手を振ってきたので私も軽く手を振り返す。
「にしても本当に2人で暮らしてるんすね。帆哭さんから聞いてましたけどどんなラブコメっすか?」
「・・・お前ラブコメとか読むのかよ。別に何もねえし、邪推すんなよ。」
「いやいや~、とか言って間違って浴室のドアを開けちゃったりしてラッキー、とかあるんじゃないっすか?」
「・・・・・はっ倒すぞお前。」
「え、今の間はもしかし、、、」
「いいからさっさと用を済ましてくれよ。」
疲れたように綾人は頭を押さえながら手を出すと獣屋は「冗談っすよ」と言いながら綾人の手に茶色の簡素な箱を置いた。
「メッセージでも伝えたっすけど性能は既存の弾丸に比べてかなり落ちてるっす。最大射程距離は約600ヤードから800、有効射程距離はさらに短くなるっすね。やっぱり普通の銃弾に比べて弾の材質を変えてるんで、既存の銃じゃインパクトの衝撃が強すぎて弾が耐えられないのでこれが限界っす。」
「充分だろ、むしろよく使えるように出来たな。」
綾人はそう言って箱の蓋を開ける。
そこには9mmの銃弾が詰められていた。
そう言えばさっき専用弾の話をしていたしその試作品だろうか?
私が興味津々に見ているのに気づいた獣屋はニコっと笑って何やら懐をゴソゴソしだす。
そして何やら小さな黒い箱を取り出した。
「名木田君ついでにラクラットさんにもプレゼントっす。開けてみてください。」
言われて手渡された小さな箱を開ける。
そこにはシンプルなメガネが入っていた。
「・・・メガネ?」
「はい、認識阻害眼鏡っす。」
「ーーぶっ!?」
よくわからず首を傾げていると後ろの綾人が何やら吹き出した。
そして慌てたように獣屋に詰め寄る。
「お、お前っ!?認識阻害を持たせた物品って一級管理品じゃねぇか! こんなの渡されて奪われでもしたらどうすんだよ!」
「え、普通に捕まるっすよ。」
二人が何を言っているのかわからないが少し不穏な一言が聞こえた気がした。
若干の不安を感じていると獣屋は軽快に笑った。
「ははっ、確かに奪われたら大変っすけど名木田君なら認識阻害は効かないし回収もできるじゃないっすか。それにラクラットさんが注目を集めすぎるのも大変っすよね?」
「それはそうだが、、、。いや一人で探して回収って結構大変じゃねぇか。」
「てか奪われなければいい話っす。」
そもそもなことを言われて綾人はぐぬぬと押し黙る。
だがそもそもな話何が危険で重要なのか私は一切わからないので素直に聞くことにした。
「綾人、一級管理品ってなんだ?」
「あぁ、一級管理品っていうのは国が指定した一般への流通を禁止し、制作方法及び素材の情報は極秘とされている品のことだ。そんで認識阻害を帯びた物品はすべて一級管理品に該当する。」
「ふむ、何故だ?」
「悪い奴らに渡ったら非常に厄介だからだよ。それだけで相手の居場所を特定するのが難しくなるし重要施設への侵入も容易になっちまう。だからこそ国は認識阻害を帯びた物の製造を原則禁止にしてるんだよ。」
「そ、そんなもの持ってて平気なのか?」
「それを誰かに渡したりしたら捕まるね。てか獣屋、お前も捕まるんじゃねえか?」
説明の途中である可能性に気付いた綾人が獣屋にそう聞いた。すると彼はキョトンとした顔を浮かべる。
「もちろんっす、そこは信頼して渡してるんで頼むっすよ? あと管理責任者は名木田君で申請してるので、捕まるのはラクラットさんじゃなくて自分と名木田君っすね。」
「・・・ちょっとまて、俺はそんな契約書に印鑑を押した覚えはない。」
「いやいや、この前押してくれたじゃないっすか。まぁ紙束に溺れてたんでちゃんと見てはいなそうだったすけど。」
そう言われて綾人は頭を抱えながら「ああぁ!?」としゃがみ込んでしまう。
・・・なんだろう、獣屋も獣屋だがちゃんと確認しなかった綾人も充分悪いかもしれん。
なんとも言えない顔で綾人を見下ろしてから獣屋に向き直った。
「それでこれはもらって良いのか?」
「大丈夫っすよ! 別に普通に使う分には便利な代物っすからね。あ、ちゃんと正規の手段も踏んでるっすからラクラットさんが使ってても何も問題はないっすよ。」
そこまで言うなら普通に使う分には何の問題もないのだろう。
実際に性能としてはとても助かる。
外に出るとどことなく見られていた気はしたし、容姿が目立つのかこの前のイルシオンパーク侵入任務の際も一番に目線を気づかれたからな。
綾人は認識阻害を無効化できるし連携も特に問題はなかろう。
「ありがとう、大切に使わせてもらう。」
「うっす、後で感想聞かせてくださいっすね。」
そして獣屋はやる事があるといい、特に寄って行ったりはせずそのまま帰って行った。
それからはまた空き時間となったので思い思いに過ごし、夕飯をいただく。
相変わらず美味しい料理に満足し、先にお風呂を頂いた。
ーーチャポン
温かい湯船に浸かりながら一息つく。
「ふぅ、今日はとてものんびりできたな。」
明日からはまた仕事があると言われているので気を引き締めないとな。そう思いながらも今は気持ちを弛緩させてゆっくりと湯船で体を伸ばす。
「・・・ここまでゆっくり出来たのは本当に久しぶりというか、何年ぶりというか。ふふっ、前の私であれば考えられなかったな。」
エリスは騎士団長として常に皆の見本となり、そして国を守る必要がある。休む暇なんてなかったし、常に実力を磨き続け、精神を研ぎ澄ます。
気持ちを緩めるなんてしたことなかった。
それほど肩書きというのは知らず知らずのうちに重圧としてのしかかっていたのだ。
「・・・息抜きの素晴らしさは知らなかったな。これはちゃんと反省して、向こうに戻ったら皆にどう息抜きしているのか聞いてみるとしよう。」
呟きながら肩まで浸かる。
頭の中に巡るのは本当に帰れるのか、それは何時なのか、そして国は残っているのか、、、。
暗い考えが頭を過ぎって寒気がする。
考えたくない、そう思うが頭の中には次々と嫌な予想が湧いてきてしまう。
エリスはお湯をすくって一度顔にかけて考えを散らせた。
・・・今考えることじゃない。先ずは戻れてからだ。
気持ちを切り替えてお風呂を上がる。
そして脱衣所に行き、水気を拭ったらあることに気づいた。
「あ、着替えを忘れた。」
また忘れてしまったと頭を押さえる。
どうも向こうでは一人で暮らしていたのでそこら辺の気配りが疎かだった。
仕方ない、また部屋に戻って取りに行くか。
そう思ってドアの取っ手に手をかける。
「・・・。」
かけた、、、が、、、
「・・・な、なんか、あれだな。」
・・・?
何かおかしい。
何故か頭の中に居間にいる綾人の顔が浮かび、途端に顔が熱を帯びた。別に裸を見せることに対して前はそこまで何か思うことはなかった。
別に減るものでもないし、相手だって他人じゃない。
さすがに警戒しないといけないことは分かっているが何かされても反撃する自信はある、、、のだが、、、。
「・・・み、見苦しいかも知れないしな。」
何故かとても恥ずかしい。
前と比べて心がざわめくのだ。
一体何でこんな気持ちになるのかわからず、脱衣所のドアをノックして綾人を呼んだ。
綾人が「どうした?」と向こう側から声をかけてくれる。それだけでなぜか心臓が跳ねたが、綾人に着替えを持ってくるように頼んだ。
すると綾人は「・・・またかよ、まぁ出てこなかっただけ成長かー。」と呟きながら着替えを取りに行ってくれた。
そして服をドアの前に置いて離れてくれたのでそそくさと服を着て脱衣所をあとにする。
どこが不自然な心境の変化に戸惑いながら、、、。




