鬼→悪魔→天使
ーー異能犯罪対策班 事務所ーー
「・・・報告は以上です。」
壁一面を資料棚で覆われた窮屈な事務所。
その中にある両脇の机に座った2人に俺は今回の顛末を報告した。
「・・・。」
「・・・ぷっ、ッフフフ!」
右手側に座り無言で報告書を眺めているのは対策班 副班長の『帆哭 朱紀』
対策局の制服である紺色のスーツに身を包み、紫髪を腰まで伸ばしたクールビューティーな女性で鋭い目つきが特徴的。
性格は冷静で合理的、笑ってるところなんか見た事ないし怒らせるとめっちゃ怖い。
そんで左手側で報告書を読んで笑っているのは同僚の金髪イケメン『佐山 秋』優しい相貌でよく女性と話しているのを見かける。そのたびに邪魔してやってるけどね(笑)
・・・はぁ、本当は先に医務室に行きたかったのだが帆哭さんに「先に報告してもらっていいですか? まとめる必要がありますので。」と、言われたため大人しく事務所に来ることになったのだ。
報告書は帰ってきてすぐ書かされた、どんなブラックな職場だよ。
そして秋の野郎はそれをみて笑ってるしな!
「・・・名木田くん、一度精密検査を受けてみましょう。異常が見つかるかもしれません。」
帆哭さんは本当に心配そうな顔で顔を上げた。
やめて、別に妄想を書いたわけじゃないから!
「あっはっはっはっは!!・・・な、何この面白いの?・・・へぇー、確かにあの子相当可愛かったけど異世界人ときたかー。・・・ぷふ」
・・・このやろう、全く信じてないな?
まぁ正直俺が逆の立場でも笑ってやる自信がある。
捕まえに行ったら異世界の少女がいましたー、なんて信じてもらえるわけないからね!
取り敢えず馬鹿笑いしてる奴は話が通じないので無視しよう。
「・・・帆哭さん、嘘かと思ってますよね。」
「もちろんです。」
即答された。
あれ?この人は人を信じると言うことを忘れたのかな?
「でもそれ以外に説明がつかなくないですか? 兄弟が研究していた魔法陣の上に倒れていた少女、高い身体能力、知らない国に鎧に剣、それとよくわからない力を使っていましたよ?」
「・・・確かに突飛な可能性としてはありえますね、ですがあまりに非現実的です。それにどのみち固定された視点では見逃しも多いので私は一度は必ず疑いますよ。・・・後で彼女を交えてもう一度話してみましょう。」
じゃあなんで呼んだのかな、明日でよかったよね?
怪我をおしてまできてやったのにその扱いは酷くない?
「・・・確かにラハット王国なんて聞いたことがありません。崩壊以前にもそのような国はありませんし、詠唱と魔法ですか、、、。ロット兄弟の狙いは『局地的な破壊現象』だったはずですが、トラブルなのか、それとも狙った事なのか。」
・・・めっちゃ考えてたわ。
最初は軽く茶化されたけどしっかりと考えてくれるのはこの人の美点だよなー。口に手を当てて紙面と睨めっこしている様はとても絵になっている。
「はー、でもなるほどね。異世界召喚か、・・・もしこれが本当なら世界はひっくり返るんじゃない? もう一つの世界が存在するってことの説明になるんだし。」
秋は報告書をペラペラ流し読みしながらどうでも良さそうにしている。
グーで殴ってやろうか?チョキがいいか?選ばしてやるよ。
「公開なんてしませんよ。誰も信じはしないと思いますが、もし誰かの思惑が絡んでいた場合、下手に公開して現在位置を特定されれば厄介ですので。」
・・・多分ロット兄弟の口ぶりから偶然だと思うけど、確かに無用なリスクを背負う必要はないからね。
「ではこの件は彼女が起きるまでは進展しなさそうですね。・・・仕方ありません、名木田くんは怪我の治療及び彼女に付いていてあげてください。流石に起きた時に知らない人では不安でしょう。」
えぇ、つまり監視じゃん。
全然休ませる気ないな、てかいつ起きるか分からない人の監視ってだるくね?
俺が不満顔でいるのに気がついた帆哭さんに呆れた表情を向けられる。
「・・・不満なら佐山くんと廃工場にたむろしているチーマーへの潜入捜査でもいいのですが?」
「喜んで監視するっす!」
絶対こっちの方が楽だわ!
いやー、不満なんかあるわけなかったわ!
仕事大好きだわ!
急にやる気に満ち溢れた俺と対照的に急に大変な仕事が舞い込んだ秋の野郎はポカンとした顔で自分を指さしている。
「・・・え、副班長、俺は本当にチーマーへの潜入ですか?」
「そうですが?名木田くんは任務をこなしましたし一時的な療養に入りますので1人で頑張ってください。」
秋はさっきまでの笑顔がなりひそめ、無表情になった。
ザマァねぇぜ、人を置いてさっさと帰るからそうなるんだよ。
・・・ぷっ、くくく、今度は俺が笑いそうだぜ(笑ってる)
「では、名木田くんは病院へ向かってください。私は今回のことを報告しないといけませんので。・・・あ、もちろん突飛な部分は省きます。では、よろしくお願いしますよ? 間違っても寄り道なんてしないでくださいね。」
「もちろんです!!」
チーマー潜入なんてクソめんどいことに比べたらこっちは美少女を眺めてるだけで金が貰えるのだから最高だな。
医務室にはゲーム持ってこ。
俺は軽い足取りで事務所を後にした。
ーーーーー
ーーピッ、ガコン。
「・・・冷たいの買っちゃった。」
一度自宅に帰った後、俺は医務室、って言うか超常災害救援班が経営している大病院へと向かっていた。
超常災害救援班は主に被災地への救助や支援、復興まで手がけているため医療関係の異能者が多く集められている。
エリスは急に倒れたため病院で精密検査を受けていた。
流石に昨日の話なので今日は病室のベットにいると思うが重症だった場合面会できない可能性もある、そしたらダラダラしよ。
・・・はぁ、本当だったら昨日の事件は馬鹿2人を連行して終わりのはずだったんだけどなー。
どうしてこんなめんどい事に、と億劫な気分になりながらコンビニへ入る。
そこで適当な惣菜パンとお菓子、飲み物を買って次はゲームショップに入った。
え? 病院行かないのかって? 急ぎの案件でもないしそんな頑張らなくていいっしょ!行きはするけど軽く怪我を見てもらって、その後に様子を覗いて帰りゃ充分だろ。
お?『ジョーズアクションII』が出てる。
確かに前作面白かったからなー、まさか最後にあんな泣ける展開が来るとは思わなかった。
・・・よし買おう。
取り敢えずカゴに入れて他にも適当なゲームを見繕っていく、こりゃ帰ってからやるのが楽しみだな。
「・・・あら、名木田くん?」
すると、背後から声をかけられた。
後ろを振り向くとおっとりとした黒髪美人の女性が立っている。
「お久しぶりです、須木原さん。」
『須木原 沙耶香』同じ対策局の人間で『異日常情報収集班』に所属している。
確か帆哭さんの同期で今もよく飲みに行ったりしているって聞いたことがあるな、てことはここで俺がサボってるのをこの人経由でバラされる可能性があるね。よし、逃げよう。
「そうねー、久しぶり。こんなところで会うなんて奇遇ね?」
「えぇ、奇遇ですね。では、俺はこれから用があるので、、、。」
「本当に奇遇よね?だって名木田くんは今病院に居るはずなのだからこんな場所に居るわけないものねー?」
俺は彼女の発言に冷や汗を流す。
ま、まずい、帆哭さんにバレたら殺される!!
・・・ちなみにこの人は情報収集班なだけあって大抵のことは把握している。まぁ、これは帆哭さんに聞いたのだろうけど。
「い、いくらですか?」
「えー、別にいいのになー、ジョーズアクションIIでいいよ?」
ーーピッ
「ありがとうございましたー。」
俺と須木原さんは揃ってゲームショップを出る。
「ふふ〜ん♪ ありがとね〜買ってもらっちゃてね〜。」
「いやー、何言ってるんですか?俺と須木原さんの仲じゃないですか。」
・・・ハハハハ、俺のことを財布だと思ってるよねくそが。
対策局の局員は制服となる紺色のスーツを皆、身につけているのだが、この人は黒ニットにタイトスカートを履いている、エロ教師か?(偏見)
「えーと、須木原さん、ゲームも買ってあげましたし勿論なんですけど・・・。」
「わかってるよ〜、朱紀ちゃんには黙っててあげるね〜?」
この人は基本銭ゲバなので金を払っておけば秘密はちゃんと守ってくれる。それ以上の対価払われたら一瞬で裏切るけどなぁ!!
・・・まぁ、この人に捕まった時点で終わりだった、あとは帆哭さんが俺がしっかり仕事をしていると疑わなければこの人から情報が漏れることはないだろう。
「じゃ、あたしは用があるから帰るね。バイバーイ。」
須木原さんはそう言うと支部のある方へと歩いて行った。
・・・マジで何しにきたのあの人? え、まさか俺にゲームを買わせるためだけにきたわけじゃないよね?
一瞬怖い考えがよぎったが取り敢えず仕事をちゃんとしてるって証拠が必要なので俺は急いで病院へと向かった。
てか、なんで俺病院行く前にカツアゲにあったの?・・・。
ーー救援班 第三区総合病院ーー
「あ、名木田さん、お久しぶりですね。」
受付に座ってる事務員の女性が笑顔で出迎えてくれる。
やばい、さっきまでやばい人に会ってたから泣きそう。
「久しぶりですね、赤田さん。もしよかったらこの後ランチでも・・・。」
「要件は伺っています。診療とご面会ですよね? 副班長に連絡取りますので少々後ろの席でお待ちください。・・・次の方どうぞー。」
ガン無視。
俺に優しい人はこの世界にいないのか? 若干涙出てきた。
大人しくお爺ちゃんお婆ちゃんと一緒に診察券を持って席で待つ。
てか、説明されてたんだ。
流石帆哭さん抜け目ない。
椅子に座ってぼーっとしていると、周囲の話し声が耳に入る。
「佐藤さん、ねえ聞いた? 最近久保さん家の子が帰ってきてないんですって。」
「そうなの? 怖いわねー。そう言えば最近裏山に入った子達が行方不明になるとか・・・。」
・・・よく聞くゴシックな噂話だな。こう言うのは発端が分からないと信憑性が無さすぎる。てかそんなのどこで入手してくんの?
そのまましばらく待っていると順番が来た。
「名木田さーん、3階の第5診察室に向かってください。そこで副班長が待っていますから。後これも持って行ってください。」
そう言って書類が入った封筒を渡し、赤田さんは受付にすぐ戻って行った。
・・・客に雑用頼むなよ。
ーーーー
ーーガラッ! ドカン!
3階に上がり引き戸を開け放つ。
ノック? んなもんしないだろ、むしろ招待しろや。
中にはコーヒーを片手に持った白髪ショートのめちゃかわ美人(天使)が驚いた表情で固まっていた。
「・・・えっと、名木田くん、何かあったの?」
紺色のスーツに白衣を着た格好をしている天使が心配そうに聞いてくる。まじでただの八つ当たりで扉を開いただけなのにこちらの心配をしてくれるなんて。
これが帆哭さんだったら「扉はゆっくりと開けてください。扉の寿命と一緒にあなたの寿命も短くなってますからね?」って言われるに決まってるからな。
・・・あれ? なんか涙出てきた。
「本当に大丈夫!? ご、ごめんね、そうだよね話し辛いよね。でも、いつでも相談に乗るから話せるようになったら頼ってね?」
・・・や、優しいー。
まじでこの人だけが唯一の癒しだな、昨日なんてすぐ斬りかかってくる野蛮な美少女しか会えてないからね。
「いや、大丈夫ですよ。ちょっと理不尽な目にしかあってなかったので嬉しかっただけです。」
俺がそう言うと彼女はほっとしたような表情で微笑んだ。
彼女は超常災害救援班 副班長『柊 彩音』、通称白衣の天使。
支部のみならず病院の患者や街の住人に大人気な有名人。
通院する患者の中にはただ話したいから通う人もいるらしい(超迷惑)。
「そう、それならよかった。・・・もう、朱紀ちゃんにもっと優しくするようにお願いしておくね。」
「いえ、大丈夫です。あの人に他人に優しくさせる事を教えるのは腹ペコのライオンの前に肉を置いて待てを覚えさせるのと同じくらい無謀なので。」
「・・・名木田くんは朱紀ちゃんを飢えた獣か何かだと思ってるの?」
同じものでしょ。ちょっと怒らせたら何回転(物理)させられると思ってんだ。
「えっと、それじゃあ確か、右手の火傷だったよね?手を見してもらってもいい?」
「はい。」
スッと手を差し出す。
これが須木原さんだったら叩き落とすが柊さんだから余裕で差し出せるな。
彼女は火傷を気にしてそっと下から手を支えて患部を眺める、優しい手つきでとても落ち着く。
「・・・うん、そこまで酷くはないね。これなら軟膏とかで治ると思うから処方箋を出すね。すぐ治るけどもう少しは痛みが続くから安静にね?」
はーい。
柊さんはしばらく見た後に軟膏を塗ってくれた。
なんだそんなに酷くなかったのか。まぁ、そんな気はしてたけど、でも絶対言わないよ? 火傷の重症度は素人じゃ見分けがつかないから仕事サボれるし。
どうにかして重症度誤魔化してサボれないか考えていると、赤田から封筒を渡すよう頼まれているのを思い出した。
「そう言えば柊さん、これ渡すように言われたのでどうぞ。」
「え、ありがとう。・・・あれ? これって名木田くんの仕事じゃないよね?」
渡された彼女は中身を確認した後に少し怒り顔になった。
どうやら俺をパシリに使ったことが納得できないらしい、そりゃそうだよね、もっと言って。
「・・・名木田くんは優しいから頼まれたら断れないかも知れないけど、皆ちゃんと給料を貰っているから断らないとダメだよ? 断るには勇気がいるけど自分を守るには大切なことなんだからね?」
そっすね。
その通りだと思うわ。
まぁ、ぶっちゃけ反論すんのがめんどかっただけなんだけどな、診察室に行くついでだしいっか。って思っただけだし。
「・・・俺のことを優しいなんて言うのは柊さんくらいですよ。」
俺が若干悲しげな表情で訴えると彼女は優しく、火傷してない左手に両手を添えてくれた。
「ふふ、そんなことないよ。みんなちゃんと知ってる。伝えるのが恥ずかしいだけだよ。」
そう言ってフワッと微笑む姿に見惚れそうになる。本当にこの人は絵になるな。
「さてと、診療も終わったし、もう一つの案件に入ろっか。」
彼女は姿勢を正し、改めて話を始めた。
「もう一つ?」
「昨日名木田くんが助けた女性についてかな。・・・あれ? 朱紀ちゃんにお願いされてたんだけど聞いてない?」
「聞いてないっすね。」
いやだって俺に報告されても仕方ないでしょ。
・・・あー、一応俺の報告を読んでから少しでも事情を知ってる俺に話を聞くようにって事か。うん、伝えようね?
「えっと、話して平気?」
少し困った顔をしている柊さんに申し訳なくなったので仕方なく話を聞くとするか。
「・・・まぁ、致し方なく。」
彼女はクスッと笑った後、話を始めた。
「急に気絶したって言うから精密検査したけど、特に異常は発見されなかったよ。・・・原因は過労かな? 彼女が何をしていたのか分からないけど結構無茶をしたのかも。」
へぇー、そうなんだ。
俺があった時も倒れてたけどね。あの高速な斬撃がめっちゃ体力を使うとかか? でも使ってる時は汗とか全くかいてなかったけどなー。
「・・・後もう一つ気になることがあります。と言うよりこちらの方が問題です。」
え、何かあったのか?
柊さんの真剣な雰囲気を感じて俺も居住まいを正す。
「・・・えっとですね、軽いのです。」
「軽い?」
「・・・はい、彼女の体重は平均女性の半分程しかありません。」
・・・え?
体重が半分? どう言うことだ?異世界人は軽いとかあるのかな。
でも、そうなると重いものとか持てないんじゃ・・・。
「それって大丈夫なんですか?」
「それが恐らく問題ありません。体重は軽いのですが外見や臓器には痩せている印象はないですし、血色も決して悪くないです。・・・だからこそ不思議です。」
そう言って彼女は顎に手を当てて書類を眺めている。
まぁ確かにおかしいよな、これは流石に本人に聞いてみないと分からないか。
・・・流石に連れて来ておいてほっとくのは違うか、俺も気になるし。
てか、帆哭さんは俺に聞かせようとしてるのだし一度会ってみるべきか。
「・・・そうですね。もしかしたら本人が事情を知っているかもしれないので俺が話して来ますよ。丁度帆哭さんからも様子を見てくるよう言われてますので。」
「んー、それも本来私達の仕事だからなー。」
「良いんですよ、俺から提案してるんですから、、、てことで今度ご飯行きましょう。」
「あはは、ご飯くらいいつでも付き合うよ。ならお願いしようかな、名木田くんなら上手くやってくれそうだし。」
え、何その謎の信頼。
俺って基本テキトーなだけだよ?
でも応えるとしますか、暇だし。
「いいですよ、どこに居ます?」
「5階の角部屋。少し話してあげて、結構落ち込んでるみたいだから。」
・・・え、起きてるの?
なんだ、思ったらより重症じゃなかったんだな。
そう言って俺は立ち上がり柊さんの軽く手を振りながら部屋を後にし、俺は5階へと向かったのだった。