班長
エリスと歌奈ちゃんは予想外の遭遇に言葉を発する事もなく歩いていた。
歌奈ちゃんは時折不安そうにこちらを見上げているが、エリスはそのことに気づく余裕すらない。
そんな重苦しい空気のなか進み続けると、ある開けた場所に出た。
廃れた社に周りの木々がざわめく、身を隠すには最適かもしれないと思うが、その社の異様な雰囲気に眉をしかめた。
「・・・お姉ちゃん、ここ、こわいよ。」
「・・・う、む。」
怯えたように手を握る歌奈ちゃんの声を聞きながら社の様子を確認する。
社からは嫌な匂いが風に乗って漂ってくる。
確かこっちはあいつが来た方向だ、右手にぶら下げていた生首。何をしていたのか想像に難くない。
私は1度目を強く瞑って、歌奈ちゃんと目を合わせた。
「歌奈ちゃん、少しここで待っていてくれないか? 大丈夫、すぐ戻って来る。」
「・・・う、うん。だいじょうぶだよ、、、。」
こちらを心配そうに見つめる歌奈ちゃんの頭を撫でてから立ち上がり、一人で社へと向かう。
そっと横開きの扉に手をかけ、一度息を吐いてから開ける、そして後悔した、、、。
中では痩せ細った白装束の男性が血溜まりに沈んでいた。男性は頭を失っており、腰からは長い節々から脚の生えた虫のようなものが2体、身体に食いついている。
「・・・うっ」
あまりの凄惨な現場に思わず吐き気を覚えて口を手で押さえる。
色んな惨状を見てきた、それでもこの光景はとても惨く目に映った。
『ただ運が悪かっただけ。』
それだけ、たったそれだけの理由で彼は命を奪われた。なんて理不尽で、なんて、、、報われないのだろう。
「だ、だめだ、考えるな。同情してしまえば動けなくなるぞ。」
彼の事を考えてしまえばあまりの辛さに心が折れかけるだろう。そうしてしまえば山から逃げられなくなる、、、。
「きゃあ!」
外から聞こえた短い悲鳴に顔を跳ね上げる。
何を考えているんだ、ここはまだ決して安全な場所じゃないぞ!
急いで社から飛び出すと、似非鬼が歌奈ちゃんに迫っていた。
即座に踏み出して相手の首をはねる。
が、その一体に気を取られて横から迫っていたもう一体の似非鬼への反応が遅れてしまった。
「ーーしまっ!」
迫りくる痛みに耐えようと目を瞑った瞬間、「ズガンッ」と短い発砲音があまりに響く。
「ーーはぁ、はぁ、はぁ、よ、よお、遅くなっちまったな。」
「あや、、、と?」
そこには汗と土にまみれた綾人が立っていた。
綾人はぎこちない笑みを浮かべながら、私と歌奈ちゃんが無事なことに安堵の息を漏らす。
その優しい眼差しに思わず泣きそうになるのを必死にこらえた。
「ど、、、どうやって、、、ここ、、、が。」
しかし、声は震えてしまってうまく言葉が紡げない。
その様子に彼は不思議そうな顔をして屈み、一瞬だけ社に視線を送って、再度こちらに目を合わせた。
「・・・・・何があった?」
静かに囁かれた言葉に感情が漏れないよう、精一杯の出来事を伝えていった。
ーーー
不自然なほど怯えた様子のエリスから何があったのかを黙って聞く。訥々と何かをこらえるように説明するエリスの話を聞き終え、頭に手を当てる。
「・・・やっぱりあいつが来てやがったか。くそっ、相変わらず吐き気がすることばっかりしやがる。」
この一件を線引きしていたたった一つの不確定要素。
その一つがようやくピースとしてハマりこの異変の全貌を理解出来た。
・・・いや、気付かされたが正しいか。
俺達は初め、この事件をただの怪物による行方不明事件として捜査していた。しかし、蓋を開けてみれば怪物を増殖させ、それを兵器として街中に投入し大規模テロを起こそうと画策されていたわけだ。
一切、気取られぬまま。
確かに増殖の異能者が行方不明になったという事件は前にあった。ただその数週間後に近くの川で彼の水死体が発見されて、災害に巻き込まれて死亡と処理されていたはず。
「・・・ここで生かされ、異能を使い続けさせられてたわけか。」
胸糞悪い。
顎に手を当てて思考をまとめる。
俺の知ってるあいつなら嫌がらせの一つもなしに手を引くとは考えづらい。
正直今すぐあいつの後を追ってぶっ殺してやりたいが、先ずはあいつが追っ手を巻くための置き土産に対処しないとな。
「・・・綾人、お前はどうやってこの場所が分かったのだ?」
「ん? いやいや、前に説明しただろ。」
俺はそう言って端末の地図を開き、一つの点を指差した。
「あぁ、なんだったか、じーびーえー?」
「そんな獣臭くねぇよ、GPSな、、、。忘れてたのか、よかったよお前に位置情報の解除の仕方教えなくて。」
呆れたようにため息をつきながら、端末をポケットに仕舞う。もちろん端末は常に最新の機能に更新されている。専用の衛星から送られた位置情報は寸分の違いもなく自分の居場所と地形を知らせてくれていた。
それを頼りに暗い山を走り、次から次へと湧き出てくる似非鬼に対処しながらエリスの場所を目指したのだ。
ーーガササッ
木陰から2体の似非鬼が現れたので目を向けずに片手で引き金を引く。
「・・・しつこいな。」
「ま、待て、異能者は死んだのだろ? なぜ増えた怪物が消えないのだ?」
そうエリスに聞かれ、俺は目をパチクリさせた。
「あぁそっか、説明すると異能は身体の一部に宿るんだ。脳だったり手だったりな、そして異能は仮に宿主が死んでもその部位が消えない限り死ぬことはない。」
「・・・つまり、増殖の異能はまだ生きてるということか?」
そう、異能の所有者は死んだが、その異能を発動させていた一部は神斗が持ち去ったか隠したのだろう。
「そして能力を制御していた人が死んだなら異能は暴走状態に陥る。今まで山に籠もってた似非鬼共は近場の餌を求めるだろうな。」
説明を聞いていくうちにエリスはドンドン顔を青褪めさせていく。歌奈ちゃんも慌てたように肩を揺すってきた。
「まずいじゃないか! 早く戻らないと!」
「落ち着け、向こうは大丈夫だ。何のために秋を残したと、、、」
ーーズォッ!
突然、全身から汗が噴き出し、寒気が全身を駆け巡った。嫌な感覚に身体は震え、立ち上がることができない。
「ど、どうした?」
「う、嘘だ、どうしてここに!? まだ猶予はあった筈だ!!」
突然怯えだした俺にエリスは戸惑う。
だがそれを気に掛ける余裕すらなく隠れられる場所を探した。
ーーprrrrrrr...
震え出した端末を即座に取り出して耳に当てる。今は少しでも情報が欲しい。
・・・頼む、勘違いであってくれ!
『あー、綾人?』
「秋か!? 不味い、嫌な予感がする、早くここから離れるぞ!」
慌てふためく俺に対して秋は諦めたようなため息をついた。
『もう手遅れだから、、、。神斗が現れたって連絡した瞬間に飛んできてくれたよ。』
それだけ言って通話は切れた。
説明としては全く意味が分からないが、俺は長年の付き合いで理解できる。
「おい、いったい何なのだ!?」
「き、来ちまった、、、怪物何かより遥かに恐ろしい化け物、、、。」
「それが分からないんだが!?」
「た、対策班、は、班長、、、。」
震えながら告げた存在に対して、エリスは何を言ってるんだ?という顔を浮かべた。
「・・・仲間じゃ、ないのか?」
うん、一般人とお前にはたぶんな!!
ーーー
その人物は山よりも高い空中から増殖した似非鬼が大挙として山を降りる光景を眺めて笑みをこぼす。
「・・・随分とトロい行軍だな。この程度にも対応できないとは、、、あのグズ共が。」
そう言って、深紅の髪をダウナーなウルフカットにし、鋭い金色の目を光らせた異能対策班 班長 灰原結螺は頭を押さえる。
対策局の紺のスーツを肩に背負い、ワインレッドのYシャツを着崩した彼女は、一度地上に勢いよく着地した。
ーーズドンッ!
捲られた袖から覗く右手を地面に押し当て、少し目を瞑った後、集落に向かって走っていた似非鬼達は宙へと錐揉み状に舞い上げられた。
「ま、確認できたのはこんなものか。あのクソ野郎がまだ山にいやがったら一緒にひねり潰してやったんだが、、、。」
残念そうに首を手を当てながら、灰原は空中へと再び飛び上がる。
そして片手を前に出して中空に舞う似非鬼共を一箇所にまとめるとギュッと手を握り、そのまま捻り潰す。
血の花火が辺り一帯に撒き散らされ、山に血の雨を降らせた。
ーーザァアアア
「さ、仕事の遅えグズ共を叱りにでも行くかな。」
ーーー
「いやだぁ、、、! まだ有給消化もしてねぇのに死にたくないよ!」
「・・・凄まじいな、あ、あの大群を一瞬で倒したというのか。」
この後来る絶望に地面を叩きながら咽び泣いてる俺の横でエリスは血の雨を浴びながら感嘆の声を漏らしていた。
血の雨が降る直前にエリスは羽根を片側だけ展開して歌奈ちゃんが浴びないように気を使い、俺は涙が赤く染まる。
「何をそんなに怖がっているのだ。何も悪いことなどしとらんだろう。」
「してねぇよ! してないのに酷い目に合うんだ!これ以上の理不尽何て存在しねぇよな!!」
「う、うむ、しないと思うが、、、。」
あまりの剣幕にエリスと歌奈ちゃんはドン引きしたように一歩後退った。俺はそれを気にする余裕すらなく、まだ何とかならないかと隠れる場所を探している、、、と、、、
ーーズドンッ
社の石畳を割り砕きながら、赤い悪魔が舞い降り、、、いや、もはや勢いが隕石だね。
その存在を目に入れた瞬間、俺は全てを諦めて手を合わせた。
「よぉグズ1号、既に祈りは済ませてるみたいだな。」
「あっはっはっは、一縷の希望を掴みたいだけですよ。」
「・・・つかみ損ねたなぁ?」
あれぇ? もう絶望は確定なの?ならこんな祈り意味ねぇわ。
悟りの表情で立ち尽くす俺から視線を外し、灰原班長は横に視線を滑らせ、エリスと歌奈ちゃんの方を向く。
・・・ そのままこっち見ないでくれないかな。
「・・・お前が新しく入った新人か?」
「う、うむ、エリス・ル・ラクラットだ。えっと、灰原班長殿でお間違い無いか?」
なんか変な敬語になってるエリスに吹き出しそうになったが必死に我慢して空気と同化する。
ちなみに班長は変な敬語を気にする事なく笑みを浮かべた。
「あぁ、初めまして、超常現象対策局 極東支部所属 異能対策班、班長の灰原 結螺だ。・・・これから共に戦う者として、君を大いに歓迎しよう。」
そう言って手を差し出す班長に俺はヒュッと息を呑んだが、エリスは普通に手を取って握手した。
「おぉ、ご丁寧にすまない。何だ、とても良いお方ではないか、何をそんなに怖がっているのだ綾人は。」
こっちに話を振るんじゃねーーー!!
俺の願い虚しく、話を振られた俺に対して班長も同じように視線を向けてくる。ただその笑みには嘲るような気配をヒシヒシと感じさせた。
「・・・グズ1号、お前この仕事にどのくらい掛かった? ちなみに嘘ついたらあとが怖いぞ。」
「・・・・・・・・・・・今日で二日目です。」
「そうか、、、。」
そう言ってこちらに一歩踏み出してきた班長から全力で距離を取ろうと足に力を込める。
・・・込めたが、踏み出すよりも早く目の前に現れた班長の振りかぶられた腕がゆっくりとお腹に吸い込まれていく。
「あぼらばじゃねぶ!?」
キュドンッ!とおよそ殴られた音に聞こえない意味のわからない擬音を発しながら地面をバウンドして岩へと叩きつけられる。
気絶するギリギリを狙われて、口から血を吐き、激痛に体を震わせることしかできなくなった俺の前に腕を組んで班長は見下ろしてきた。
「2日だぁ? お前が一つの仕事をこなしてる中、私は何件終わらせてきたと思ってんだ?」
いや、あの、人にはキャパというものがありましてね? 人それぞれこなせる仕事量は違うんですよ、えぇ。
・・・言えねぇけどな! 言ったら殺されそうだからね! なんてパワハラがまかり通ってる職場だよ!
エリスは吹き飛ばされた俺を見てポカンとした表情で口を開けている。・・・助けてくれないかな?
あともう痛いなんてものじゃない、普通に死ねる、
「何か言うことは?」
何か言われているが、痛みに耐えるのに全力すぎてとてもじゃないが口を開けない。
人って本当に痛い時は叫ぶこともできないんだね。
「・・・・・もう一発いくか?」
「ゲホッ! うぇっ、けほっけほっけほッ! す、すみまぜん! お、俺としては全力だったんで許してぐれませんか!?」
「嘘つけ、お前の全力なら1日で終わらせられたはずだ。」
班長はそう言いながら片手を腰に当ててこちらを見下ろす。
その目は冷たく、蛇に睨まれた蛙のように固まった。
「私の育て方が半端だったか?それともお前が怠けたか?安心しろどっちの答えにしても結果は同じだ。」
「ざっけんな! いつもいつも人を吹っ飛ばしやがって、こちとらバスケットボールじゃねえんだばらがぁ!?」
カチンと来て文句を言ってやったが、途中で足を踏み抜かれた後に右頬を引っ叩かれました。
・・・あっはーーー、首ついてる?
そのまま地面に敷物の様に突っ伏していると、班長はガタガタ震える2人の方に歩いていく。
エリスは、顔を青褪めさせて腹を押さえていた。それを見て班長は軽快に笑う。
「ふっは! 別に殴ったりしねぇよ。ちゃんと仕事はこなしてんだろ、なら何も問題はない。」
「え? え、え、え?」
同じ仕事をしてたはずの同僚がボッコボコに殴られてるのを見ているので同じ目に遭うのではと思うのは当然。
なのに優しそうに笑った班長にエリスは戸惑った。
「この仕事の期日はまだ先だからな。ただ、私が直々に鍛え上げたこいつらが半端な事をしてるのが気に食わなかっただけだ。」
「直々に?」
「あぁ、こいつと秋は自分から熱烈に強くしてくれってお願いしてきたから私が一からしごいてやった。そんな手塩をかけて育てた弟子が酷い体たらくだとムカつくだろ? そういう事だ。」
そのしごきの最中に何度も秋と結託して歯向かったけどね。ガソリン撒いて爆破したのに、爆心地から首を鳴らして「うっせぇな、じゃれんじゃねえ。」って言われた時は普通に泣いた。
すると、班長はエリスに抱えられている歌奈ちゃんを目にして、「あぁ」と声を漏らす。
「取り敢えず戻るぞ。親御さんが心配してるだろうしな。」
そう言ってクイっと指をあげると俺達一人一人が風に包まれて巻き上げられる。俺は慣れたものだが残りの2人は「わわわっ!」と慌てた様子であたふたしていた。
それを気にせずに集落に狙いを定めて一気に加速。
頑張って山を登ったのが馬鹿らしくなるくらいあっという間に乃ノ崎宅の前へと着地した。
ちなみに何で俺も空を飛べたのかはもちろん理由があるけどその説明は後でいっか。
取り敢えず今は何とか生き残るように善処しよう、、、。




