底のない狂気
・・・・・。
・・・・。
・・・。
一体何時間経ったのだろう?
いや、もしかしたら1時間どころか30分も立っていないかも知れない。もはや時間の感覚すら分からないなか必死に剣を振るい続けた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
「大丈夫、、、だ!」
最初は問題なく対処できていた、しかし、相手の数が多すぎる。もはや50体を斬り飛ばしたあとから数えるのはやめていた。
長引けば長引くほど集中力は疎らになる。息は荒くなり、汗が目に染み、心臓の鼓動が耳に届くほど大きく感じた。
時間に比例して被弾は増えて血が流れる。
肩が裂かれ、腹の薄皮を裂かれ、避けたり吹き飛ばされたりした際に肌を擦りむく。
痛みに散る集中力を気合で保ち続けた。
・・・あと何体だ? 本当に隙など生まれるのか?そもそも敵の数は?このまま途切れることがないんじゃ、、、。
嫌な方向に思考が陥りそうになるのを頭を振って掻き消す。
・・・いらん、くだらんことを考えるな! もはや止まれないんだ、なら戦い続けろ!
「はぁあああああああああ!」
鬼のような気迫で剣を振るい続けると、ようやく敵の数が減り始めたことに気づく。
見えた希望に気を引き締め、最後の剣を振るった。
「ジャルフ流、十雨破カ月!」
無数の剣戟が木々を巻き込みながら放たれる。
残った似非鬼を吹き飛ばし、ようやく襲撃が落ち着いた。
「はぁ、はぁ、はぁ、、、ふぅ。何とか、、、なったな! 歌奈ちゃん、もう大丈夫だぞ。」
「だ、だいじょうぶじゃないよ! お姉ちゃんすごいけがだよ!?」
汗を拭いながら歌奈ちゃんの元へ屈むと歌奈ちゃんが心配しながら体をペタペタ触ってくる。正直痛いからやめてほしいが、それを伝えると余計に心配をかけてしまうので苦笑を浮かべるだけにとどめた。
「ちゃんと山を下りたら治してもらうさ。一旦ここを離れるぞ。」
「・・・・・う、うん。」
手を差し出すと小さな手でキュッと握られたので、頷きながら立ち上がる。
歩き始めようとしたがもう夜も遅くなり始めて来たので心配になり声を掛けた。
「そういえば疲れてないか? 眠くなったりしたらすぐ教えてもらいたい。」
「うん、だいじょうぶだよ! いつもならねむくなっちゃうけどきょうはまだまだげんき!」
これは2人が知らないことだが唯差さんの異能には有効範囲が存在し、今は距離が離れすぎているため異能の効果が発動していないのだ。
そのため今の歌奈ちゃんは余剰分の体力を消費し始めている。
もちろんエリスはそんな事を知る由もないので不思議に感じつつも疲れてないなら良いかとゆっくり歩き始めた。
「それにしても多かったな。こんなのが集落に、、、いや、街に出ても一大事だぞ。」
少し考えただけでもゾッとする。
今は何故か山に籠もっているが、もしこいつら全員が山を降りて人里を襲い始めでもしたら大きな被害が出るだろう。仲間の声なのか助けを求める声なのかも分からず混戦に陥り、戦場は混沌と化すに違いない。
「・・・いや、それを考えるのは今じゃないな。先ずはどうやって生き延びるかを、、、」
ーーガサッ
突然目の前から草をかき分ける音が聞こえて大きく飛び退く。奇襲を受けないように常に細心の注意を払っていた筈なのにここまで接近を許したことに激しく動揺した。
・・・人か? 動物か?
歌奈ちゃんを抱えながら剣を構えると、草むらから一人の青年が姿を現す。
長い黒髪をポニーテールに結んだ仮面つけたせいね、、、ん、、、?
どうしてこの山の中に?
「・・・何者だ?」
「おー、僕のことを知らない人に久しぶりに会った気がする。」
青年は質問に答えることもなく驚いたように飄々としている。表情は仮面によって分からないが笑みを浮かべているような気がした。
そしてそんな彼が片手に持っていたものを視界に捉えた瞬間、歌奈ちゃんの目を片手で覆った。
「貴様、、、それは。」
「ん? あぁこれ? 異変の元凶の首だよ。別に君達にとって損はないでしょ。」
青年はそう言って片手に持っていた真っ白な頭髪で顔を布で隠された生首を軽く持ち上げてみせた。
命を奪ったことに何の感情も抱いてなさそうな様子に後退る。
「あっは? どうしたの?」
「・・・貴様、何者だ?」
そう問いかけられた男はなにを言っているのかと軽く首を傾げた。
「んー、本当に知らないのかぁ。あぁ、もしかして最近対策局に入ったって噂の上位存在って君? 別世界から来てるなら知らなくても仕方ないかな。」
彼はそう言って片足を下げながら恭しく丁寧に頭を下げた。まるで貴族の様に綺麗な礼に目を引きつけられる。
「初めまして、僕は神斗 面白おかしく生きるために今を奔走するただの迷い人だよ。」
ーーゾッ!
上げられた顔は決して見えないが、そこから滲み出す狂気にもにた異様な圧に寒気を感じる。
・・・神斗、確か綾人や副班長も名を挙げていた見つけたら殺すことが許可されてるほどの大罪人。
そんなやつがどうしてこんな山にいる?
「なぜこの山に、、、。」
「んー? もう異能の効果がどの程度なのか分かったから足がつく前に処理しようかなーって。ま、対策局がもう来てるなら手遅れだったわけだけど。。」
そう言って残念そうに肩を竦める。
処理と聞いて、視線を少し下げると血に塗れた生首が目に映った。
まさか、、、。
「それは異能者、、、か?」
「うん、増殖の異能者。国防や対策局にバレないように似非鬼を増やしまくって街中にばらまこうと思ってたんだ。流石にオリジナルより性能は劣るけどいい出来ではあったんだよねー。」
淡々と今回の異変の原因を語る相手に呆然とする。
まるで悪いことなどしておらず、遊びの報告をするかのように楽しそうに話してくる。
「なら、、、なぜ?」
「殺したのかって? 限界が見え始めたからかな。増えるペースが明らかに落ちてたし、最後の方は性能だってガタ落ちだった。声もすぐノイズが入るし再生能力もなくなってたからね。」
言われて気づいたが歌奈ちゃんを助けた時に対峙した似非鬼の声は随分とクリアで人のように聞こえていた。そう考えると昨日戦った似非鬼は壊れたような声で人との聞き分けはしやすかった気がする。
「だからもう良いかなって、どうせこの程度なら対策局にすぐ制圧されるだろうし。」
「・・・お前は、お前は、人の命をなんだと思っている。」
相手の言葉を聞いていられず思わず聞き返した。
すると相手はキョトンとした様子になって首を傾げる。
「命かー、なんだと思っているって言われたら何とも思ってないが答えかな。」
「ーーな!?」
「そもそも命に価値なんかないよ。どれだけ善人であっても、悪人であっても終わるときは終わる。」
楽しそうに語り始めた相手は片手に持った頭を落として踏みつぶした。
果物を踏み潰したかのように真っ赤な血が辺り一帯に広がる。
「ちなみに彼は救助隊の人間でね、人手の足りない災害現場で自分を増殖させて多くの人を助けていたよ。そんなとても善人である彼でも僕なんかに見初められて簡単に命を落とす。・・・運が悪いよね。」
「お前が、手を下したんだろ。」
「そうだよ? だって運が悪かったんだもん。僕に見つけられなければ彼はまだまだ多くの人を助けていたかもね。でもそんな彼が行方不明になって災害現場が回らくなったかといえばそんなことはなかった。」
語り口はどんどんと熱を持ち、神斗は大仰に手を広げた。
私は、聞かせるべきではないと、歌奈ちゃんの耳を押さえて後ろを向かせる。
「有能な人間がいなくなったって他が穴を埋めて歯車は回る。無能な人間は死んでも人々に影響なんかない。上がいなくなれば下が上る、ただそれだけのことなんだよ。そもそも人の価値なんて見いだしてる時点でその人間は勝手に上下を作って下を見下してるだけ、優劣を浮き彫りにしてるのはそういった人間だ。」
「そ、そんなことは、、、。」
「ないかな? 基本的に人を差別だ、可哀想だなんて言うのは差別されて無くて可哀想な思いをしてない第三者でしょ? そういう人間が勝手に被害者の気持ちを想像して優劣を作るから差が生まれる。・・・あっは、そう思うと彼らって大概悪人だよねー。」
「・・・・・。」
何を言っているのかわからない、言葉は分かっても脳が理解を拒む。何が正してくて何が間違っているのか、その答えが定まっていない自分では彼の言葉を否定しきれない。
「というか君達『良い人』って大変だよね。他人なんかの気持ちを考えて自分が我慢して搾取される、よっぽど不健全で死にたがりだ、自分に甘くなければ人生なんて生きづらくって仕方ないのに。」
酔ったかの様に回る神斗に対する警戒を全開にする。恐らく彼とは価値観が違いすぎる、絶対に相容れることはない。
・・・純粋な、悪だ。
こちらが構えを取ったことに気付いて向こうはにこりと笑みを浮かべた。
「ま、相容れないよね、そんな事は理解してるし、僕のことを分かってもらいたい訳でもない。君が僕を異端として判断したなら異常者として君の前で踊ろう、、、。」
「・・・っつ!」
まるで泥沼のような悪意に包まれて息がしづらい。
佐巳月とも違う異質で不快で底の見えない狂気、先の見通せない闇に心の奥底から恐怖が迫り上がってくる。
剣を構えて何とか戦意を保っていると、神斗は突然手を挙げた。
「なーんてね! 別に今君と遊んでも面白くないし、また今度にしよっか?」
そう言って彼は不気味な圧を消してすれ違おうと歩いてくる。突然の展開に動揺するが、こちらとしてもこんな不確定存在と戦いたくなんてない。
その姿に決して目を離さずに、道を開ける。
捕らえる?いや、今は優先事項が違う。
距離をとってすれ違う瞬間、彼はボソッと呟いた。
「・・・そう言えば君は、一体何をされたら壊れるかな?」
ーーシュカンッ!
本能から危険を察知して剣を振るう。
その剣は相手に届くことは無く、舞った土埃と共に神斗は姿を消した。
「・・・あれが、この世界の脅威。」
向こうにも脅威として存在していた魔王軍、彼らの圧倒的な暴力とは違う、深く、異質で、暗い闇、、、。
決して油断してはいけない、その瞬間に飲み込まれるだろう。
・・・そして私は、この時のことを絶対に忘れない。ここでどうして、あの男を殺さなかったのかと、、、。




