山の怪物
乃之崎宅の裏にある山は盆田さんの私有地らしく、共同で使わせてもらっているらしい。段々に作られた畑を越えて、山林へと踏み入る。
「ふむ、よく手入れされているな。田所さんという方は相当マメな方なんだろう。」
「え、そうか? 普通の山だろ。」
「何言ってるか、手入れされてなければ足の踏み場もないし、倒木なども多い。これほど見通しの良い森は少ないぞ。」
そ、そうなんだ。
でも言われてみると昔にクソ班長に投げ込まれた山に比べたらだいぶ歩きやすい気がする。
仕事柄、廃墟とか街中にはよく行くけど山はよくわからん。
「ここから先は斜面が急かな。確かに足を滑らせて骨折でもしたら登ってくるのは困難だね。」
周囲を確認しながら慎重に進むが、特に変わった様子はない。エリスも特に何も感じていないらしく、違和感は見つけられなかった。
「・・・これは当てが外れたか?」
「まだそう思うのは早いかなー。」
と言うかむしろ何も無さすぎる。
人が歩いた形跡も動物も見当たらない。
あるのはあくまでも草木のみ、時折感じる風のみが冷たく感じた。
そろそろ諦めて切り上げようかと思ったところ、エリスが突然立ち止まって山の奥へと視線を向ける。
「ん? どうした。」
「・・・・・・・・・何か聞こえないか?」
言われて耳を澄ませてみても何も聞こえない。
聞こえるのは風の音だけ、、、。
秋もエリスにならって耳を澄まし、少し待つと目を見開いた。
「・・・本当だ、え、よく聞こえたね。7m位は離れてるよ。」
いや遠すぎだろ、秋が聞こえたのは異能を使ったからだと思うけど、エリスは素だろ?どうなってんの?
「声か?」
「声だけど、、、えっと? 助け?」
ドンッ!
エリスが勢いよく飛び出して山奥に入っていく。
その勢いに俺と秋は面食らう。
「「いやだめだろ(でしょ)!!」」
怪物がいる可能性がある山で安易に声が聞こえたと言って突撃していいわけじゃない。
俺と秋は慌てて後を追う。
ーーー
人のか細い声を頼りにそちらに走る。
山の斜面や凹凸を気にせずに飛ぶように急ぐと、遠かった声が少しずつ聞こえやすくなってきた。
「・・・た、たすけ、、、たすけ、、、た、た、た、たすす、、、、たすけ、、、。」
ただ、聞こえやすくなればなるほどエリスは違和感を感じてきてスピードを弱めた。
「た、たたたたたたたたーーザザッーーた、たずけ?」
「な、なんだ?」
人の声に少しのノイズが走って歩みを止める。確か音は、、、
少し奥まった窪みが枯葉に隠れ、そこから声が聞こえていた。しかし、自分が近づいた時には声が弱まる。
手に剣を出現させて、息を呑みながら近づく。
そっと剣の先で草をどけるとそこには、、、
「ーーっつ!?」
そこには、顔の皮が剥げ落ち口と喉の部分に謎の機械が埋め込まれたような存在がいた。
目が合った瞬間にその化け物はすごい勢いで飛び出してくる。
剣を構えていたことが幸いして、振りかぶられた爪を冷静にいなす。手が硬化しているのか鈍い衝撃がビリビリと響く。
「たすけ、、、助けてくれ、、、や、やめてくれ、、、。」
「・・・助けを求めてるのか?」
まさか、生きているのかと思い、どうにか無力化できないか考える。力を一瞬だけ込めて相手を弾くように跳ね飛ばす。その勢いに追いついて腕と足を狙って剣の腹で叩き折った。
「ザザザッ!」
「何の音だ?」
不快な音が耳に届き、思わず顔を歪める。
相手の喉に取りついた機械がキュルキュルキュルと異音を発して口が開かれると、、、
「助けてくれ、お兄ちゃん、お母さん、パパ!」
子どものような高い声が響いたと思ったら老人のようにしゃがれたりまた高くなったり低くなったり、いろんな人物の声音が再生される。
・・・わかった、こいつは人じゃない、人の声を真似てるだけだ。
後ろから飛びかかられる気配を感じて、その場から飛び退くと、今いた場所に別の個体が拳を振り下ろしていた。
相手が飛びかかろうとしてくる気配を感じて剣を跳ね上げて構える。化け物の足に力が込められ地面を陥没させ始めたが、、、その瞬間に「パンッ!」と音が響いて頭に風穴を開けた。
「はえぇって、、、っち、ワンチャン救助者かと思ったが、怪物かよ。」
「だね、それも複数体。」
秋の言葉で落ち着いて周りを意識すると、確かに他の気配を感じた。同時に木の間と地面、真上から飛びかかってくるのを回るように回転して切り裂いた。
「わぁお、余裕だね。」
「いいからお前も戦えよ、まだまだいるぞ。」
「はいはい、わかったって。」
秋は気負わずに怪物に走り出す。
怪物も爪を構えて飛び出すが、振るわれた爪は秋の手前で空振った。そしてその隙だらけになった頭に銃を当てて引き金を引く。
他にも突撃してくるが怪物達は全員、秋の手前で爪を空振らせる。そして隙が生まれた頭を打ち続けるという事を繰り返していた。
「・・・距離感をつかめてない?」
「お、正解だな。秋の異能は『距離調整』、相手との距離感を弄ったり、実際の距離も制限はあるが操作できる。」
敵の攻撃は全て空振り余裕で頭を狙って引き金を引く。淡々と作業のようにこなされていく光景はとても戦闘と呼べるものではなかった。
というか、平然と説明してる綾人も後ろから迫る怪物を見ずに頭を撃ち抜き、横から飛び込んでくる相手を警棒で叩き潰している。こっちはこっちで戦闘に慣れ過ぎじゃないか?
「・・・やれやれ、遅れは取れんな。」
改めて剣を握り直して続々と現れ続ける怪物に突撃していく。
まさか山登りがここまでの戦場になるとはな。
ーーー
「・・・なんかもう兵器みたい。」
突撃していくエリスは森で振るうには圧倒的に向かない長い片手剣を木ごと斬り裂きながら怪物の数を減らしていく。
俺と秋も戦ってはいるけど殲滅力に関してはエリスに及ばない。既に2人とも傍観の姿勢を取り始めていた。
「それにしても数が多い。人を食べて増えたというより増殖に近いかも知れないね。」
ある程度数を減らしたエリスがこちらに戻ってくる。
「この程度なら戦い続けることも訳ないが、きりがないぞ?」
「僕達は残弾にも気をつけないとだから長期戦は不利かな。」
服の内側に残りのマガジンが2つ。
無駄に打てばすぐになくなるだろうな、まぁ俺と秋も素手での戦い方は心得てるし大きな問題にはならないけど。
「だが結構倒したぞ? これならそろそろ、、、」
ーーザザッ、ギュルギュルギュル!
遠方から俺の耳にすら届くほどの不快なノイズ音が聞こえてきた。数は一体とかそんなものじゃない、数十体はいるだろう。
「ま、まだあれだけいるのか?」
「・・・一旦退こうか、このままじゃジリ貧になる。」
秋の提案に俺たちは頷いて一度山を降りる。
・・・1日で終わるとは思ってなかったけど、これは長期戦になりそうだな。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
相変わらず反社っぽい黒塗りのセダンに戻ってきて、軽く一息つく。自販機で適当なカフェオレとコーヒーを買って2人に手渡した。
「ま、初日でここまで進歩できたのは嬉しいね。後はどうするか考えるだけだよ。」
「・・・それがめんどうなんだけどなぁ。」
思わず憂鬱な進展にため息を吐いた。
相手は数が多すぎるし、問題を根本的に解決するには一匹も残さずに殲滅する必要がある。
広い山々の中、あの数を虱潰しに倒していくのは億劫だった。
「ところであれは何だ? 怪物だということは分かるが、、、。」
「あぁ、『似非鬼』だな。人の助けを求める声とかを真似してかかった人間を食らう。」
「起源で言えば山で行方不明になった叔父を探しに行った男性が、無残な姿で見つかった事かな。男は山に慣れていて崖から落ちるような人物ではなく、叔父の声を真似た鬼に誘き出されて食われたんじゃないか、と、人々の間に広まった感じだね。まぁ実際は普通に叔父を探しに行って滑落して亡くなったと思うけど、昔は不幸な事件とかは鬼や妖怪の仕業にされることが多かったし、今みたいに救助隊とかいないしね。」
「そしてそれが怪物によって現実になったと、、、。」
「そうだが、あの話に増殖とか聞いたことねぇぞ? たぶん何か混ざってる。」
そう、似非鬼の話は知っていたがそこに大群だの増殖だのといった話は聞いたことがない。
恐怖を覚えた人に伝わった話が盛られていた可能性もあるけど不自然ではあった。
「増えてるのには別の要因が?」
「恐らくな、他の怪物、、、いや、もしかしたら異能者が潜んでる可能性もある。」
そう言うとエリスだけでなく秋も驚いたように目を見開いた。山に籠もって異能を使い続けるなんて生産性もないし無駄だからな、考えづらいというのは理解できる。
「・・・それはさすがに突飛しすぎてない?」
「あくまで可能性の話だ。」
別にそういう異能者に心当たりがあるわけじゃないから本当にただの憶測だ。もしかしたら似非鬼の能力の一つかもしれないし、他の怪物がいるかも知れない。
・・・考えたらきりがないな。
「・・・なぁ、どうしてあれだけの怪物がいてこの集落は数人の行方不明程度ですんでいるのだ?」
頭を悩ませているとエリスがポツリとつぶやいた。
そんなエリスの言葉に俺と秋は顔を見合わせる。
俺達は大群をどうやって処理するかを考えていたが、言われてみるとあの大群がいてこの小さな集落がまだ残っているのは不自然だった。
「・・・あれ、怪物は人間を食らうはずだよね。あの数の怪物に対してこの集落の人間だけじゃ絶対に足りないはずだよ。しかもまだ人は多くはないけど残ってはいる。」
まさしく秋の言う通りで怪物は人間を狙う。そこに例外はなかったはずだ。
複雑化し始めた問題に思わず頭が痛くなってきた。
ぶっちゃけこのまま立って考えても名案は浮かばないだろうし、敵も追ってきてないなら時間はあるだろう。
「まぁ今まで大丈夫だったなら今夜も保つだろ。先ずは俺達の宿でも探さないか?」
「もう暗くなってきたしね。・・・でもここに民宿とかはないと思うよ?」
「・・・車中泊かー。」
体がバキバキに固まりそうだなと憂鬱になっていると、エリスが向こうを見ていることに気づく。
どうしたのかと声を掛けようとしたが、答えはすぐに走ってきた。
「あ、おねーちゃんだ! 遊ぼ!」
「こら!遊びません! お姉さん達はまだお仕事なんですから邪魔しちゃだめですよ!」
「やーー!」
勢いよく走ってきた笑顔の歌奈ちゃんがエリスに飛びつこうとして唯差さんに止められる。
エリスは何でこれほど懐かれているのかわからず、困惑した表情を浮かべていた。
「あー、いや、取り敢えずは区切りがついたので大丈夫ですよ。」
「遊ぶにしては時間が遅いがな。」
もはや陽は落ち始めて空を茜色に染めている。
今から遊べても数分だしすぐに暗くなってしまうだろう。
「えー! 勉強終わったのにー!」
「わがまま言わないの! ちゃんとおやつあげたでしょ!」
「お姉ちゃんと遊びたいー!」
あまりに強情な歌奈ちゃんに唯差さんも戸惑い、冷や汗を流しながら止めていた。
苦笑を浮かべながら何とか話を変えようと苦し紛れに話題を投げかけられる。
「そ、そういえば山に行かれたのですよね? 何かわかりました?」
「あー、、、すみません、仕事柄詳しくは話せないのですが、まぁ進展はありましたのでご安心ください。ただやはり1日で解決は難しそうでしたので、あと数日は掛かりそうです。」
隠す必要もないが、まだ不確定なことが多い。
下手に伝えて混乱させても仕方ないし、まだそこまで慌てなくても大丈夫だと思う。
すると唯差さんは目を丸くしてぱちくりしていた。
「えっと、今から山を降りるのですか? もう暗くなっちゃいますし、3時間はかかりますよ。」
「まー、流石に降りてまた3時間掛けて登るのは、、、車で休みますよ。」
そう言いながら乾いたように笑うと、唯差さんは何か考えるように首をひねった後、顔を上げた。
「では、家に泊まられますか? 明日も仕事ですのに体を痛めては大変でしょう、、、。」
「え、いいんですか? こちらとしては是非ともお願いしたいです。」
「それで、お仕事終わりに申し訳ないのですが、エリスさんにもし良かったら歌奈と遊んでいただいてもよろしいですか?」
さらりと抜け出した歌奈ちゃんを受け止めているエリスは困ったように苦笑を浮かべて頷く。
「あぁ構わんぞ。そこまで疲れてもいないしな。」
山登りしてあれほど戦ったのに疲れてないってどんな体力してるの?
でも言われてみればエリスが疲れてた時って精神的な時が多かった気がする。騎士ってすごい鍛えてるんだなー。
その後、唯差さんが佑さんに許可をもらいに行って、快く了承してくれたようなので、俺達はご厚意で家にお邪魔させていただくことにした。




