初めての異世界交流
ーーーパラパラパラ
少女が振り抜いた剣の軌跡上にあったものは一本の線が引かれたかの様に切断されている。
それを見て俺の頬に冷や汗が流れた。
もしもう少し避けるのが遅れれば俺の首は胴体とさよならしていただろう。今日ほど自分の反射神経に感謝した日はない。
「貴様は何だ?」
目の前の人形の様な少女に静かに問いかけられる。
・・・いやそれ今聞く? もし俺が避けれてなかったら死んでたからね?
彼女の翡翠色の瞳が暗い室内に光り続け、こちらの行動を観察している。
「そう言うのは斬る前に聞くんだよ!」
俺はそう叫びながら戦闘態勢を取る。腰に巻きつけたホルスターから拳銃を抜き取り、眼前の少女に銃口を向けた。
誤解がありそうだし打つ気はないが、流石に銃口を向ければ相手も下手には動かないだろう。
・・・だが、俺の予想に反して少女は向けられた銃口を見て首を傾げた。
「知らない武器だな。貴様帝国の人間か?」
・・・え、知らないの?
なら威嚇にもならないじゃん。てか、今の時代拳銃なんてそこかしこで見るのに知らないってどう言うこと? 山籠りでもしてたの? 後、帝国ってなんだよ。
仕方ねぇな。
知らないなら説明してやろう!!
「えっとね、今持ってるのは拳銃、ハンドガンの方が通じるかな?って言って、この弾倉に入ってる9mm弾を打ち出す武器なんだ。俺が持ってるのはワールド社が開発した最新モデルで・・・。」
突如として饒舌に喋り出した俺に向こうは動揺している。でも仕方ないじゃん、俺のお気に入りの銃が知りたいって言うなら説明してあげるさ!
「特に俺が持ってるのは最近発表されたリカントモデルのR-808で造形もさることながら性能面でも」
「ま、待て待て! わかった、わかったからもう大丈夫だ。」
え、本当に?まだ話したいことの半分も言ってないけど。
でも流石に止められたのに話し続けるのは良くないと思ったから話すのをやめる。
ついでに構えも解いた、流石にこの空気感で戦闘には持ち込まないだろう。
俺が先に構えを解いたからか彼女も警戒を緩めてくれた、武器は下ろさなかったけどね。
てか、よく見るとこいつちっこいな背が俺の肩くらいしかないじゃん。
「よくわからないな、何故貴様は敵である私に自分の武器を事細かに・・・。」
「ストップ。」
彼女が言い切る前に発言に割って入る。
突然止められたことに一瞬キョトンとしたがすぐに疑問を返してきた。
「なんだ?」
少し不機嫌そうだが訂正しなければいけない所がある。
「いや、まずそもそもの話なんだけど俺って敵なの?」
そう、突然斬られたから俺も警戒したけど別に会話は通じるししっかり意思表示もしてくれる。わざわざ戦う相手じゃない気がするんだよな。
「む? だがその装い、、、。貴様は帝国の兵士じゃないのか?」
「この国じゃ一般的なスーツなんだけどね。てかそもそも帝国ってなんなの? 俺が知ってる範囲なら今は帝国って名がつく国なんて存在しないけど。」
超常災害が起こる前は多くの国が存在していたらしいので、もしかしたら帝国なんて名がつく国もあったかもしれい。
だけど今は国なんてたった12カ国しかないからね。
流石にいくら馬鹿でも12カ国くらいは名前を暗記できるはずだ。
俺がそう言うと彼女は視線を下げ、顎に手を当てた。
「・・・帝国がない? しかし、ならここはどこだ?」
1人でぶつぶつ言い出した、聞こえるけどね。
「ここは『極東防衛国』だ。んで、今いる場所は犯罪グループ『グリーンパイソン』が占拠していた洋館だね。」
「きょくとー? グリーンパイソン? どちらも初めて聞くな。」
・・・はい?
今度は俺の方が疑問を持つことになった。
グリーンパイソンは犯罪グループだしわからなくても仕方ないけど極東防衛国がわからない?
確かに全面海に囲まれた島国ではあるけど人口も多いし規模だって12カ国の中で小さいわけでもない、むしろ大きいくらいだろう。
・・・そこで一つ疑問に思う、彼女は一体何者だ?
最初はロット兄弟が誘拐してきたと思ったけど、あの2人の口ぶりから彼女は呼び出されたのだとわかる。
確か弟の異能は『引き寄せ』だったはずだ。なら彼女はどこか遠くの辺境からここまで引き寄せられたのだろうか?
あいつにそこまでの実力があるとは思えないがそれが一番現実的な気がしていた。
だけどそれなら何故彼女は俺の言葉がわかる?
普通に会話しててわかるが彼女の返答には淀みがない、生まれも育ちもこの国である可能性が高いのだが・・・。
思考の迷路に陥りそうだったので頭を振って考えを散らせた。
このまま考えてたって分かるわけない、てか一番簡単に相手の素性がわかるやつがあったわ。
いまだに首を傾げて考え込んでいる彼女に軽い感じで声をかける。
「よっしゃ、自己紹介でもしようぜ。」
「・・・自己紹介? あぁ、確かにお互いの素性を理解するには一番だな。」
よかったー。自己紹介ってなんだ?って言われたら流石に焦るところだった。
だが、次の瞬間俺は今日一番の衝撃を受ける。
彼女は武器を消して(どうやったの?)懐から銀色の懐中時計を取り出した。そこには龍、と言うよりドラゴンの意匠が入っている。
「では改めて、ラハット王国 白夜騎士団 騎士団長の『エリス・ル・ラクラット』だ。」
彼女ことエリスはそう言って胸に手を当てた。
「ふむ、なるほど。」
・・・聞いたことがある単語が一個もねー!
あまりに堂々と言うからついなるほどって言っちゃったよ!
何も知らないよ!全部新情報だわ!
黙って考え込んでしまった俺にエリスは訝しんだ表情を向けてくる。
「・・・と言うか貴様、もしかして魔族か? 足元にあるのは召喚の魔法陣だと思うがこんな形のものは見たことがない。魔族なら知らぬ魔法が使えても不思議ではないからな。」
・・・ま、ぞく? 魔法陣?
俺は彼女と彼女の足元に書いてあった図を交互に見つめた。
「・・・あぁ、なるほど頭がおかし・・・。」
ーーシュガンッ!
鋭い音と共に今度は縦に剣が振るわれ真横に一本の線が入った。
・・・まだ何も言ってないんだけどなー、この暴力女。
「次はそちらの番では?」
額に青筋を浮かべながら、剣を肩に抱え、こちらにも自己紹介をする様催促してくる。
彼女は俺が敵対しているから誤魔化していると勘違いしている様だ。
だが俺はそんな簡単なことで悩んでたりしない。
・・・聞いたことのない国、時代遅れの剣と鎧、魔法陣に魔族、徐々にピースが揃ってきた。だけどあまりに荒唐無稽な話なのでそう結論づけるのを拒否する。でも、逆にもうそれ以外思いつかないんだよなー。
取り敢えずずっと無言でいると今度こそ斬られそうなので自己紹介でもするか。
「俺は 名木田 綾人 超常現象対策局 極東支部 異能犯罪対策班所属だ。俺は今日仕事でここに転がってる男共を逮捕に来ただけで別にあんたに対して何かにしにきたわけじゃない・・・ってことはわかって欲しいかな。」
両手をあげて何もしない事をアピールしながら下の2人を指す。
ただ彼女はそんな俺の様子に気づかず悩み出した。
「ちょーじょーたいさく?きょくとー、いのお?・・・お前は何を言っているのだ?」
・・・今の発言でほぼ確信が持てた。最初の二つは知らなくてもありえるけど異能を知らないわけない。
「・・・なるほど。えーと、ラクラットさん。落ち着いて聞いて欲しいのだけど。」
全くもって想像してなかった漫画の中みたいな話。
おそらく俺が他者に説明しても頭は大丈夫か?って疑われるだろうね。
「貴女はおそらく、『異世界召喚』された。」
なんでだろうね? 俺がしたかったわ。
俺の一言に彼女は目を丸く見開き驚きをあらわにした。
それが徐々に動揺へと変わっていく、
「ま、まて、異世界召喚だと? 私が何故、・・・そ、それならこの足元の魔法陣はなんだ!?」
え、それが証拠じゃないの?
やっぱり本人の預かり知らぬところだったか、さてと、そうならロット兄弟は何をしようとしていたのか詳細を聞く必要が出てくるな。
「・・・いや、俺はその魔法陣?とやらを見たことがないからな。漫画とか小説なんかじゃ沢山出てくるし馴染みあるけど現実で見たのは今日が初めてだよ。」
「こ、ここには魔法がないのか?」
あまりに彼女の常識とかけ離れていたのか動揺が大きい。
逆に冷静になった俺は事実を告げる。
「そんな便利なものないね。特殊な力で言うと異能はあるけど陣なんて使わないし詠唱なんかもしない。」
すると彼女は再び考え出し、焦った表情のまま壁の方へと手を向けた。
「・・・『命の起源よ、焚べたるは我が魔力、力を糧に根源の灯火を表せ』『フレア』!」
そう叫んだ瞬間彼女の手の平から火柱が放たれ壁を焼いてゆく。
俺はその光景を呆然と眺めた。
「ほ、ほら! 魔法が使えるじゃないか! やはりここは異世界なんかではない!」
「馬鹿か!? お、おま、今すぐその火を消せ! こんなところで焼死体になんかなりたくねぇぞ!?」
てか、なんでよりによってそれを使ったんだ!?
ここは密室、異能によって外には出れない。
俺はテーブルに置いてあった水瓶をひっくり返し、カーペットにぶちまける。幸い酒じゃないようでこれなら時間を稼げるだろう。
俺は濡らしたカーペットを火の元に被せて必死に消化を始めた。
「あ、安心しろ! 私が次の魔法で!」
「そのびっくり仰天なマジックやめろや!! んなもんこの世界の奴らは使えないの!」
俺がそう叫ぶと彼女の動揺は加速する。
「そ、そんなわけない。私がいなければ国が・・・。そ、そうだ、この魔法陣に干渉すれば・・・。」
必死に消化をしていたが、危ない考えに至りそうな彼女を抑えつける。
どう言った動作で魔法が使えるのかわからないため両手を押さえて上に覆い被さるような態勢になってしまった。
・・・これはこれで不味くね?
おそらく召喚が成功したのは異能とよくわからない力が関係しているはずだ、じゃないと界渡りなんて出来るわけがない。出来てたら世界中異世界人だらけだろ。
下手に干渉して暴発でもすれば俺たち全員この場でお陀仏だろうね。
「な、何をする!?」
「いいから大人しくしとけ!・・・もう少しで助けが来る、そこで一度状況を整理すれば・・・。」
ーーーガチャ
・・・あ。
「おーい綾人、処理班来たからさっさと・・・。」
部屋に紺色のスーツを着た金髪イケメン(同僚)が入ってくるなり固まった。
燃える部屋、床に倒れ伏した男性2人、美少女1人とそれを押さえつける俺。
「「・・・。」」
無言で俺とイケメンは見つめ合う。やべ、恋の始まりか?
何故かクラリスは無言。
イケメンはポケットから流れる動作で端末を取り出し耳に当てた。
pipipipiーー
「あ、帆哭さん?・・・あ、はい仕事はもうすぐ終わりますよ。ただ、綾人が乱心して婦女暴行を働いたんで懲戒免職の手続きを・・・。」
「待てやー!!」
思いっきり叫ぶ、全力で叫んだからか下にある体がビクッと震えた。
いや信じようよ仲間だろ!?
イケメンは通話を切らずにそのままポケットに端末をしまった。よかった、通話してなかったみたいだね。
イケメンはため息を吐きながらこちらに近づいてくる。
「・・・それで? どうやったらこんな惨状に陥るわけ?」
「俺が聞きたい。」
本当にね。
なんか泣けてきた。
だが、彼が部屋に入ってきてから火は一切燃え広がらなくなる。
その光景を見てエリスは不思議そうにしていた。
そりゃそうだろう、火は勢いよく燃え上がっているのにその場に留まり続けているのだから。
「・・・話を・・・聞いてくれるか?」
「支部に戻ったらね。・・・全く、処理班の仕事が増えちゃったじゃんか。これは請求が高くなるよ。怒られるのは覚悟してね。」
俺は何もしてないのに!?
この世の理不尽さに嘆くしか出来ない。
・・・取り敢えず立ち上がるか、この状態じゃあ誤解が広がり続けるだけだからね。
「・・・頼むから暴れるなよ?」
「・・・あぁ、悪かった。・・・だから離してもらっていいか?」
拘束を解いて、俺はそのまま後ろにさがった。
彼女はそっと立ち上がり掴まれていたところをなでている。
そんなに強く握ってないやい。
「まぁいいや、綾人には後で話を聞くとして、取り敢えず君も一緒に来てもらうから。犯罪グループの一員だったら大変だからね。無罪を主張したいなら大人しく頼むよ。」
そう言ってイケメンは有無を言わさず出て行った。
うん、あいつこの場を完全に俺に投げたな。これだからめんどくさがりってやーねー。
・・・んじゃ俺も帰るとするかな、連行は処理班の連中にまかしちゃお。
振り向いて不安げな顔をしている彼女にできるだけ優しそうに微笑んだ。
「慰謝料は後でいいから。」
ーーコツコツコツ
それだけ吐き捨てて俺は歩き出す。
え、優しい言葉をかけるわけないじゃん。
さっきの消火(消せてない)で指を火傷したからジクジク痛むんだよ?
出会い頭には殺されそうになってるし優しさなんか芽生えないね。
ーードサッ
すると、急に後ろで倒れる音がした。
「へ?」
後ろを向くと彼女は再び気絶していた。
え、そんなに慰謝料払うの嫌だった!?
気絶すれば見逃してやると思ったら大間違いなのに!
「・・・えー、めんど。」
・・・仕方ない。
一応彼女は被害者だし、おそらく身寄りもこの世界にはない。それなら一度こちらで保護したほうがいいだろう。てか、他の人たちに任せよう。うん。
致し方なく彼女を背負い立ち上がる。
・・・いやー、こんな厚着されてれば欲しい感触もなくて残念だねこんちくしょう。
最後にもう一度ため息を吐きながらイケメン(同僚)の後を追うのだった。