第2話 凸凹冒険者コンビ 〜決闘上等!〜
「あーやらかした~」
街のカフェテラスの椅子に座り、ゼンジはしょんぼりと項垂れている。
「まだ言うとんけ。さっさと飲まな冷めんで」
「オタクも知ってんでしょ。俺は猫舌なの」
ゼンジの前には一杯のコーヒーが白い湯気を立ち昇らせていた。
そんな彼をジト目で見ながら、ルイはここのカフェの人気デザートであるチーズケーキを口に運ぶ。食べると酸味の混じった濃厚な甘さが口に広がると評判の一品だ。
「あ~あ、俺もそれ食べたかったなぁ」
「頼んだらええやん」
「もう軍資金が底をついたよ」
結局、魔法道具屋を出た後に、日用品や冒険アイテムを購入したので、ゼンジの財布の中は雀の涙状態であった。
あのランダムパックで当たりを引いていたら、気分良くケーキを注文してただろうが、今の気分では守銭奴的な思考に走ってしまう。
「あそーだ、この後ギルドに行って手頃なクエスト受注しない?」
「ウチを巻き込むなや」
何とかして損した分を取り返したいゼンジは、ギルドクエストの報酬で金を稼ごうと企てるがルイはそれを一蹴する。
「あーお金~。お金欲しい~」
そもそも無駄遣いをしてしまった自分が悪いのだが、そんな過ぎた事は関係ない。今はお金が欲しいのだ。
そんなゼンジに近付く人影があった。
「おい、お前」
突然、聞き慣れない声がしてゼンジは振り向いた。
金髪で碧眼のツリ目、白光りした大層な鎧を纏い、腰に剣を携えたゼンジそう歳の違わない男が憎たらしそうに睨んでいる。
一瞬こんな知り合い居たっけと思ったが、少し考えた後に漸く思い出せた。
「あー、昨日酒場にいたBランクの人」
「スピットだ!」
昨日騒ぎを起こしていたので、少し懲らしめといた自称エリートホープの冒険者だ。
スピットと名乗った男はゼンジに詰め寄ると荒々しくテーブルを叩く。その衝撃でゼンジのコーヒーが少し溢れた。
「お前、昨日はよくも恥を掻かせてくれたなぁ!」
「おいおい何だい? 昨日の仕返しかい?」
「ああそうだ! 昨日やられた分キッチリ返してやる!」
横暴な態度で迫られるがゼンジは全く動じない。この男は昨日サラッと打ち負かしているので恐れる事はない。
だがそこへ四人の男女がゼンジを囲んだ。全員冒険者の装備をしている。
「スピット~。この子がアナタにちょっかい掛けてきた子~」
槍を持った軽薄そうな女がゼンジを値踏みするように見る。
「ふーん。何かヒョロくて弱そう」
「はい?」
彼女の言葉にゼンジはイラッとした。彼は元々負けん気が強い性格なのだ。これまでもゼンジを妬んでちょっかいを掛けて来た輩からの喧嘩は全部買った。
しかし昨日、ザルムにあまり荒事を起こさないように注意されたばかりだ。
ゼンジは顔に出さないようにグッと堪える。
だが次は打撃用のグローブを装備した小柄な女が見下した様に囁いた。
「君々、卑怯な手でアタシ達のリーダーボコったんだって? 土下座して謝った方が良いよ。許してもらえるか分からないけど」
その挑発とも取れる台詞にゼンジはせめて口だけでもと嫌味を返した。
「オタク等のリーダーはこうやって徒党を組まないと仕返しも出来無いのかねぇ? 俺が卑怯者ならそっちは臆病者じゃないか」
「何だとお前!!」
「おや、やるかい?」
ゼンジは椅子から立ち上がると目を走らせて、スピットの仲間達を観察する。
今、ゼンジを馬鹿にした槍使いと拳闘士の他に、肥満体型の弓使いの男、同じく弓使いでオドオドと目を泳がせているの女がいる。
(ここで一戦やるならこの娘からだねぇ)
万一に備えてゼンジは喧嘩になった場合、誰から攻略するか頭の中で考える。だがザルムの事もあるので自分からは手を出さない。出すとしたら相手が仕掛けて来た時だ。
「ちょおアンタ。こんアホに何されたか知らんけど、こんな所で喧嘩すんなや」
今にもカフェテラスで乱闘騒ぎが起こりそうなのでルイは忠告を入れる。
するとスピットは横槍を入れたルイに目をやった。
「何だお前? この男の女か?」
「ちゃうわダボ! 冒険者パーティーで相棒組んどるだけや!」
「なら分かるよな? こういう時、冒険者がどういう解決法をするか」
そう言うとスピットはゼンジに向き直った。
「決闘だ! お前に決闘を申し込む!」
冒険者の決闘はギルドの立会いの下に行われる。
決闘の結果を見届けるという意味もあるが、優秀な冒険者を仲間割れで失わないようにする目的もある。
決闘は数年掛けて構築された回復魔法陣が展開された専用の決闘場で行われ、戦闘不能となった者は転移魔法で強制退場させられる。転移先ではギルドお抱えの回復魔法士が負傷した冒険者達を回復させるのだ。
そんな死者を極力出さない様な体制を敷いているので冒険者達は全力で決闘する事が出来た。
そして決闘では当事者同士がお互いに何かを賭ける事がルールだ。
今回の場合、敗北すればゼンジはスピットへの謝罪と慰謝料十万クォル、スピットは賞金二十万クォルを支払う事で双方同意した。
「それで。これはどういう事かねぇ?」
ここは冒険者達が武を持って己の意志を貫く決闘場。
中央に円型決闘場が置かれ、周りにはグルっと観客席が三階層設けられているドルトンの街で一番巨大な建造物だ。
そんな壮厳な決闘場で、ゼンジの目の前にはスピットを含め、四人の冒険者が武装して立っていた。
「四対一!? おい、どういうこっちゃこれ!!」
決闘を見守ろうと観客席から見学していたルイが異常に気付き叫ぶ。
それにスピットはニタッと笑って答えた。
「誰もサシの勝負とは言って無かったぜ?」
「フフ、お気の毒~」
「だから早く謝れば良かったのに」
まるで罠に掛かった獲物を見る様にスピットとその仲間達は嘲笑う。
「こん卑怯者が!!」
ルイは侮蔑の籠もった罵声を浴びせるが、彼らは何も悪びれる事無く、寧ろ得意気に返した。
「ははっ! 昨日お前の相棒が言ってたぜ。喧嘩に卑怯も何たらも無いってな!!」
ゼンジはあちゃーといった感じで苦笑する。こういうを身から出た錆と言うのだろう。
「いやぁこれは一本取られたねぇ! まさかこんな古典的で小物臭いド三流の罠を仕掛けて来るとはねぇ!」
「怖気付いたならさっさと降参しな」
「いやいや。何を仰いますやら」
数的不利な状況ではあるがゼンジはその飄々とした態度を崩さない。
そこへギルドの決闘立会人が音響魔法でゼンジに話しかけてきた。
「ゼンジさん。決闘に参加されるもう一人はまだ来られませんか?」
その言葉にその場に居た全員の頭にはてなマークが浮かんだ事だろう。
そんな様子を見てゼンジの口角が上がった。
「はーはっはっはっ!! こんな事もあろうかと、こっちも決闘者を二人で登録してたのさ!!」
ゼンジは得意気に高笑いする。実を言うと彼は、以前にもこういう卑怯な手口で大勢を相手にした事があったのだ。
だからスピットが決闘者の人数を言って来なかったので、もしかしてと思い保険を掛けていた。それが功を奏したようだ。
そしてこの場合、ゼンジが頼みとする相棒は一人しかいない。
「さぁルイ! この連中に俺達の力を見せてやろうじゃないか!」
「嫌や」
しかし即答で断られた。
「……ん、今何て?」
「嫌や言うとんねん! 気ぃ乗らん!」
ルイはプイっとそっぽを向く。
「どーしてよ!? オタクも卑怯者とか言ってご立腹だったじゃん! ここは満を持して参戦する展開でしょうが!」
「アンタも同じ事しとうやろがい!」
「いやこれは保険だって! あの男が一人で戦うってなら俺も一人で戦ってたよ!」
急に始まった痴話喧嘩に場内の人間達は置いてけぼりにされる。
「何あれ? 結局あの女は出て来るの? 来ないの?」
槍使いの女が中々始まらない決闘に苛立ち始める。
スピットも同じく自分達を無視して痴話喧嘩しているゼンジに対して、今にも怒りを爆発させそうな顔をしていた。
そんな彼等なんか構う事無くゼンジとルイはあーだこーだ言い合いを続ける。
そして遂にはスピットの我慢が限界を越えてしまった。
「お前等いい加減にしろ!! いつまで待たせんだ!!」
「うっさいわハリボテ騎士!! もうちと待っとれや!!」
「んだとこのちんちくりんの豚が!!」
刹那、鈍い粉砕音と共にスピットの足元に瓦礫が落下する。それを投げた人物がルイであることは直ぐに分かった。彼女の前の石柵が割れ、彼女の目には尋常じゃない殺気が籠もっているからだ。
「ゼンジ。ハチニィや」
「は?」
頭上から恐ろしい声が降って来る。まるで龍が頭上で涎を垂らしている様な恐怖がゼンジの背筋をぞわりとさせた。
「決闘で入る金の八割で手ぇ貸したる言うとんねん。文句あっけ?」
「え、あー、うん無いでーす」
スピットはルイの逆鱗に触れた。
ルイは観客席から飛び降りるとヴィジットを靡かせて音も無く着地する。
ゼンジにはそれが彼女の異名通りの悪魔、いや魔王降臨に見えた。
「女神の赦しも三度までや! アンタ等は潰す! 特にそのパチ騎士はブチ回す! 覚悟せえよ!」
巻舌でドスの効いた声でルイは宣戦布告を行う。
そんな相棒を横にゼンジはこう思った。
「豚じゃなくて猪なんだよなぁ」




