第4話 〜その気持ちに揺らぎは無いよ〜
VIPルームとはSランク冒険者が使用出来る特別な部屋だ。
しかしドルトンの街でSランク冒険者はザルム以外にはいないので、実質ザルム専用ルームと言って良い。
「「乾杯!!」」
木製のジョッキで乾杯するゼンジ達。
円卓にはパン、米、サラダ、肉、焼魚等の様々な料理が大皿で並べられ、酒やジュースが入ったボトルが部屋の入口横に用意されている。
ノーラが料理を人数分をせっせと分けて行く。真っ先に夫のザルムに料理を渡し、クラウス、ルイと続き最後のゼンジには少し多めに盛って料理を渡す。
ゼンジもパーティーの中で一番の新参者という事で色々やろうとするが全てノーラに先を越されてしまう。
(姐さん、出来る女性だなぁ)
「は! 今ゼンジ君から凄く敬われた様な気が!」
「ええ~、何ですそれ怖ーい」
いやホントに怖かった。セイレーンは読心能力でもあるのだろうか?
などと思いつつゼンジは料理に自作の箸を付ける。
VIPルームで出される料理は酒場で出される物より上物だ。それを表す物としてこの世界では高級品の胡椒がふんだんに使われていたり、この地方では滅多に手に入らない米まで出て来る。
日本人のゼンジにとって異世界に来て米が食べれる事はこの上なく嬉しかった。
(これ全部ザルムのお陰でなんだよね~)
「は! 今ゼンジから凄く敬われた様な気が!」
「オタク等夫婦何なの?」
もしかして顔に感情が出ているのではないかと心配になる。いや敬いの顔なんてどんな表情か全く分からないが。
「ところでゼンジ。お前、俺達が荷物を置きに行ってる間に、また何かやらかしたか?」
街に帰還した後、ザルム達はパーティーのアパートに食料や野営具等の荷物を置きに帰っていた。だがゼンジはアパートには帰らずこの部屋を抑える為に酒場へ直行していたのだ。
だから「やらかした」出来事と言えばアレしか無い。
「酒場で変なのが騒いでたからのしといた」
ゼンジの返答にメンバー全員が「あー」とやっぱりと言った呆れ顔をする。
「またかいな? アンタ、ホンマ喧嘩っ早いな」
「いや、先に手上げたのは向こうだし」
「男の子なんだから元気なのは良いけど、あまり乱暴なのは……」
「正当防衛ですって」
「……」
「クラウスは何か言って! 何その目怖い!」
パーティーメンバーからの視線が痛い。
ゼンジはトラブルに巻き込まれる事が多かった。何せ短期間で冒険者ランクを上げまくったので嫉む連中も多く、影では「Sランクの七光り」等と揶揄される事もある。ゼンジも負けん気が強い人間なのでそういった相手の挑発に乗ったり、自分から厄介事に首を突っ込んだりする。要はトラブルメーカーなのだ。
「ゼンジよぉ。あんま下のランクの奴を虐めてやるなよ」
そんな困り者にザルムはパーティーのリーダーとして釘を刺す。
「いや相手、俺と同じBランクだったし」
「お前はもう直ぐAランクだろうが」
ここでパーティーメンバーの冒険者ランクを紹介するとリーダーであるザルムがSランク。クラウス、ノーラ、ルイはAランク。ゼンジはBランクだが今回の見極め試験をクリアした事で、もう直ぐAランクへの昇級試験を控えていた。
実質、上級冒険者で構成された超精鋭パーティーと言って良い。
「分かってるてば。それでザルム、俺のAランク試験っていつなのさ」
「今から推薦状を書いてギルドに受理されて試験内容を決めるからな。早くても一ヶ月くらいは掛かる」
ゼンジが冒険者になってからたった一年半で現在のBランクまで登り詰めたのは、ザルムというSランク冒険者の推薦があればこそだ。
Sランク、EXランク冒険者は冒険者ギルドに対し強い発言力がある。
例えば強力なモンスターが現れ、複数の冒険者パーティーが連合を組んだ場合、総指揮を執るのがこのランクだ。
もちろんザルムもゼンジが仲間だからと贔屓しているのでは無い。ゼンジに冒険者としての才能が無かったら、推薦どころかこのパーティーにすら置いていないだろう。
今ここにゼンジがいるのは紛れもなく彼自身の実力に因るものなのだ。
「それよりゼンジよ。Aランクになったら『対人クエスト』を依頼される事があるが人を殺す覚悟はあるのか?」
その質問にメンバーの視線が集まる。
対人クエストとは国やギルドから危険と判断された人物を討伐するクエストの事だ。
何分この世界は現代日本の様な平和な世界では無い。
生きるためなら他人を害する者も多く、そういうならず者達が村や街を襲い人々を脅かす。
そういった犯罪者に対処するのは本来軍の仕事なのだが、軍の手が回らなかったりするとギルドの方に依頼が流れて来る事があるのだ。
そんな対人クエストを受けられるのはAランク以上の冒険者だけであり、その下のランクとは一線を画す実力者と見られる。
勿論ここに居るゼンジ以外のメンバーも対人クエストは経験済みであり、人間を相手する事がどれほど厳しい事か知っている。
そんなメンバーの前で『人を殺す覚悟』という重苦しい言葉をぶつけられたゼンジだが、彼は何も動じず、臆せず真っ直ぐな目をザルムに向けた。
「もちろん。俺はザルム達みたいな強い冒険者になるって決めたんだ。その気持ちに揺らぎは無いよ」
一年半前、ドラゴンに立ち向かう彼等の勇姿に強く憧れたゼンジは、彼等と並び立つ為に今日まで鍛錬してきた。
だが彼の目的は単に高ランクに上がりたい訳では無い。ゼンジがこうまで強くなりたい理由とはーー、
「それはやっぱりいつか旅に出る為か?」
「そうさ。旅に出て世界の色んな物を見て回る。その為にはモンスターにも人にも負けない力を身に着けないと」
旅をする冒険者が少なくなった現代において、ゼンジは旅をする事に憧れていた。
だがいきなり旅に出るのは無謀だ。凶暴なモンスターやならず者に襲われれば殺されかねない。
だから彼はザルムの元で冒険者としての修行をしているのだ。
「……そうか分かった。じゃあ手続きを進めておく」
「頼んだよ~」
ゼンジはまるでお母さんに買物のついでに漫画を買って来てとでも頼むような軽さでAランク試験の推薦をザルムに頼む。
緊張も気負いも無いのは彼の楽観的性格とこれまでの経験から来る自信に因るものだ。
そんな端から見れば調子に乗っているとも見て取れるゼンジに相棒のルイは茶化す様に口を挟んだ。
「エラい格好付けよって。御伽噺の勇者にでもなんのけ?」
「おお良いねぇ勇者! 目指して見るのも面白いかもしれないねぇ!」
彼女が言う勇者とは七百年前に魔王を討ち倒した冒険者の事だ。
「ほなせめて簡単な遠距離攻撃魔法くらい覚え。剣だけやと太刀打ち出来ひんモンスターも居るからな」
「待てルイ。今何つった? ゼンジ魔法使えるようになったのか?」
二人の会話を聞いていたザルムが驚いた様子で聞く。
「せやで」
「マジか!?」
「ホント!? だってゼンジ君、魔法の無い世界から来たって……!」
信じられないと言った感じでザルムとノーラは仰天する。
魔法はこの世界の住人であっても素養が無ければ使えない。
ましてや魔法の無い世界からやって来たゼンジなんて到底使えないと半ば諦めていたからだ。
「ハーハッハッハ! 苦節約500ヵ日、長い研鑽苦労の果てに遂に魔法を習得してやったよ!」
そんな評価を覆してやったゼンジは高らかに笑う。
彼にとって魔法を習得するのはこの世界に来てからの悲願だった。例え無理だと言われても、やって見なくちゃ分からないとこの一年半頑張って来たのだ。
その魔法を遂に手に入れたゼンジは席から立ち上がり、いよいよ成果のお披露目の為に魔法詠唱を始めた。
『精霊よ。風を巻き起こせ――』
それは初級の風魔法で風を吹かす魔法の詠唱だ。
ゼンジは手に集まった魔力を解放する最後のキーワードを唱えた。
『――エアブロウ』
そよ~~……
「……ん? 不発か」
うちわで扇いだ程度の風にザルム達は顔を見合わせる。
初級の魔法とは言え本来のエアブロウはこの程度の威力では無い筈だ。
「アハハハハハ! ほらやっぱりのう。お披露目には早い言うたやんけ!」
この結果を予想してたのかルイは声を上げて笑う。
「何さ。笑う事ないでしょうよ」
「いやいやいやいや、今のは笑うとこやろ。せやないとこの期待外れみたいな空気どないすんねん?」
周り見るとザルムやノーラが愛想笑いを返して来る。クラウスに至っては愛想笑いすらせず起こった現象について淡々と注目していた。
正直自分でも出力についてはまだまだ未熟だと思っている。でもようやく手に入れた魔法だ。子供心に早く披露したいと思うじゃないか。
だがAランク魔法士であるルイにとっては、初心者が初歩的な魔法を不完全な状態で披露したものだからさぞ滑稽に見えたのだろう。
例えるなら縄跳びの二重跳びを目茶苦茶な飛び方で一回だけ成功させる幼稚園児の様な感じだろうか。
しかしそれにしたって、
「性格悪いねぇ」
ゼンジはちょっと頭に来ていた。
だから意趣返しとばかりに嫌味を言うが、これに黙っている程ルイも大人しくはない。まるでチンピラの様な目付きでゼンジにメンチを切った。
「はあ? アンタに言われとう無いわ。いつも人を舐めた様な態度しよって腹立つ」
「オタクこそ何でそんな暴力的な物言いなのさ。もうちょいお淑やかな言葉使えないのかい?」
「これがウチのお国言葉じゃ。グダグダ抜かしとったら殴んぞ」
「はい出たハラスメント発言。そんなだから悪魔なんて怖~い異名が付くんだよ」
小さな火に油をぶち撒けた様に二人の口喧嘩はヒートアップして行く。
二人共我が強くて負けず嫌いな所がある。こうなったらどちらかが折れる、いや折るまで争うだろう。
だからいつもの如くノーラが仲裁に入った。
「はいはい二人共痴話喧嘩は止めなさいね」
「誰が痴話喧嘩ですか!」
「誰が痴話喧嘩だっか!」
二人は息ぴったりにツッコミを入れる。そのあまりのシンクロっぷりにノーラは思わず笑ってしまった。
「お前等、早く食わねえと飯が冷めちまうぞ」
ザルムも仲裁に入り二人の喧嘩は痛み分けで終わる。
喧嘩は終わったがそのせいで一気に賑やかさが失せてしまった。
「はいはーい! じゃあ気を取り直してノーラ歌いまーす!」
ノーラが翼を広げ一段高い舞台に舞い上がる。
ゼンジとルイは顔を合わせて同じ事を思った。
((マズい!))
セイレーンの歌と言えば人を惑わす幻惑の歌だ。
その美しい歌声は聞いた者に多幸感を与えると同時に意識は泥酔状態となり思いも寄らない奇行を取る事になる。
以前ゼンジとルイがその歌の被害にあった時は、お互いの顔に落書きしながら何処からか持ってきたサイコロでサッカーをしていた。
そんな何が起こるか分からない歌だから二人はお互いにアイコンタクトを取るやすぐさま立ち上がった。
「ちょっと待った! 俺が歌う!」
こんな時の為に二人は対ノーラ封じのレパートリーを用意している。それこそソロ曲からデュエット曲まで多彩だ。普段は喧嘩ばかりの二人だがこの場合は呉越同舟、一致団結しなければ自分達が危ない。
「え~、二人共私の歌嫌い?」
「いやそういう訳じゃ無いですけど」
「今はウチも歌いたい言いますか」
何とかノーラを壇上から降ろそうと二人は食い下がる。
(ゼンジ、ウチが歌とる間に酒飲ませい!)
(がってん! なるべく長い歌頼むよ!)
二人は簡単なジェスチャーでコンタクトを取り合い何とかノーラを席に着かせた。
ゼンジはノーラのグラスにワインをなみなみ注ぎ、自らもグラスにワインを注ぐ。
因みにこの世界に飲酒の年齢制限は無い。だからゼンジも17歳ながら飲酒しても法的には問題は無いが彼はすこぶるお酒に弱い。
だがそれでも自分を餌にしなければノーラを壇上から降ろすことは出来なかったのだ。
「かんぱーい!」
大人達がぐびぐびとお酒を飲んで行く様を見てゼンジも続く。
渋い、不味い、鼻に来る。
こんな物を美味しいと思える日が来るのだろうか。こんな物を飲むくらいなら普通に葡萄ジュースを飲みたい。ゼンジは目を瞑りながら喉にワインを流し込む。
何処からか姦しい歌声が聞こえる。耳をつんざく様なアカペラだが気取って無い元気なその声が身体に響く。
(誰が歌って……? ああそう言えばルイが歌ってるんだった)
既にゼンジの意識はアルコールによってぐらぐらになっていた。
(良い歌だなぁ)
そんな感想を抱いて、ルイの歌を子守唄にゼンジは寝落ちした。




