第5話 〜目立つな〜
『俺はゼンジの正体がバレようと自分の任務に集中する。そちらの身は自分で守れ』
『ザルムの為にも失敗はしない』
と、言っていたクラウスがいきなり大ポカをやらかした。新兵として潜入したのにいきなりAランク冒険者の実力を見せてしまったのである。
何を考えてるんだとゼンジはタイミング良く舞い込んで来た仕事を請負い練兵場に急いだ。
「みなさーん! ご飯ですよ!」
「ん? 見ないメイドさんだな」
「今日より働く事となりましたシンセです」
思いっ切りの愛想を振りまいて兵士達にパンを配って行く。相手への印象を良くしておいて早く城の人達と打ち解けるためだ。
で、一通りパンを配り終わったところで、完全に皆からハブられているボッチクラウスの元に向かう。
「クラウス、さっきのあれは何よ?」
パンを渡すついでにどういうつもりか問い質す。
「あれとは何だ? 俺が何かやったか?」
「いや無自覚かい! さっきの暴れっぷりよ。オタク正体隠す気あんの?」
「実力を見せろと言われた」
「言われても見せるな。さっきのでオタクへの警戒心が跳ね上がったよ? もっと皆に溶け込める様に行動しないとダメだって。言っとくけど正体がバレても俺知らないからね? 自分の身は自分で守ってよ?」
「善処する」
クラウスは反省しているのかどうか分からない返事を返す。
ゼンジは溜め息を吐きながら話を切り替えた。
「で、何か掴めた?」
「いや、兵舎に怪しい所は無かった」
「こっちも案内された居館の範囲は何も無かったよ。とりあえず今日は日々のルーチンワークを把握して終わりかな」
「明日、俺は門番の役に就く。人の出入りで怪しい所がないか見てみよう」
「うん、そっちは任せたよ。俺は引き続き居館で手掛かりを探すから」
あまり長く話していると怪しまれるかもしれない。二人はお互いの情報交換だけして別れた。
この日は結局、夫人の悪行を掴む証拠は何一つとして見つからなかった。と言うか明日から本格的にメイドの仕事をしなければならないので、そっちに集中しなければならなかったのだ。
(誰かさんみたいにヘマして怪しまれない様にしないとねぇ)
ゼンジは基本要領が良い方だ。この世界に来た時もその柔軟さが役に立ったと言って良い。初めてのメイド仕事もヒルトに教えられあらかた覚えたし、いつもの飄々とした態度も奥へと封じ込めた。
木を隠すなら森の中と言う諺があるように、早くメイド達に馴染まなけれ怪しまれてしまう。
今ここに居るのは出稼ぎに来た村娘シンセとして彼は振る舞ったのだ。
「どうだったシンセ。明日からやってけそう?」
夕食のパンを噛りつつヒルトは問い掛けた。
「はい、先輩の懇切丁寧な指導のお陰でばっちりです」
礼儀正しく、気に入られるようにゼンジは言葉を返す。
「あんた飲み込みが早くて助かるわ。明日からも私とペアだから頼んだわよ」
「ペア?」
一瞬頭の中でルイの顔がよぎった。今頃あの小屋でこの城をひたすら見張っているのだろうか。きっとヒマだとか言ってるに違いない。
「何? 嫌だった?」
「いえいえ、先輩と一緒なら安心して仕事が出来ます。明日からもよろしくお願いします!」
ゼンジは改めて良い後輩らしく頭を下げた。
そこへ昼間は見なかったメイドが通り掛かる。その彼女に向かってヒルトは直立不動で挨拶をした。
「おはようございます! シルビアさん!」
「おはようヒルト。その娘は?」
割れたガラス片の様に細い目がゼンジに向けられた。
「本日より働かせて頂くこととなりましたシンセです」
「ああそう。私は夜班のメイド長シルビアよ。よろしく」
シルビアはそれだけ言うとさっさと行ってしまう。
何だかクラウスみたいな取っ付きにくい人だなとゼンジはやりにくさを感じた。
「夜班って夜担当って事ですか?」
「そうよ。奥様のお世話に昼も夜も無いわ。シルビアさんは最も奥様から信頼されているメイドなの」
「へぇ~」
夫人から最も信頼されているメイド。これは何か手掛かりが掴めるかもしれない。
(ぶっちゃけ苦手な印象だけど、探りを入れて見るかねぇ)
一方その頃、兵士として潜入しているクラウスも夕食を摂っていた。しかし昼間、先輩達をこてんぱんに打ち倒してしまい、更に彼の性格が災いして完全に独りぼっちの夕食となっている。
(独りは良い)
けれでもクラウスは全く気にしていない。むしろ独りの方が動きやすいと考えていた。
彼はいつもこうだ。こうやって不要なコミュニケーションや人との関係を極力断つのだ。城内の人間と打ち解けて動くゼンジとは真逆だ。
(もし戦闘となればこいつ等とは殺し合いになる。ゼンジは分かっているのか?)
確かに今回のクエストは対人クエストではない。しかし、もしもの時は戦闘になる可能性がある。だったら余計な親交なんて不要だ。
クラウスは独り黙々と食事を摂りながら周りの兵士達の会話に耳を向けた。
「いやぁしかし今日入ったメイドの娘。可愛いかったな」
「そうかぁ? 俺はヒルト派なんだが?」
「お前気の強い女好きだもんな~。俺は断然シンセ派な。あの長身スレンダーで天真爛漫な笑顔良くね?」
男ばかりという事もあってか同僚の兵士達は各々の推しメイドの話題となる。その中でシンセの名前もちらほら上がっていた。
(なるほど。兵士とはああいう話題で盛り上がるのか)
兵士達の話しは誰が推しかという話題から、女性の何処の部位が好きかとかどんなプレイが好きかというY談になった。そしてさっきシンセ推しと言っていた兵士が話のノリで「夜這いでもするか」と言ったところで一斉に笑いが起こった。
「アハハハ! 言うなお前! 良いぞ行って来いよ!」
「忍び込むのは良いが、夜班のシルビアさんに気を付けろよ!」
他の兵士も面白がって囃し立てる。
そんな盛り上がった所に水をぶっ掛ける様な無粋な言葉が投げられた。
「ダメだ」
当然、クラウスである。
「シンセに手を出す事は許さん」
鋭い眼光で睨み付ける。
「おいおい冗談だってマジになるなよ」
兵士達はまたお前かよとでも言いたげな、うんざりした白け顔で解散して行った。
「何なんだよあの新人」
「知らねーよ。あいつもシンセちゃん狙ってるんじゃねえの?」
クラウスはそんな文句など気にせず、昼間言われた事を思い出す。
『もっと皆に溶け込める様に行動しないとダメだって』
(ゼンジめ。溶け込もうとして逆に目立ってるな)
木を隠すなら森の中とは言うが、ゼンジという木はかなり主張が強い木だった。




