第1話 〜伯爵婦人の城に潜入せよ〜
「よっとこらせっと」
ジャリジャリと音を鳴らし、麻袋に入れられた石灰石を荷車に乗せる。
重さにして20kgはあるだろうか。その重みから開放されたゼンジは反動で荷車にもたれ掛かった。ちょっと休憩。
「くぉら! さぼんなやだぼぉ!」
そんな彼に喝を入れて、同じ麻袋を両肩に四つ担いだルイがやって来る。
彼女は重みでヨレる事なくしっかりと地面を踏み締め麻袋を荷車に乗せた。
「相変わらず馬鹿力だねぇ」
「アンタが非力やねん」
手をパンパンと払い、疲れた様子も無くルイは積んだ荷にシートを掛ける。
そこへ道具屋の店主が伝票を持ってやって来た。
「注文の品はこいつで最後かな?」
「うん。ありがとうおじさん。石灰石10袋、塩酸30瓶頂いてくよ」
石灰石と塩酸。
これらの購入品は勿論、酸欠ガスを作り出す為の材料だ。ゼンジは贔屓にしている道具屋にこれらを大量発注していた。
「いつもありがとうな。しかしこんなに買ってどうしたんだ? あ、遂にゼン坊も対人クエストに行くのか?」
「まだだよ。あんなの滅多に来ないし」
「なんだ。今日はいつもより買う量が多いから何かあるのかと思っちまった」
「単純にルイが手伝ってくれるから買い溜めしておこうって思っただけだよ。ほら、結構重いから」
「ウチを荷駄馬扱いしよんねんコイツ」
「ハハ、仲良くて結構。じゃあまた贔屓にしとくれよ」
そう言うと店主は店に戻って行く。
買い出しを終えた二人は荷車を引いてアパートへの帰路に着いた。
ルイがその馬鹿力を持って荷車を引き、ゼンジは後ろからそれを押す。
一見すると大荷物を運搬して大変そうに見えるが、怪力ルイに掛かればなんのその。ゼンジの後押しなどまるで意味が無いかの様に一人でスイスイと道を行く。
「せやけどなゼンジ。その内、対人クエストはやって来んぞ。その時は前みたいな事になりなや」
「分かってる。俺だっていつまでもメソメソしてらんないんだ」
Aランク試験で初めて人を殺したゼンジはそれに大きなショックを受けた。ルイの励ましでなんとかショックを乗り越える事が出来たが、あんな事になっていてはこの先Aランク冒険者としてやって行けない。
殺生の恐怖を乗り越える方法。
これが今のゼンジに課せられた試練でもあった。
やがてアパートに着くと、二人は購入した物を倉庫に置いて一息着いた。
そこへノーラがミーティングルームに集合するようにと伝えに来た。
水を一杯飲んで喉を潤してからミーティングルームに向かう。
部屋に入ると既に仲間達は集まっており、執事の格好をした老人が来客用の椅子に座っていた。そして部屋は外から中が見えない様に、窓にはカーテンが閉められている。
「遅れました」
ゼンジ達は一言謝って部屋に入る。
「揃ったな。集まって貰ったのは仕事の話だ。ギルドから俺達に特務クエストが来た」
リーダーのザルムがざっくりな内容を聞かされるが、特務クエストというのは聞いたことが無い。
「特務クエスト? 対人じゃなくて?」
「対人ではないが場合によっちゃ対人クエストになるな」
「?」
ゼンジは理由が分からず首を傾げる。
「まあ、先ずは依頼主の話を聞いてくれ」
そう言うとザルムはクエストの説明を執事の様なお爺さんと交代する。
「私はカスティオン侯爵に仕えるカーナボンと申します」
(ああ、カスティオン家の人だったのか)
カスティオン家はドルトンを含めこの辺り一帯を治める侯爵家の名だ。
これまでにもモンスターの大量発生等に対してギルド経由で討伐クエストを出していたので、ゼンジも名前だけなら知っていた。
「カスティオン家領の隣にバートン伯爵が治める土地があるのですが、そこで若い娘が次々と行方不明となる事件が多発しておりまして、皆様に容疑者の捜査をお願いしたいのです」
「容疑者まで分かってるならバートン伯爵に言って捜査してもらえば良いんじゃないの?」
不思議に思ったノーラが聞き返す。
容疑者と言う事は限り無く黒に近い人物まで特定しているという事だ。
ならば冒険者なんかよりその土地の領主が治安権を発動して捜査した方が手っ取り早い。
だがカーナボンは弱った表情でその問いに答えた。
「その容疑者がバートン伯爵夫人なのです」
「まぁ……」
「バートン伯爵は一年程前に死去されておりまして、現在は伯爵夫人が領地経営をなさっておられます。ですが夫人は悪魔信仰に取り憑かれ、若い娘達を贄として捧げているという噂があります」
「ただの噂を侯爵様は信じたのかしら?」
「勿論、侯爵様もただの噂と最初はお気になさいませんでした。しかし先日、侯爵様の御令姪様がバートン領で行方不明となり、噂の真偽を確かめようとなさったのです」
「身内が被害に会わないと動かなかったのね」
「返す言葉も御座いません」
ノーラの辛辣な言葉にカーナボンは頭を下げた。
「ゼンジどう思う?」
「俺の世界でも実例があるからありえないとは言えないねぇ」
彼の知るメジャー所で言えば、血の伯爵夫人と呼ばれるバートリ・エルジェーベトが正に今回の事件のそれと酷似している。
子供の頃に見たエルジェーベトの再現ドラマを見て大泣きした事を思い出した。
「侯爵様としては伯爵夫人が住まう城の調査を行いたいのですが何分証拠がありません。怪しいとは言え相手も貴族。証拠もなく疑う理由にも行かず特務クエストという形でお願いに上がった次第で御座います」
要するにお隣さんが怪しい事をしているが、大ぴらに疑って険悪になりたく無いから部外者に調べてもらおうという魂胆らしい。
ここでザルムが説明を変わった。
「と言うわけだ。今回のクエストは城に潜入して伯爵夫人の悪事を立証する証拠を見付ける事。荒事にならなければ戦う必要は無い。作戦内容はこうだ」
ザルムは部屋にある黒板を示す。
そこには既に今回のクエストで実施する作戦内容が丁寧に書かれていた。
「先ず領内の誘拐に関しては、毎日領内を巡視している兵士達が実行犯である可能性が高い。また使用人の娘達も行方不明となっている事から夫人の側近達も怪しい。よって俺達の中から二人を兵士、使用人として城に潜入させる」
証拠を抑える為に怪しい部所ヘ直接潜入させるらしい。
確かに事前情報を知っていて気を付けていれば、妙な動きにも気が付くことが出来るし、例えバレたとしても自分達なら力尽くで切り抜けられるだろう。
「先ずはクラウス。お前は兵士として城に入り、誘拐の証拠を掴め」
「分かった」
「そんでゼンジは使用人として夫人や周囲の動向を見張り囚われた女性達を探せ。そして可能なら証人として助け出せ」
いきなりのご指名にゼンジは目を丸くする。
「俺が使用人やるの?」
「実は俺達、夫人とは面識があってな。二年前にモンスター討伐を依頼されたんだ。だから俺達が潜入しても直ぐバレる」
「クラウスは?」
「その時、クラウスは病気で参加していなかったんだ。だから顔が知れていないのは、お前とクラウスしか適任が居ない。頼んだ」
ザルムは改めて任を言い渡す。
「分かったよ。スパイ任務、果たして見せようじゃないか」
得意とするモンスター討伐とは勝手が違うが、スパイ任務というものにちょっとした憧れがあったゼンジは快く了承した。
「しかし俺がボーイかぁ。接客業とか性に合わないからバイトもした事無いんだけど大丈夫かねぇ」
「あ、言い忘れてた」
ここでザルムはうっかりしてたと追加した。
「ゼンジがやるのはメイドな」




