第5話 〜悪はモンスターも人も一緒〜
Aランク――それは冒険者の中でもほんの一握りしか到達できない極地。
人々からは羨望の眼差しで見られると同時に畏怖の対象でもある。
その最もたる理由が――、
「あ? 対人クエスト?」
首元と額に付いた汗を拭きながらインナー姿のルイは聞き返す。
「そう。正直、どんな、感じなのさ?」
ゼンジは疲れ切った様子で部屋に備え付けてある水瓶から水を一掬い飲み干した。
今日も彼の部屋にルイが押し掛けて来て、魔力量の強化もとい筋トレに付き合わされたのだ。
「別に。普通のクエストと変わらんで。倒す相手がモンスターから人に変わっただけや」
簡単に言ってくれると思いつつゼンジは白衣を羽織ると何かの準備を始める。
「いやそうじゃなくて……そのー、人を殺す時ってさ。どんな感じ?」
さすがもゼンジもこんな質問をするのは気が引けるのかいつもの陽気な言葉もたどたどしくなってしまう。
「何やアンタ。この前は大見得切っとったのにやっぱビビっとんけ?」
だがルイは特に気にする様子もなく返す。
その態度が幾分かゼンジに話し易さを与えた。
「そりゃあそうよ。だって俺、人殺した事無いし」
「ビビっとんやったらわざわざAになる事もないやろ。ずっとBでおったらええやんけ」
「いやぁ、それは出来ないよ。何せ俺はオタクやザルムに憧れて冒険者になったんだから、今更中途半端に終わてたまるかっての」
「ほな先輩としてアドバイスや。対人クエストの討伐対象になるような人間は極悪非道のクズ連中ばかりや。即殺せ」
ルイは何の戸惑もなく言ってのける。
「オタク相変わらず容赦無いねぇ」
「野放しにしとったらそいつ等の所為で不幸になる人がたくさん出てくんねん。アンタ突然目の前で家族殺される人間の気持ちが分かっけ?」
ルイの言葉には憎悪と言っていい程の気持ちが込められている。彼女がここまで言うのにも理由がある。
今しがた言った例えは全て彼女の実体験なのだ。
とてつもない魔力を持って生まれ、物心付いた頃から当たり前のように魔法が使えたルイは、かつて勇者に付き従った大魔導士の生まれ変わりと呼ばれる程だった。
だがそんな人並み外れた才能が村に不幸を呼び寄せた。
噂を聞き付けた邪教徒が村を襲撃、ルイの両親を殺害し彼女を連れ去ったのだ。
以後数年ルイはとある冒険者に助け出されるまで邪教徒による監禁生活を受けていた。
ゼンジもその事は知っているので、相棒の気持ちは分かる。彼女の激しい怒りが籠もった言葉に返す事が出来ない。
そこにルイは教え諭す様に言う。
「アンタは人を助ける為にたくさんモンスターを殺して来たやろ? 罪の無い人等を襲うモンスターと極悪人に何の違いがあんねん?」
「それは、モンスターと人間だから……」
「いいや違いなんかあらへん。どっちも人の幸せを奪うゲス共や」
その言葉には鬼気迫るものがあった。それほどまでにルイは人々から幸せを奪う者達を憎んでいるのだ。
その気迫にさしものゼンジも言い返せず閉口するしかなかった。
「せやからアンタは今まで通り討伐対象を斬ったらええねん。大丈夫や。アンタなら間違いなくAランクになれるわ」
最後、ルイは何だかゼンジを勇気付ける様に微笑んだ。
厳しさの中で見せてくれたその表情は子供を叱った後の母親の様にも見えた。
「何か今日優しくない?」
「ウチはいつでも優しいやろがい」
「どこがよ」と、いつもなら言い返す所だが、今はルイの優しさに感謝する。言っている事は目茶苦茶だが彼女なりに勇気付けてくれたのだ。その気持ちは純粋に嬉しかった。
「で? アンタはさっきから何しとんねん」
さっきからごそごそと水瓶やら空瓶やらを準備しているゼンジに問う。
するとゼンジはよくぞ聞いてくれたとばかりにドヤ顔を見せた。
「見えざる一鎚で使う酸欠ガスを作るのさ」
得意気な顔で準備した物を見せる。
空瓶、水瓶、瓢箪、白い石、塩酸、コルク栓、動物の腸を乾燥させたチューブ等々。
「酸欠ガスやったらいつも窯の煙で集めよんやんけ」
一撃必殺の風魔法『見えざる一鎚』を編み出したゼンジだったが、大きな欠点が一つだけあった。
それは酸欠ガスを繰気術で作り出すには数十秒掛かかってしまい、戦いの最中に作り出すには隙が大きい事だ。
だから最近は予め酸欠ガスを作っておいて東方から取寄せた瓢箪で携帯している。
「窯の排ガスは効率悪いのよ。あと熱いし。今からやる方法だとより低酸素の酸欠ガスが楽に収集出来る筈なんだ」
そう言ってゼンジは空瓶の中に白い石をじゃらじゃらと入れる。
続いて水瓶を用意すると瓢箪を沈め、動物の腸を接続した金属管を入れると水に浸けた。
「今からこの石灰岩に塩酸を掛ける。すると化学反応が起きて二酸化炭素が発生する。その二酸化炭素をこの管を通して瓢箪に閉じ込めるのさ」
中学理科で習った化学反応実験だ。本来、二酸化炭素を採取するなら下方置換法だが水上置換法の方が余計な空気が入る心配が無い。多少水に二酸化炭素が溶けてしまうが許容範囲だ。
説明を終えると?マークを浮かべているルイを他所に、ゼンジは塩酸を慎重に石灰岩を入れた瓶に投入する。
塩酸により石灰岩が白い泡を出す。
ゼンジは管を付けたコルクで瓶口を栓すると水瓶側の管から気泡がポコポコ浮いて来る事を確認した。
繰気術で気体の識別が出来る彼はその気泡が高濃度の二酸化炭素である事が分かるのだ。
「よーし! 実験成功だ!」
瓢箪の口に管を差し、それを逆さにして固定治具に取り付ける。これで後は自動的に酸欠ガスが充填されると言うわけだ。
「何や分からんけど、一つの魔法使うんにようやるわ」
「所詮は練習魔法だからねぇ。ルイのギガインパクトみたいな威力は無いし、俺自身の魔力も大した事無いから他の魔法への転用も出来ない。だから俺の知識をフル動員して使いこなしてやるよ」
「アンタのその向上心だけは認めるわ。それがあったらAでもやって行けるやろ」
「それには先ず明日の昇級試験を突破しないとねぇ。でもザルムが試験内容に口出ししてるとなると一筋縄には行かなそうだ」
ゼンジの推薦人でありSランク冒険者でもあるザルムは試験内容に意見する事が出来る。
当然、仲間であるゼンジの弱点は知り尽くしてるので、恐らくそこを突いて来るに決まってる。
「もしゴーレムの相手なんてさせられたらどうしよ?」
「ゴーレムやったらええ倒し方あんで。腕もいでぶん殴んねん」
「出来るか!」
ゴーレムの腕なんて岩を持ち上げる様な物だ。そんな馬鹿げた事、誰が出来ると言うのだ。いや、ここに一人居た。
こういう時、ルイの様な火力持ちが羨ましく思うと同時にある疑問が生まれた。
「そう言えばルイの時のAランク試験ってどんな内容だったのよ?」
「え? ウチん時け?」
ルイは罰の悪そうな顔をする。
「デモンゴブリン三体のソロ討伐や」
「あれ? それって……」
何処かで聞いた事のある、凄く身に覚えがある内容にゼンジは笑ってしまう。
「そうや! アンタの見極め試験の内容や! 正直めっちゃ悔しかったわ! コイツ、ウチより期待されとるってな!」
ルイは「認めたく無いけど認めざるを得ない」そんな感じで悔しそうに口を尖らせる。
「せやからデモンゴブリン十体倒したアンタの実力は本物や。気負わんと堂々しとき。まあ一体討ち漏らしとったから九体やけどな」
「一言余計なんだよ。へそ曲がり」
不器用なルイの応援に感謝しつつゼンジは明日の試験に向けて準備を整えた。




