第4話 〜強さの問題じゃねぇんだよ〜
「素っ晴らしかったです!!」
手帳片手にハイテンションなマリアがザルムに尊敬の眼差しを向ける。
「見てました見てましたとも! 迫り来るモンスターの大群を見事な采配で撃滅されましたね! 流石はドルトン最強の冒険者ザルムさん!」
「いや、俺は後ろから指示してただけだ。頑張ってたのは集まってくれた冒険者の奴等だよ」
ザルムは謙遜な態度で机に置かれたコーヒーを飲む。
とある村の村長宅にてザルムは週刊ノウの記者マリアからインタビューを受けていた。
マリアはタジルでゼンジ達と会って以来ドルトンに滞在している。今回もスクープの匂いを嗅ぎ付けてユニオンに同行して来たのだ。
「ではその冒険者の中で一番の武勲はどなたでしょうか?」
マリアは爛々と目を輝かせて質問する。
彼女は今日の戦いをユニオン指揮所がある丘の上から見ていた。その光景は武を尊ぶワーウルフの彼女にとっては胸躍るものだった。
特に先陣切ってモンスターをバッタバッタと倒して行く剣士の少年と敗走しかかった部隊を救った魔法士の少女の姿は今でも彼女の眼に焼き付いている。
自分で聞いといてなんだが、きっとあの二人の名前が出て来る物だと思っていた。
「マリアさん。戦いってのは前線で戦っている奴らだけじゃねぇんだ。俺をサポートしてくれた指揮所の奴等、戦場の情報を伝えてくれた偵察隊、包囲から抜け出したモンスターを追撃してくれた予備隊、このコーヒーを届けてくれた輜重隊。皆が居ての勝利なんだ。だから俺から誰が一番何て言えねぇよ」
ユニオンコマンダーとして一人の冒険者を贔屓にする訳にはいかない。そういう論功行賞は自分ではなくギルドが行うべき事なのだ。
「まあ素晴らしい! そのお考えに感服致しました!」
マリアは自分だけが読めそうな走り書きを手帳に記入していく。
それから幾つかの質問に答えてインタビューもそろそろ終わると思われた時だった。
「あの、これはオフレコですが」
妙な前置きがザルムは気になった。
「ゼンジさんはAランクには上がらないのでしょうか?」
「ゼンジ?」
「はい、同い年のルイさんは既にAランク。今日のゼンジさんの実力も凄まじい物でしたし、タジルを救った実績を見ても十分Aランク冒険者の域だと思いますが?」
「その内、時が来れば試験を受けさせますよ」
身内の事情という事もあってザルムは軽く流した。
マリアも自分からオフレコと言っているのであまり深くは追求出来ない。
「そうですか。不粋な事を聞いて申し訳ありません」
すんなりと引き下がるも彼女の尻尾は残念だと言わんばかりに垂れている。
ザルムは彼女を部屋の扉までエスコートしドアを開けると丁度扉向こうにノーラとクラウスがいた。
「あら、今終わった所かしら?」
「ああそうだ」
「それでは皆さん失礼します。記事楽しみにしてて下さい」
マリアは三人に一礼するとその場から立ち去る。
部屋に入るやノーラはちょっと不機嫌そうな感じで口を開いた。
「勝手な事言ってくれるわね。あの記者さん」
「やっぱり聞いてたか」
「ごめんなさいね」
セイレーンであるノーラは人間より聴覚が良い。その能力が日頃の偵察任務では大いに役立つのだが、こうやって聞き耳を立てられる事もしばしばあった。
勝手な事とはゼンジのAランク昇級の事だろう。
「まあ冒険者でない人間からしたら当然の疑問だろうな。アイツの実力はもうAランクでも十分だ」
「じゃあ何で試験を受けささないの? ギルドからの許可は下りているんでしょ?」
ノーラの質問にザルムは困った様子で頭を掻く。
実はゼンジのAランク試験の許可はとっくに下りていた。後はザルムが試験の申請を出せば良いのだが、それを彼は躊躇っているのだ。
「ザルム何を迷っている?」
クラウスが不思議そうに問う。
彼もゼンジの実力は認めていた。
何よりゼンジ自身がAランクになる事を望んでいるのだから躊躇う事は無いはずだ。
「Aランク冒険者は対人クエストを依頼される事もある。今まではモンスターばかり相手にして来たアイツに人の相手が出来ると思うか?」
「ゼンジは決闘で何度も冒険者相手に勝利している。問題無い」
「強さの問題じゃねえんだよ。人を殺めてアイツが平気でいられると思うかって事だ」
対人クエストの対象は国にもギルドにも危険と判断された凶悪な者達ばかりだ。
対象の生死は問われないので捕縛する事も可能だが、対人クエストが発生時点で仮死刑宣告を受けた様なものなので大人しくお縄に付く者はほぼいない。
先日もこの三人は海賊討伐の対人クエストを受け、十数名の海賊達を船もろとも海の藻屑にしたばかりなのだ。あの時も無抵抗で捕まってくれる人間は一人もいなかった。
「それはゼンジも承知済み。以前も覚悟を決めていると言っていた。問題無い」
「クラウスに同感。ゼンジ君はそんな軟な子じゃないわ」
二人がゼンジの事を信じているのは十分わかる。
ザルムもそれは同じだ。だがそれでも一抹の不安が過ぎってしまうのだ。
「ちょっと夜風に当たって来る」
ザルムは頭のモヤモヤを振り払う様に外に出ると、村の外で野営する冒険者達の野営地に向かった。
(やはりアイツ等には分からねえか……)
ザルムにとってノーラとクラウスはかけがえのない仲間だ。だがそれでもあの二人とゼンジは別種の人間なのだ。
ノーラは元より人間ではない。絶海の孤島に住まうセイレーンでザルムと出会う前は人間など海で遭難させる悪戯の対象程度でしかなかった。
クラウスは戦災孤児であり生きるために窃盗や人殺しに明け暮れる少年時代を送っていた。
だから二人にとって「死」というものは身近な存在であり、平和な世界に居たゼンジを理解することなんて到底出来ないのだ。
「っ!? ユニオンコマンダー!?」
見張りの冒険者が驚いてザルムに一礼する。
彼から第一小隊の野営地を聞きザルムはそこに向かった。
目的はゼンジだ。
ゼンジも村内の家で泊まる事が出来たのだが、
「今夜は一緒に戦った後輩君達とキャンプするよ」
と言ってわざわざ野営を選んでいた。
複数の個人用天幕を組み合わせて作った小さなテントの中で、ゼンジは彼等とすっかり仲良くなっている。
「そしたら男は昨日の客の真似をして言うんだ。店主、銭が細かくなるんで一緒に数えとくれよ。良いかい行くよ。一、ニ、三、四、五、六、七、八、今何時だい? 四で。五、六、七、八……」
何の話をしているのかさっぱりだが、新米の冒険者達が大笑いしている。
「邪魔するぞ」
「邪魔するなら帰って~」
「アハハハ……は!? ユニオンコマンダー!」
また笑いが起こるが入って来たのがザルムだと分かると新米冒険者は驚いて、慌てて身なりを整え始めた。
「そのままで良い。ゼンジ、ちょっと話がある」
ゼンジを連れ出すと、野営地から少し離れた丘までやって来た。
「ゼンジ、ギルドからお前にAランク試験の許可が下りた」
「マジ!?」
待ち望んでいた朗報に思わずガッツポーズを取るゼンジ。まるでもう昇級が決まったかの様な喜び方だ。
「それでもう一度聞くが、Aランク試験受けるか?」
「勿論!」
「人を殺す事になるかもしれないぞ?」
「覚悟の上さ」
ゼンジは当たり前の事の様に答える。しかし軽い気持ちで答えているのでは無い。真っ直ぐザルムを見詰めるその目には確固たる意志が込められていた。
ザルムはその目を認めると小さく呟く。
「……あれこれ考えても仕方無いな」
「え?」
ゼンジが聞き返す。
「いや、ギルドに申請を上げると言ったんだ」
ザルムは言葉を誤魔化すと力強くゼンジの肩を叩く。
「ゼンジ、頑張れよ!」
そうだ。自分の迷いで若い芽を摘むわけにはいかない。
ザルムは村長宅に戻るとギルドへの申請書をしたため始めた。




