第1話 〜死ぬよぉ。死神に触れられた奴は皆死ぬよ!(嘘)〜
静かな湖畔に鬨の声と怪異の咆哮が響く。
迫り来るモンスター共に隊列を敷いた冒険者達が雨あられと矢を射掛けた。
その矢に耐え、あるいは運良く当たらなかったモンスター達は真っ直ぐに「冒険者ユニオン」へと襲い来る。
――モンスターの大量発生ーー
この非常事態にドルトン周辺で活動する冒険者達へギルドより召集が掛かった。
集まった冒険者達は凡そ三百人。
それに対してモンスターの大群は五百体以上との情報だ。数的には不利だが幸いにも群れたモンスターは下級に分類されるものが殆どだった。
ギルドはSランク冒険者に指揮権を委ねると連合隊を編成しモンスター討伐に向かわせたのだ。
「迎え撃て!!」
小隊長を任せられた初老の男が剣を掲げ号令する。それに応えて麾下の冒険者達が一斉にモンスターの大群へと突撃した。
一個小隊の数は五十人。この部隊以外に同じく五十人編成のニ個小隊が群れの側面から攻撃している。モンスター共は湖を背後に包囲されている形となっていた。
そしてこの中央を担当する小隊には分隊長としてゼンジの姿があった。
「さあ行くよ! 皆着いといで!」
彼も麾下の新米冒険者九名と共に飛び出す。
『即効魔法――ブースト』
ゼンジは早速強化魔法を発動し一人先頭に立つと刀の鯉口を切った。
群れの先頭を行くマッドウルフが一斉にゼンジに飛び掛かる。
「ハハッ! 一番首!」
ゼンジはすれ違い様に抜刀し横一閃の居合い切りで瞬く間に三匹のマッドウルフを斬り捨てた。更に襲い来るマッドウルフの牙をガンレットで受けて喉に刃を突き刺すと、直ぐ様に刀を抜いて死骸を後続のコボルトに投げ付ける。
ゼンジが突入した群れの一角は、氷に熱湯を掛ける様にその陣形を凹ませた。
「うわぁ……。うちの分隊長すげぇ……」
「あの人、この前タジルの街を救った英雄だろ?」
鬼神の如き活躍を見せるゼンジに周りの冒険者達の目が奪われる。
ゼンジの通った跡には既に十体以上のモンスターの死骸が転がっている。いくら下級と呼ばれるモンスターの群れだからと言っても異常な強さだ。素人目に見ても他の冒険者達とは頭一つ飛び抜けているのが分かる。
(ハハ、こりゃあ良い! 全然負ける気がしないね!)
モンスター達を斬り捨てながらゼンジはその不思議な感覚に胸を躍らせていた。
力が湧き上がる。身体が疲れない。敵の動きが読める。頭が冴え渡り無駄な情報がシャットアウトされる。これはあの時タジルで感じたのと同じ感覚だ。なら負ける筈が無い。
ふっとゼンジに影が落ちる。直感的に飛び退くと直後に巨大な棍棒が地面を抉った。
飛び散る土砂から拳ほどの石を手に収めて影の主を確認する。
「ふうん。サイクロプスか」
ゼンジは掴んだ石を投げた。
サイクロプスは一つ目の人型モンスターだ。体格は人間の倍ほどあり、その剛腕で振り回す棍棒で敵を薙ぎ倒す中級に属するモンスターなのだが弱点はある。
投げられた石はその特徴である一つ目に直撃する。この程度でサイクロプスの目は潰れはしないが、ゼンジにとって一瞬でも注意を逸らせるなら十分だ。
サイクロプスが怯んだ隙にゼンジは棍棒を伝って猫の様に飛び上がると、腰にぶら下げた瓢箪の口を開けた。
『繰気術ーーインビジブルハンマー』
瓢箪から集めた二酸化炭素を左手に集束し、それをサイクロプスの顔面に叩き付ける。
「コオ!? オォォォ……」
まるで魂が抜ける様にサイクロプスはその巨体を崩した。
ゼンジは倒れたサイクロプスの首を安々と切り裂き止めを刺す。
「嘘だろ……。サイクロプスを瞬殺かよ」
「あれが噂の『死神の手』か」
『死神の手』これがタジルの一件以来ゼンジに付けられた二つ名だ。
何故そんな名が付いたかと言うと、それは週刊ノウとタジルに居た作家のコルホが原因だ。
誰も倒せなかった未知のモンスターを討伐したという功績を大々的に報じた週刊ノウの新聞はドルトンや帝都で飛ぶ様に売れ彼の名を広めた。
更に有名作家であるコルホがゼンジをモデルにした小説を発表したのだ。その内容が「触れた相手の魂を吸取る死神の左手を持つ冒険者の物語」というもので、ゼンジがヌマリザド戦で見せたインビジブルハンマーをモデルにした事は明らかだった。
そしてこの異名を決定的に定着させた原因は、ゼンジが決闘やクエストでそのインビジブルハンマーを遠慮無く使いまくっている事だ。
生命活動に必要な酸素の濃度を薄めた酸欠ガスを相手に吸わせて失神もしくは即死させる彼の魔法は、どんなモンスターや冒険者も一撃で倒れてしまう。その様子は小説で書かれる魂が抜かれている描写の様に見えるだろう。
だが当の本人は、
「だってせっかく使えるようになった魔法なんだから使わないと損じゃん。それに『死神の手』なんてカッコいいじゃないか!」
そう言って周囲からの目など全く気にしていない。
今も後ろでその強さに驚愕している新米冒険者達に向けてにっこりと振り返り彼等を鼓舞する。
「さあボーナスタイムだ! 三人一組で一体ずつ確実に仕留めろ!」
既にゼンジは新しい骸を三つ作っている。その流れる様に鮮やかな戦いに負けじと新米冒険者達は迫り来るモンスター達に立ち向かった。
――冒険者ユニオン指揮所ーー
戦場が見える小高い丘に双眼鏡を構えたザルムの姿があった。
ユニオンコマンダーである彼はこの場所に陣を張り冒険者三百人の指揮を取っている。
指揮所では十五人の指揮所要員が、伝令からの戦況報告を受け取っては机の上にある地図に戦況の更新を行っていた。
今回ザルムの立てた作戦は三方向からの包囲作戦だ。ゼンジが所属する第一小隊が中央、左翼を第二小隊、右翼を第三小隊を担当する。
モンスターは身の危険を感じれば逃げる事がある。しかし安々と逃してしまえば、また何処かで群れを作り人間の村や街を襲う。だからここで包囲殲滅する必要があるのだ。
「ゼンジの奴、張り切ってるな」
ザルムは双眼鏡を覗きながらにやりと笑う。戦場のある一点だけが異様なほど善戦しているのが見える。その先頭にいるのはゼンジだ。
「タジルから戻って以来、明らかに動きが違う」
後ろに控えたクラウスもゼンジの強さには目を見張る物があった。双剣使いである彼はよくゼンジと手合せを行っていたからその実力の上達を直に感じていた。
「元々アイツの戦闘センスは異常だったが、いよいよバケモノじみてきたな」
ザルムはゼンジと初めて出会った時の事を思い出す。
森に迷い込んだ子供かと思っていたら、咄嗟の機転でドラゴンに一撃を与えた。そして死の瀬戸際にいうのに、その後あっけらかんとしていきなり仲間にしてくれと頼んできたのだ。
ザルムはあの時からゼンジに対して大きな期待を掛けていた。
空を見上げると三つの影が徐々に降下して来た。
「偵察隊戻ったわ」
ペガサスに乗った冒険者を二騎従えたノーラが指揮所に降りて来る。
「ハニー周囲の様子はどうだ?」
「山でお食事中だったゴーレム達がこの騒ぎでこっちに向かって来てるわ。掴みで四十体は居るわね」
「場所は?」
ノーラは広げられた地図に指を差しながらゴーレムが居た場所を示す。
クラウスがコンパスでゴーレムの群れと冒険者達の距離を確認する。
それを見ていたザルムが口を開いた。
「この崖を転がって来られたら、あと十分で第三小隊の側面を突かれるな」
「ザルム、強化魔法のカードを第三小隊に」
「だな。ハニー戻って直ぐで悪いが、第三小隊に魔法カードを届けてやってくれ」
「了解」
ゴーレムの身体は硬い岩で出来ている。普通の剣や矢ではダメージを与える事が出来無いので、ブースト等の強化魔法で攻撃を強化し対抗する必要があるのだ。
「予備の第四小隊をゴーレム迎撃に向かわせろ。もちろん強化魔法のカードを持たせてな。それと第一小隊にあまり突出するなと伝えろ。あのままじゃ包囲じゃなく中央突破になっちまう」
矢継ぎ早にザルムは伝令係の冒険者に命じる。
命令を受けた若い冒険者達は馬に跨ると急いで戦場と第四小隊の方へ駆けて行った。
だがユニオンコマンダーとして職務に休む時間は無い。戦況が動けばそれに伴って問題も出てくる。そしてそれら一つ一つを対処して行くのがユニオンコマンダーの仕事だ。
「コマンダー。群れの一部が包囲から抜け出しました」
「騎兵で追撃させろ」
「コマンダー。記者さん達が戦況を教えてくれと」
「待たせておけ」
「コマンダー。悪路で食料の輸送が遅れています」
「死ぬ気で持って来させろ」
次から次に問題はやって来る。
ザルムは溜め息を吐いて椅子に腰掛けた。
「クラウス。俺も昔みたいに前線で暴れてえよ」
「なら俺に任せて行ってくれば良い」
クラウスは平然とした顔で答える。
おそらくザルムが前線に行くと言えば、クラウスは本気でユニオンコマンダー代理を務めるつもりだ。それは何か裏があるとかでは無く、ザルムがそうしたいなら自分はそれに従うという彼の従順さによるものだ。
「冗談だ。本気にするな」
ザルムも職務を押し付けるほど無責任じゃない。ギルドから任された役目はキッチリとやり遂げる。それがSランク冒険者としての責任とプライドだった。
「コマンダー!」
またザルムを呼ぶ声がする。
「今度は何だ?」
「第四小隊、ゴーレムとの戦闘に入ります!」




