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飄々ゼンジの異世界謳歌  作者: 寒原
第3章 魔の300m
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第10話 〜負けられないねぇ!〜

 第6回アンスラ討伐作戦ーー。


「頼むぞ。今日こそ……!」

 

 街の住民達は今度こそアンスラが倒されると信じてその時を待っている。

 昨日もう駄目だと思った時にもう一度チャンスをくれとい諦めの悪い言葉を発した少年によって、自分達は僅かながら勇気を貰った。

 余所者の彼が諦めて無いのに自分達が諦める訳にはいかない。二ヶ月も耐えて来たのだ。あと一回くらい踏ん張ってやれる。

 その時、民家で支度を整えたゼンジが観衆の前へ現れた。

 だがその異様な格好ににわかにざわめき始める。

 武器はゼンジがいつも使っている刀を白鞘にした物。これは鍔や柄に金具が使用されているので交換するのは納得出来る。

 しかし異様なのは彼の身体中に取付けられた銀色に輝く亜鉛のインゴットだ。

 インゴットの入った木製の籠を背負い、腰周りにもインゴットが入ったポーチを腰に括り着けている。肩には亜鉛を鋳造して作ったショルダーシールドを装備し、それぞれの亜鉛からは細い銅線を捻ったケーブルを刀に接続していた。

 ゼンジはそのケーブルが切れないように身体を自由に動かす事が出来ず、刀の背を肩に当ててまるで軍人の様な姿勢で立っている。


「なぁ、アレで本当に上手く行くのか? 金属は錆びちまうってのに何を考えてんだ?」


 住民達の口から次々と不安の声が漏れる。

 昨日ゼンジから出された注文は「出来る限りの亜鉛を装備出来るようにしてくれ」という内容だった。

 それに応えるために街の男達は亜鉛インゴットを搔き集めて一部はショルダーシールドに鋳造し、刀を白鞘の拵えにした。

 街の男達だけではなく女子供達もインゴットの重さに耐えれる頑丈な背負籠とウエストポーチを作り上げた。

 だがそれらがどうやってアンスラ討伐に繋がるのか全く理解出来ない。

 アンスラが発する強力な腐食結界。腐食を防ぐためにこれまでは金属製の武具は装備しないというのが絶対だった。だが今のゼンジの装備は全くの逆を行っているのだ。

 

「ゼンジ(らっ)け?」


 片手に盾を携えたルイが尋ねる。


「重い!!」

「せやろな」


 今、ゼンジは成人男性一人分もの重さの亜鉛を装備している。籠の負紐は肩に食い込み、ウエストポーチに入った亜鉛が腰の自由を奪う。


「走る事は出来きそうだけどめっちゃ重い! ルイ早く強化魔法掛けて! 俺のスキルだけじゃキツい!」

『精霊よ。我らに力を与え給え――ブースト』


 自分で立てた作戦なのに情けなく縋って来る相棒にルイは慈悲の魔法を掛けてやる。


「あーうん。結構マシになったよ。あと瓶の蓋開けてくれる?」

「手間掛かんのうワレ!」


 まるで要介護者みたいにゼンジはあれやこれやとルイにしてもらう。

 昨日と同じく愛刀に無酸素ガスを纏わせてコーティングする。しかし繰気術では湿気までは取り除けない以上、空気中の水分からの酸化は免れないだろう。

 だがそれに関してもゼンジは対策済みだった。


「二人共、準備は良いかい?」

「はい!」

「いつでもええで!」


 骨製の盾を持ったルイとクーデリカが威勢良く応える。

 作戦内容は前回と同じく魔の300mを突撃し刀でアンスラを直接攻撃する。彼女達は動きの遅いゼンジを守る盾だ。


「3、2、1――」


 ゼンジがカウントダウンを始める。


「――GO!!」


 三人は一斉に駆け出した。

 結界に入った途端、例の如く亜鉛の腐食が始まった。銀色に輝いていたインゴットが見る見る内に白色に変色していく。

 ほら見たことかと誰もが思った。

 金属製の防具なんて意味は無い。ましてや重たい装備をして動きを遅くするなんて馬鹿げている。これでは100メートルも進めず刀が崩壊するだろう。

 と思ったがゼンジの刀は何の変化も無く、前回ウーツ剣の発錆が起こった100メートル地点を突破した。


「何故錆びないんだ? あれもウーツ鋼なのか?」


 違う。

 確かにゼンジの持つ刀は普通の剣より錆びにくい鋼で鍛えられているが、それだけが原因では無い。

 そもそも錆とは金属と空気中の酸素や水が化学反応を起こして酸化し腐食する現象だ。この反応は電気化学的なもので、そこには物質それぞれが持つ電位が関わっている。

 電流は電位が高い金属から低い金属へと流れる。電流を受けた低電位の金属は、酸化還元反応により表面の金属が電子を失ってイオン化し金属面から脱落する。このイオン化した金属が酸素と結び付き酸化すなわち錆びが発生するのだ。

 つまり電位が高い金属は錆びにくく、電位が低い金属は錆やすい。

 例えるなら船の腐食を防ぐ為に亜鉛やアルミニウム等の腐食しやすい金属(犠牲陽極)を船体に接続する事で、船体の腐食を防ぐ流電陽極方式という電気防食方法が存在する。

 今ゼンジがやっているのはその犠牲陽極を使った電気防食方法なのだ。


(――って説明しても誰も理解してくれなかったけどねぇ!)


 それもその筈。地球で電気防食が試みられたのは19世紀の頃であり、科学が未発達のこの世界においては、まだまだオーバーテクノロジーの知識だ。

 彼我との距離150メートル。

 あと半分。

 ゼンジの刀に変化は無い。だが――、


「ゼンジ! 遅いで!」

「グッ! 分かってるよ!」


 全身に掛かる亜鉛の重さがゼンジの前進を邪魔する。

 だがもたもたすれば亜鉛が朽ちて腐食能力が刀にまで及ぶだろう。そうなればもうゼンジに対抗手段は無い。

 ゼンジは歯を食いしばり必死に地面を蹴った。

 彼我の距離120メートル。

 まだ愛刀は錆びていない。何とか保ってくれ。

 そう願った時、アンスラに動きがあった。

 上部の魔法発射口が開いたのである。


(まだ早いだろ!?)


 まだまだ魔法の射程外の筈だ。だがそう思った瞬間、目の前に閃光が走った。


「キャアァッ!?」


 轟音と共にクーデリカが吹っ飛ぶ。

 サンダーボールでは無い。ビームの様な直線的な魔法が100メートル以上の距離から発射されたのだ。


「ク――!?」

「走れ!! 走れダボォッ!!」


 乱暴な言葉でゼンジに喝を入れる。

 ここで止まれば全てが水の泡となる。

 ゼンジはクーデリカを振り返らず突き進んだ。

 アンスラの魔法がまたゼンジ達を襲う。だがその魔法はルイの盾によって弾かれた。

 

「アンタには絶対当てさせへん! 着いて()ぃ!」


 彼我の距離80メートル。

 腰の亜鉛は既に朽ち果てている。肩のショルダーシールドが地面に落ちて砕けた。

 早く距離を詰めなければまた失敗する。だが予想外の長距離攻撃に二人の進撃速度は大きく落ちた。


「ヤバい……! ヤバいヤバいヤバい!」

「うっさいわ黙っとけ!」

 

 ルイはビームを斜めに受けて衝撃を和らげながら進むがそれでもアンスラの攻撃は苛烈さを極める。

 このままでは到底間に合わないと思ったその時、


「行けぇ!! ゼンジさん!!」


 背に受けた声援にゼンジは射貫かれた様に我に返った。


(クーデリカ?)


 ふと気付けば声は彼女だけでは無い。


「行け!! 頑張れ!! 走れ!!」

「兄ちゃん、嬢ちゃん頼む!!」

「アンタ達だけが頼りなんだ!!」

「諦めないで!!」


 気付けば周りの観衆からも応援の声が降り注ぐ。男も女も大人も子供も皆がゼンジ達を信じてる。

 まだ希望を捨てていない。

 この人達を差し置いてどうして諦められる?

 否、諦められる筈が無い!


「ハハ、いやはやこれは()()()()()()ねぇ!!」


 ゼンジは勢い良くルイの前に出た。

 その瞬間魔法の狙い撃ちにされるが難無く刀で弾く。


「ありがとう相棒!! 後は任せてよ!!」

「はあ!?」


 呆気に取られるルイを尻目にゼンジは地面を目一杯蹴って駆け出す。

 その勢いは剛弓から放たれた矢の如く一直線にアンスラに迫った。


「速い!?」


 その獣の様な速さにルイや周囲の人間は驚愕する。

 装備していた亜鉛が朽ちて脱落したからか。いや、そうだとしても速過ぎる。

 ゼンジのスキルは感情によって出力が変わる特殊なものであり、身体強化のスキルに関わる感情は「負けたくない心」だ。

 住民達の声援を受け覚悟を決めたゼンジの能力はこのスキルにより大きく跳ね上がったのだ。

 身体に力がみなぎる、呼吸も軽い、攻撃の軌道が未来予知の様に分かる、もはや負ける気がしない。

 彼我の距離30m

 ゼンジの接近にアンスラの魔法発射口が一段と輝いた。


(何か大きいのが来る!)


 そう感じたゼンジは発射される前に倒すと脚に力を入れた時、空から落ちて来た何かが発射口に墜落した。


「よっしゃあぁぁぁ!!」


 背後からルイの咆哮が轟く。

 まさかと思ったが彼女は盾をぶん投げて約80m離れたアンスラにぶつけたらしい。


(ハハ、バケモノかよ)


 我が相棒ながら恐ろしい。

 そんな頼もしい相棒に感謝しながらゼンジは一気に距離を縮める。

 彼我の距離5m。

 ゼンジは刀を構えた。


()ったぁ!!」


 遂にその時が来た。

 アンスラ目掛けて袈裟掛けに刀を振り降ろす。

 ゴムの様な被覆を引き裂き、刃がアンスラに深々と入って行く。ゼンジは刀を引きつつ刃を押し込んだ。


「アアァァァッ!!」


 そして刀に手応えが無くなった時、アンスラは裂傷から錆色の体液を撒き散らし沈黙した。


「……やった……か?」


 遂に一太刀浴びせた興奮から口からフラグ建築の言葉が漏れ出した。

 手応えはあったが死んだのか分からない。

 普通のスライムなら倒した瞬間にゼリー状の身体が崩れるのだが、アンスラは粘度が高いのか形状をほぼ保っている。とは言えこれ程の体液を吹いて生きているとも思えない。

 ゼンジはふと刀から背中の亜鉛に繋がっていたケーブルが切れている事に気付いた。

 だが愛刀の刀身は曇り一つない輝きを保っている。

 ゼンジは刀を振って血振りを行う。そして陽光を浴びて輝く白刃を高々と掲げた。

 その勝利の瞬間に街中が歓声で震えた。


「おお……おおぉぉぉ!!」

「勝った!! やった!! やってくれた!!」


 紙吹雪が舞い万雷の喝采でゼンジ達を称える。

 家々から住民達が飛び出し英雄を讃えようと殺到した。


「うわ、ちょっと待った!」


 急いで刀を納刀する。

 その直後、押し寄せる街の住民の並みにゼンジは飲み込まれた。


「ちょっと今の俺、アイツの体液まみれで汚いですよ!?」

「構うもんか! ありがとう! ありがとう!」

「よくやってくれた!」

「信じてたよ!」


 住民達は思い思いに感謝と喜びの声をゼンジに浴びせる。

 揉みくちゃにされているといきなり身体が持ち上げられゼンジ視界が一気に高くなった。

 フェルムがゼンジを肩車したのだ。

 そこから見える街の人達の歓喜に満ちた顔。


(そうだ! これが見たかった!)


 ゼンジは嬉しそうに片腕を突き上げる。

 それを見た人々はより一層大きな歓喜の声を上げた。

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