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飄々ゼンジの異世界謳歌  作者: 寒原
第3章 魔の300m
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第9話 〜走れ!〜

 翌朝、5回目となるアンスラ討伐作戦が決行された。


「……降って来そうだな」


 山の向こうから迫って来る分厚い雲を見上げゼンジは呟いた。

 そんな天気にも関わらずこれまでと同じ様に現場には住民達が見物に集まっている。だが今日は今までよりその数が多い。

 おそらく昨日ゼンジ達が持ち帰ったウーツ剣の話が街中に広がったのだろう。アンスラが倒されるその瞬間を分かち合うために沿道や屋根の上からスポーツ観戦の様に見物している。


「ハハ、やっぱり今日はギャラリーがいっぱいだねぇ」


 ゼンジは嬉しそうに笑う。これだけの期待を寄せられてるのだからこれだけで元気百倍だ。

 今回ゼンジの装備は伯爵より賜ったウーツ剣とプランBで使った骨の盾だ。もちろんウーツ剣以外の金属装備は全て取り除いた。


「ゼンジ。今回は挟み打ちにせんでええんやな?」

「ああ、二方面同時に発射されたんじゃ撹乱も意味無いからねぇ」


 今回の作戦はこれまでのどの作戦より単純だ。

 アンスラまで突撃しウーツ剣で叩き斬るだけ。

 だがウーツ鋼と言ってもアンスラの結界能力が未知数である以上、「錆びない」という性質を過信する事は出来ない。

 よって今回はアンスラの結界外から全力疾走し魔の300メートルを突破しなければならないのだ。


「ゼンジさん大丈夫ですか?」


 クーデリカが心配そうに声を掛ける。

 300メートル先にいるアンスラは豆粒の様に小さい。自分ならアンスラに辿り着いた頃にはヘトヘトにだろうと彼女は思った。


「ルイにブーストを掛けて貰ったから大丈夫。30秒で倒してくるよ」


 そう言って何の不安も無い笑顔を彼女に返した。


「んん~! 遂にこの時が来ましたか! ワタクシの創作の為に是非とも劇的な討伐劇を見せて下さい!」


 横からズカズカと割って入って来たのは街に住む作家のコルホだ。相変わらず的外れな事を言っている。


「おっさんは向こう行っとれ!」


 案の定ルイに怒られ群衆の中に帰された。


「あのおっさん、アンタに似とるわ」

「どこがよ?」

「テンション高うて自分勝手な所、素で人を苛立たせる才能とかそっくりや」

「酷い言われようだねぇ。俺、常に紳士的を心掛けて人と接しているのに」


 その言葉にルイは「どこがや」と鼻で笑った。


「それでゼンジ君。この鉄屑を入れた瓶と水槽は何に使うんだね?」


 結界内に置かれた瓶についてタジル伯爵は何をやっているのか分からずゼンジに問うた。


「密閉された容器内の鉄屑がアンスラの能力で酸素と反応し消費されて無酸素ガスが出来上がります。それを剣に纏わせれば発錆を防ぐ事が出来るんです」

「つまり奴の能力を利用しただと? なんて奴だ君は」


 ゼンジの知識に伯爵は驚嘆する。

 これまでのアンスラ討伐の作戦を立てて来たのも彼だ。最初はAランク冒険者ルイのおまけ程度に思っていたが、本当の実力者はこの少年かもしれない。


「あとはこの瓶の口を水槽に浸けて、周りの空気が入らない様にすれば……ん? フンッ! フンッ! 二ギギギ……!」


 瓶の蓋が開かない。

 おそらく酸素を消費したことで瓶内が負圧になったのだろう。ゼンジの力ではビクともしない。


「貸してみい」


 仕方無いとルイが瓶を取り上げる。


「ああ、待って待って今詠唱するから『精霊よ。風をこの手にーー繰気術』」


 ルイは瓶の蓋をいともたやすく開けた。

 そこを空かさずゼンジが瓶内の空気を繰気術で掌握する。


「さすがルイ! 馬鹿だけど馬鹿力に関しては頼りになるう!」

「ははははは! しばく《ちゃす》ぞゴラ!」


 瓶を持ち上げて脅すルイから逃げてゼンジはウーツ剣に無酸素ガスを纏わせた。しかもただ纏わすのでは無い。ルイに掛けて貰ったブーストの魔法に共鳴させる事で、ブーストが剣とガスの接着剤的な役割も果たしてくれるのだ。


「よし! 行って来る!」

「しっか決めて来いや!」

「お願いします。ゼンジさん!」

「頼むぞ!」


 皆に送られてゼンジは駆け出す。

 それと共に見物人から歓声が湧き上がった。

 結界に飛び込んだゼンジはウーツ剣を確認する。通常の武器なら結果に入った瞬間発錆するがウーツ剣には何の変化もない。


(よし! 上手く行ってる!)


 タジル伯爵が街を救いたい一心で手に入れたこのウーツ剣。そして自分が編み出したこの魔法で今度こそアンスラを仕留める。

 彼我の距離200メートル。通常の武器はこの辺りで崩壊するがウーツ剣は未だその形を維持している。

 これなら――


「――え?」


 一瞬見間違いかと思った。

 剣に僅かながら錆が浮かんでいるのだ。そしてそれは剣を侵食するように瞬く間に広がって行く。


(何で? 無酸素ガスでコーティングまでしてるのに?)


 その時、湿った空気と一緒に空から大粒の雨が降って来た。夕立だ。

 その雫が剣に落ちるとペンキが落ちた様に赤錆が発錆した。


(水かッ!!)


 水の化学式はH2O。つまり水の中には酸素(O)が含まれておりそれが剣と反応したに違いない。

 今日は朝からじめじめしていた。おそらく繰気術で集めた気体にも湿気が含まれており、さらに雨によって一気に錆が広がったのだ。

 ウーツ剣は瞬く間にその輝きを失いゼンジや住人達に同様が走る。


「は、走れ!! 走るんだ!!」


 街の住民達が叫ぶ。

 ゼンジは全力でアンスラに迫るが、焦れば焦る程息が乱れ、一歩一歩の踏み込みが異様に長く、異様に短く感じられた。

 彼我の距離100メートル。後10秒もすれば一太刀入れてやれる。

 しかしそれには最後の難関があった。アンスラが青光りすると上部の魔法発射口からサンダーボールを連射する。


(避けてる暇なんか無い!!)


 ゼンジは盾を構えるとサンダーボールを真っ向から受け止める。元々低威力なサンダーボールを突進力でそのまま突き進んだ。

 残り10メートル。

 遂に盾が壊れた。

 だがそれがどうした。盾が無いなら身体で直接受けてやる。


「うおおぉぉぉ!」


 もはや特攻と言っても良い無茶な突撃を行う。サンダーボールが被弾しようが気力と勢いだけで突っ込んでいる。

 そして遂にアンスラが間合いに入った。

 剣は赤錆に覆われつつも形を保っている。

 ゼンジはすれ違い様に突進力を乗せた横薙ぎをアンスラに叩き込んだ。


「チッ!!」


 だが浅い。

 すぐさま脚を踏ん張りブレーキを掛ける。そして剣を上段に構えると力一杯に剣を振り降ろした。


 ――キシャッ!!


 手応えが無い。

 それどころか今まであった剣の重みが急に消えた。

 剣が砕けたのだ。


「――ッ!? くっそぉ!!」


 叫ぶゼンジの腕に触手が絡み着く。

 そしてグンッと引張られたかと思うと浮遊感と共に眼前に青空が広がる。あっ、と思った瞬間強い衝撃が全身を駆け巡り視界が真っ暗になった。またどこかの建物に落とされたと理解した時、追加とばかりに頭上から硬い物体と粉状の何かが大量に落ちて来る。

 疾走後の酸欠状態の肺が必死に空気を求める。しかし頭上から降り注ぐ何かで呼吸が邪魔された。


(マズい生き埋めにされる!?)


 ゼンジは僅かに開けた目で光の射す方向を確認すると必死に身体を動かし、なんとも無様な様子で転がる様に建物から這い出た。


「ゲホッゲホッ! オエッ!」


 呼吸が上手く出来無い。それでも酸素を求めて必死に空気を吸い込んだ。


「ハッハッハッ……クフゥ」


 漸くいつもの呼吸に戻って来る。

 ゼンジは涎と鼻水塗れの顔を手で拭うが、手に付いた粉のせいで物凄く気持ち悪い。これでは顔を拭っているのか汚しているのか分からない。


「ペッペッ! うえ、口の中がジャリジャリするぅ」


 可能なら直ぐにでも風呂に入りたい。

 ゼンジは身体中に付いた白い粉を叩き落とそうとしてふと気付いた。


「小麦? いや違うこれも錆だ」


 ゼンジは這い出てきた建物の中を見る。そこには輝きを失い白色化した大量のインゴットが保管されていた。


「白い錆……」


 ゼンジは手を顎に当て自分の記憶にある知識に検索を掛ける。

 そこへルイが駆け寄って来た。


「ゼンジ大丈夫(べっちょない)け!?」

「ルイ。ヒールを頼めるかい? 身体中が痛いんだ」


 ゼンジの要望に応えルイは直ぐにヒールを唱え彼の傷と疲労を癒やす。

 そうこうしているとタジルの住民達もゼンジを心配して集まって来てくれたが、その表情は明るい物では無かった。


「今回も失敗か……」

「ウーツ剣も駄目なんて……」

「もう駄目だな」


 絶望の声が次々と上がる。

 どよめく群衆を割ってタジル伯爵がやって来た。その顔も住人達と同じく暗いものだ。


「ゼンジ君。残念だがここまでらしい。私は最後の手段に出るよ」

「最後の手段?」

「投石機を使う。岩を投げて奴を潰す」

「待って下さい。そんな物使ったら街が滅茶苦茶になりますよ!?」


 投石機は攻城戦等で使われる兵器だ。弾力やてこの原理を使って石等を発射するのだが、その精度は運任せと言って良い。アンスラに直撃する前に周囲へ流れ弾が飛んで来るのは目に見えている。


「だがもうこれしか無い」


 伯爵は悔しそうに言葉を吐いた。

 だがゼンジはまだ諦めていない。


「一つ宜しいですか伯爵。ここにある白い金属は何ですか?」


 彼は最後の可能性を確かめる為に問うた。


「ここは確か亜鉛の倉庫だったな」

「亜鉛?」


 久し振りに聞くその単語に思わずゼンジは聞き返す。


「知らないのも無理はない。この国じゃまだそれ程流通してないからな」


 そしてタジル伯爵は集まった住民の中からある男を紹介する。

 褐色肌の背が低い中年男性だ。


「この男はアルトーレ連邦からの移民でな。彼がこの街に亜鉛の製錬方法をもたらしたのだ。ウーツ剣もこの男の協力で取り寄せる事が出来たんだ」


 男は「ども」っと軽く挨拶する。

 ゼンジは亜鉛が酸化した白錆をジッと見詰める。


「どないしたん?」


 不思議に思ったルイが声を掛ける。

 するとゼンジは何かを決断したように頷くと、いつにも増して楽しそうな顔で言い放った。


「ルイ! 策を思い付いたよ!」


 その嬉々とした顔にルイは不敵な笑みで返す。


「ほ~う。ええで言うてみいや」

「タジル伯爵、街の皆さん! また力を貸して欲しい! もう一度俺達にチャンスを下さい!」


 ゼンジは絶望しているタジルの人々に呼び掛ける。

 その声に一人の男性が声を上げた。


「何をすればいい? ゼンジ君!」


 それはクーデリカの父フェルムだった。


「よし、俺も協力するぞ!」

「次こそアレを倒してくれ!」


 フェルムに続いて住民達から次々と声が上がる。

 その光景を見てゼンジは今度こそと拳を強く握り締めた。

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