第8話 〜さあ実験を始めよう〜
「皆、ご苦労だったな」
タジルに到着した輸送護衛の面々を出迎えたタジル伯爵は彼等に篤い労いの言葉を掛けてくれた。
その後ルイからウーツ剣の入った箱を受け取った伯爵は早速中にある剣を確認する。
「ほう、なんと美しいーーん?」
その美しさに見惚れていた伯爵は剣身に付いた小さな汚れに気付いた。
「手脂が着いている? 貴様等……」
私より先に見たなとでも言う様な目をこちらに向けられ面々は気不味そうに目を逸らす。
「いや~そのう……。ちゃんと注文の品か確認しよう思いまして……」
ルイは苦し紛れの言い訳で誤魔化す。あの時剣を抜いたのは彼女だ。ならば剣に付いた手脂も彼女の物なのだろう。せめて手袋か布でも持って抜けば良かったのに。
伯爵は仕方が無いと言う風に溜め息を吐くと剣を鞘に納めた。
「まあ良い。ゼンジ君」
「はい!」
「君にこの剣を託す。何としてでもアンスラを倒してくれ」
「俺が……? 承知しました!」
一瞬戸惑いの色を見せたが、ゼンジはすぐに承諾した。
「兄ちゃんがやってくれるなら安心だ!」
「ああ、何せヌマリザドを平手で倒しちまったんだからな!」
「頼んだぜ!」
男達はもう勝った様にゼンジに期待を寄せる。昼間の圧勝がそれだけ衝撃的だったのだ。
(あれは空瓶に窯の排ガスを入れて、ヌマリザドに吸わせただけなんだけど変な勘違いされてるなぁ)
ゼンジのインビジブルハンマーは空気中の気体を操り酸欠ガスを敵に吸わせるというものだが、気体の選定には少々時間が掛かる。
だから昨日、館の煙突に登って出て来る排ガス木を瓶に詰めといた。
結果、荷物は少々嵩張るものの敵を一撃で倒す事が出来る酸欠ガスを携帯出来る様になった。
だから男達が思っている様な腕っぷしで勝った訳では無いのだが、盛り上がった彼等に水を差す事も出来ずゼンジはただ「お任せを」と返した。
「何か必要な物があれば言ってくれ。我々はこの一戦に賭けるからな。協力は惜しまんさ」
揉みくちゃにされるゼンジに伯爵も信頼の言葉を投げかける。
正直これまで情けない姿しか見せていないのにこれだけ信頼してくれる伯爵には感謝しかない。
攻撃は明日に決まった。
護衛隊は解散し参加者達はそれぞれの家路に着くが、ゼンジ達三人の冒険者は街の中心に鎮座するアンスラの様子を見に来たのだった。
「う~ん……」
「難しい顔してどないしたん?」
双眼鏡を覗きながら何やら考え込んでる相棒にルイは尋ねる。
「ん~? あのウーツ剣……。あれ本当に錆びないと思う?」
「パチもんや言うんけ?」
「いや、単純に錆びないのかな~って」
「アルトーレ連邦のクジンテっちゅう街にはウーツ鋼で出来た鉄柱が千年前から立っとるけど全く錆びとらんらしいで」
とは言われるものの相手は分厚い剣も数秒で腐らせ崩壊させる結界を持ったモンスターだ。
その自然を越えた能力にどれほど対抗出来るのか分からない。
「ゼンジさんこの街に来た時、錆の原因がどうの言ってましたけど何か秘策があるんじゃないですか?」
「あれは失敗したよ。本当は空気中の酸素っていう気体濃度を0パーセントにして錆の元を断ちたかったけど、繰気術じゃあ完全な無酸素ガスは作り出せないらしいねぇ」
あのアンスラにここまで手こずるのはただ一点。武器が腐食して使えないという一点にあるのだ。
だから錆の原因となる酸素を取り除いた無酸素ガスを武器に纏わせれば武器の腐食を防ぐ事が出来る。そうなればアンスラなんて案山子同然だ。
「その酸素ってアンタのインビジブルハンマーで取り除いとぉヤツけ?」
「そ。生き物は酸素を吸って生きてるからねぇ。酸素の薄いガスを吸うと一息で気を失ったりそのまま昇天したりするのさ」
「って事は酸素を吸い続ければ無酸素ガスが出来るって事ですよね? 水瓶に入って一晩中酸素を吸い続けたら出来るのでは?」
「水瓶の中で? あっはっはっはっは!」
クーデリカの独創的な提案にゼンジは思わず笑ってしまった。
「ごめん。ちょっと可愛い提案だったからつい。残念だけどそれは無理。吐息にも酸素は含まれてるし、何より無酸素になる前に人間の方が酸素欠乏症で死ぬから」
「そうなんですか……」
「でも中々に良い着眼点だよ。気体の実験に密閉された容器は必要不可け……つ?」
急にゼンジの様子が変わった。
何やら気付いた様に考え始めた彼は空を仰ぎながらブツブツと何かを呟くとニヤッと子供の様な笑みを浮かべた。
「クーデリカ! 密閉出来る大きな容器と錆びてない鉄屑をたくさん持って来て!」
「え!? 鉄屑ですか? ああ、はい分かりました」
クーデリカは父フェルムに相談に向かうと十分も経たない内にワインボトルと細々とした鉄屑を集めて来てくれた。
「本当はもっと口の大きい容器が良かったんだけどねぇ」
「す、すみません」
「いや、今はこれくらいでちょうど良いかもしれない。さぁ実験を始めようじゃないか」
ゼンジはワインボトルの中に小さな鉄屑を入れて行く。そしてワインボトルの半分くらいを満たした所で栓をして腐食結界の中にワインボトルを置いた。
「ゼンジ。これは何をしとん?」
「錆は金属と酸素が反応して出来る物だ。密閉した容器内で金属と酸素が反応すれば酸素は消費されて容器内は無酸素となる」
ゼンジは中の鉄屑が満遍なく酸化する様にワインボトルを揺らす。
「まさか。アンスラの能力を利用しているんですか?」
何て人だろうとクーデリカは驚愕すると、ゼンジは調子に乗った様に高笑いを始めた。
「ハハハハハ、その通り! いやぁ、何でこんな事に気付かなかったんだろ? 酸化と酸化還元反応なんて中学の理科でやってたのに!」
もう良いだろうとゼンジはワインボトルを引き上げてコルク栓に手を掛けた。
『精霊よ。風をこの手にーー繰気術』
ポンッと快音を響かせると同時にゼンジはボトル内の空気を手中に集める。
そして愛刀を抜くと繰気術で操った無酸素ガスを刀に纒わせて結界に突き入れた。
「1、2、3、4、5ーー」
普通なら結界に入った途端発錆が起こるが無酸素ガスを纏った刀に変化は無い。
三人は嬉しそうに顔を合わせた。
「ーー28、29、30」
30秒を数え終わりゼンジは刀の様子を見る。
「変化無し!」
「やった! この魔法とウーツ剣があればアンスラを倒せる!」
「ゼンジ! ようやったやん!」
三人は大望を成し遂げた様に喜び合った。
これで街は救われる。
クーデリカの喜ぶ顔を見ているとゼンジの中に熱い物が生まれる様な気がした。
(やっぱり人に喜んでもらえるって最高だなぁ!)
明日はこの街の人全員の笑顔を見る。
ゼンジはそう誓った。




