第1話 〜全然違うじゃん!〜
長く降った雨のせいでぬかるんだ地面と凡そ道とは言えない悪路を踏破し、ようやく薄暗い森から抜け出したゼンジはそこから見える光景に目を輝かせた。
「おお! 絶景かな絶景かな!」
空は快晴、眼下には樹海が広がり、樹海の向こうには海が見える。この絶景大パラノマを前にお弁当を食べればさぞ美味しい事だろうが、残念ながら今はそんな時間は無い。
森の上空に作戦開始を告げる白い発煙弾が高々と打ち上がった。
それを確認したゼンジは自分の装備を確認する。
機動性を重視したので鎧は着ず、防具は左腕に装着した盾兼マジックアイテムのガンレットとシャツの上に着た鉄板入りのベストのみ。腰には東方の商人から購入した自慢の刀が吊ってある。
「いやはや緊張するねぇ。こんなに緊張するのは高校受験の面接の時以来かな? あ、高校ってのは学校の事で、俺の国では小、中と義務教育ってのがあって――」
「うっさいわ! アンタ毎度毎度ホンマテンション高いな! 今日くらい気ぃ張れや!」
横にいる少女がお前の自分語りはうんざりだと言った顔でゼンジの言葉を遮る。
少女の名前はルイ。歳はゼンジと同じ17歳。
小柄で髪はワインの様な赤黒いショートヘアをしており饅頭の様な帽子を被っている。服はヴィジットと呼ばれる大きな半割れ袖が特徴の上衣を着ており身体のシルエットは分からない。
「分かってるよ~。『獅子は兎を狩るにも全力を尽くす』ってね。大丈夫。だって俺天才だから。ハーハッハッハ!」
そう言ってゼンジはもう目的は達したとばかりに呵々大笑する。
「あー! うっさいな! ちぃと黙れや!」
彼がこの世界に迷い込んでから一年半が経った。
あの日、ルイ達に助けられたゼンジは彼女達のパーティーに入り冒険者として活動している。
冒険者となってからのゼンジの活躍は凄まじく、仲間達の援護があったとは言え、数々のモンスターを討伐した彼は最下級のGランクから僅か一年で五階級上位のBランクに昇級した。
その為、彼の住む街ではちょっとした有名人になっている。
そしてルイはそんなゼンジの――
「ウチはアンタの相棒やけど、今日は手ぇ出すな言われとんねん。ソロでデモンゴブリン三体も討伐出来んのけ?」
相棒のルイは能天気なゼンジに指を突き付け諫める。
デモンゴブリンとはゴブリン種の中でも最上位の個体だ。
通常のゴブリンは子供くらいの体格で一体当たりの強さも大した事ない。子供でも追い払えるくらいのモンスターだ。
だがデモンゴブリンの体格は成人男性以上あり、馬や牛を担いで巣に持って帰る程に力も強い。更に魔法を使うので一般人や並の冒険者では軽く蹴散らされて殺されてしまうのだ。
本来Bランク以下の冒険者であれば一体を討伐するのに複数人で戦うのがセオリーだ。
だが今回ゼンジはAランク冒険者への昇級試験を受ける為の見極め試験という事で、一人で三体のデモンゴブリンを討伐するという課題をパーティーのリーダーから与えらている。
しかしそんな難題を課せられているにも関わらず、ゼンジは特に気負った様子も無く、むしろ楽しんでいる様な気楽さを見せていた。
「何々心配してくれてるの? いやぁ嬉しいねぇ『赤毛の悪魔』と恐れられるルイに心配されるなんて」
「だーれーが悪魔や。こんな可憐な美少女掴まえて失礼なやっちゃな。ウチのデーモンハンド食らうけ?」
悪魔を否定しといてデーモンハンドをちらつかせるのはこれ如何に?
ボケだろうかマジだろうかとゼンジは反応に困った。
だがそんな楽しい雑談も終わりを迎える。
森の奥がにわかに騒がしくなり始めたのだ。木々が折れる音、打撃音、獣の咆哮等、それまでの静かだった森とは一変した空気が漂う。
「「来た!」」
ゼンジは腰のポーチから二枚のカードを引くと左腕のガンレットを展開しそのカードを挿入した。
「う~ん。やっぱり音声が無いのは寂しいねぇ。ルイ魔法で何たらベントみたいなカード読み込み音声機能を付けれない?」
「アホ言うとる場合か。来んで!」
こんな状況でも軽口を叩く相棒に呆れつつルイはどんどん近付いて来る気配に身構える。
その時、森から人影が飛び出して来た。
両手に細身の剣を持ち、機動性を重視した軽装の鎧を着た青年だ。
「クラウスお疲れ様! 首尾はどうよ?」
クラウスと呼ばれた青年はゼンジと同じ冒険者パーティーの男だ。
年齢は24歳。双剣使いである彼はパーティーではゼンジと一緒に前衛を張っている。ゼンジにとっては兄貴分的存在なのだが、物静かな性格でいつもパーティーの隅にいる。
ゼンジに気付いたクラウスがこちらに駆けて来る。
「準備は良いか?」
「バッチリ!」
「そうか。頑張れ」
激励を受けたゼンジは任せろと気合いを入れた。
間もなくクラウスを追って森から今回の討伐対象が姿を現す。
青黒い体色で、その名の通り悪魔の様な見た目をし、手には動物の骨で作った棍棒や冒険者から奪った剣で武装した上級モンスター『デモンゴブリン』
「オオォォォ!!」
「おーおー、凄く怒ってんじゃん」
巣を襲撃されて激怒しているのであろう。クラウスを見失ったデモンゴブリンは咆哮を上げた。
その咆哮に続き仲間のデモンゴブリンも森から現れる。
――その数、十体!
「は!? 十!? ちょいちょいちょいちょいちょい!! は!? 十!? はぁ!?」
直後、クラウスが笛を吹き鳴らす。
「ちょお! 何してくれてんのクラウス!?」
「ん? 何か問題だったか?」
何かやっちゃいましたみたいな顔をするクラウスだが、その通りやっちゃってる。
「いや数! 言ったよね!? 今日の討伐目標は三体って! なのにこれは何!?」
「ザルムがそのまま誘導しろと言った」
「はあ!? あのいい加減リーダーはもう!」
今回この試験を立案したパーティーリーダーの顔がよぎる。
どうせ今回もノリと勢いで「まあゼンジなら大丈夫だろ」とか思ったのだろう。いや信頼してくれるのは嬉しいけどそれとこれとは話が別だ。
そうこうしている内に笛の音に誘導されたデモンゴブリン達はゼンジを新たな獲物と定め一斉に突進を始めた。
「ほれほれどないする? 何やったら半分手伝うたろけ?」
ルイは狼狽するゼンジを面白そうにからかう。
「いいや、こうなったら全部倒してやる!」
ゼンジは覚悟を決めると数歩前に出て腰を落とし抜刀の構えを見せた。
「ふうん。ほなお手並み拝見さしてもらうわ」
デモンゴブリンは棍棒を持った個体が三、剣が二、槍が二、残り三は素手。
突っ込んでくる棍棒持ち一体の後ろに素手の二体がいるが、出遅れたのか先頭より少し間隔があった。
ゼンジは刀の鯉口を切ると、今まさに間合いに入ったデモンゴブリンに対し白刃一閃を浴びせるやいなや、袈裟懸けに二太刀目を叩き込み敵を地に伏せた。
一瞬の出来事に後続の二体がたじろぐ。ゼンジをマズい相手とでも思ったのかその脚が一瞬鈍くなった。
そんな隙をゼンジは見逃さない。
「ビビっちゃ終いよ」
一歩踏み込むと同時に刀を上段に構え袈裟斬り、更に斬ったデモンゴブリンに蹴りを入れ、後ろのデモンゴブリンにぶつけて怯ませ、手近にいた一体に一太刀浴びせた。
瞬く間に三体の屍を作ったゼンジは更に群れの中に割って入って行きデモンゴブリンを斬り伏せて行く。
弱腰になってしまえばモンスターと言えど脆い。相手を攻撃する事より相手からの攻撃を避けようと受身になるからだ。
戦いの主導権を握ったゼンジはデモンゴブリン達を翻弄し一体また一体と一撃必殺の一刀で斬り伏せて行く。その姿はデモンゴブリンよりゼンジの方が怪物の様に見えた。
そしてまた間合いに入ったデモンゴブリンに彼はその刀を振り上げた。
しかしその時、急に腕が動かなくなった。
腕だけでなく脚も石の様に動かない。
見れば魔法陣が枷の様にゼンジの手足を拘束しているではないか。
「魔法!?」
見れば一体のデモンゴブリンが意味の分からない言葉で詠唱しいるではないか。
そして間もなくゼンジの首にも魔法陣が展開され、彼は首すら動かす事が出来なくなった。
「――ッく!」
藻掻くゼンジに生き残った五体のデモンゴブリン達が近付いて来る。
どう苦しめて殺してやろうかという殺意が種族の違うゼンジにすら分かった。
そして彼等は各々が持つ凶器を力任せに叩き付けるという最も単純な殺害方法を選んだ。
『即効魔法――ワープ』
振り降ろされた武器は地面を抉り土砂が周囲に飛び散るが、その中にゼンジ血肉はおろか彼の姿その物が無かった。
デモンゴブリン達は突然消えたゼンジに困惑するが、瞬間背にゾワりとした殺気が走る。
『即効魔法――ブースト』
デモンゴブリン達が振り返った時、ゼンジは既に一撃を放つ瞬間だった。
魔法で強化された刀は、攻撃力も然る事ながらリーチまで伸びている。
デモンゴブリン達はゼンジのキルゾーンにいた。
「討った!!」
ゼンジは横一閃に斬撃を走らせた。




