第8話 〜そのクエスト俺達が引継ごう〜
誰がこんな決着を予想していなかっただろう。
ゼンジが放ったのは他愛もない平手打ち。要はビンタだ。
だがそのたった一発で絶対防御魔法を纏ったスピットは魂が抜けた様に沈黙したのだ。
「……え?」
あまりにも信じられない光景にギルドの立会人は決着の鐘を鳴らして良いのか分からず棒立ち状態になっている。
立会人だけではない。決闘を観ていた観客達も一体何が起こったのか分からなかった。
仕方無しにゼンジはスピットに刀の切先を突き付けて王手状態に持ち込む。
ここまでしてようやく決着の鐘の音が鳴り響いた。
しかし場内から送られたのは拍手でも歓声でもなくどよめきだ。
それ程までに今回の決着は、静かに、呆気なく、唐突に、まるでコンサートのクライマックスでいきなり演奏が止まったかの様な不完全燃焼な終わり方だったのだ。
やがて倒れているスピットに転移魔法が発動しギルドの医療班の元へと送られた。
「ゼンジ!」
「お疲れさん!」
ゼンジとルイはハイタッチして勝利を喜び合う。
「忘れんなや。ハチニィやで?」
「ナナサンで何とかならない?」
「ならん!」
きっぱり断られゼンジは肩を落とす。今回、無理矢理巻き込んでしまったので強く言えないのが痛かった。
「ところでアンタ、あれ何したんや?」
全ての攻撃を受け付けない絶対防御魔法を打ち破った最後の一撃。魔法に詳しいルイも何が起こったのか分からなかった。
「あれかい? 酸欠ガスをアイツに吸わせたのさ」
「さんけつがす?」
あーそこからかとゼンジはどう説明したものかと少し困る。この様子だと酸素という物すら知らない感じだ。
「空気中には酸素って言う生命活動に必要な気体が21パーセント漂っているんだ。で、人間はその酸素濃度が低下すると必要な酸素量を取り込めず身体に異常が出て来て8パーセント以下にもなると一呼吸で意識を失うんだ。俺は空気中の酸素を魔法でなるべく取り除いてアイツにぶつけたのさ」
風魔法を使った時に感じる風の粒。ルイからは塵や湿気と言われたが、実際ゼンジが感じていたのは空気中の酸素や窒素といった気体分子だったのだ。
空気中の78パーセントは窒素だ。本当はその窒素をひたすら集めて高濃度の窒素ガスを叩き付けたのだが、今のルイに窒素まで教えるとややこしくなるので今は酸素の事だけ覚えてもらおう。
「なるほど気体を操るから『繰気術』か。で『サイレントハンマー』の由来は?」
「俺の世界じゃあ酸欠は『見えざるハンマーの一撃』って呼ばれててねぇ。ほら空気って目に見えないじゃん。うっかり酸欠空間に入って倒れる事故が多いんだよ」
ゼンジは自分が編み出し自分で名付けた魔法を得意気に話す。正直今回の決闘最大の収穫と言って良い。
「アンタえげつない事すんなあ」
「はーはっはっはっはっはっ!! この魔法を使えば呼吸で生きてるモンスターは皆瞬殺さ! ドラゴンでも何でもかかって来ーい!」
「調子乗んなや。手に集めた空気を押し付けただけやんけ。ドラゴンにビンタ出来るんやったらやってみ。間違いなく先に食われるわ」
夢の無い相棒の言葉にゼンジはちぇーっと口を尖らせる。
彼女の言葉は正にその通りでゼンジの分かってはいるのだが、だからってそんな大真面目にキツく返さなくてもいいだろう。こういうのをクソリプというのだ。
「さあて、ほなあの男の負っ面を拝みに行こけ」
「オタクえげつないな」
さっきの言葉をそのまま返してやる。
「ウチを豚呼ばわりした報いじゃ。猪とか言うとったアンタも同罪やけど勝ちに免じて許したるわ」
聞こえていたのかとゼンジは災いの元である口を塞いだ。
決闘で負傷した冒険者は魔法治療室に転移させられる。
そこには十二人の回復魔法士が待機しており復活魔法、再生魔法、治癒魔法、状態回復魔法、治癒力向上魔法等の回復系魔法を用いて傷付いた冒険者の治療を行う。
魔法士の実力もあるが更に決闘場の地下には建設時に刻まれた巨大な回復魔法陣が何重層にも展開されている。それが魔法士達の回復魔法を数十倍にも高めているのだ。
だからこれまで決闘場内で死亡した人間は未だかつていない。
決闘場の廊下は壁から発する魔法光によって昼間の様に明るい。魔法治療室はそんな廊下を進んだ先にあった。
魔法治療室の扉には立入可能を示す青い魔法光が点灯している。
「さすがギルドお抱えの回復魔法士や。決着から10分も経っとらんのにもう終わっとる」
「ねえ、止めない? こんな死体蹴りみたいな事」
「死んどらんねやから生者蹴りやろ?」
いやそう言う事じゃなくてと思っている間にルイは魔法治療室の扉を開けた。
「そんな!? じゃあ私の街はどうなるんですか!?」
扉を半分くらい空けた時、中から怒りと悲しみが混じった様な女性の叫びが聞こえた。
二人はこっそりと室内の様子を伺うと長身の少女がスピット達パーティーに食って掛かっていた。
すらりとした長身で長い銀髪を首後ろで縛り、動物の革と要所を必要最小限のプレートで守っている軽装の冒険者。決闘の前に姿が見えないと気になっていた弱気な弓使いの冒険者だ。
「本当に申し訳ない。違約金は払う」
そう言ってスピットは深々と頭を下げる。
その姿は先程までの強気な彼のイメージとは掛け離れた物だった。
「お金なんて要りません! お願いします! 私の街を助けて下さい!」
少女は必死に懇願するが、スピットは心苦しそうに彼女から目を逸らした。そして逸らした目線の先にいたゼンジと目が合う。
「何しに来た? 俺を笑いに来たのか?」
仇を見るような目でゼンジ達を睨む。ついさっきまで剣を交えてそして負けた相手だ。その態度も理解出来る。
「負けいぬ゙ーー」
「あー!! いやそのう……! 無事回復したかな~と思ってねぇ!」
負面を見に来たなんて言えずゼンジはルイの口を抑えて何とか誤魔化す。
「馬鹿が。常に命を掛けている冒険者が、あの程度でどうにかなって堪るか。今は取込み中だ。とっとと出てけ」
スピットは邪険そうに追い出そうとするが、ゼンジは構わず言葉を返す。
「何かお困りのようだけど、どうしたの?」
「お前等には関係ねぇだろ」
「そうは言ってもねぇ。彼女はそうでも無い様だよ」
ゼンジは少女に目をやる。
いきなり自分に注目が集まった事で若干戸惑っている様だ。その大きな瞳をゼンジとスピットの間を行き来させながら言葉に詰まっている。
「良いよ。言ってごらん」
ゼンジが助け船を出す。こちらから話してくれと言えば、幾分かは話し易くなるだろう。
少女は戸惑いながらも、その口を開き事情を話し始めた。
「二ヶ月前、私の街に見た事の無いスライムが現れて、魔法で街が滅茶苦茶にされたんです。それでそのスライム討伐の依頼をこの方々にお願いしてたのですが……」
「なるほど、俺達にボコボコにされた挙げ句、武器も破壊されたから討伐に行けないと?」
はいと少女は俯いて答えた。
その横ではスピットが苦虫を噛んだ様な顔で屈辱に耐えている。
「ルイ。この依頼、俺達で引き継げないかな?」
ゼンジの言葉に少女は驚いた様に顔を上げた。
「言うと思ったわ。アンタは何でもかんでも首突っ込み過ぎやねん」
「だって間接的にも俺達が原因で街が失くなったら目覚めが悪いじゃん」
「それはそうやけど……」
少女は今にも泣きそうな目で見詰めて来る。もう誰でも良いから助けて欲しいと訴えているかの様だ。
「ああもう。ここまで聞いたら知らんふり出来んやんけ」
仕方なさそうにいうルイだが、ゼンジは最初からこういう展開になると予想出来ていた。何だかんだ言ってルイもこういう困っている人を見ると放って置けないタイプの人間なのだ。
「という訳だ。オタク等はどうよ? クエストの引継ぎなら失敗扱いにはならないし違約金も発生しない。いい話だと思うけど?」
「チッ、おいデブ! クエスト引継ぎの準備して来い」
スピットは渋々ながらもハインをギルドまで走らせた。
「よおし! じゃあ詳しい話はうちのアパートで聞こうか。俺はゼンジ。こっちは相棒のルイだ。見てたとは思うけど結構強いから当てにしてもらって良いよ」
「クーデリカと申します。よろしくお願いします」
クーデリカと名乗った少女はまるで救世主が現れたかの様な目をゼンジとルイに向けて嬉しそうに笑顔を見せた。




