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飄々ゼンジの異世界謳歌  作者: 寒原
プロローグ
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プロローグ 〜ワクワクするねぇ!〜

 (まこと)に唐突な話しだが海堂 善士(カイドウ ゼンジ)は異世界に飛ばされた。

 それもトラックに跳ねられただとか、何か高位の存在に呼ばれたとか、そんなイベントは全く無く、ただ寝ていたらゼンジは見知らぬ土地に放り出されていた。

 黒の短髪で細身。少し垂れた目は愛嬌があるが、同時に人を見透かした様な印象を受ける少年は、まだショボショボする眠気眼(ねむけまなこ)をどうにかこじ開けて辺りを見回す。

 霧が掛かりよく見えないが、焼けた木々が幹だけとなってポツポツと立っている。森林火災でもあったのだろうか?


(はて、ここは何処かねぇ?)


 学校の帰り「良い風が吹いてるから外で日向ぼっこでもしよう」と思い、小さい頃からお気に入りだった神社の茶堂で寝ていたのだが、急に寒気がして目覚めると枕にしていた通学鞄以外、自転車も神社も町も無くなっていた。

 スマホでマップアプリを開くが圏外&GPSも無いと来た。

 そしてゼンジは何となく察した。


「ああ、なるほど。これが神隠しか」


 彼の住む町には神隠し伝説があった。もちろんただの御伽噺(おとぎばなし)だと思っていたが、いざこういう状況になると真っ先にその答えに辿り着いた。


(やっぱり高校生にもなって神社で昼寝は神様も怒ったのかねぇ?)


 などと考えていると、背後から強烈な突風がゼンジを襲った。

 ゼンジは風圧でよろけながら振返るとそこに居た存在に絶句し大きく目を見開いた。

 人間程ある大きな翼、茶色の鱗、オリックスの様な角を生やした大トカゲ。

 否、ここまで言えば誰でも分かるだろう。伝説上の生き物で最も有名で至高の存在――ドラゴンだ。


(……何だ? ドラゴン? 本物? あの神社の祀神? 龍神なんか祀ってたか?)


 その圧倒的な存在に身が硬直する。ただ日頃から猟師である祖父の教えか、驚いて叫んだり、慌てたりと相手を刺激する事は無かった。


(もしかして、こいつが俺をここに?)


 異世界転移、転生物語で言えばこういう時、第一邂逅者が何らかのキーになるのが基本だ。しかもドラゴンなんてお約束と言って良い。

 だからゼンジは微かな期待を頼みに意を決して、召喚された側として一度言ってみたかった台詞を言ってみる。


「ちょおう!」


 ……噛んだ。

 せっかくのあの運命的台詞をリアルシチェーションで言えるチャンスだったのに盛大に噛んでしまった。控えめに言って恥ずかしい。


「あー、オタクが俺を呼んだのかい?」


 今更言い直すのも恥ずかしくゼンジは気不味そうに問う。

 ところが肝心のドラゴンからの返答は無い。それどころかその目に知性など微塵も感じられ無いではないか。


(うーん……。これは見当違いだったかねぇ?)


 意思疎通が出来無い以上、次の瞬間にはバクリと頭からがぶりと喰われるのではないかという恐怖が急に倍増する。

 街の不良程度ならどうにでもしてやれる自信はあるが、こんな巨大な怪獣相手にどうすれば良いのか。

 ゼンジは祖父の教え通り、相手に背を見せずゆっくりと後退(あとずさ)った。


「グオオォォ!!」


 それがきっかけだったか様にドラゴンの口からオレンジ色の光が漏れ出す。直ぐにそれが炎である事が分かった。


(あ、これ死ーー!?)


 圧倒的な存在を前にした時の絶望とはこういう感じなのだろうか。

 恐怖を通り越した頭の中は真っ白になり何も感じ無い。自分が死ぬという事すらが、まるで他人事の様に思ってしまい、逃げる事もせず、手で庇う事もせず、ただ灼熱の炎が自分に放たれる瞬間を呆然と見詰めていた。

 

『ギガインパクト!!』


 辺りに轟く女の声と共に、砲弾の様な速さの何かがドラゴンの横面に激突した。

 それと同時に吐出されたドラゴンブレスがゼンジの横を焦土に変える。

 黒焦げに焼けた地面を見てゼンジの頭に色が戻った。


「あ……ああぁ……」


 遅れてフッと沸いて来た恐怖に全身が震え出し腰を抜かしてしまう。

 ドラゴンにぶつかった物体がひらりと着地する。

 蝶の様な、鳥の様な黄色の外套を羽織り、大きな丸みのある帽子から赤髪を靡かせたそれは、ゼンジと然程(さほど)歳の変わらない少女だった。


『精霊よ。彼の者に焔の嵐を――ファイアーブラスト!!』


 少女が早口で魔法詠唱な物を唱えると、持っている杖から無数の火球がドラゴンに飛び爆裂する。


「ベッチョナイケハヨニゲ!!」

「え? あ? 何て?」


 早口で何を言われたのか聞き取れない。


「チッ! ザルム!!」


 苛立った様子で少女は何かを叫ぶ。そして持っている杖を槍の様に構えると、今度ははっきりと聞き取れる言葉で魔法詠唱の様な言葉を唱え始めた。


『精霊よ。万物斬り裂く刃を我に――ソードフォーム!!』


 少女の杖に光の刃が現れる。

 その薙刀の様に変貌した杖を構え、少女はドラゴンに立ち向かう。

 ゼンジは震えながらも少女の華麗な戦いに魅入っていたが、不意に襟を掴まれて我に返った。

 続いて身体が宙に浮いたかと思うと硬い鎧に打ち付けられ、そして乱暴に担がれて少し離れた木の影で降ろされる。

 目の前に金髪で強面の男の顔が現れ、彼は諭すようにゼンジに向かって言う。


「終わるまでここにいろ!!」


 そう言って強面で大柄の男は先に剣が着いた銃を持ちドラゴンへ突貫する。

 それに続き双剣を持った男が、空には腰から翼が生えた女が一斉にドラゴンへ攻撃を仕掛けた。

 双剣を持った男がドラゴンの腹を斬る。

 続いて翼を生やした女が弩弓でドラゴンの翼を射る。

 先程の少女も魔法を撃ちつつ光の刃を振りかざしドラゴンを撹乱していた。


(凄い……! 凄い凄い凄い凄い凄い!!)


 自分を助けてくれた人達があんなに恐ろしいドラゴンを追い詰めている。

 その光景は正に人々を助け怪物と戦うヒーロー達の姿だ。憧れていたが所詮は絵空事と何処か諦めていた彼の理想とする姿がそこにあった。

 人間とはあれ程までに強く、勇敢になれるものなのだろうか?

 だったらーー、


(俺は、俺も、彼処に居たい!!)


 至極単純で短絡的な、強さと未知への憧れ。

 だがそれはどれほど高尚な理屈より少年の青臭い心を燃え上がらせるには十分な着火剤となった。

 少年は立ち上がる。

 いつしか恐怖は憧れになり、震えは興奮に変わっていた。


「グオオォォ!!」

「させるか!!」


 攻撃に耐え兼ねたドラゴンが翼を広げて飛翔しようとするが、大男の持った銃が火を吹きその左翼に大穴を空けた。

 空力を失ったドラゴンはゼンジの目の前に土煙を上げて墜落する。

 土煙が舞う中、再度ゼンジとドラゴンは対峙した。


(……スゥ、ハァ)


 ゼンジは息を吐きつつまた地に膝を着いた。

 しかし今度は怯えてでは無い。

 猛き心のまま手を通学鞄に突っ込みある物を握り締めた。


「グオォォォ!!」


 咆哮と共にドラゴンの口に炎が溢れる。

 だがもう先程までの彼とは違う。


「ここで死にたくはないんだよ!」


 ゼンジは鞄の中から熱中症対策の瞬間冷却スプレーを取り出すと、今まさに放たれようとする炎に向かって投げ付けた。

 口内に飛び込んだスプレー缶は大地を一瞬で焼き尽くす炎に熱されて瞬時に爆発する。

 その程度の爆発などドラゴンにとっては大した事無い。しかし貧弱な獲物とばかり思っていた生き物からの反撃はドラゴンの意表を突くには十分だ。


「ゴカァァァ!?」

「ハハッ!! どうよ!!」


 ドラゴンに一撃を食らわせた事にゼンジは全身の細胞が震える様な喜びを感じた。

 だがその喜びも束の間、スプレー缶の破片で切ったのかドラゴンは血まみれとなった口を開けていよいよ直接食ってやろうと迫った。


「アンタ、エラい無茶すんやんけ」


 その時、ひらりとゼンジの目の前に黄色の外套を靡かせて小さな影が舞い降りる。

 手に持つ杖をくるりと回転させドラゴンへと構えた少女は迫り来る顎門(あぎと)に一切動じず叫んだ。


『ギガインパクト!!』


 刹那、大きな衝撃音と共にドラゴンの首が反り返る。


「ルイやれ!!」

「おう!!」


 ルイと呼ばれた少女は勇ましい返事を発する。そして杖を構え凛とした声で詠唱を唱え始めた。


『精霊よ集え。冥界の門を開き、彼の地に封印されし魔人を解き放て。顕現せよ――』


 ゼンジは背後にぞわりとした悪寒を感じて振り返る。そこには空間が切り裂かれ切口から禍々しいオーラを放っていた。


『――デーモンハンド!!』


 高らかに叫ばれたその言葉と共に、次元の裂目を突き破って巨大な腕が現れる。その姿は紛うことなき悪魔の手と言って良い禍々しいオーラを放っていた。


「グオオォォォ!!」


 天を衝く咆哮と共にドラゴンはブレスをデーモンハンドに放つ。

 しかし高温のドラゴンブレスは掌で受け止められ、まるで効いてない様に簡単に押し返えされた。

 腕はルイの腕と連動している様で、ルイが右手で空を掴むと悪魔の手はドラゴンの首を掴む。そしてルイが右腕を掲げるとその巨体をものともせず持ち上げ、勢いよく地面に叩き着けた。


「オオォォォ!」


 ドラゴンは尚も戦意を失う事なく己に歯向かう者達に咆哮する。それはまるで矮小な人間達に追い詰められた事への絶叫の様に聞こえた。


「喚こうが叫ぼうがもう終いや! 村一個焼いた罰を受け!」


 ルイは右手を固く握りしめ拳を作る。そしてあたかも自分自身が殴る様に拳を突き出すと、ドラゴンの頭へデーモンハンドの拳が直撃した。

 拳を受けたドラゴンは土煙を立てて崩れる様に倒れると再び動きはしなかった。

 やがてデーモンハンドは光の粒子となって消え去り、今までの戦闘が幻だったかの様な静けさが広がる。


「よっしゃ、いっちょ上がりや!」


 ルイは嬉しそうに声を上げると、後ろで呆然としているゼンジに振り返った。


「おーい、アンタ大丈夫(べっちょない)け? 何処の村の(もん)や?」


 ボーっとしている少年の身体を揺さぶって気付けようとする。

 まさか戦いのショックでおかしくなったのではないかと心配になった所で少年の口が動いた。


「凄い……」

「ん?」


 微かに聞こえたうわ言の様な呟きにルイは耳を傾ける。


「凄い! 凄い凄い凄い凄い! これは、うん凄いじゃないか! ハハハ、ハーハッハッハッハッハ!」


 ゼンジは急に立ち上がると沸き立つ高揚感を抑える事が出来ず狂喜する。


「剣! 魔法! ドラゴン! うんうんうん、これか! これが異世界転移! いやはやワクワクするねぇ!」

「ザルム! コイツ気ぃヤってもうとる!」


 ルイは仲間の一人に助けを求める。まあ確かにゼンジのこの様子を見れば誰だって異常者だと思うだろう。

 そんな彼女にゼンジは向き直る。


「ああ、失敬失敬。何分信じられない事が立て続けに起こったからねぇ。恥ずかしながら興奮してしまったよ」


 ゼンジはまるで楽しい事があった子供の様な顔で笑うと、ルイの手を両手で握り締めた。


「それよりさっきはありがとうね! お陰で命拾いしたよ!」


 グッと力を入れてゼンジは感謝を伝える。

 ルイは照れくさいのか真っ直ぐなゼンジの視線から目を逸した。


「お、おう。大丈夫(べっちょない)んやったらええわ。で、アンタ何処の(もん)や? 家まで帰れっこ?」

「ふうん。家ねぇ……」


 ルイの問いにゼンジは言葉を詰まらせる。

 ここは異世界。帰る家などある筈も無く、自分を見受けしてくれる知り合いもいない。

 今の状況は例えるなら夜の大海原に丸裸で放り出された状態だ。

 だがこれからどうしたいかという目標だけはある。


(俺を助けてくれたこの人達みたいに強くなりたい! そしてこの世界を見て周りたい!)


 ならば自分が起こすべき行動は唯一つ。


「決めた。うん、そうだ。俺は決めた!」


 偶然か運命か、この奇跡の様な巡り合せにしがみついてやる。


「俺を仲間にして下さい!」


 ここからゼンジの異世界謳歌は始まった。

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