第10話 容疑者3の証言
ここまで順調に進んできた聞き取り調査だけど、遂に最大の難関に向き合うときが来た。
「セイラ。聞きたいことがあった私が聞いてきてあげるよ? 無理しなくていいんだから」
3年の虎杖先輩。被害者の蓮杖先輩ともつるむことが多かったという不良グループの一員だ。人見知りの激しいセイラが一番と苦手としているタイプに違いない。今日はずっと無理をしてる彼女を、ここいらで私が華麗にバックアップしてみせようという次第だ。
「大丈夫だよ。私はみんなの声を聞きたいんだ」
「もし襲われそうになったら、一瞬だけ奴の注意を引いて。そしたら私が喉仏に貫手を入れるからさ!」
「止めときなよぉ。素人が危ないって。拳士がまず最初に注意を払わないといけないのは、自分の拳を傷つけないことなんだよ」
「私の拳の心配よりもだよ。セイラ、状況に飲まれるのだけはやめときなよ。別に貴方が探偵である必要なんてないんだからさ。辞めたくなったらいつでも辞めなよ」
私が言うのもおかしいけれど、彼女が私に「かっこいいところ」を見せつけたくて、頑張っているならば、それを止めるのは私の責任だ。
ドアをノックすると眠そうな顔をした男子が顔を出した。
「すいません。今日の事件のことで質問させてください」
虎杖先輩が口を開こうとしたその瞬間を狙ってか、機を先して迫るセイラ。
「俺はもう寝る。とっととしろ」
思い切り嫌そうな顔をしながらも、案外素直である。
「じゃあ、ひとつ。連城先輩があの部屋にいることをご存じだったんですか?」
「知らねぇよ」
「じゃああの理科準備室の灯りを見た瞬間はどうですか。貴方は全部知っていて、私たちについて来たんですよね」
「ああん。あそこはな、連城と俺以外も4-5人使ってる奴がいたんだよ。使いたい奴が使う。セキュリティカードだって、手に入れる方法は、まぁ、いろいろあんだしさ」
虎杖先輩は姿をほとんどドアで隠し、声だけがセイラの問いに答えていた。
「支倉先生と私たちが旧校舎に向かおうとしたとき、お仲間に連絡するつもりはなかったのですか?携帯電話くらいお持ちでしょ?」
虎杖先輩の答えを無視するような形で一方的に質問を続けるセイラ。作戦のうちだろうか。なら、上手くいってるのかな。虎杖先輩からは、心配してたような『怖さ』は全く感じられない。
「ママじゃねーんだから、いちいち面倒見てられるかよ。あんな時間に灯りを漏らしてる馬鹿が悪いんだよ」
「あんな時間に…ですか。でも貴方だって夜中、理科準備室を使ったことはあるんじゃないですか。それどころか夜明けまでずっと。そもそもですね、旧校舎がある裏山にはたーくさん木々が茂っています。南向きの窓から漏れる光は、ほぼ真南の方向からしか見えないんですよ。そして、南側にあるのは私たち学校です。運が悪いんですよ。たまたま天文部のイベントをやってるなんて。それも北校舎の屋上で、です。本当に、1年で今日のこの日ほど都合の悪い日なんてないんじゃないかな。ちょっとでも警戒心があれば、今日は止めておこうと思います。虎杖さんは、まさにそのイベントの参加者ですよ。連城さんに忠告くらいしてあげたらよかったんじゃないですか」
「かもな。でも俺はしなかった。それだけの話だろ」
「じゃあ、最後に一つ。連城さんって、どんな人ですか」
「……そうだな、頭のいい奴だったよ。アイツの言うことならきっと正しい。そう思わせてくれる奴だった」
「なのに殺された……動機は何だと思いますか?」
「馬鹿だからじゃねーか。人を殺す奴は馬鹿だろ」
そういうと虎杖は言葉もなくドアを閉める。
「あ、最後に一つだけ!」
わずかな隙間に片足を差し込んでまで、割り込むセイラ。
「お話できてよかったです」
虎杖は、セイラの作る笑顔を一瞥することさえなかった。その言葉だけは彼に届いたのだろうか。
そして扉は閉ざされた。
「全然こっちを見ようとしないんだからアイツ。肉を食べて肉付きも良くなった私が憎々しき男に肉欲アピールも覚悟してたのよ?へそ出して」
「お腹痛くなるよ?」
「いつもこれで寝てるんだから、大丈夫よ。見掛け倒しだったけど、なーんにも喋らなかったわね、アイツ」
「うーん、それはどうかな。真実を語るのに、必要な言葉はわずかもだよ。少なくとも私が聞きたい言葉は聞けた」
「ならば、結構。夜も遅いし、一気に終わらせようか」