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―アヤマチ―


 人は、受けたものしか与えることは出来ない。



************************


 始めて抱いたのは、もったいないといった気持ちだった。綺麗な容姿でまるで御伽噺に出てくるお姫様のようだった。それだけ恵まれていながら「この世界は理不尽だから。」とその人はずっと俯いていた。今にも消えそうで、胸が痛かった。何か辛いことがあったのだろうが、それで全て諦めるのは何か違うだろう。

 それは、あくまで体裁で、本当は―


************************



 目を覚ますと、所々薄汚れた白い天井が映り込む。まず、わき上がったのは、生き残ってしまったという後悔だった。もっと難しい手術でも、酷い事故でも死ねなかったからそんな気はしていた。ふとベットに取り付けられている台を見ると、そこには手紙があった。どうやらクラスメートからのようだ。内容を見ると、どれも、頑張れといったような内容だった。中には、《彼女と頑張れ!》などと意味不明なメッセージが書かれたものもある。

 どうせ、先生が書かせたものだから心なんてこもってないだろう。


 ...彼女がいたら手術室に一人で入っていくことなかったかもな。


 胸の痛みは手術の傷によるものだろう。もう、起きているのも気だるいや。



 昔、願っていたことがあった。

 全ての病気をなくす薬を作る。

 それが、俺の夢だった。馬鹿馬鹿しい、荒唐無稽な願い。

 


 夢は耐えきれないほどの熱さとともに沈む。もはや、かつての夢は朽ち果てた。

 傍に人はなく、希望もなかった。


 中学一年の冬の、クリスマスのことだった。


 退院後、年が明けてから最初の登校日、俺は同級生から労いの言葉と入院中の授業のノートを貰った。形だけの感謝を伝える。


 授業が始まる。いたたまれなかった。


 誰も、見舞いに来なかった。それだけが結果。最初の頃は明るく振る舞い、それでクラスメートと仲良くなったつもりだった。


 つまり、今の親切は、只の同情に過ぎないのだろう。

 

 気付けば授業は終わっていた。もう、時計は16時をさしていた。

 あれ?俺、飯とかどうしたんだろ?

 胸が痛む。

 何も、考えたくない。


 気付けば足は生物部の前で止まっていた。


 何で、こんなとこ来てんだろ?


 運動部に入れない俺は、文化部に分類されていた生物部に入っていた。

 すぐに帰ろうと思ったが、部室で飼っていた兎がふと気になった。名前はきなこ。ミックスで、ツンとたった耳と茶色と白のブチ模様、スライスした人参を少しずつかじって、口を擦る。その姿を見るのが一番心地よかった。それに、すがりたかったのかもしれない。


 ただ、夏からめっきりいかなくなっていたのに、俺の居場所なんて...


 悩んでいるうちに部室の扉が開く。

「ああ、久しぶりだね。蓮(れん)。」

 突然のことにあっけにとられる。

 元気にしていたかい?と相手が続ける。ああ、思い出した。

「お久しぶりです。高薙(たかなぎ)先輩。」

 高薙先輩は一つ上の先輩で、面倒見の良い人だ。何処かに生き物を採集しに行く時は、遅れている人を慮り、体力のない人は比較的平坦な道を、体力の有り余っている人には険しい道を提示する。垂れ目で、恰幅が良く、周囲からは山男と呼ばれていた。

「はやく入りなよ。こんなところで立ち話もなんだから。」

 言われるがまま部室に入る。他の人の姿はなかった。きなこは、部室の隅でボケーっとしていた。

 気持ちが楽になる。

「あの、他の人は?」

「ああ、虫を獲りに行ってる。どうする?一緒に行くかい?」

「いえ、僕はいいです。」

「そうか。大変だったね。」

「いえ。別に。」

「でも大事なくてよかった。」

「あの、ありがとうございます。」

「僕ももっと早く知ってれば見舞いに行ったのに、すまなかったね。」

 胸が暖かくなった。まだ、自分を慮ってくれる人はいる。それだけで、まだ...

「そういえば、さ」

「ええ。」

 必死に涙を堪えて返事をする。


「文化祭の時に君を訪ねてきた子がいたが、その子とは上手くいっているのかい?」


 世界が、モノクロに見えた。

 吐き気がした。何を言っているのか訳が分からなかった。

 限界だった。脇目も振らず、足を動かす。

 先輩は、俺に希望を与えたかったのかもしれない。

 だけどさ、結果が結果なんだ。もう、過程はいらない。限界だった。すぐにこの命を捨てたかった。もう、ショーケース越しに綺麗な物を見るのはこりごりなんだ。

 前が見えなかった。さっきは堪えられた。でも、これはもう無理だ。

 声にもならない声が出る。嗚咽は自分でも聞くに耐えなかった。


 ふと、笑いがこみ上げる。


 そうだ。人はいつか死ぬ。だけど、俺は救われた命だから、返さなきゃいけない。

 いや、返せばいいんだ。


 その時から俺は、生きる為の夢を手に入れた。


 両親に今まで育ててくれた分の金を叩き返して、誰かを救って自殺する。


 それがその時からの、俺の夢だった。


 何事もなかったかのように授業についていった。

 誰からの同情も、憐憫も、受けるつもりは毛頭ない。自分を守るのに必死だった。

 だってそうだろう。あれだけ自分はクラスに馴染めていたと思っていたのに“誰も見舞いに来なかった”んだから。


 いや、馴染めていたなんて思い上がりも甚だしい。

 笑いがこみ上げる。結果が駄目だったんだからそんな過程はいらないよな。




 夢は枷となる。彼にとっての現実は、枷により歪まされる。

 彼は、人の好意を受け取れなくなっていた。

 だから、彼の話はすでにここで終わっている。もうこれ以上は進めない。



************************


「私も直前までついていく。」

「いや、いい。一人にしてくれ。」

 母がついて来るのは、あくまで罪悪感によるもの。

 いられても、虚しくなるだけだ。

 死ぬときは、一人。

 これで終われるのなら、それが最善だ。

 ここで、誰も来ないのなら、俺が死んだところで、悲しむ奴もいないだろう。

 看護師に連れられて、手術室の前に着く。

 

 気付けば涙を流していた。眼を閉じると、子供の頃の自分が、誰かと手を繋いで歩いている光景が浮かぶ。

「大丈夫?気持ち、落ち着いてからにする?」

 俺の、気が狂ったみたいだな。

「申し訳ありません。ヤキが回ったようです。」

 もう一度、思い起こす。


 誰も来なかった。それが事実。過程が何であれ、俺はここで終わりなのだろう。


「もう、大丈夫です。」

「本当に?急いでないよ。」

「いえ、全く問題ありません。」

 手術室に連れられ、麻酔をかけられる。かすれていく意識の中、俺は、思い浮かぶ過程を消すことに、必死だった。


************************

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