前編
俺には幼馴染がいる。
生まれた月も1日違いで、家が隣で、姉のように振る舞って俺を子供扱いして、その割には俺よりも子供っぽい。いつも張り合ってくる割に負けるとすぐに怒ってしまう。それにいつも俺の家に上がり込んでくる。面倒な幼馴染。
そんな幼馴染との毎日は20年も続いてしまっていた。高校では同じ学校では無かったものの家が隣というだけ会わない日は覚えていないが数え切れるだろう。大学に入り、再び同じ校舎へと向かう毎日が続いていた。
「おはよー、アキ」
「おはぁ」
欠伸ついでに挨拶を交わす。今、挨拶をしたのが幼馴染のハルだ。
「眠そうだね、また夜通しゲームしてたんでしょ!早く寝ないとダメだよ」
「煩いな、お前には関係ないだろ」
いつもの事ながらハルが俺の私生活に首を突っ込んでくる。俺は今日も同じように軽く流そうと決意した時。
「また、朝から痴話喧嘩か」
「はぁ、ナツキか」
ナツキ、彼は高校の時から一緒にいる親友だ。よく俺たちが2人でいると夫婦やらバカップルとからかってくる。
「おっはよーハルちゃん」
「おはよー、ナツキくん」
「それより、今日の痴話喧嘩は何?」
「痴話喧嘩言うなっ!」
「聞いてよー、ナツキくん」
大学に着くまでの間、アキはナツキへ俺の愚痴を延々と漏らしていた。ナツキはその愚痴を聞き俺を茶化してきた。これが今の日常の光景だ。
「それでさ…」
昼休みに入り、俺たちはいつものように食堂で昼ごはんを食べていた。俺の目の前にはハル、隣にはナツキ。そして、ハルの隣にいるのは…。
「ハル、もう少しきれい食べないとモテないわよ」
フユミ、この大学で出会いハルの1番の友達。この4人で話しながらゆっくりと昼食を取ることが多い。ハルとは違い落ち着いている。この4人の中では一番大人に近いイメージだ。
「俺たち、もう少しで大人になるんだよな…」
ナツキのそんな一言に俺たちは箸を止めた。そして、ハルがその言葉に質問を返す。
「大人かぁ、皆んなはどんな大人になりたい?」
それぞれが答える。
「私はみんなから頼られる強い女性になりたいわね」
「俺は美人な嫁さんが欲しいなぁ」
「私も楽しい家庭がいいな」
「俺は…」
フユミ、ナツキ、ハルに続こうとしたが、なにも出てこなかった。俺はどんな大人になりたいんだろう。
どんな大人になるんだろう。
午後からの講義も終わり、ゼミに立ち寄った際フユミと出会った。
「もう帰るのか?」
「そろそろ帰るわ」
「それじゃ、また」
「ねぇ…」
次の瞬間、俺はパソコンを打つ手を止めて彼女に聞き直した。彼女は先程と同じ質問をしてきた。
「アキはハルのことどう思っているの?」
「すまない、もう一度頼む」
「何度聞き直しても変わらないわよ」
「…ただの幼馴染だよ」
「ほんとに」
「…あぁ」
何故か俺は彼女の質問の意図が分かっているのにも関わらず曖昧な答えしか返すことができなかった。さらに彼女は俺の方を凝視してくる、俺はとっさに目を逸らしてしまった。
すると彼女は深いため息をついた。
「これはハルだけに問題があるとは思えないわね」
「なんのことを言ってんだ」
「自分で考えなさい」
そう言って彼女は手に持っていた資料で俺の頭をポンと叩くとその場を後にした。
ゼミでの作業も終わり、校舎から出ると校門の方に人影が見えた。その人影には何度か見覚えがある。小学、中学と慣れ親しんで見てきたその姿。
ハルである。
「遅いぞー」
「待ってなくても良かったのに」
「だって1人で帰ったって、つまらないんだもん」
「はいはい」
いつものことだ。いつだってハルは一緒にいた。小学の頃、泥だらけになった運動会でも。中学の時、部活の大会で負けてしまったあの日も。高校では同じ高校ではなかったが、俯いて歩いていると声をかけて歩み寄った。
今までの長い月日を思い出していた俺にハルは一言、声をかけた。
「アキはどういう大人になりたい?」
昼食でナツキに聞かれた質問だ。あの時は何一つ分からなかった。そんな俺が出した答えは。
「今と何も変わらないよ」
「変わらなくていいの、何一つ」
俺の出した答えにハルは少し不安そうな言葉を漏らした。そんな言葉を聞いてか俺は何度も自分の出した答えを心の中で復唱する。
「ねぇ、私たちいつまで今日みたいに歩いていられるのかな?」
その言葉で、やっと気がついた。いつまでもハルと一緒にいるとは限らない。今までの日常といつかおわかれをしないといけない時が来るのだ。
その後、ハルと言葉を交える事はなかった。