明けの明星
世界的に有名なカリスマギタリストだけどさ、オレ達とさして歳は違わない。きっと恋愛経験は数えるほど。だってさ、中身が男子中学生のももしおを好きになるなんて、大人じゃないと思う。
「(英語)いつまで日本にいるんですか?」
お決まりの質問を投げかける。
「(英語)飛行機が取れたら、明日帰るよ」
「(英語)もうバンド活動はしないんですか?」
ミナトが聞いた。バンドのギター小僧のためかもしれない。
「(英語)趣味で続ける。好きだから。もともと、そのつもりだったんだ。BBのギタリストとドラマーがいなくなって、スタジオ録音のバイトのときに新しいギタリストが見つかるまで1ヶ月だけって頼まれた。それが2年に伸びた」
スタジオミュージシャンって、めっちゃ上手い人しかできねーやつじゃん。バイトからって。すっげースカウト。
「(英語)次のギタリストが見つかったんですか?」
ミナトはバンドBBのことが気になるらしい。
「(英語)見つかったよ」
「「(英語)よかった」」
「(英語)あ、これ、あのギターの子に渡して」
Dは言いながら左手の中指に嵌めていたボトルネック替わりに使う指輪を外した。工具みたいにいかつい。
「(英語)ありがとうございます。きっと泣いて喜びます」
「(英語)はははは。せっかくのライブにギターを弾いちゃて悪かった。謝っておいて」
「(英語)とんでもないです。めちゃくちゃ喜んでました」
そんな談話の後に、タクシーに乗り込むDを見送った。
ももしおが捕獲したイケメンは、とんでもない獲物だった。
それを言うと、ねぎまに「プロフィール男」って軽蔑されるだろうから、黙っておこう。
でもさ、ウサギだと思って捕獲したらユニコーンだったってレベル。
27階の部屋に戻った。
1つの恋が終わってしょげているかと思いきや、ももしおはコンビニのポテチを袋食い。
ねぎまとパラセーリングの話で盛り上がっていた。全く。しょうがないヤツ。
「ももしお。オマエさー、好きだったんじゃねーの? 株の話ができるイケメンなんで、そんなにいねーじゃん。しかも金持ち」
ぼふっ
「おぷっ」
オレの顔にクッションが飛んできた。投げつけたのはねぎま。
「宗哲クン、デリカシーなさ過ぎ。それにね、シオリンのことちっとも分かってないんだね」
これには反論させてもらう。
「分かってるから言ってんじゃん。ももしおの理想ってのは要するに類まれな変人だろ? 株の話ができて経済の話ができて世界情勢に詳しいなんて。そんなん、財務省とかシンクタンクのおっさんじゃねーかよ。でもってイケメン。いねーっつーの。せっかく、ももしおが大好きな金をざっくざく持ってる男だってのに」
と、ソファの上にももしおが仁王立ちした。
「分かってなーい! 私が好きなのはお金じゃないの。世界情勢を読み、決算書を読み、チャートを読んで儲けること。お金じゃないの。増やすことが好きなの。もともとあるお金や、降って来たお金なんてつまんない」
ふーん。変人が好きなももしおこそ、変人の中の変人だよな。
「シオリンかっこいい!」
ねぎまが両手をひらひらさせてももしおを崇める。
「それでこそ、ももしおちゃん」
ミナトまで。
「じゃ、降って来た株の暴落情報は気にしないって?」
製薬王の相続税対策でDの一族が株を暴落させるって話。
「その情報は大切」
とゲンキンなももしお。
「あの情報って、空から金が降って来るようなもんだよな?」
「それはそれ。これはこれ」
「矛盾」
「シャーラップ。小っさいな。うんこ宗哲」
くっ。どうして英語なんだよ。それから、そのうんこヘッダーやめろ。
ももしおは右腕をぴんと天井に向かって伸ばし人差指を立て、アイムNo.1のポーズを取った。
「月曜日は即、株を売り払う。で、底値を待つの。
きっとやってくる日経平均三空叩き込み! 来たれ、セリングクライマックス。そして出でよ三川明の明星。トウッ」
ぴょん
ももしおは、万歳でジャンプしてソファから床に飛び降りた。
何言ってんのかさっぱり分かんねー。たぶんあれだ。なんとかレンジャーの戦い前の謳い文句。
月曜日、ももしおが株をどうしたかは知ったこっちゃない。オレには平和な高校生活が訪れた。
1つの恋が終わった。身近にもう1つそれがあるかもしれない。ミナト。
通常の1週間が過ぎ、土曜日、ももしお×ねぎま、ミナト、オレの4人で石爺のところへ行くことにした。4人からの黒いリュックのプレゼントを持って。S字フック。
Mr.サイモンは怒るような男じゃないと思うが、試験管に入っていた歯胚をバスケットボールサイズの海苔のビンとやらにまとめたのは、石爺。バイオレンスに責任を取らされていないか、ちょっと心配だった。
どや街へ行く途中、公園の横を通り過ぎようとすると声をかけられた。
「「「シオリンとマイマイや」」」
ももしお×ねぎまが。
「おお、元気しとっと?」
「シオリン、マイマイ、こっち来て飲みましー」
秋の寒空の下、じーさん連中が酒盛りしている。
「「「「こんにちは」」」」
存在を気にすらされていない、ミナトとオレも一緒に挨拶した。
挨拶だけで通り過ぎようとしたのに、じーさんらはわらわらとこっちへ寄ってきてしまった。
「シオリン、大好きなスルメあるぞ」
「マイマイ、さ。一杯だけ」
「そうやちゃ」
制服姿の未成年に平気で酒を勧めてくる。
う。きもっ。
なんと、こっちに寄って来た数人のじーさんらの歯が、ところどころ紫色。先日、Mr.サイモンのところで会った3人だけじゃない。どんだけ無頓着な人間ばっかなんだよ。歯が白くないこときにしようって。それよりも、普通に治療しようって。
「みなさんも、虫歯の治療をなさったんですか?」
ねぎまが尋ねた。
「そうやちゃ」
「見てみ。スルメ、噛みきれっぞ」
そう言って、いーっと誇らしげに歯を見せるみなさん。グロッ。酒臭っ。
「痛くないの?」
ももしおが首を傾げると、数人のじーさんらは頬を染めつつにかーっと笑う。
「やさしーのう。シオリン」
「痛ない、痛ない。えーあんばいや」
快適らしい。見せられた方は弱冠不快。ま、自分の歯って見えないもんな。
1人のじーさんがタバコを吸いながら眉根を寄せた。Mr.サイモンの部屋の前で会った3人のうちの1人。1番目に部屋へ入って行った人。
「でもなー、タバコ吸うとあかん」
まさか、爆発?
「大丈夫ですか」
思わずオレは、そのじーさんの両肩を揺すった。
「ん? や、なんか、せっかく虫歯治った紫のとこが減ってく気ぃしてのう」
爆発するわけじゃないらしい。
そして思い出す。タバコの煙に反応して大量の気体を発生するということを。気体が発生するということは、何かが気体に変化しているということ。反応の元は減るだろう。
「禁煙せーや」
「そうやちゃ」
「タバコ高いしのう」
じーさん同士がわいわい話し始めたところで、4人でフェイドアウトした。
紫色の歯や、歯の縁取りや、水玉模様の歯のじーさん連中、強者。虫歯が治ってなによりです。でも、あまり見たくないので。失礼しまっす。
石爺のノーセキュリティの部屋へ訪れると、石爺はテレビを見ていた。
「おう」
いつものように歓迎してくれた。
ヨカッタ。石爺、小指ある。爪も全部揃ってる。
汚部屋が苦手なオレは部屋に入らず廊下で話した。ミナトも。
石爺とMr.サイモンとは相変わらず仲がいいらしい。それを聞いて4人でほっと胸を撫でおろす。
「Mr.サイモンに挨拶してきます」
そう言って隣のMr.サイモンの部屋をノックしようとすると、石爺に止められた。
「これが来とる」
と小指を立てた。あ、女。女? だって、じーさんじゃん。70歳は越えてそうなのに。相手はばーさん?
ガチャ
Mr.サイモンの部屋のドアが開いた。
「よう。声が聞こえた。世話になったな」
さすが漢。石爺が責められるなんてことは杞憂だった。
「あの日、東京から来た友達はどうしたんですか?」
せっかく虫歯治療に来たのに、何もせずに帰ったのだろう。
オレの質問に答えたのは、Mr.サイモンの後ろからひょっこり顔を出したすなぎもだった。
「あの日はありがとう。本当に感謝。別の日にね、タバコを吸わない人だけに治療したの。タバコ吸うサイモンが平気だから大丈夫だとは思うけど、ちゃんと調べてからにしようと思って」
まさか、Mr.サイモンの女って、すなぎも?
ミナトを見ると、複雑な顔をしている。このバイオリン貴公子がオーバー70のじーさんに負けるとは。恋愛って分からん。摩訶不思議。
「すなぎもちゃん、サイモンさんと友達になったんですか?」
ねぎまがやんわりと確かめる。
「あ、ま、オトコ。あはっ」
ストレートに返ってキター。
「すなぎもちゃん、知らなかったよー」
ももしおがミナトをチラ見しながら、すなぎもににっこりとする。
「あ、サイモン。こっち、元カレ? 的な?」
すなぎもはMr.サイモンにミナトを紹介しようとした。どーなのその無神経さ加減。
「萌、そーゆーことは、黙っとけ。女は神秘的な方がいい」
Mr.サイモンがすなぎもを嗜める。そして、タバコを吸うと言って部屋の奥に引っ込んた。
「萌」
とミナトがすなぎもを名前で呼んだ。
「ごめん。ちゃんと終わってなかったかも。でも、そんなつき合いだったよね?」
あー、オレら席を外した方がいいよな。ちょんちょんんとももしお×ねぎまをつつく。3人でそっとその場から離れようとする間も、プライベートな会話はお構いなしに続けられた。
「だな」
端的にミナト。
「ま、なんてゆーか。嫌いじゃなかったよ。ミナト君のイタリアンみたいなエッチ。今はね、中華だったり、フレンチだったり、おでんって感じなの。あはっ」
聞こえてしまった。大人過ぎる会話。
反射的にももしおが小声で、
「それってワンパターンってこと?」
やめたげて。
「シオリン、お口にチャック」
いやいやいや。イタリアン、いーじゃん。へー。濃い目の分かり易いアモーレなエッチってこと?
考えるなオレ。友達だぞ。
ところで、イタリアン、中華、フレンチと例えたのに、どーして和食じゃなくて「おでん」来た? 「おでん」に例えられるってどんな? じっくりことこと。味が染みてるって。うーん。謎。だけどなんか、一番エロい気ぃする。
2つの恋は、横浜の片隅で気まぐれに生まれて、あっという間に弾けた。
所詮恋愛。生活の一部でしかない。が、恋愛なしの高校生活は虚しい。
ってことで、ねぎまとクルージングデート。
幸い風も波も穏やか。
早朝に家を出、三浦半島まで来て、朝日が昇るところを眺めた。
「シオリンにね、朝日を見に行くって言ったら、自分は三川明けの明星を見たって言ってた」
「あー、ももしおのやつ、Dと別れた日になんか、明けの明星がどーとかって言ってたよな」
「でね、すっごく儲けたって喜んでた。失恋も吹っ飛んだみたい」
早朝。陸からやや離れた場所。遠くに見える岩場には訪れる人もいないだろう。
「そんなことより」
ちゅ
無邪気に笑うねぎまにキス。
「宗哲クン……」
泣きぼくろを従えた瞳が、とろんとこっちを見つめる。
ちゅ
そっと抱き寄せて唇を合わせる。イケる。今日こそイケる。
陸から見えず、漁船もなく、サーファーもいないポイントを探すのがどれだけ大変だったことか。その努力が今こそ報われる。
ごくっ
オレは思わず唾を飲み込んだ。
「おでん」のような時間を過ごすには、Mr.サイモンのようにン十年という年月が必要だろう。だが、千里の道も一歩より。さあ、2人で歩き出そう。
推定DかEの胸は、きっとおでんのはんぺんのように白くてふわっふわに違いない。
ガタン
いきなり船が揺れた。
「きゃっ」
「うわっ」
ざばぁーー
船の後方から甲板に誰かがよじ登って来た。ウエットスーツに水中眼鏡、体型は♀。
ウエットスーツから滴る海水がデッキに広がっていく。不躾な侵入者にムカツク。千里の道半ばどころか、一歩すら進んでねーし。
女性は水中眼鏡を外した。
「すなぎもちゃん?!」
「すなぎもっ」
なんと、ウエットスーツに身を包んでいたのは、すなぎもだった。手にはシュノーケル、足にはフィン。肩からは網の袋をぶら下げている。
「あらら。根岸さん達だったんだ。残念」
なにが残念?
「残念って?」
「ん? 釣り好きのオヤジでも釣れるかなー、なんて思ったのに」
聞き捨てならん。
「Mr.サイモンとつき合ってるんじゃないんですか?」
ミナトから乗り換えたくせに。
「あの人ね、どっか行っちゃった」
朝日を背に、すなぎもは寂しそうに見える。
「すなぎもちゃん……、元気出してください」
ねぎまが両手で拳を作って、すなぎもの目を見た。
「あはっ。ま、元気は元気。サイモンのお陰で研究が3段階くらい進んだんだから」
思い返せばすっげーじーさんだった。未知の試薬を自ら人体実験。更には、20代の女をモノにした。
マウスの歯が伸び続けることを知っていたし、歯科医療機器を直した。爆発現場から歯胚に爆発の危険があると踏んで、すなぎもに究明させた。
なんといっても石爺の友達。それでもNOプロフィール。
「すなぎもちゃん、何か獲ってたんですか?」
ねぎまは、すなぎもが肩からぶら下げている網の中の黒っぽいものを指差した。深緑色の海藻なんかもくっついて、ゴミにしか見えない。
「アホ貝。いっぱい使うから」
「「は?」」
アホ貝って、最近、関東近海で獲れる新種の貝? 外見がムール貝で中身は牡蠣ってやつ?
で、食べるじゃなくって使うって何。
「歯胚の研究にね、これの遺伝子が要るの。この貝、凄い歯なんだから♪」
貝って歯ぁあるっけ。ってか、せめて哺乳類の遺伝子使えよ。どーなのそれ。
おわり




