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JYANE

「どーする?」


この後、ももしおは着替える必要がある。Dにももしおを押し付けるという手もなくはないが。

だいたい、ももしおはパラシュートだけを背負っていたみたいだ。だったら着替えはない。自分の荷物はどうしたんだろ。


「オレんとこのマンション行く?」


というわけで、みんなでみなとみらいのミナトの家のマンションに移動することにした。ミナトの家が所有する高級マンションの1室。賃貸用。現在は空いている。すなぎもとの情事に利用されただろう場所。


「シオリン、荷物は?」


ねぎまがももしおに聞いた。


「SOGOのコインロッカー。お願いしていい?」


ももしおはポケットから鍵を出してねぎまに渡す。


「着替えは?」


オレが尋ねると、スマホにしきりに何やら入力しているねぎまが手を止めて言った。


「下着以外はあるよ。プラTとバド部のジャージ」

「さっすがマイマイ。貸してー」

「パンツはコンビニで買おうね。上はないけど」

「私、ノーブラでも平気。してもしなくても変わんないもん」


ももしお、恥じらえ。日本語が分からないとはいえ、Dがいるんだから。


タクシーの運転手は、びしょ濡れのももしおに怪訝な顔をしたが、Dが英語でにこにこと話しかけると、降参したように従順になった。1台目にD、ももしお、ミナト。2台目にねぎまとオレ。


びしょ濡れでコンビニに入れないももしおと、SNSで大騒ぎされているDと、大家のミナトはマンションへ直行。

ねぎまとオレはSOGOのコインローカー経由コンビニ経由ミナトのマンション。



「そういえば、すなぎもに連絡した?」

「うん。いっぱい、ありがとーってLINE来てた」


だからスマホいじってたのか。


「すなぎも、気づかずに爆弾作っちゃったんだなー。石爺なんて、かなり殺傷能力の高いやつ作っちゃったじゃん」


無事だったからこんな風に冗談にできる。


ところで、ももしお×ねぎはは、まだカレシ未満の正体に気づいていないのだろうか。


「あのさ、マイ。BBのDの顔って知ってる?」

「誰? それ」


え、マジで?


「BBのギタリスト」

「BBは聴くけど、顔は知らな―い。あ、ロジャーは分かるよ」


女って。


「ももしおのカレシ未満って」

「ディランのこと?」


あ、ディランなんだ。だからDなのか。


「あの人、BBのギタリスト」

「は?」

「だから、BBのD」

「そーなの?!」


ねぎまが目をまん丸にしている。


「今、ネットで横浜にいるって拡散されて大変なことになってる」

「ウソ」

「ホント」


「それって、BBを脱退するとか、どっかの御曹司だとかって騒がれてる人?」

「その辺は知らねーけど」


「そっか」


ねぎまは嬉しそうに口角を上げた。


「ん?」

「ディランって、見る目あるね」

「は? 反対じゃね? ももしおが見る目あったってことだろ?」


「ちがーう。宗哲クンってプロフィール男だよね。どこどこに所属する人ってことなんて、どーでもいーじゃん。シオリンってさいこーでしょ?」

「ももしおが?」


「横浜の海でちゃっかりパラセーリングしちゃう女の子なんて、シオリン以外にいる?」

「いたら大変だろ」


やめて。想像したくもない。


ねぎまはももしおのパンツを買っていた。コンビニってなんでも売ってるよなー。

オレはドリンク、お菓子、おにぎりやパンを調達。





マンションのリビングにはDとミナトがいた。ももしおはシャワー中だった。


DはBBを脱退するのだろうか。

デリケートすぎて聞けない。


ただ、これだったら聞ける。


「(英語)自分の正体は言いましたか?」


もちろん、ももしおに。

Dは声を出さずに大きく笑うように口を開け、首を横に振った。


「(英語)知らせてない。言ったらどうなるんだろうね。ロジャーのサインを貰ってきてくれって頼まれるかもね」


そんな風に冗談めかす。





ぱたん


「シャワーありがとー」


リビングにももしおが現れた。ピンクのバド部のジャージ姿。背中にしっかりと漢字で高校名が書かれている。我が校の伝統らしく、どの部のジャージにも漢字で高校名が。毛筆体。

それが恥ずかしくて、極力、学校内や試合のときだけに着るのをとどめる者が多い。


「(英語)シオリ、僕はBBのギタリストなんだ」


開口一番。Dは正体を明かした。これくらいは、英語が苦手なももしおだって分かる。


ぱちくり


ももしおは目を瞬かせている。


「(英語)ついでに言うと、ネットで騒がれている通り、製薬王の孫。BBを脱退して大学に戻るつもりなんだ」


なんと。BBを脱退するって?!

ねぎまとミナトとオレがびっくりしているのに、ももしおには半分も英語が分からなかったらしい。


「誰の孫って言ったの? BBは全員大学生のバンドなの?」


会話が共有できない。


「シオリン、ディランはBBを辞めて、大学生に戻るって言ってる。それから製薬王の孫って」

「え、そーなの?」


ももしおがDに聞くと、Dは頷いた。


「(英語)シオリ、一緒にアメリカに行かないか?」


は?


「アメリカ?」


ももしおがきょとんとしている。


「(英語)シオリと離れるなんて嫌だ。BBのメンバーってことも財閥だってことも関係なく僕だけを見てくれた。アメリカで一緒に暮らそう。シオリが学びたい経済学の殿堂がある。シオリが憧れてるアメリカ経済がある。何も心配しなくていい。僕に任せて」


すっげー。これって、玉の輿ってやつじゃん。

BBのギタリストだったってだけでもすっごい稼いだと思う。だってさ、CD何枚売れた? ダウンロードどんだけ? 市場はワールトワイド。

それプラス、財閥の御曹司とかって。

製薬王ってさ、日本だったとしてもすごいだろうけど、アメリカ。アメリカって薬大国。国家予算の何割かが医療や産業を通して製薬会社に流れるってももしおが言ってた。ハンパねーじゃん。($_$)


あれ? でも、ももしお、カレシ未満って言ってなかったっけ。ってことは、今、告ったってこと?

告ると同時に一緒に暮らそうって? なんか、すっ飛ばしすぎの気もする。


ねぎまは両手の指を少し組んで、乙女ポーズでももしおに和訳している。


「……」


ねぎまの和訳を聞いたのに、ももしおは黙ったまま。

凄すぎて言葉も出ないのかも。


「おい、ももしお、大金持ちだぞ。オマエの大好きな金だぞ」


オレはももしおを横から揺すった。


「NO!」


え。

女ならメロメロ(♡_♡)になりそうなものなのに、ももしおは拒否した。目は睨むようにDを見据えている。

Dは血の気が引いたような顔になった。


「私に会いたいなら日本に来て。私は私。友達が大事。高校生活が楽しい。横浜が大好き。

 経済大国アメリカに憧れてるよ。でもね、連れてってもらうなんてまっぴらごめん。自分で行くから大丈夫」


びしっとももしおは言い切った。

が、誰も通訳しない。言いにくい。オレだったらどこかを曖昧な表現に変換しそう。

仕方なく、ねぎまが英訳して伝えた。潔く。


Dが泣きそうな顔をする。


「シオリ……、SUKIDAYO」


D、遅ぇよ。最初に言えばよかったのに。

でも、最初に言ったところで結果は変わらなかったかも。


「ありがとう。嬉しい。でもアメリカには行かないよ」


ねぎまが訳す。


ももしおだって、好きなんだろ? 「嬉しい」だけじゃなくて、ちゃんと言ってやれよ。

オレが思ったところでどうしようもない。


どーするよ。この空気。


と、しんみりしたところで、Dが話し始めた。


「(英語)シオリ、株を持ってるなら気をつけて。しばらくは危険だ」

「どーして?」


ももしおが通訳なしで理解した。株の話には通訳が必要ないらしい。


「(英語)祖父はもうすぐ亡くなる。相続税を減らすために一族は株の評価額を下げるんだ」

「評価額を下げる?」

「(英語)自分達が持っている株をがんがん手放して売り崩す。もうすぐ始まる」


2人の会話に誰もついていけない。


「まだ始まってないの? NYダウもナスダックも少し下がって来てるよ?」

「(英語)今はそれに感づいた人間が早めに売って下がってるだけで、こんなもんじゃない。一族が持っている分は様々な企業の株の数パーセントに満たなくても、売りが売りを読んで暴落が起こる可能性がある。どうせ世間では、ヨーロッパや中国を理由にするだろうけどね」


「大変」


「(英語)アメリカの市場が暴落したら世界中がやられる。特に日本は、いつもアメリカ以上に下落する。一族はね、祖父が亡くなって相続が終わったら、安くなっている株を買い戻すんだ。気をつけて」


「教えてくれてありがとう。でも」

「(英語)何?」

「おじい様が危篤なら、こんなところにいないで会いに行って」


いきなりDが首を傾げた。日本語が分からないらしい。なんで? ミナトの英訳を聞いてDが続けた。


「(英語)誰もが遺産分配のことばかり話してて、逃げてきた」

「?」


今度はももしおが首を傾げる。英語が分からないらしい。どーゆーことだよ。株の話の方がよっぽど難しい単語ばっかじゃん。


「シオリン、みんなが遺産のことばっかり話してて嫌だから日本に来たんだって」


ねぎまが和訳。


「(英語)シオリ、楽しかった。JYANE」


Dは、よくももしおがするように、しゅたっと手を挙げた。


「じゃね」


ももしおもしゅたっと手を挙げる。


最後の株の話は、ももしおへの置き土産だった。


ぱたん


Dは悲痛な面持ちで部屋を出て行った。

ばたばたとミナトとオレはDを追う。オレは男の味方。


「(英語)D! まだファンが横浜を探してるかもれません」


何か声をかけたかったのに、事務的なことしか口にできなかった。

こんなとき、なんて言えばいい?

Dのももしおを見る目は好きで可愛くてしょうがないって感じだった。気持ちがダダ洩れていた。たとえ出会ってから日が浅くても、Dの失恋は痛かったと思う。


「(英語)タクシーを拾うよ。ホテルの地下に着けてもらう。大丈夫」


ふり返ったDの鼻は真っ赤で、目は潤んでいる。


「(英語)セッション、楽しかったです。ライブも。本当にありがとうございました」


ミナトはバンドメンバーの分もお礼を言った。


3人でエレベーターに乗って1階に下り、コンシェルジュにタクシーを呼んでほしいと伝えた。

幸いロビーには誰もいない。


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