奇跡
「シオリン、カモメと一緒に飛んでるー」
「さいこー」
能天気なももしお×ねぎまの声。
それどころじゃねーし。
「シオリーン、こっち見てぇ。写真」
「イエーイ」
信じられん。心臓剛毛コンビ。
ベイブリッジの下を通り、更に陸地から離れる。
もう陸地が線のようになったところで叫んだ。
「マイ、投げて!」
そんな危ないこと、させたくなかった。できればオレが投げたかった。
だが、ももしおがパラセーリングをしている以上、船を止めるわけにはいかない。
ぽーい
ねぎまはリュックを斜め後ろの海に向かってほおり投げた。真後ろに投げると、万が一衝撃で爆発した時に、上でパラセーリングで遊んでいるももしおが被害にあう可能性があるからだろう。
反応なし。
まだ、爆発するほど気体が発生していないのかもしれない。
ふー。
終わった。
オレは船のスピードを少し落とした。
肩の力を抜いて後ろでパラセーリングをするももしおを振り返る。
高く上がっているせいで操舵席からはちらっとしか見えない。が、ライフジャケットを着ていないってことは分かる。あれは乗船してるわけじゃないから着なくていいんだっけ?
いや、まずいって。1番ライフジャケット来て欲しい状況じゃん。
そして、はたと気づく。
ロープをくるくる巻いてパラシュートのロープを引き寄せるウインチがないのに、どうやってパラセーリングを終了させるのかと。
「シーオーリーン、どーおー?」
「さーいーこー♪」
ももしおは超ご機嫌。
仕方ない。着水してもらおう。
オレは船のスピードを徐々に落としていく。
すると、ねぎまが操舵席の横に来た。
「宗哲クン、シオリンがスピード落とすなって言ってる」
「きりないって。終わり」
「終わり? あれ? どーやって終わるの?」
「海にドボン」
「え」
「それしか方法ねーじゃん」
「大変」
ねぎまはぱたぱたと船の甲板に出て大声を出す。
「シオリーン、海に落ちるしかないんだってー」
残念なお知らせを聞いたももしおが「ええええ!?」と変な声を出していた。
それくらい覚悟しろよ。
後方確認をしながら、更にスピードを落としていく。波が穏やかでよかった。不幸中の幸い。
エンジンストップ。
ももしおは着水済み。ロープを伝って船に泳いでくる。
海にはぷかぷかとレインボーカラーのパラシュートが浮いている。でかっ。
ざばーっ
ももしおがびしょ濡れで船に上がって来た。
秋が深まるこの寒空の下で海に浸かったというのに、ももしおは破顔。
「なにこれー。楽しすぎ」
きゃーきゃー喜んでいる。
「よかったね、シオリン。今度、私にもやらせて。ね」
「もちろんだよ、マイマイ。ね」
ももしお×ねぎまはこてっと首を傾け合う。
させるか。
2人がはしゃぐ後ろで、オレは海からパラシュートを引き上げる。水を含んで尋常じゃない重さ。漁師になった気分。重労働をオレに任せきりかよ。おい、ももしおっ。
「はい。タオル」
「マイマイ、ありがと」
ねぎまがタオルでももしおの髪や顔を拭いている。
「すっごく気持ち良さそうだったよ。シオリン」
「超気持ちよかった。空もいいけど、海の上ぎりぎりもおおーって感じ」
「あー! 見てて思ったぁ。うんうん」
「ねーねーねーねー宗哲君、今度、水上スキーやらない?」
何か戯言が聞こえたような。たぶん気のせい。
デッキの上にこんもりとパラシュートの布の山ができた。ふうっ、終わった。
振り向くと、ねぎまにわしゃわしゃと体を拭かれているももしおの横に、濡れてよれよれのリュックがあった。
「あ~あ、おニューだったのにな」
オレがご愁傷様という意味を込めてリュックを指差した。と、ももしおは、嬉しそうにぷるぷるぷるっと首を振って犬みたいに水しぶきを弾き飛ばした。
「これはねー。すっごいんだから。ほら、こーやって、こーやって、こーやって、使うの」
ももしおはびしょ濡れのまま実演を始めた。
まず、濡れてへたっとなっていたリュックを背負った。そして、左太ももをリュックからぶらんと出ている丈夫そうなベルトで固定、右太もももぶらんと出ているベルトで固定。更に、肩から背負った部分を前の胸の辺りでがっちり固定。腹の部分ももう一つ固定。
見れば、そのリュックの肩の所から金具が出ていて、それはパラシュートに繋がっている。
「じゃーん!」
ももしおは両手を腰に仁王立ち。
ん? パラシュートだけじゃない。肩の金具には丈夫そうなベルトも繋がっている。それは左肩と右肩を繋ぐように。そのベルトの真ん中には、見覚えのあるS字フックがぶら下がり、S字フックのもう片方は、2本のロープが。そして、そのうちの1本のロープは船に繋がってるじゃん。
つまり、S字フックはYの字の真ん中のつなぎ目部分に当たる。Yの上が右肩と左肩の金具へ。Yの下が2本のロープで船へって形。
このS字フック、石爺のじゃん。ねぎまが彫った「いしじい」がある。
なに。この心もとない感じ。しかも、2本のうちの1本は船に繋がってねーじゃん。ほどけてるし。
こんなんで飛んでたって?!
もう1本のロープまでほどけなくてヨカッタ。ロープが切れなくてヨカッタ。S字フックが壊れなくてヨカッタ。パラシュートの糸が切れなくてヨカッタ。涙。
なんかもう、飛んでいたのが奇跡に思える。
「ねーねーねーねー、見て見て続き」
ももしおがロープを握りしめて涙するオレをつつく。
そして今度は、体に固定してたベルトを外し、背負っていたリュックを下ろした。太ももと胴に付ける金具をリュックに格納。パラシュートを丸める。が、なにせ濡れているし大き過ぎ。コンパクトにまとめられず、大半はだれーんと辺りに広がったまま。それを気にぜずリュックのファスナーを半分くらい動かす。リュックにパラシュートを格納できるらしい。
だから、はまみらいウォークで会ったとき、リュックが超特大サイズだったのか。
「シオリン、すごーい。今度、装着するとこインスタにアップしよーよ」
カシャカシャカシャカシャ
ねぎまが色んな角度からももしおを連写。
オレなんて、さっき海に投げてきたものが爆発するのかしないのか、するんだったらいつ爆発するのか、そのとき近くを船が通ったらどーしようなんて気が気じゃないのに。
ところで。
「ももしお、飛ぶときってどーやった? いきなり飛べるはずねーじゃん」
凧は糸をピンと張った状態じゃなければ空に上がらない。それと一緒で、ロープをピンと張った状態じゃなければ飛べないはず。
「ほら、これ!」
「は?」
ももしおはほどけている方のロープを指差した。
それは船の内側の手すりに繋がっていたのがほどけたのだと思っていた。が、違った。
「このロープ、手すりに通してあるでしょ? でね、こっちの端を自分で持って、少ーしずつ伸ばしていったの」
つまり、パラシュートに2本の糸がついていて、1本がMAXのときの飛ぶ用。もう1本がMAXまでの長さ調節用。
ロープを船の手すりに通して自分で持ち、風を受けながら徐々に伸ばしていったってことか。
「シオリンだけじゃなくって、私も手伝ったんだよ。ずっごく力いったんだから」
ねぎまは軍手をはめた両手を見せた。
手伝うなよ。止めろ。せめて最後、手すりに結んどけ。
怒る気失せた。
ももしお×ねぎまは2人揃うと相乗効果で質が悪くなる。
能天気とかってレベルじゃねーし。バカだろ。
どさくさに紛れてもいい時と悪い時があるって。
でも、いくらナントカは風邪をひかないっつっても、ももしおを着替えさせないとな。
「帰っか」
「「うん」」
ミナトのバンドは、別の機会に。BBのDの生演奏を聴けなかったのは残念だけどさ。
さっき海に石爺のバッグを投げたのはどこだったっけ。そこをなるべく迂回しよう。それでもベイブリッジの下を潜るから、かなり近づくことになるとは思う。
エンジン始動。
ベイブリッジ手前。石爺の黒いリュックを投げ込んだ辺りを見ていると。もこ~ぉとドームのように海面が盛り上がって来た。
「な、あれって」
「なになになに」
「きゃ」
3人でやや離れた海面を見つめる。距離、船から約50m。
盛り上がった海面の大きさは直径10mくらいだろうか。小さなボート1艘分くらい。
バシャーン!
盛り上がりの中心は、何かがはじけるかのように白い水しぶきを上げた。その衝撃で大きな波ができ、船が大きく横揺れした。
幸い、辺りに他の船は見当たらない。ヨカッタ。
前方を見ながらも怖い物見たさで海面を見る。
後発の白い水しぶきはそれほど大きくはなかったが、ボコッボコッボコっと5連発。
「きゃーははは。なんか特大のおならみたい」
「ふふ。シオリン、おならって。ふふふふふふ。あはは」
ももしお×ねぎまは大はしゃぎ。
「っぶねー。あんなんがライブんときに爆発してたら」
オレの背筋を冷たい物が走った。
「ねーねーねーねー。私たちってすごくない? 救っちゃったよ?」
ももしおは大喜び。
「え、何から? おならから? うふふふ。あははは」
ねぎまも。
2人で笑い転げ、デッキで寝転んで足をばたばたさせている。はしゃぎ過ぎ。
ももしお、パンツ丸見え。どーせ見せパンだろーけど、少しは恥じらえ。
2人の笑い声をBGMに、オレはもう1つの爆発事件、横浜の雑居ビルでのことを思い出していた。
歯を削る機械を動物病院に運び込んだ後、すなぎも、Mr.サイモン、石爺はタバコを吸った。すなぎもはそこで、試験管の蓋を締め直していた。その後、石爺とオレ達は帰った。すなぎもとMr.サイモンは歯を削る機械の型番を調べるために残った。
爆発事件の報告のとき、ももしおは言った。
『すなぎもちゃんとMr.サイモンがビルを出て、しばらくしたらビルの方からなんか大っきな爆発音が聞こえたんだって。で、ビルや近所の人が道路に出てきてたって』
不法侵入だからビルから道路に出たらすぐに立ち去るはず。つまり、2人はビルを出たばかりだったということ。
歯胚がタバコの煙に反応し始めるまでに1時間。更に試験管が割れるまでにそこから1時間。つまり、約2時間、すなぎもとMr.サイモンはあの部屋にいたってこと。機械の型番を調べていただけじゃないことは容易に想像がつく。
何してた?
すなぎもが試験管10本を忘れるほどのこと。
考えるな、オレ。
マリーナが見えてきた。ヨットのマストやクルーザーの屋根。
カモメが平和に鳴き声を響かせる。
ほっとする。
ゆっくりと帰港し、船を係留した。
ロープを結んでいると、Dとミナトが走って来た。
「シオリ!」
Dはももしおが船から降りるや否や、ももしおをハグ。愛だよなー。びしょ濡れなのに。しかも東京湾。沖縄とかの海水じゃねーのに。オレ、無理かも。
「えへへー♡」
イケメンに抱きしめられてこの上なく締まりのない顔になるももしお。
「「どうなった?」」
ミナトとオレがハモった。
報告の重要度としては爆発が上だと判断し、オレが先に説明した。
「たぶん、海ん中で爆発した。結構な規模。特大のおなら5連発って感じ。ライブんとこだったらヤバかった。怪我人が何人も出たと思う」
「そっか。さんきゅ。Dから聞いたときはマジでビビった」
「D、演奏してなかった?」
スピーカーを通して聴いただけだけれど、あれは確かにDのギター音。
「飛び入り参加。オレ、爆発のこと知らなかったじゃん。
だから、せっかく見に来てくれたDが女の子の中でもみくちゃになってんの助けたんだよ。ってか、ボーカルのヤツが『大切なお客だから、こっちに通して』つって。そしたら誰かがDって気づいて」
「気づく女子いたって?」
びっくり。
「2曲目から、BBの曲はDのギター」
「聴きたかった―」
「宗哲、船から聴いたんだろ? それどころじゃないか。ホント、間に合ってよかった」
「割と時間的には余裕あった。
ベイブリッジからちょっと離れたとこで投げて。結構ももしおのパラセーリングをしてから引き返してさ。その時ちょうど爆発」
「は? パラセーリング?」
「どさくさに紛れて、やりやがった」
「……」
ミナト、驚きのあまり言葉を失ってるし。
「ミナト、そっちのライブは成功?」
「ほぼパニック。じゃんじゃん人が集まって来て。ライブの最後の曲のときに、オレだけDを連れて逃げてきた。SNSでバズった。たぶん今、大変なことんなってると思う。あの後、ファンがいろんなとこから横浜駅に来たらしくて。今、駅がすげーって、LINEあった。」
「ライブ、最後までできなかったって?」
「オレだけ。でも、そんなんぜんぜんOK。だってさ、本物の泣きのギターじゃん? ギターのヤツ、泣いてたし。大成功だし。成功し過ぎ」
ミナトは興奮冷めやらぬって感じ。




