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20/23

ヤッホー、横浜

まばらな観客の間からステージへ上る2段しかない階段が見えた。それはステージの両側横に設置されている。司会者は向こう側へ降りて行った。こちらから見える方の階段の上の段に黒いリュックが置かれているだけ。ジェラルミンケースとやらはない。


「石爺、ジェラルミンケースは?」


やっぱMr.サイモンが持っているとか?


「ジェラルミンケース?」


石爺は首を傾げる。


「試験管入れてある箱みたいな」

「試験管?」


石爺が試験管なんてものを知るはずがない。説明の仕方を考えあぐねいているオレの横でももしおが聞いた。


「あの黒いリュックの中に虫歯の薬が入ってんの?」


石爺はぽんと手を叩いた。その反動でタバコの灰がぱらぱらと飛び散る。


「そうじゃ。オレ、まとめて持ってきた」


ん?


「まとめて?」


石爺の言葉に今度はオレが首を傾げた。


「大きい箱が2つやった。中見たら、いっぱい小さい筒があった。みんな同じよーなもんやってサイモンが言っとった。で、大きいビンにまとめて持ってきた」


どーだ、いいことを思いついただろうとでも言いたげに、石爺は胸を張った。


待った!


「大きいビンってどれくらいのですか?」

「海苔のビン。ほら、こんなくらいの。零れんように、しっかり蓋も閉めた」


恐ろしさに涙が出そう。

石爺が手で示したのはバスケットボールよりやや大きめ。しかもしっかり蓋を閉めたって。


「タバコは、タバコは吸ったんですか?」


ねぎまが石爺の肩を揺すると、石爺は頬を染める。


「お、お、お、女は、切らしても、タ、タ、タバ、タバコは切らさん」


ねぎまの前でかっこいいセリフを言いたかったらしい。でも石爺、かっこつけるなら逆。タバコを切らしても女を切らさないって方。


聞いたねぎまの顔はムンクの「叫び」のようになっていた。


ももしおとDに爆発について詳細は話していない。それでも、ヤバいってことは分かったらしい。


「石爺、それやったの何時ですかっ」


物質が反応し始めるまでが約1時間と聞いている。更にその反応で発生した気体の量に対して入れ物の強度が限界になるまでの時間。それは未知。


「んー。ここへ来る前」


時間に縛られずに生きている石爺は、時計なんて見ない。これ以上聞いても無駄。

石爺の部屋からここまでは自転車で20分ほどだろう。黒いリュックをステージの階段に忘れるということは、ここに到着してからうろうろと歩き回った時間があったってこと。更にはタバコを吸う時間。たぶん今吸っているタバコが1本目。環境に無頓着な石爺は、ゴミは自分の近くに置いたままが通常。石爺の周りにタバコの吸い殻はなかった。

恐らくは、今、物質が反応し始めたかどうかってころ。


『さあ、次はいよいよお待ちかねのバンドです。今、横浜の女子高生に大人気!』

「「「「「「きゃ――――――」」」」」」


その時、女の子達の黄色い声が聞こえた。そして、少しでもステージに近づこうと女の子達が押し寄せていく。人混みでオレ達のところから黒いリュックが見えなくなった。


「たぶん、まだ30分以上は余裕があると思う。けど、それだって分かんねーし、爆発規模だって分かんねー」


焦るオレは早口になった。

どこから湧いて来たのか、女子高生らはどんどん増える。はまみらいウォークへの通路は半分の幅になってしまっている。


「爆発するとは限んないよっ。でも」


ねぎまの声も悲痛。


「どーした?」


ただならぬ様子のオレ達に、石爺が真剣な顔を向ける。


「石爺、ここから離れてください。今日の歯の治療はなしです」


ねぎまは石爺に避難勧告を発令した。


『なんと彼らは全員が高校生。アレンジを自分達でやっちゃうというバンド』

「「「「「「きゃ――――」」」」」」

「「「「「「ミッナトくーん♡♡♡♡」」」」」」


ステージの上、司会者はミナト達のバンドを紹介する。その間にも爆発へのカウントダウンは刻まれている。


試験管1本の爆発で半径1mの被害。

小さな薬のビンでは窓ガラスが割れた。

試験管10本の爆発で約10畳の診察室の半分。

じゃ、バスケットボールの大きさのビンだとどうなる?

ガチヤバ。


「すぐにイベントを中止してもらおう。司会者に言いに行く」


オレがステージの方へ向かおうとすると、Dに腕を掴まれた。


「(英語)パニックになる」


とオレを止める。


「そんなことになったら、すなぎもちゃんが警察に捕まっちゃう!」


ねぎまはこんなときまで心配りをする。そんな場合かよ。爆発したらどーすんだよ。


「でも!」


焦るオレに、ねぎまは説得を試みる。


「宗哲クン、分かってる? うちらだって共犯だよ? 私、自分はいいけど、宗哲クンが社会的制裁を受けるなんて耐えられない!」


未成年で、故意じゃなかったオレ達は法律では守られるだろう。だけどさ、SNSで誰かが「愉快犯」なんて投稿したらジ・エンド。社会から削除される。それどころか、その後もネットのどこかに悪意は塵のように散在して漂い続ける。


ねぎまの真剣な双眸は泣きそうで。


「分かった」


秘密裏にことを運ぼうと決意した。

オレだって、ねぎまが言葉の袋叩きに会うなんて嫌に決まってる。


「宗哲クン!」

「宗哲君!」


ももしおまで、目を輝かせてオレを見る。


「今すぐ船をはまみらいウオークの橋の真ん中のとこら辺に持ってくる。まだ爆発までには時間があるはずだから。オレが船で離れたとこに運ぶ。ももしお、ミナトのファンに混じって、慌てずに、でも急いでリュックを取ってきて」


オレは動物並みの運動神経を持つももしおに頼んだ。


「りょ!」


ももしおは「了解」の意味でしゅたっと敬礼した。

Dにはねぎまが英訳。


「No! Me!」


咄嗟にDが自分がすると言い放つ。

そして、一斉に走り出した。


ステージでは、ドラムスティックのカウントの後J-POPのヒットソングの演奏が始まった。


オレはさっき走って来たはまみらいウオークを再び渡って引き返す。

と、ねぎまがオレの後を一緒に走ってくる。


「マイは来るなっ」

「どーして」

「危ない」

「うるさい!」


え。今の、ねぎまの言葉? 耳を疑いつつ、走りながらねぎまを振り返る。


「……」

「私がいなかったら、誰が海に投げるの?」

「オレ」

「宗哲クンは船の運転でしょ?」


そーだけどさ。


「なんとかする」

「宗哲クンは、私が守る」

「 っ 」


息が止まった。

心臓も一瞬止まった気がする。


その間も、スピーカーから流れるノリノリのビートが空気を振動させていた。


『UN♪ UN♪ U~FU♪ PARAPPAPPA♪ PA♪』


ボーカルがビートに合わせて歌う。


オレは全速力で走った。ロープを解く。

ねぎまが船に飛び乗る。OK。

船にエンジンをかける。

ねぎまがオレにライフジャケットを羽織らせる。GO。

船を出し、静かな波の中を上流へ進む。はまみらいウオークの下を通り過ぎて船を方向転換させた。


「「「「「「きゃー―――――」」」」」」

「「「「「「ステキ――――――」」」」」」

「「「「「「BB」」」」」」


1曲目が終わると、イベント会場に悲鳴にも似た歓声が湧き上がった。

そして2曲目が、ギターの小気味いいカッティングで始まった。BBの曲。このギター音、Dじゃん。

船から様子を見ようとしても、ステージの方は見えない。

え、D、リュックは?


あ、ももしお。

はまみらいウオークの真ん中。屋根のある上流側にももしおが見えた。オレはももしおがいる辺りで船のエンジンを止め、デッキに出た。黒いリュックを持ったももしおが橋の欄干から身を乗り出している。


「ももしお、リュックを落とせっ」


船が川に少しずつ流されて行く。このまま流されれば、ももしおがいる真下を船が通過するはず。


「シオリン、気をつけて!」


ねぎまと2人で上を向き、リュックを待ち構える。


とさっ


リュック、キャッチ!


急いで操舵席に戻る。船は下流に船首を向けたまま、はまみらいウォークの下を流され中。


どん


何?!


船のエンジンをかけようとした、まさにその時だった。頭上にとんでもない音がした。

慌てて屋根の上を見ると……


ころりん しゅたっ


「はああああああ?!」

「シオリン?!」


ももしおが船の屋根の上から転がり落ちて、一回転して跪くポーズをとった。

はまみらいウォークの下流側から、船の屋根の上に飛び降りたってこと?!


ぐわんぐわんと船が揺れる。


「何してんだよ! ももしおっ」

「JKパワーが凄すぎて、私しかリュックのとこまで辿り着けなかったの」


ちげーよ。Dがリュックを取ってこなかったってこと言ってんじゃねーし。


「なんで飛び降りてんだよ!」


オレが驚嘆の声を上げていると、ねぎまが叫んだ。


「宗哲クン、船! むこうからシーバスが来る」

「ヤバっ」


ねぎまに言われ、慌ててオレは操舵席に着いた。


船にエンジンをかけ、進み始める。

オレはデッキにいる2人に向かって言った。


「沖に行くまではリュックから離れてて」

「「うん!」」


すでに帷子川(かたびらがわ)と帷子川分水路の合流地点。前方から来たシーバスに航路を空ける。

頭上にはみなとみらい大橋。


1時間は反応が始まらないって言ったってさ、石爺がビン詰め作業したのっていつか分かんねーんだよ。

怖いって。どきどきと心拍数が上がってくる。


離れろ。

横浜の観光客がいない場所へ。人が海を見ない場所へ。


帷子川(かたびらがわ)を下り、貨物専用の高島線を通過。川は右にカーブ。次のみなとみらい橋を過ぎればその先は横浜港。

まだだ。

船が多過ぎる。いつ爆発するか分からない。最低でも、シーバスの航路よりも向こうへ。船が少しでも少ないところまで。


横浜港に出ると更にスピードを上げた。

向かい風の音がびゅうびゅうと聞こえる。


ん?


なんかスピードがいつもほど上がらない気がする。風?

不思議に思って左右&後方確認。


!?


「ヤッホー、よこはーまー!」


やめろぉぉぉぉぉぉ!


ももしおが空を飛んで船についてきている。


なんと。ももしおは、船を係留するために使うロープをくっつけてパラセーリングをしていたのだった。


「ガチで?」


レインボーカラーの円いパラシュート。それは澄み渡った秋の空に鮮やかに()えていた。

パラシュートは海風をたっぷりと受けてどんどん高く上がっていく。もう操舵席から見えない。


ふざけるなっ。この非常時に。

が、怒っている余裕はない。

早く船を安全な場所まで移動させないと、1番の被害者は、黒いリュックの傍にいるねぎま。


急げ。

いつものクルージングコースとは真逆の方へ舵を切る。沖へ。

貨物船が視界に入ると、避けるように進路を選ぶ。


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