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楽観の中で潜伏する危険

頭の中にパズルのピースのようにガラスの破片が浮かんだ。


Mr.サイモンの部屋ですなぎもがポーチから取り出した歯胚が入ったガラスのビン。風邪薬のビンほどの大きさ。


そして、校舎と男子部室棟の中間地点でタバコを吸うすなぎも。雨。更に「前に無くしたときは」という言葉。


高校でテニス部の窓が割れた日、確かに「パシュン!」という爆発したような音がした。

別の日、すなぎもは2限目と3限目の間の休み時間にこっそりタバコを吸っていた。オレが出くわしたのは、男子部室棟へ行く途中の椿だか山茶花だかがある場所。オレが会った日は雨が降っていなかった。

だが、もし、雨が降っていたら? 

屋根のある場所でタバコを吸うだろう。校舎から離れた場所で。

仮に、ねぎまが歯胚を「前に無くしたとき」が、あの雨の日だったら?


パズルのピースがぱちんぱちんと繋がっていく。


「すなぎもに、雨の日に男子部室棟の軒下でタバコ吸ったかどうか聞いて。そのとき、歯胚をなくしたかどうかも」


船を運転しながらねぎまに頼んだ。


「うん」


超高速でねぎまがスマホにメッセージを入力する。女子高生の特技。

シーバスを抜かし、船は海面の上を滑って行く。はまみらいウォークが見えてきた。


「ももしおやミナトから連絡はまだ?」

「あ、ミナト君から『ライブ終わったら電話する』って」

「だよな。出番直前だもん」

「まだ。あ、すなぎもちゃんから電話が」


ねぎまはスマホをタップした。


「根岸です。え? はい。

 学校の隅の粗大ゴミがある廃墟で窓にもたれてタバコを。

 はい」


オレに分かるよう、ねぎまが電話の内容をリピートしてくれる。

学校の隅の粗大ゴミがある廃墟って、男子部室棟? 廃墟じゃねーし。ガンガンに使用中だし。粗大ゴミって壊れたボールケースとか得点板とか洗濯機のこと? 洗濯機は使ってんだけど。


窓に幅4センチほどの桟があった。きっとそこにもたれて吸ったんだ。


「どこで無くしたかは分からないんですね。え?」


ねぎまが要点を知らせてくれる。


オレは想像した。

あの日すなぎもはタバコを吸おうと、いつものように椿だか山茶花だかの方へ足を運んだ。が、雨が降っていた。だから、雨に濡れないよう、屋根のある男子部室棟の軒下でタバコを吸った。男子硬式テニス部は校舎側。男テニの部室の窓の桟に腰をもたせ掛けて。

桟の幅、約4センチ。平。タバコを吸いながら歯胚が入ったビンを開け、それを窓の桟に置いたまま忘れた。

そして爆発。


ねぎまはオレも電話で話せるように、スマホをオレの顔の横に近づけてくれた。


『タバコ吸いながら、歯胚を入れてたビンの蓋、開けた。雨の日。思い出した』


ビンが置かれていただろう場所の窓ガラスが1枚だけ割れた。ビンの近く、或いは接していた下の方が。

結果、窓ガラスの破片は男テニの部室内に落ちた。ビンの破片はビンが置かれていた場所を中心に飛び散った。いや、窓ガラスが障害になって、ビンの破片は部室内の方にはあまり飛び散らなかった。

透明のガラスの破片は、部室の軒下にある幅1mのコンクリート部分よりも向こう、土の上にもいくつかあった。

ビンに入れてあった分量が試験管のときよりも多かったのかもしれないし、入れ物の強度によって、試験管のときよりも威力が大きかったのかもしれない。


「先生、米蔵です。ビンって透明ですか?」

『風邪薬入れてある感じの。うん。透明』


恐らくはビンゴ。

爆発するなんて、なんでそんな危険なことに気づかなかったんだろ。

そっか。

実験室では飲食禁止はもちろん、禁煙。タバコの煙に反応するなんて特殊なこと、気づきようがない。

マウス用の歯胚と人間用の歯胚は同一じゃないってのもある。マウスに使った歯胚はタバコの煙に反応しない可能性も考えられる。


パシュン! という音の直後に部室へ駆け付けたテニス部員は、ガラスが割れていただけと言っていた。そこにはすなぎもがいなかったと考えられる。どや街近くの動物病院での爆発は、すなぎもとMr.サイモンがその場を離れてから。ってことは、爆発は歯胚がタバコの煙に触れた直後じゃない。


『今回の試験管を入れてあるのは丈夫なジェラルミンケースだから、1個くらい中で爆発したとしてもきっと平気』


「ジェラルミンケースですか」


銀色の割れ物注意を運ぶやつ。危険性を考慮したってわけか。


『物質が気体を発生し始めるまでに1時間くらいはかかるし、気体の発生は比較的遅くて試験管が割れるまでにも時間がかかるの。それに、今の状態なら試験管内にタバコの煙はないから』


それを聞いて、緊迫感から解放された。


「そーなんですか」


オレはスマホに向かって答えた。

傍らでは、ねぎまが「よかったー」と泣きぼくろと一緒に目尻を垂らしている。


『でも、タバコ吸う人に使うわけにはいかないじゃない?』

「ですよね。ところで先生、雨の日って、いつタバコ吸いました?」


歯胚がタバコの煙に反応して気体を発生し始めるまでに1時間ってことは、昼休みが終わる時間から遡って、4限目よりも前ということになる。


『いつも2時間目と3時間目の間。ヤニが切れてくるんだよね』


つまり、すなぎもがタバコを吸ってから約2時間30分で爆発したことになる。

歯胚が気体を発生し始めてから約1時間30分。


爆発する恐れはないと知り、オレは船のスピードを落とした。


「すなぎもちゃん、私達も行きますね♪」


ねぎまは通話を終了させた。



船を水際の公園前、はまみらいウォークの橋の近くに係留しよう。ビル1個分歩けばはまみらいウォークがあり、橋を渡ればすぐSOGOのイベント会場という場所。

ロープを縛っている間に、ねぎまはライフジャケットとジャージ片付け、オレに学ランを持ってきてくれた。


「マイ、危ないから船で待ってて」


オレが頼んでいるのに、ねぎまは、


「大丈夫だよ」


と両手でピースサイン。

爆発の恐れはないから、いっか。


シラサギやアオサギが遊ぶ横を競歩スピードで歩き、はまみらいウォークへ向かう。少し離れたイベント会場からは、スピーカーを通してハワイアンが流れてくる。

橋にさしかかってを5mほど進んだときだった。


「マッイマーイ」


はまみらいウォークの橋の向こうから両手をぶんぶん振りながら、ももしおがぎゅいーんと駆けてくる。ももしおの後ろには小走りのD。


「シオリン!」


ねぎまも駆け寄った。


「宗哲君の船が見えたのー。ミナト君のバンドは次だよ」


この様子、LINEに全く気付いていなさそう。

後方のDに手を挙げて挨拶しながら聞いた。


「ももしお、LINE見た?」

「ごっめーん」


やっぱり。


「シオリン、あのね」


ねぎまが話そうとすると、そんなことお構いなしに、ももしおはぴょんっと飛び跳ねて背中を見せた。


「ねぇ、マイマイ、宗哲君、見て見てー♪ じゃーん」


背中にはおニューのリュック。超特大サイズ。ももしおはかなり嬉しそう。が、それどころじゃねーんだよ。一応、親指を立てて「いいね!」とサインだけ。


「ももしお、Mr.サイモンと石爺見なかった?」


おニューのリュックは後で褒めてやるから。


「ハーイ。マイ、そーてつ。What?」


Dがねぎまとオレの焦っている様子に気づいた。


「石爺とMr.サイモンが爆発物を持ってる」


オレの言い方は少々乱暴すぎた。


「え、テロ?!」


とももしおが両手で口を押えた。「テロ」という単語を聞き取ったDは慌てた。


「What?!」

「No.」


まずテロを否定。

それからオレは、やや丁寧に説明した。

タバコの煙に反応して小さな爆発を起こす危険がある試薬を持っているじーさんを探していると。今の状態なら爆発しない。が、念のため、持っている人にそのことを伝えたいと。


「石爺なら、いたよ」


ももしおが教えてくれた。


「シオリン、どこ?」

「すぐそこ。こっち」


はまみらいウオークを駆け足で渡る。


と、橋をちょうど渡り切ったところで橋の欄干にもたれて石爺がタバコを吸っていた。地面に直座り。


「石爺!」


見つけた。きっと近くにMr.サイモンもいるはず。

走っていた足を留め、ほっと胸をなでおろす。

石爺は今日も風呂に入っていない臭いを漂わせていた。そのせいもあって、土曜日のお昼ごろという人の多さなのに、人の波は石爺を避けている。


「おう」


地べたに胡坐をかいまま、タバコの煙を吐き、オレ達にくしゃくしゃの笑顔を見せる。


「こんにちは。Mr.サイモンはどこですか?」

「友達を迎えに駅に行った。ここで待っとる」


石爺の周りを見ても、試験管が入っていると思われるジェラルミンケースとやらは見当たらない。あるのは石爺の錆びたママチャリだけ。

石爺は、タバコの吸い口を親指ではじいて灰をぱぱっとその辺ににはらった。


「こんにちは。薬が入ったケースはサイモンさんが持ってるんですか?」


ねぎまが問いかける。


「こ、こ、こ、こん、こんにちは。あ、あ、わ、わすれ、わすれた。あ、あれ?」


マックスでどもりながら、石爺は徐に立ち上がってきょろきょろと辺りを見渡し始めた。


「石爺、忘れたって?」


オレが言葉を確認すると、


「サイモンに頼まれた。んーっと。どこに忘れたっけ?」


とイベント会場方面をぼーっと見ている。

今いる橋の端からイベント会場の特設ステージまでの距離は40メートルくらいだろうか。ハワイアンに合わせ、ステージの上でフラダンスの衣装を着た女の人達が踊っている。観客はまばら。もうすぐ始まるミナトのバンドがお目当てらしき女子高生がばらばらといる。


「探します。どれくらいの大きさですか?」


一緒に探そうとすると、石爺はステージが設置されている方を指差した。


「あ、あそこや」


え?


ステージの上ではマイクを持った女性の司会者がイベントを進行している。


『みなさんの元気を横浜から全国に届けましょう!』


なんて言葉が聞こえてくる。

石爺は2、3歩ライブ会場方面に進み、目の上に手でひさしを作って舞台を眺める。


「あそこの階段」


それを聞いて、ももしお×ねぎま、D、オレは階段を見た。


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