今日、イケるかも
驚いたのは、さっきまでこの世の終わりみたいな顔をしていたギター小僧。背中にギターケースをくっつけたまま、大きく目を見開いて叫びそうになってた。
慌てて、Dがギター小僧の口を塞いだ。
『(もが、もが)』
『ストップ! シークレット』
次にギター小僧は感激のあまり、半泣きでDに抱きついた。
すっげーファンなんだなー。
ギター小僧は一目でDのことを見破った。が、他のメンバーはぽかーんとつっ立っていた。
あまりに写真や映像と違いすぎる。爽やかすぎる。髪型に好感度があり過ぎる。BBのときは、肩にかかるくらい長めの黒髪だった。今はリクルート活動ができそうな髪型。
ミナトが口の前に人差指を立てながら、小声で正体を明かすと、バンドメンバーは跳び上がって驚いた。
簡単な単語を繋いでみんなで英会話。
Dは日本へギターを持って来なかったのだとか。そうしたら、人混みの中でギターを持っている人に目が行ってしまうようになった。どれだけすごい人混みでもギターだけを見つけてしまうらしい。
で、こんな横浜駅構内の人混みにいたギター小僧に目が行き、その隣にいたミナトとオレを見つけた。
Dは、
『ギターが恋しい、弾きたい、触るだけでいい』
なんて訴えた。
というわけで、アマチュア高校生バンドの練習に同行。
オレはバンドメンバーじゃないが、面白そうだからついて行った。だってさ、BBのカリスマギタリストの生音聴けるかもしれないなんて、こんな希少なチャンスない。ま、聴いたところで、オレには凄さが今一つ分かんないんだろうが。
いや、分かった。
分からされた。
すっげー、かっけー音。
ギター小僧とぜんっぜん違った。ド素人どころか音痴のオレにすら分かった。
本番が間際だから練習が主。Dはアマチュア高校生バンドの練習を楽しそうに見ていた。バンドメンバーはかなり緊張していた。当たり前。
スタジオで有意義なひと時を過ごした後、Dはみんなにラーメンを奢ってくれた。
ギター小僧は合コンで女の子をマークするときよりも激しくDの隣をキープし続けた。笑える。音を立てずにラーメンを食べる姿に感激し、一生懸命真似していた。ギター小僧は片言の英語で一生懸命、曲やフレーズを絶賛。口ずさんで親指を立て、エアギターをして拳を振り上げ、Dの手を触りまくっていた。弱冠変態入ってたし。
オレの見ていた限りでは、ギター小僧はDに、ネットでの噂の真偽は聞いていなかった。BBを脱退するのかどうかってことは、ものすごく気になっていただろうに。それを聞かないでいたギター小僧のことを人間として尊敬した。
分かれるとき、オレはDに聞いてみた。ももしおは、Dだってことに気づいているのかって。
『(英語)ははは。シオリはスマホでよくBBを聴いてるよ。画面を見たら、ロジャーだけが映ってるPVで。Dの顔は知らないんだと思う。ロジャーのインスタは見てるみたいだけどね』
と答えた。名乗るつもりはないらしい。
『(英語)知ったら、きっと、すっごく喜ぶと思います』
『(英語)たぶんね』
『(英語)だったら』
『(英語)どこの誰でもない自分を好きになってほしいんだ』
恐るべし、ももしお。
BBのDにあんなこと言わせたなんて。
オレは昨日のDのはにかんだ顔を思い浮かべた。
ももしお、知ったらどんな顔するんだろ。
はまみらいウォークのカモメに走り寄るももしおを見ながら、今夜2人は「SUKIDAYO」と告白しあうのかな、なんて想像した。
土曜日。
午前中はテニ部。
さすがにミナトは来なかった。午後からのライブの準備をしているのだろう。
部活が終わると、ねぎまと待ち合わせて一緒に下校。
横浜駅まで歩き、チープなバーガーを買ってマリーナ行きのバスに乗った。季節外れのマリーナは休日だというのに人が少なかった。車が来たと思ったら、マリーナにあるレストランが目当てのカップルだったりする。
船に乗ると、オレは動きにくい学ランを男テニのウインブレに着替えた。
ねぎまはブレザーを脱いで風を通さない冬用のバド部のジャージを羽織った。
「宗哲クン、久しぶりだね。船」
「だな。寒くなってきたよな」
がさごそとオレは船の中に置いてあるライフジャケットを出す。船の上ではこれを着なければいけない。日本では。
よくさ、海外ドラマででかいクルーザーでパーティやってたりするじゃん。あの時、美女が水着でいるんだよなー。日本だと、あれにライフジャケット着用ってことになるのか。
海外がライフジャケットなしでもOKなのか、ドラマの雰囲気を出すための演出なのかは不明。
ライフジャケットは出航するときに着ればいい。まず腹ごしらえ。
「あ、ありがと。うん。そっちから食べる」
オレはねぎまにチーズバーガーを差し出した。ねぎまはバーガー2個にアップルパイとコーヒー。意外と食う。オレはバーガー2個にポテトとオレンジジュース。
ちゅ
オレからキス。
「びっくりした」
とねぎまが肩をすくめる。
「食う前に」
ちゅ
もう1回。
ちゅ
ちゅ
ちゅ
とんとんとん、とねぎまがオレの胸を軽く叩く。
「お腹空いた」
「ん」
仕方がない。キス、終了。
高校生って、なかなかキスする場所がない。そんなオレにとって、この船はイロイロなことをできる恰好の場所。なのに、色気より食い気か。食った後って、キスが食べ物の味んなるじゃん。恥ずいじゃん。
「ポテトちょうだい?」
ねぎまにオネダリされてポテトを食べさせる。あーんとねぎまが口を開く。こんなことが楽しい。
「太るぞ」
「ひっどーい。いつも思う。宗哲クンって、女の子に優しくないよね」
「優しいから忠告してやってんじゃん。ははは」
「もうっ」
「オレ、1口アップルパイ食べたい」
「しょーがないなー。はい」
あーんと口を開けると、ねぎまがアップルパイをオレの口に近づける。咄嗟にぱこっとねぎまの手にかぶりつく。「きゃ」とねぎまが驚く。
「ははははは」
「そんなことばっかりして」
「あ、アップルパイ。あ~あ」
ねぎまは残りのアップルパイを自分の口にほおり込んでしまった。くっ。
「うふっ。ほら、まだあるの」
じゃーんと入れ物に残っていた一片を出してオレに見せびらかす。
「あーん」
オレがぱかっと口を開くと、ねぎまはアップルパイをほおり込んでくれた。
シアワセ。
食事の後はクルージング。ミナト達のバンドは3時ごろ。ゆっくりと横浜の景色を楽しみながら行けばいい。赤レンガ倉庫、ランドマークタワー、インターコンチ、マリンタワー。
快晴。海から陸方向に吹く海風はやや強いが波は穏やか。
少し陸から離れた場所でエンジンを止めて、ねぎまにキス。
バーガーとコーヒーの匂い。お揃い。
ちゅ
あわよくば、いつも眺めることしかできなかった胸くらい触ってみたい。
ちゅ
ちゅ
キスをしながらどの辺まで許してもらえるのかを推し量る。
ちゅ
なんか。今日、イケるかも。
ちゅ
イケるんじゃね? 胸くらい……。
ちゅ
オレが意を決した、その時だった。
ぶーぶーぶーぶー
ねぎまのスカートのポケットからスマホの振動する音が聞こえた。
無視してくれると思ったのにさ。
「はい。根岸です」
けち。
めっちゃすぐ電話に出てるし。
「はい。はい。ええ! はい」
ぴっ
タップして通話を終了した後、ねぎまは血相を変えた。
「宗哲クン、すぐに船をはまみらいウォークの方へやって!」
「え。何。誰から」
「まず、船!」
ねぎまに大声を出され、オレはエンジンをかけた。
よく分からないが、かなりの緊急事態っぽいからスピードを上げて行く。
「どした?」
舵を取りながらねぎまを見た。
「電話はすなぎもちゃんからだったの。はまみらいウォークに石爺やサイモンさんが行ってるんだって。そこで東京のお友達10人くらいに虫歯の治療をするために」
「へー」
それだったら、急ぐ必要なんてない。
「すなぎもちゃんは研究があったから、虫歯治療の歯胚や道具をサイモンさんに預けてて。それでね、あの歯胚って、タバコの煙と反応して爆発する可能性があるって」
「は? ばくはつ?」
「サイモンさんに連絡がつかないって困ってる」
「なんだってぇぇぇ?!」
「今、私もサイモンさんに連絡してるけど反応なし。もし、はまみらいウォークのとこのイベント会場の辺だったら、人がいっぱいで着信に気づいてないのかも。すなぎもちゃんはとにかくこっちに来るって言ってる」
ウイ―――ン
ゴ―――ゴ―――
船の速度を上げた。
盛大に水しぶきが上がる。ときどき、海面の上を船がてんってんっと跳ねる。
大急ぎではまみらいウオーク方面を目指す。
ねぎまは、ライブを見に行くと言っていたももしおや出演者のミナトにも連絡している。
「な、すなぎもに爆発規模を聞いて」
オレはねぎまに頼んだ。
「あ、すなぎもちゃんから鬼のようにLINEが。たぶん、電車の中で電話できないんだと思う」
「LINE、なんて?」
「横浜の爆発のとき、漏電って新聞に載ったけど、サイモンさんがコンセントもさしてないのに部屋の電気をつけたくらいで漏電するのはおかしいって。そしたら、すなぎもちゃん、1箱、試験管を忘れて入れ物だけ持ち帰ってたみたいで。しかも歯胚が残ってる方10本」
「マジで?」
「『割れたガラスが床にあったから試験管が原因じゃないか』ってサイモンさんに言われて、歯胚を調べてたんだって。今やっと、タバコの煙の中の何かに反応して、歯胚が大量の気体を発生するってことが分かったって」
「爆発の大きさは?」
「ちょっと待って。あ、来た。試験管1本の場合は半径1mにガラスが飛び散る程度」
試験管を頭に思い浮かべる。透明で薄くてカーブしたガラス。
オレはその破片に近いものを見たことがある。試験管より分厚かった。厚さ1ミリ程度。
場所はテニス部の部室の窓の桟。




