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悲観の中に身を置くべきときもある

10畳ほどの縦長の診察室。

すなぎもは、真ん中にある患畜の診察台に腰をもたせ掛けて旨そうにタバコを吸う。診察台の下には座り込んでタバコを吸う石爺。Mr.サイモンはキャビネット前で1mの距離を置いてすなぎもを正面から見ていた。そして、ときどきタバコの灰を払いに診察台の上にある携帯灰皿に手を伸ばす。


ミナトとMr.サイモンの視線を感じたからか、すなぎもは下を向いてふっと笑った。それから自分が持ってきたバッグの中から試験管が10本入ったプラスチックの箱を2つ取り出した。

試験管、20本も持ってきたのか。だよな。じーさんら、虫歯だらけだもんな。前歯1本だったり。

すなぎもは、口にタバコを咥えて大きく煙を吐きながら、1本の試験管の蓋を開けてから閉める。


「なんか複雑。自分が被験者第1号になりたかったんだけどな」


言いながら、また別の試験管の蓋を開けてから閉める。すなぎもの口にあるタバコは、真っ赤な口紅をまといながら喋るたびに少し揺れる。


「すなぎもちゃん、何してんの?」


ももしおが聞く。


「ん? 培養液が零れないように蓋を締め直してるの。どれを使ったのか確認しながら。結局歯胚を埋めたのは2カ所だけ。他は虫歯に定着させたの。使ってないのが10本分かぁ。上手くいくかな……」


「大丈夫だよー」

「大丈夫です!」


ももしお×ねぎまはすなぎもを励ます。オレは人体実験にかなりびびってるってのに。


3人がタバコを吸い終わるのを待って、ミナトとオレは、ももしお×ねぎまと一緒に雑居ビルを出た。


すなぎもは歯を削る機械を次も使うため、研磨する先の部分の型番を調べてから帰ると言った。Mr.サイモンは「女1人じゃ危ない」と残った。


道路に出ると、石爺は台車をキックボードのように乗りこなして、嬉しそう。


「あ、私もやりたーい」


ぴょん


ももしおが台車の石爺の後に飛び乗ろうとする。

が。石爺は自分がキックボードをすることに夢中。道路を蹴ってゴーゴーとスピードを上げていく。一心不乱。オレらの存在忘れてるし。

夕暮れの中、石爺はどや街方向へ風を切る。それを追いかけるももしおの声が「待ってぇ、私もぉぉ」と遠のいていった。





その日の夜、横浜の雑居ビルで小さな爆発事故があったことを知ったのは2日後だった。

教えてくれたのは、ももしお×ねぎま。

すなぎもから連絡があったらしい。

4人のグループLINEに入ったももしおからのメッセージは、これ。


『ヤバイ』


昼休み、体育館の外階段に召集された。ももしお×ねぎま、ミナト、オレ。


「大変、大変」

「大変なの」


ももしお×ねぎまが珍しく深刻な顔をした。


「「なに?」」


ミナトとオレは、それでもまたいつものようにくだらない話だろうと思っていた。


「横浜の爆発事件、うちらが行った動物病院なんだって」


ももしおが眉根を寄せながら報告した。


「は?」

「爆破事件?」


ミナトとオレは寝耳に水。


「新聞の地方欄に小さく載っただけなんだけどね、あの動物病院であの日、あの後に爆発があったの」


とねぎま。その先はももしおが説明してくれた。


「すなぎもちゃんとMr.サイモンがビルを出て、しばらくしたらビルの方からなんか大っきな爆発音が聞こえたんだって。で、ビルや近所の人が道路に出てきてたって。見て、見て、これ」


ももしおはスマホの動画ファイルを再生した。


見覚えのある室内。

外へは光が漏れない、オレ達が歯を削る機械を返した部屋。

けれど、部屋の電気は消されたままの撮影だった。懐中電灯のような光に頼っているらしく画面は暗い。

映し出されたのは、斜めになったフィラリア予防のパネル、棚から落ちた小さな箱や容器、歪んだキャビネット、床に散らばるガラス。

それらを映した後、画面は部屋の中央辺りからぐるっと360°を収めてあった。再生時間約40秒。


「ひどっ」


オレは驚きの声を上げた。暗くてよく見えないが、キャビネットのガラスが割れたらしい。


「ほら、こっちと比べてみて」


ねぎまが2日前に撮りまくっていた写真の数々を見せてくれた。

比べると、まるで違う。


最後にあった、部屋を360°映した映像から判断すると、爆発被害は縦長の10畳ほどの診察室、約半分。

そして爆発被害があった辺りの壁際には、例の歯を削る機械が鎮座していた。


「この動画は?」


とミナトが聞くと、


「サイモンさんがこっそり撮って来たんだって」


とももしお。

Mr.サイモンって怖い物知らずだよな。事件の後、現場に行くなんて。捕まるじゃん。

他のじーさんらが言うように青い血かも。


「爆発前を知らない人には、爆発の被害なのかただの廃墟か分かんねーって。大丈夫。誰もオレらがいたなんて知らねーし」


ももしお×ねぎまを安心させるためにも、オレは明るい声を出した。

でもなー。石爺、派手に台車をキックボード代わりにしてたからなー。動物病院まで行くときに監視カメラがない場所を通った意味、全くなくなったし。

あの後すぐ、石爺に追いつけなかったももしおは戻って来た。で、一応、オレ達は監視カメラのことを気にしながら駅まで歩いた。


「新聞には『漏電の可能性』って書いてあったの」


ねぎまが教えてくれた。

漏電?

だから暗がりで撮影されてたのか。ブレーカーが落としてあったんだな、きっと。


「じゃさ、あの、歯を削る機械がヤバかったってこと?」


オレは迷推理を披露した。壊れていたものを素人が直したなんて代物。


「「「そっか」」」


他の3人が納得。


オレ達はバカみたいに危機管理能力が甘かった。





どや街のことは敢えて忘れた。犯罪がらみとは縁を切りたい。

もう1つ、ミナトがすなぎもに複雑な感情を持っているんじゃないかってこともある。





LEDライトに照らされるミナトの横顔からは、感情を読み取ることはできない。元気があるのかないのか、すなぎものことを気にしているのかしていないのか。


「明日は、エレクトリックバイオリン使う」

「へー。かっけーじゃん」


SOGO裏、はまみらいウォーク手前の野外広場。

ミナトがライブをする場所を下見に来た。ももしお×ねぎまも一緒。


ライブは明日、土曜日の午後3時ごろの出番。


部活後ですっかり夜。ぽつりぽつりとカップルがいちゃつき、家路を急ぐビジネスマンが足早に通り過ぎる。


SOGOとOIOIの間を歩いてくると、突き当り正面左にステージが設営されていた。

はまみらいウォークの橋を渡る人は、足を留めてステージを観て行くだろう。はまみらいウォークへの幅広い通路の隅にステージがある恰好になっているから。

ステージといってもローカルなイベント用。60センチくらいの高さしかない。ステージの両側についている階段はたったの2段。広さは体育館のステージの半分もないくらいに見える。

それでも、学祭じゃなく公衆の面前でライブをするなんて何気にすげーじゃん。横浜の中心、駅近く。

明日の天気予報は快晴。きっと周辺は買い物客や観光客で溢れかえる。


オレは明日、船で海からライブを聴く予定。ミナトのバンドがBBの曲をすることは、SNSで広まっている。我が校のファンだけでも凄そうなのに、近隣の女子高生なんてやってきたら、もみくちゃにされる。安全第一。

ってこともあるけどさ、第一は、やっぱ、ねぎまと2人でゆっくりできる空間がいい。

海からじゃライブは見えないだろうけど、聴ける。

きっと、誰かが動画をYouTubeにアップするだろうし。



イベント会場の下見を終わり、すぐ横のはまみらいウォークの橋を渡る。グッドデザイン賞にもなったスタイリッシュな橋は、上流側に透明な屋根がついている。下流側はすかーんと景色を見渡せる。


「聞いて聞いて。カレったらね、私に早く会いたくて、大阪観光を途中でやめて横浜に来たんだってぇ」


Dが大阪食い倒れコースから戻って来た。ももしおは、締まりのないでれでれの顔をしている。

カレなんて言っちゃって。まだカレカノじゃねーじゃん。ちょっとからかってやろ。


「へー。実は大阪で他の女の子と食い倒れしてきたのかもなー」


ぱこーん


()って」


なんとオレの頭をスマホで叩いたのはねぎま。


「そんなわけないでしょ!」


ねぎまに怒られた。


「冗談だって。冗談」


冗談だと言ったのに、ももしおの顔が見る見るうちに歪んできて、ぽろぽろと泣き始めた。


「ひどーい。宗哲君。私だって、そうかもしれない、そうじゃないかもしれないって、不安で不安で。本当は大阪に行っただけじゃなくって、京都にはんなりした女がいるかもって、パリにはパリコレモデルがいるかもって、ドバイには石油王の人妻がいるかも考えちゃってるのにぃ」


あららら。やばっ。

てか、想像力逞しすぎ。どんだけ特殊なタイプだよ。


ねぎまは、キッとオレを一睨みしてからももしおを抱きしめた。


ぽよん


ねぎまの胸にももしおの頬が埋もれる。


「シオリンみたいにステキな女の子が、世界に2人もいるわけないじゃん。そんなこと考えちゃダメだよ。女の子は笑ってなきゃ。いつものシオリンが1番可愛いよ」


困ったオレは、ミナトに助けてと視線を送った。「しょうがない」とでも言うように、ミナトはふっと軽く息を吐いてから魔法の言葉を紡ぎ出す。


「ももしおちゃん、元気出しな。いつもみたいに楽しいこと考えて。オリエンタルな日本の異国情緒あふれる横浜。ほら、波の音を聴いて」


耳を澄ませば遠くにカモメの鳴く声。波の音、聞こえねーし。ここは東京湾の更に奥の奥。波は極めて静か。しかも河口付近といえども川。


それでも、ももしおはぴたっと泣き止んだ。

目を大きく見開いて幻のウサギの耳をピンと立てる。


「元気出ること思い出した!」

「なに? シオリン」


ねぎまが顔を上げたももしおを見つめる。


「もうすぐパラシュートが届くの」


ささっとオレは目を逸らした。ガン無視。


「へー。ももしおちゃん、注文したのって結構前じゃなかったっけ?」

「うん! 船便だったから」


ミナトの質問に晴れやかな声で答えるももしお。

痛いほど視線を感じるが、決して振り向いては行けない。ヤツは悪魔だ。人のペースを狂わせ、巻き込み、翻弄する天才。


「シオリン、元気出た?」

「うん! 今日、家に届いてるかも。そしたらお披露目するね♪」

「きっと似合うよ、シオリン」

「だよね。着物やモードやヒジャブが似合う女なんて目じゃないよ。私、きっと、パラシュート似合っちゃうもん♪」


パラシュートが似合う女ってどんな? ツッコミたいのは山々だがそっとしておこう。関わらないことが最優先。


この後、ミナトはライブ前最後のバンド練習。ももしおはデート。

ねぎまとオレは、この辺りの水際の暗がりにいるカップルに紛れる予定。


キィキィと鳴きながら、カモメがももしおの顔の横を飛んでいく。





実は昨日、木曜日の部活後、ミナトとオレは偶然Dに会った。



その前、Dが大阪で食い倒れてたころ、BBのギタリストのセンセーショナルな記事が出た。

”行方不明””名家の子息””BBを脱退””大学に復学予定””祖父の製薬王余命わずか”

こういった類の記事は、真偽が不確かだ。


真偽の如何に関わらずファンにとってはショックなことで、ネットには嘆きの声が吹き荒れた。


”泣きのギターがなくなったらBBじゃない””大学生だったの?!””ファンのために活動を続けてほしい””じーちゃんが薬王なのは関係ない。DはD”


BBの女性ファンはほぼボーカルのロジャーのファン。日本では顔も覚えられていないだろう。ネットの声は男性ファン。多くはギター小僧。



ミナトと同じバンドのギター小僧もがっくりと肩を落としていた。


ライブを2日後に控えて、ミナト達はバンド練習に余念がない。スタジオに行く途中のバンドメンバーとばったり会って「元気出せって。泣きのギター楽しみにしてるー」なんて挨拶をしてたんだよ。横浜駅で。


ぽん ぽん


『ハーイ。そーてつ、ミナト』


そのとき、Dがミナトとオレの肩を叩き、声をかけてきた。


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