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不法侵入&窃盗

ねぎまはじーさんに確認した。


「治療はサイモンさんがしたんですね?」

「おう」


本当にMr.サイモンが治療したのか。漢。

しばらくすると、さっきMr.サイモンの部屋へ入って行ったじーさんが口を開けたままで出てきた。下の前歯が虫歯でぎざぎざだったじーさん。自分の口を指差して頷いている。


見たくはないが見えてしまった。

下の前歯の周りが透明のもので覆われていた。薬が定着するボンドの役目をすると聞いたものだろう。

しゃべると下の前歯が上とくっついてしまうから、口を開けたままにしている。苦行。


3人目のじーさんの治療が終わったとき、待つことに飽きたらしいももしお×ねぎまは、石爺の部屋に行っていた。オレは石爺の汚部屋が苦手だから廊下にいた。それはミナトも。

いや、違うかもしれない。ミナトは治療が終わったら即、部屋に踏み込めるように張っていたのかも。


コンコン


「入ります」


ミナトは3人目のじーさんがMr.サイモンの部屋から出てくるや否や、ドアをノックした。


「カモン」


返事を待たずにドアを開けたミナトは、部屋の中に入って行った。オレも続きたかったが、なにせ部屋は4畳。ドアを開けたまま廊下でつっ立っていた。


「Mr.サイモン、それはどこに忘れてありましたか?」


背中しか見えないが、ミナトの声にいつもの柔らかさがない。

そういえば、前回来た時、オレが最後に忘れ物チェックしたんだっけ。すなぎもが寝ちゃった日。


Mr.サイモンはく顔の左側をくしゃっとさせた。


「オレが隠した」

「「「ええ!?」」」


ミナトとオレだけでなく、すなぎもも一緒に驚いている。


「そんな。どれだけ探したと思ってるんですか!」


すなぎもがMr.サイモンに詰め寄った。探したのか。当たり前だよな。


「堅いこと言うなよ」


Mr.サイモンは両手を前に出してのけ反り、すなぎもの怒りから身を守る。


「私、大学の研究室も自分の部屋も探して、通った道を探して。前もなくしたとき焦ったけど、今度はもっと。でもきっと、拾った人がいても何か分かんないし、だから、大丈夫って自分に言い聞かせて」


え、「前もなくした」って? そういえば、すなぎもって、意外とそそっかしいタイプだったっけ。


「まぁまぁ。結果オーライだろ? ねーちゃんは人間で試してみたかった。オレは虫歯が治った」


両掌を上に向けてMr.サイモンはオーバージェスチャー。


「失敗したら、どうするつもりだったんですかっ」


オレは真剣にみんなの意見を代弁したのに、Mr.サイモンは笑い飛ばした。


「はっはっは。どーってことない。それはそれで面白い」


は? 面白いって。いろいろと尺度が違いすぎる。


そんな深刻だかなんだか分からない話をしていると、隣の部屋から歓声と笑い声が聞こえてきた。ももしお×ねぎまの声。壁が薄いのか筒抜け。


「きゃははっはは。すごーい。削れちゃう」

「ふふ。あははは。ふふふふふ」


キィィィィィィィン


「マイマイ、これもこれもー」

「まかせて。うふっ」


キィィィィィィィィィィィィン


「きゃはははははは」


なんだなんだ?

Mr.サイモンの部屋にいた4人は顔を見合わせた。

廊下に出ると、隣の石爺の部屋のドアは開け放たれていて、ももしお×ねぎまの声と何かを削る音が大音響。

部屋の中では、ねぎまがシャープペンやフォークになにやら彫刻を施していた。もちろん、歯を削る機械を玩具にして。


「あ」


オレ達に気づいた石爺が声を上げると、ピタリと静かになった。ねぎまの手にはS字型のフック。

雨の日に横浜駅で見た石爺の後ろ姿を思い出す。このS字フックでビニールがさが石爺のリュックにぶら下げられていた。


「「……」」


イタズラを見つかったがきんちょのようにびくびくするももしお×ねぎま。

だが、Mr.サイモンはそのことには触れもせず、


「返しに行くか」


と一言。


「おう。また借りよう」


石爺は機械のコンセントを抜いた。中にあった水の入ったタンクを取り出して、がらがらと窓を開ける。

まさか。

そのまさかだった。

石爺は窓の外に水を捨てた。一応、下に人がいないことを確認はしていた。相変わらずモラルとは無縁。


ねぎまがちょいちょいとオレをつついて、S字フックを見せてくれた。金属製のS字フックには「いしじい」と1ミリ角ぐらいの文字が掘られていた。ねぎま、器用。褒めて欲しそうだったから親指を立てて「いいね!」のサイン。


「ねえねえ、この機械ね、石爺が拾ってきたんだって。すごくない?」


ももしおが嬉しそうにオレ達に教えてくれる。

が、聞いていたはずだ。「返す」とか「借りる」って言葉を。

こんな大きな機械、道に落ちてるわけねーじゃん。


「石爺、どこで拾ったんですか?」


勝手に借りてきたんじゃないことを祈りつつ、オレは石爺の顔を見た。


「ん? 潰れた犬猫の病院。壊れとった。サイモンが直した」


なんと。石爺が拾ってきてMr.サイモンが直したものというのは、パソコンではなく、歯を削る機械だったのだ。

よく見ると、ペンのようになっている削る部分と機械を繋ぐチューブのようなものにビニールテープが巻いてある。どこをどう直したのか、石爺の部屋の隅には半田ごてやドライバーがある。

いやその前に。


「動物用なんですか?!」


オレの驚きの言葉に「人間も動物だろ?」とMr.サイモンから返って来た。


なんでも、石爺が時折ごはんを貰っていた動物病院が何年も前に廃業したのだそうな。院長が歳をとり、跡継ぎがいなかったから。動物病院でごはんを貰うなんて、石爺、野良猫みたいに思われてたんじゃん? 動物愛護的な感じで。

優しい先生で、石爺が仕事で怪我をしたときに治療してくれたのだとか。それって、動物用の薬使ったんだよな。たぶん。


「ねーねーねー石爺、それ、どこ? ここから近いの?」

「今は使ってないって、廃墟ですか?」


俄然、目をきらきらさせて元気になった、ももしお×ねぎま。


「ち、ち、ち、ちか、近い」


超絶美少女2人にずいっと顔を近づけられた石爺は、緊張したらしく、どもりながら視線を背けた。


「行くー!」

「行きたいでーす」


ももしお×ねぎまは、右手をピンと挙げた。

なんでこいつらって、こんなに怖い物知らずで元気なんだろ。


Mr.サイモンが怖くて口に出せないが、それは恐らく不法侵入&窃盗。捕まる。


「遅いから、オレらは帰ろう」


とオレ。


「特に女の子は」


とミナト。ミナトはすなぎもを見つめていた。


「宗哲君とミナト君は帰れば?」

「私たちはお手伝いします。うふっ」


ももしお×ねぎまは石爺とMr.サイモンに笑顔を見せた。

何をどう手伝うんだよ。力仕事は男に任せればいいって。2人ともじーさんといえども日雇いで鍛えて力持ちだから。


「私は帰るわけにはいかないかな」


すなぎもはミナトを見つめ返した。まあ、そうだよな。知らなかったとはいえ、すなぎもの研究。


ってことは、ミナトもオレも帰るわけにはいかない。仕方なくオレは、逃げる準備としてアキレス腱を伸ばしたのだった。



長径50センチ、短径30センチといった感じの楕円の筒状。高さ90センチ。重さ不明。

さすがに人生の先輩方に重い物を運ばせるのは気が引ける。ミナトとオレで安宿の廊下と階段を運んだ。持ちにくいが、見た目ほどは重くはない。安宿の外に石爺が台車を出し、それに乗っけた。ささっとMr.サイモンが段ボールを被せる。

その様子に、悪いことなんだと気分がずんっと重く沈んだ。


はぁ


溜息。


台車に乗っけてからは、石爺とMr.サイモンの道案内で進む。


「ちょっと遠回りになるが、監視カメラのない道を通ろう」


このサイモンのセリフ。とうとうオレも悪事に手を染めてしまった。

20分ほど歩いて到着したのは錆びれた雑居ビル。


雨の日にビルの外で寝ていたら、「中で休みなさい」と親切にしてくれたと石爺は懐かしそうに語る。


「寝るとこなかったら、いつでもここから入って寝ていいって言った。鍵の場所教えてくれた」


石爺は自慢げに窓枠の下に手を入れて、そっと鍵を引っ張り出した。

いやいやいや。それは廃業する前のことだと思う。


正面ではなく、1階の裏口から入った。裏口は元動物病院専用だった。


そこにはケージがたくさん並んでいた。きっと患畜を入れていたのだろう。そのスペースを通り過ぎると、診察室らしき場所があった。


パチ


石爺はその部屋の電気を点けた。


「見つかったら……」


ミナトが言い終わらないうちに「大丈夫」とMr.サイモン。


「ここは窓がなくて光が漏れない。隣にはテナントも入っていない」


ミナトとオレが重い機械を運び込んで段ボールを畳んだ。

さあ、逃げよう。早く逃げよう。今逃げよう。

クラウチングスタートをしたいくらいのオレに反して、ももしお×ねぎまはきゃぴきゃぴと廃墟写真を撮りまくり。


そんなとき、すなぎもが言った。


「ねぇ。タバコ吸っていい?」


さすがにもうミナトは驚いていない。

アッシュグレイの髪のすなぎもは、隠す素振りもない。 


「オレもほ、ほ、欲しい」


石爺がどもる。

すなぎもは今日のお礼を言いながら、石爺とMr.サイモンに1本ずつタバコを渡した。


カチッ


ライターを取り出したすなぎもは、石爺のタバコに火を点け、自分のタバコに火を点けた。

火を欲しがったMr.サイモンは、タバコを咥えたままのすなぎもに、タバコを咥えたままで近づく。

あっと思った瞬間、Mr.サイモンは少しかがんで顔を傾け、すなぎものタバコの先端に自分のそれを合わせた。

じりじりとタバコの先端がオレンジ色に輝き、2つのオレンジになって分かれる。Mr.サイモンのタバコに火が点いた。

なんだか妙に(なま)めかしかった。


3人は一仕事終えた一服を味わう。


オレはミナトの視線の先はかり気にした。すなぎも、携帯灰皿、タバコの煙、Mr.サイモン、すなぎも、Mr.サイモン。ミナトの視線はブラウン運動のように不規則に漂っていた。


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