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きっちり守ってやる

口の周りをタオルで拭い、Mr.サイモンは結果を報告した。


「成功だな。ネズミの歯ぁみたいには伸びなかった」


すなぎもがMr.サイモンをネズミの代わりにしたってことか。確かに自分に虫歯を作るよりも手っ取り早い。でもさ、それってどーなの?


「すなぎもちゃん、サイモンさんに頼んだんですか?」


オレよりも先に、ねぎまが質問した。いつもはとろろんとしたタレ目が鋭くすなぎもを睨んでいる。怖っ。

それを遮るようにMr.サイモンは笑った。


「はっはっはっは。違うよ。このねーちゃんは、オレの部屋に歯の種やらなんやらを忘れてったんだ。自分で試そうとして、持ち歩いてたやつを」


「え、じゃ、Mr.サイモンは自分で歯茎に歯胚を埋めたんですか?」


パニック混じりにオレは聞いた。だってさ、薬を飲むとか傷口に絆創膏を張るってのとはわけが違う。


「奥歯の歯が抜けたとこに、歯の種を注射器で埋めてみた。位置は適当だ。人間がネズミに植える程度だったら、多少ずれても問題ないだろうってな。はっはっはっは。ほおっておいたら歯が生えてきた」


くらっと軽く眩暈。自分で自分の歯茎に注射なんて。


「注射器まで持ち歩いてたんだぁ、すなぎもちゃん」


ぱちぱちぱちぱち


能天気ももしおは手を叩く。


「いや、注射器はちょっと、別ルートでもらった」


Mr.サイモンの言葉は聞かなかったことにしよう。ここは横浜。そしてMr.サイモンはOUTな男。いくらかブラックなルートだろうことは推測できる。


「サイモンさん、その歯って使えるんですか?」


自分でやったと聞いたら、ころっと態度を変えたねぎまは好奇心まみれ。


「おう。色は変だが、ほぼ人間の歯と一緒。雷おこしも食える」


ちょっと待った。


「『ほぼ』ですか?」


妙に引っかかってしまったオレは聞いてみた。


「弱冠、形が凸凹で、上の歯とかみ合わせが気になる。それに、表面がちょっとざらざらしてて、なんとなく気持ちが悪い。で、削ってもらった」


だからさっき、石爺の部屋で削ってたのか。


「「すっごーい!」」


ぱちぱちぱちぱち


ももしお×ねぎまは手を叩いて感激している。

ミナトは無言。


「こっちも見てみな」


そう言うと、Mr.サイモンは、今度はいーっと口を開けて前歯を見せてくれた。


「げっ。あ、すいません。つい」


オレは思わず上げてしまった声を謝罪した。

Mr.サイモンの上の前歯の1本は紫色に縁どられていた。タバコのヤニでグレーっぽくくすんだ歯の周りを縁取る鮮やかな紫色。その紫はどう見ても、奥歯と同一のものに違いなかった。


「「すごーい!」」


ぱちぱちぱちぱち


ももしお×ねぎまはまたまた手を叩いて大感激。


「前歯のざらざらは自分で削った。でも、奥歯はちょっとできなくてな。石さんに頼んだんだが、怖いから嫌だってさ。失敗してもいいって言ったのに」


なんだって? 前歯を自分で? このじーさん、歯科治療を自分でやったってこと?!

驚くオレ達の前で、すなぎもは厳しい顔をしていた。

そして初めて口を開いた。


「私、今日呼ばれるまで知らなかったの」


そこで反応したのは、ずっと黙っていたミナトだった。


「いつの間に連絡先を交換してた?」


……。

ミナトの声から弱冠の怒気を感じる。一応、自分となんやかやあった女が他の男と連絡先を交換するのは面白くないってことか。


「あ、それは私なの。うふっ」


にっこり微笑んだのはねぎま。えっ。


「マイ、連絡先交換したって? いつ? ずっと連絡取り合ってたってこと?」


これはカレシとして黙っていられない。嫉妬心丸出しの分かり易いオレ。じーさんといえど、♂。しかもMr.サイモンはクリント・イーストウッド似のハードボイルド。若い女の子をたぶらかすなんて朝飯前だろう。


「石爺にMr.サイモンを紹介されたときに。ね、シオリン」


ねぎまはももしおを見て、こてっと首を傾ける。え、そんなに前。


「ね、マイマイ。だって、石爺はスマホ持ってないんだもん」


ももしおもこてっと首を傾げて答える。


「Mr.サイモンがすなぎもちゃんに連絡取りたいって言ったから、私がすなぎもちゃんに連絡したの。うふっ」


ねぎまは「私、いいことしたでしょ」的に微笑んでいる。

これ以上何か言うのはやめておこう。オレの心はミジンコ並みに小さいが、それを悟られるわけにはいかない。


「ま、そーゆーこった。ねーちゃん、持ってきた?」


Mr.サイモンはすなぎもに目配せした。


「はい。歯胚も虫歯の部分に植え付ける分も。でも、そんなことしていいのかどうか」


すなぎもが腕組みをして下唇を噛んでいる。


「いーんじゃないか? したいっつってんだ。オレはねーちゃんのことは喋ってない。さっき言ってた倫理がどうとか良心のなんちゃらがあるってなら注射やなんやらはオレがする」


なんだかMr.サイモンとすなぎもの間で見えない話が進行している。


「倫理ってことよりも、失敗したときに責任が取れないので」


責任という言葉を聞いて「保身かよ」なんて思っているオレの目の前で、漢サイモンが不敵に笑った。


「安心しろ。文句なんて言わせねぇ。ねーちゃんのことはきっちり守ってやる」


ここまで言い切れるなんて。

何のことか話は見えないけど。


Mr.サイモンはスマホでどこかに電話した。


「カモン」


それだけ言ってスマホをテーブルの上に置いた。

しばらくすると、ドアがノックされた。既に4畳の部屋に6名。どう考えても、部外者はオレ達だったので、ももしお×ねぎま、ミナト、オレは部屋の外に出た。


ドアのところにはじーさんが3人。


「マイマイとシオリン、来とったのか」

「元気にしとっと?」

「オレんとこで、茶ぁでも飲みまし」


様々なお国言葉でじーさんはももしお×ねぎまに声をかける。


「「「「こんにちはー」」」」


石爺周辺の顔見知りのじーさん。野郎のミナトとオレには会釈だけして、3人はMr.サイモンの部屋に入って行った。かと思うと2人は出てきた。


「どーしたんですか?」


出てきた2人に尋ねると、2人は嬉しそうに顔をほころばせた。


「1人ずつだとさ」

「部屋ぁ、狭いっちゃね」


更に2人は会話を続けた。


「虫歯が治る魔法の薬があるってな」

「そうやちゃ」

「サイモンが雷おこし食っとったで」

「食うとった。食うとった」

「ケンタッキーの軟骨も噛み砕いとった」

「そうやちゃ」


どうしてこんなにもいいとこしか見ない人間がいるんだろ。


「その薬って、まだ人間に使えるかどうか分かんないんですよ?」


オレが訝し気に聞けば、


「サイモンは人間や」

「そうやちゃ。でも、あの人は青い血が流れとっかもしれんけどな。はっはっは」


豪快に笑う。

大口を開けて笑うじーさんの1人は、上の前歯が1本しかない。もう1人は下の前歯の高さが半分くらいでぎざぎざになっていた。現在虫歯が進行中ってことか。

ミナトが忠告した。


「不適合で体が拒否反応を起こして、最悪、死に至ってもいいんですか? 仮に上手くいったとしても、紫色ですよ」


「死」なんて言葉まで遣ったというのに、まだじーさん2人は笑っている。


「にーちゃん、難しいこと言うのぅ」

「上等や。ワシらな、ぽっくり行っても葬式上げてくれる人もおらん。死にたいってわけじゃねーぞ。でもな、今ここであの世ぉ行っても、別にどーでもええ」

「そうやちゃ。歯が何色でもどーでもええ。紫でもなーんも困らんぜ。はっはっはっは」

「はっはっはっは。スルメ食えたほおがええ」


どや街の人間は、オレ達とは違う尺度で生きている。

ここに流れ着くまでに幾多の困難があり、家族との縁が切れ、日々笑って酒を飲んでいても、抱えているものがあるんだろう。死ぬって聞いて「上等や」なんて。

モノ悲しいんだか清々しいんだか。


ねぎまが2人に話しかけた。


「でも、治療の内容は聞いてから判断なさった方がいいんじゃないですか?」


なんともまあ。実に常識的な意見。が、ここ、どや街の人間は別の解釈をした。


「聞いたよな。痛くないって」


は? そんだけ? それ説明じゃねーし。


「そうやちゃ。でもなぁ、彫もんあるサイモンが言うことやぜ。ちょっとは痛いやろ」

「まーな。でも、ええ。たくさん食ってきたしな」


「たくさん食べたの?」


「食う」に反応したのはももしお。どんだけ食い意地張ってんだよ。


「そうやちゃ。この後3日間、食べられんからな」

「薬塗ったとこ、ボンドみたいなので固めるって」


「ええええええ?!」


ももしおが両手で口を押えて驚きの声を上げた。


「はっはっはっは。シオリン、心配せんでええ。3日ぐらい慣れとる」


3日間の絶食に慣れている……。


「そうやちゃ。シオリンもマイマイも優しい子ぉやな」


ミナトとオレもいるんだけどさ。




キィィィ


目の前のドアが開いて、中から片手で口を触りながらじーさんが出てきた。


「どーやった?」

「痛かったか?」


廊下で待っていた2人のじーさんがかぶりつきで聞く。


「いや。ぜんぜん」


あーんと口を開けて、口の中をお披露目している。見たくない。パス。


「「おおー」」


お披露目が終わると、待っていたじーさんの1人がMr.サイモンの部屋へ入って行った。


ねぎまは臨床実験の被験者となったじーさんの正面に立った。瞳はきらきらと好奇心に輝いている。


「どんな治療だったんですか?」


至近距離のねぎまに、じーさんは少し頬を赤らめた。近づきすぎ。


「いや、最初に『何があっても文句を言わない』ってことで、ちょっとサイモンに脅されたのが怖かったってくらいで」


あー、怖そう。


「脅されたんですか?」


ねぎまがリピート。


「おう。爪をゆっくり1枚1枚剥ぐ拷問の専門家を紹介するとさ。くわばらくわばら」


聞くな。まっとうな女の子が聞いちゃいかん!


「それで、どんな治療でしたか?」


拷問話に怯むことなく、ねぎまは更にずいっと顔を前に出す。

後ずさりしたじーさんは、廊下の壁にぺったりと背中をくっつけた。


「抜けた歯ぁのところに穴ぁ開いとって。そこにサイモンが注射した。穴ぁ開いとったとこやから、痛ぉなかった」


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