面白そうじゃない? うふっ
ギタリストはDと呼ばれていて、本名は載っていない。Dで統一されている。
そのことに関して、本名を詮索したり尋ねたりという情報は見当たらなかった。つまり、誰も名前なんて気にしていないってこと。音楽を聴く人間は、Dが誰であっても、あの演奏があればそれでいいと思ってるんだろーな。Dといえば泣きのギターだが、ギター小僧は、速くてノリのいいカッティングにも痺れているという。
「へー」
「お、宗哲、ボーカルのロジャーのインスタにメンバーが写ってる」
「ん? Dいねーじゃん」
「いないな」
「でも、ドラムの人もいねーし」
「オフってことかも。ワールドツアーの後で」
そもそも、全米のヒットチャート常連バンドのメンバーの動向が分かったら、ファンが押し寄せてプライベートなんてあったもんじゃない。世界の片隅で調べられるわけがない。
「ミナト、もしさ、さっきのDが本物だったら、大学に戻るってことは、バンドを脱退するってこと?」
「脱退?!」
「アメリカの大学って、バンド活動の片手間に通えるとこじゃねーじゃん」
「いや、知らないけど」
通えない。
近くのライブハウスで週1で演奏してるなんてレベルならまだしも、活動は全世界。
Dが日本にいるなんて、実はすんげースクープだったりして。
オレはちょっと興奮気味。お忍びってやつじゃん。
「にしても、バンドマンって、もっとナイス・バディの女豹系が好みだと思った」
BBのイメージからすると、黒革&網タイツのナイス・バディなのに。
「だよな。ももしおちゃんって、真逆じゃん」
ミナトもオレと同じ意見。
ももしおは細長いモデル体型。ボリュームに乏しい。
「口だけは肉食獣だけどな」
年齢=カレシいない歴のくせに。
「萌とは反対」
うっ。
オレ、実はすなぎもの話題は避けてたんだよ。つーか。男同士ってわざわざ聞かない。恋バナは聞かれたら話すって程度のスタンスってのもある。
「反対って?」
「実は肉食獣ってとこ」
あらら。
「本性が分かって引いた?」
なんてったって、清楚で物静かなフリしてたもんな。
「それはない」
「え、そーなの?」
びっくり。ミナトの前のカノジョも前の前のカノジョも清楚で楚々としたタイプだったじゃん。その好みから外れてもノープログレムって?
「ま、正直、ショックではあったけど」
「けど?」
「ガードゆるかったし、慣れてる感あったから」
「へー」
慣れてる感ってなに? それ、分かるもんなの? 教えてください、ミナト師匠。
「自然消滅かも」
「ミナトはそれでいーわけ?」
「去るもの追うほどの気力ないってゆーか」
色恋に能動的なミナトって、イメージが湧かない。
だいたいモテ過ぎるし。
その夜、4人のグループLINEに連絡があった。ミナト達のバンドのライブは、午後3時ごろになる予定って。
毎週水曜日は全校一斉に部活がない。
これは勉学のためという理由。
そんなことは名目だけ。横浜駅周辺やみなとみらいには我が校の生徒がうじゃうじゃいる。
オレも水曜日はねぎまとデートが定番。
今日は友達に教えてもらった場所へ行く予定。
横浜に張り巡らされた地下通路には、誰も通らない忘れ去られた通路がいくつかあるらしい。その1つ、地下街から商業ビルへ続く通路。もともと人があまり通らなかった上に、商業ビルが改築工事をしているために、現在全く人が来ないとか。さりげなく「これって、どこに繋がってんだろ?」的に迷い込む作戦。
歯も磨いた。体育の後、デオドラントシートで汗も拭いた。よし! 今日こそ。
「マイ」
昇降口で佇むねぎまに声を掛ける。恋人モードON。
ねぎまは、オレを見ると、ふわっと白薔薇のような笑顔を作った。
「あ、宗哲クン」
オレとお揃のベージュのカーデガンを萌え袖にして、右手を繋いでほしそうに少し前に出す。可愛い仕草にきゅんと心臓がよじれる。
「今日、駅ら辺で「マッイマーイ、お待たせー」
ドン
ぽよん
オレを突き飛ばすように押しのけて、ねぎまの胸に顔を埋めたのは、ももしお。
「おい、ももしお。オマエは同じクラスで授業中も休み時間も一緒だっただろ? 放課後くら」
「ううん。授業は一緒じゃないよ。サボってデイトレしてたもん」
言い終わらないうちに訂正された。また株かよ。
「とにかく。カレシ未満とデートしろ」
「今日はね、大阪にお好み焼きとたこ焼き食べに行ってるのー」
庶民派だな、D。京都で寺院巡りじゃなく、大阪で食い倒れコースってとこが、ももしおと合うのかも。
「だからって、おい、待て。待って」
ももしおはねぎまの腕を引っ張ってすたすた歩き始めている。慌てて追いかけるオレ。
「これからシオリンとね、石爺のところに行くの。宗哲クンも来るよね?」
ねぎまが振り向いてオレを誘った。
そんな。歯も磨いたし、デオドラントシートで汗も拭いたのに。で、どーしてオレがついでみたいになってるわけ?
「うぃぃぃ」
「あれ? ミナトも?」
「石爺んとこ行くってLINE来た」
「オレ、今聞いた」
ってことで、ももしお×ねぎま、ミナト、オレが揃った。
「で、なんで、石爺んとこへ行こうなんて思ったの? ももしおちゃん」
「今日ね、すなぎもちゃんが行くって言ってたから。うふっ」
ミナトの質問にねぎまが答えた。
えーっと。ミナトがすなぎもに、自然消滅中に会うとかってどーなわけ?
「へー」
オレはミナトをチラ見しながら返事。
ん? それって、ひょっとして、すなぎもはミナトとの復活を望んでるってことかも。すなぎもがミナトに会いたくて、ももしお×ねぎまを通して会えるように画策した。考え過ぎ?
「虫歯の作り方はもう教わったじゃん?」
ミナトはただ疑問に思っているだけのよう。
だよな。不摂生が大事って教わりながら、Mr.サイモンと酒酌み交わしてたよな。
「めでたく虫歯ができたとか?」
何がめでたいんだか。オレ、言ってて自分でも不明。でもって、祝虫歯だとしても、すなぎもがどや街へ行く必要はない。
「石爺が拾ったものをサイモンさんが直して使ってるんだって。LINEあったんだー」
ももしお、いつの間に友達登録してんだよ。あれ? 石爺ってスマホ持ってたっけ?
「テレビ……はあったよな。パソコン?」
「てか、どーして。それ、もぇ、すなぎもと関係あるっけ?」
ミナトは「萌」と名前呼びしそうになってっし。別にこのメンバーは知ってるからいーのに。
「分かんない。でも、面白そうじゃない? うふっ」
出た。ねぎまの好奇心。
これが発動された場合、オレの力は及ばない。従うしかない。
女には従うに限る。
それが平和。
まあ、きっとパソコンだろうなと予想しつつ、石爺の住むどや街に足を運んだ。
キィィィィィィィン
キィィィィィィィィィィィン
簡易宿舎の階段を上ると、廊下の両側にずらっとドアが並ぶ。その並んだドアの中に1つある、開いたままのドア。そこが石爺の部屋。石爺が靴を脱ぐスペースに物を溢れさせてドアが閉まらない。
廊下を進んで行くと、石爺の部屋の方から甲高い異様な音が響いてくる。
なんか怖いんだけど。
何の音だろ。
電動ノコギリ?
近づくと更にその音は大きくなり、振動まで感じる。
嫌な予感しかしない。
こんこん
オレは一応、石爺の部屋のドアをノックした。
「おう、開いてる」
中から石爺の返事が聞こえた。名乗らなくても、誰でもウエルカム。
「「「「失礼します」」」」
キィィィィィィィィン
ドアを開けると、甲高い音と振動が止んだ。
4畳の部屋にいたのは、サイモン、石爺。ともう一人はすなぎも?
髪型は教育実習のときと同じでも、アッシュグレイ。銀髪に近い。つけまつげバチバチ、口は眩しいほどの赤。黒いニットからは生肩がはみ出し、下はぴったりとしたデニム。
更には、頭に懐中電灯付きのヘアバンドをしている。
すなぎもの横には、デーンと大きな機械。
その機械から直径1センチ弱のコードのようなものが伸び、その先は、すなぎもが持つペンのようなものに繋がっている。
すなぎもの至近距離にMr.サイモンがバスタオルを持ちながら口を開けていた。
石爺は機械を押さえている。
「続けな」
とMr.サイモンがしわがれた声ですなぎもに言うと、すなぎもは無言のまま、真剣な顔をして、ペン状のものの先をMr.サイモンの口の中に入れた。
甲高い音と振動が再開される。
キィィィィィィン
部屋には入れない。狭いのに既に3人もいるし機械がでかい。万年床は丸められ、Mr.サイモンの尻の下。それでもガラクタとゴミで足の踏み場もない。
4人、ドアを開け放して呆然と見学した。
どうも、歯を削っているように見える。
キィィィィィィィィィィン
しばらくすると音と振動が止み、すなぎもはMr.サイモンの口の中を覗く。
そして、Mr.サイモンの目の前でOKのサインを作った。
「よっし。終わった」
Mr.サイモンは手鏡であーんと自分の口の中を見ている。
「あ、あの、こ、こ、これ、どう、どうすれば」
石爺がどもりながら、すなぎもに質問すると、Mr.サイモンが、すっと手を出して機械のコンセントを外した。
「オレの部屋に行くか?」
Mr.サイモンに促されて隣の部屋へ移動した。
部屋の広さは同じ4畳でも、でかい機械がない。なにより片付いている。
石爺は、入れないからいいと言って自室から出てこなかった。
4畳に6人。立ったまま。だったら廊下でよくない? そっちの方が広いし。
すなぎもは、ヘアバンドを外して懐中電灯を点灯し、Mr.サイモンの口の中を照らす。
Mr.サイモンは口を開けて左の下の奥から2番目の歯を指差した。
うっ
タバコのヤニが酷い。
問題の奥歯は、大理石のような模様の紫色。グロ。
マウスと一緒。
なんと、Mr.サイモンは、生体実験の被験者になったのだった。




