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12/23

忘れ物チェックOK

ねぎまとオレが興味津々で九龍城砦らしき話の欠片を拾っている横で、すなぎもがうつらうつらしてきた。

教育実習期間中は、高校での実習の後、都内の大学まで通って研究していたらしい。更にミナトとも会ってさ。そんな二重、三重生活の疲れが出たのかも。


4畳の殺風景な部屋で、すなぎもは少し赤い顔をして寝落ち。


ん?


どどどどっと大勢の足音。

だんだん近づいてくる。

だみ声で「シオリン」「マイマイ」と騒いでいるのが聞き取れる。


「石さん、ずるいぞ」


隣の部屋に人が何人かが入って来た音がする。石爺の部屋ってプライバシー皆無。ドアはほぼオープン状態だもんな。ビーサンとゴミとガラクタでドアが閉められない。


「シオリン! 来とったのか」

「石さん、教えろよ」

「シオリン、元気?」


薄い壁を通して会話はまるっと聞こえてくる。石爺の部屋の中に押し入ってるじゃん。


こんこん


この部屋はノックされた。


「ヤー」


Mr.サイモンが返事をすると、グレー&黒&茶のじーさん達がドアを45度ほどオープン。


「マイマイも来てるんだって?」


この部屋には誰も入ってこなかった。控えめにドアのところから声を出しただけ。ねぎまに手を振っている人もいる。


すくっとねぎまは立ち上がり、ドアのところに。


ぺこり


お辞儀をして、


「お邪魔してます。そろそろお(いとま)しようと思ってたところなんです」


ご挨拶。


「マイマイ、オレんとこで茶ぁだけでも飲んでいきな」

「あれ? ほかにもねーちゃん来とるんか?」

「水臭いなー。ワシんとこにも来いよー」


誰が行かせるか。ってか、なに、このアイドル化してる感じ。

収集つかなくなってきた。撤収だな。


アイドルの出待ちみたいになっている廊下を一瞬通って、石爺の部屋にいるミナトを呼んだ。


「すなぎも、寝た」


ミナトとオレが体を揺すっても起きない。

仕方なく、ミナトはタクシーを呼んだ。

スマホをタップするミナトの眉間に皺ができている。いつもは穏やかに微笑んでいるのに。


「どした?」

「タクシーの運転手にここの住所言ったら、タクシー代払えるのかって言われた」


ミナトが苦笑い。



オレは丁寧にMr.サイモンにお礼を言った。

ももしお×ねぎまは廊下でアイドル状態。なので、ミナトとオレが紙コップやももしおが食べた大量のお菓子のゴミなんかを片付けた。

ももしお×ねぎまにそれぞれのラケットバッグを渡した。

忘れものチェック。OK。


あとは、すなぎも。


猫みたいに丸くなって眠るすなぎもを抱き上げようと、ミナトが踏ん張った。


「っ。ムリ」


びくともしない。

すなぎもの背中に腕を回し、ようは、お姫様抱っこを試みるミナト。


「んっ」


2センチほど床から上がったかも。


どさっ


ムリだって。推定48キロ。そんな塊、床からどーやって持ち上げる?


「にーちゃん、ちょっとどきな」


Mr.サイモンは、すなぎもの左腕を自分の首に回し、ひょいっとお姫様抱っこで持ち上げた。

軽々。

漢。

尊敬。


「「ありがとございまっす」」


Mr.サイモンに従い、部屋の戸締まりをして簡易宿泊所の前について行く。


「力持ちですね。お世話かけます」


どう見ても70歳越えだよな。


「ここらに住んでる人間なら、日雇い仕事やってるから、みんなこれくらいできる」


Mr.サイモンは笑って虫歯を見せた。

そうかも。なんつーか、オレらって軟弱。



わいわいとじーさん連中に囲まれて、ももしお×ねぎまも外に出てきた。



ももしお×ねぎまを取り囲む集団を穏やかに見守るじーさんが1人。タクシーを待つオレ達の傍に立っていた。


「JKは人気があるな」


すなぎもを抱きかかえたまま、Mr.サイモンが1人でいるじーさんに話しかけた。


「べっぴんやしな」


なんて答えている。更にMr.サイモンが軽口を叩く。


「もう自分が年だから、女は熟女専門か?」


なんて。

すると、じーさんはねぎまの臀部に脳内透視のビームを照射した。


「いえとる。シオリンとマイマイもええ。でもなー、熟女の、崩れかけた体の線。若い子とは違う包み込んでくれるようなケツ。ええんじゃー」


ねぎま、もうここ、来るな。




すなぎもとミナトがタクシーに乗り込んだのを見届けてから、ももしお×ねぎまとオレは関内駅に歩き出した。


「部屋の行き来して、みんな仲良しだよね」


ねぎまは無邪気に笑う。

じーさん達の中に、自分をエロい目で見ている人がいるなんて、露ほども思っていなさそう。

頼むから自覚して。自分は男の視線を集める外見なんだって。


「サイモンさんって、騒ぐとこ想像できないんだけどー。ハードボイルドじゃん」


ももしおの言う通り。Mr.サイモンに気さくという雰囲気はない。

それは、石爺の部屋に断りもなくじーさん連中が雪崩れ込んだのとは対照的に、Mr.サイモンの部屋のドアはノックされ、更に人がドアから入ってこなかっがことにも表れている。


オレ、みんな、Mr.サイモンのこと恐がってるんだと思う。



「ねえねえ、石爺って虫歯なかったよ。歯、全部あった」


ももしおが嬉々として話し出す。


「口ん中、見たんかよ」

「うん」


げ――――。

石爺ってたぶん、歯ぁ磨かねーって。タバコを歯磨きだと思ってるって。でもって酒がうがい。


「そういえば、タバコのヤニはついてるけど、ご高齢なのに、歯、揃ってるよね」


ねぎまが目を瞬かせる。

ももしおは人差指をピンと立てた。


「虫歯を作らないコツは、歯を磨かないことだって」

「あら♪」

「んなアホな」


マジで歯磨きしてねーじゃん。


「あとね、何でも骨ごと食べるから歯が丈夫になるのかもって言ってた。お魚の小っさい骨取るのとか、手羽先とか、上手くできないから丸ごと食べちゃうんだって」


想像できる。ごつごつの黒い指は不器用そう。

それに、石爺はあまり間食にお金を遣わないだろう。年金で細々と暮らしているのに、競馬にお金をつぎ込む。飲み食いする金はきっと微々たるもの。虫歯ができるほど食べねーんじゃね?





すなぎもが高校にいたのは短い期間。

オレの周りの日常生活は、すなぎも抜きで動いていた。

どや街へ行った日を最後に、頭の中からすなぎもの存在はまるっと消えた。






学校から坂道を下る途中、愛しのカノジョ、ねぎまが隣でオレを見つめる。


「ん?」

「ううん。なんでもない」

「なにそれ」

「宗哲クンってかっこいー方だよね?」


疑問形かよ。


「聞くくらいなら、方じゃなくて『かっこいー』にして」

「うふっ」


オレから視線を外して前を向いて歩き始めても、まだにこにこと微笑み中のねぎま。


「なんかあった?」

「うふっ。シオリンがね」

「ももしおが?」

「カレシ未満のイケメンを捕獲したんだって」


捕獲って。


「へー」

「だからね、宗哲クンとどっちがイケメンか聞いたの」

「オレを出すな」

「そしたら、ミナト君をぶっちぎるイケメンって」


オレは? オレの存在ってどこ行った?


「あっそ」

「でもね」

「ん?」

「英語しか話せないって言ってた」

「へー。帰国子女?」

「さあ? サイモンさんのお友達みたい」

「サイモンって、あの石爺のお隣さん?」


ダメじゃん。1番危ねー人種じゃん。


「そーみたい。西口の五番街歩いてたら、サイモンさんと喋ってたんだって」

「は? じーさんってこと?」

「歳は聞いてないけど」

「いや、じーさんだろ。Mr.サイモンと一緒にいたってことはジジイじゃん。どや街の人ってことだろ? イケメンなんていたっけ?」


あの集団の中でダントツにイケメンはMr.サイモン。ハリウッドの悪役っぽい。なにせクリント・イーストウッド似。が、他の人達は、たとえ遥か昔の大昔にイケメンだったかもしれなくても、現在はその片鱗もない。人生経験が深すぎたせいだろう。


「そっかなー。英語しかしゃべらないってことは、どや街の人じゃないと思うけど」

「あ、そっか。じゃ、どや街に泊まりに来た、バックパッカーの外国人かな」


最近、どや街の安さがチープな旅行をする外国人観光客に人気が出てきた。横浜の風景は着々と変わりつつある。


「かも。うふっ」

「ももしおにカレシができると嬉しい?」

「うん。シオリンが毎日楽しそうなんだもん」


ねぎまは本当に嬉しそう。オレのカノジョは友達思い。なんていい子。好きになってよかった。


「2人でいるときって、英語?」

「シオリンが日本語で、向こうは英語なんだって」


どっちか譲れよ。


「へー」

「それで、ほとんど通じるって言ってた」

「訳分からん」


ま、ももしおのことだから、食いもんの話くらいしかしてねーんだろーな。


「きっと、愛に言葉はいらないんだよ。ステキ♡」


どきっ


つい、先日の駅での濃厚なキスを思い出し、視線がねぎまの唇にロックオン。

この際、いっとく? 今なんじゃね? 言葉じゃないってことは、ボディランゲージってことじゃん?

不意打ちでキス、いっとく?


迷うとこ約2秒。


ブロロロロロ


ねぎまとオレが歩く横をバスが通り過ぎて行った。男テニ数名が手を振ったり、窓にへばりついてガン見したりしていた。セーフ。

キスしなくてヨカッタ。


なんかさ、高校生っていちゃつく場所ないよな。

キスなんて5分おきくらいにしたい。のに、人目につかない場所は少ない。学校ではお互いに友達と過ごすから2人きりになることはない。行き帰りは公道。観光客だらけの横浜は、デートスポットに違いなくても人だらけ。愛を語ることはできてもボディランゲージはムリ。


ぶぶぶー


微かな振動音に、ねぎまがポケットからスマホを取り出した。


「あ、シオリンから」

「噂をすれば」

「パン屋さんに来てって。カレシ未満を紹介したいって」

「へー」


どんなじーさんなんだろ。イケメンのじーさんとか謎。

英語を話すイケメンじーさんか。

どーせ茶飲み友達だろ。


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