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パシュンッ!


秋雨の向こうから音が聞こえた。


「ん?」


立ち上がって階段の手すりから身を乗り出せば、冷たい雫がぽたぽたとオレの頬を濡らす。


体育館の外階段に昼休みに4人で集っていた。ももしお×ねぎま、ミナト、オレ。

我が校の展望スポット。秋雨に煙るランドマークタワーが遠くに浮かぶ。

水平方向には中庭を隔てて校舎の3階の窓。オレはランドマークタワーを背に音の場所を探した。


「宗哲クン、何か見える?」


雨が降りかかるのも気にせず、ねぎまは手すりに両手を置いて学校の北東の端を見る。

目で探しても、音源はまだ不明。ちらほら雨の中を音がしたらしき方へ走っている人が見える。

ももしおは、手すりにぴょんっと飛び乗って男子部室棟を指差した。

やめろ、向こう側に落ちたら死ぬぞ。


「ねーねー、男子部室棟の1階の横んとこに人が集まってきてるよー」


ももしおが報告してくれた。


「男子部室棟の1階って、まさか、男テニ?」


高校の北東端には男子部室棟がある。サッカー部、野球部、ハンドボール部、バスケット部、バレー部などの棲家。汗と制汗剤の臭いが結界を作り、関係者以外は誰も足を踏み入れたがらない。

その男子部室棟の1階の片隅は、ミナトとオレが所属する男子硬式テニス部。


ミナトは徐に立ち上がった。女子に「セクシー」と評判の指で風に舞うゆるふわウエーブの髪を押さえながら。身長差を考慮しても比較にならない脚の長さの違い。はっきりするから隣に並ばないで欲しい。

ミナトは雨に濡れたくないらしく、屋根が守ってくれるエリアから外には出なかった。


「男テニんとこっぽい」


オレも見ようとするが、ももしおのすぺーんとした無駄な肉がついていない2本の美脚に阻まれて見えねーし。代わりに見えたのは、風に吹かれたスカートの中。


「ももしお、パンツ見えてっぞ」


ジェントルマンなオレは注意してやった。


「見せパンだからいーの」


こともなげに言って、ももしおはぴょんっと手すりから階段の踊り場へ飛び降りる。スカートの中身は全開。


「何があったんだろ。宗哲クン、LINEに何か入ってない?」


ぽよん


ねぎまはオレの腕を揺すりながら聞いてくる。ラッキーなことに、無防備な胸がオレの二の腕に弾んだ。

眉をハの字にして不安気。が、オレは見逃さなかった。長い天然まつ毛の下から好奇心のビームが出ていることを。


オレのスマホにLINE着信の振動はまだない。


「ねーねー、とうとう不発弾が爆発しちゃったんじゃなーい?」


ももしおは顎に人差指を当て目をまん丸にして輝かせている。

縁起でもないこと言うんじゃねーよ。

確かに、男子部室棟周辺に第二次世界大戦のときの不発弾が埋まっているって噂はある。が、戦後70年以上何もなかったんだ。今更、この令和の時代に。




ももしお×ねぎまは、我が校の人気を二分する二人の超絶美少女。清純派天然系美少女「ももしお」こと百田志桜里と、妖艶派癒し系美少女「ねぎま」こと根岸マイ。


清純派天然系美少女と誉の高いももしおは、小顔で手足が長い。透明感があり、澄んだ瞳はこの世の善意の上澄みのよう。が、「清純」は男子の幻想。儲け話が好きな株のトレーダーという顔を待つ。


不思議なことに、ねぎまとオレ、米蔵宗哲はつき合っている。


ねぎまは心配りができて気が利く最高のカノジョ。もちろん外見は申し分ない。スクリーンから抜け出したような目映さ。滑らかな白い肌(未だ堪能したことはない)、優しい眼差し、左目の下に泣きぼくろ。ぽってりとした厚めの唇。緩くウエーブしたセミロング。そして推定DかE。



「さっきの、なんか爆発みたいな音だったよな」


ミナトはそう言いながらあくびをした。


「宗哲クン、男テニんとこで何があったんだろ?

 女子ってあの辺、近づけないじゃん。でも、宗哲クンと一緒ならいいよね?」


ねぎまは見に行きたくて仕方がない様子。男子部室棟周辺に普通の女子は近づかないってのに。

自然発生的女人禁制エリアに行こうとまでするなんて。全く。呆れた好奇心。


「写真撮って来てやるから、来るな」


オレはカレシとして止めた。

学校北東の端、鬼門に当たる男子部室棟周辺は危険地帯。

不発弾だけでなく、ガスが充満しているという噂まである。

ガスではなく実際にあるのは、雨に濡れたまま放置した靴と、汗が染みてカビが生えたなんやかやの悪臭。更にそれらと制汗剤がブレンドされた絶秒な香り。それだけじゃない。部室内のエロ話は外まで漏れ聞こえ、開け放たれた窓やドアからはパン一の生着替えが見え放題。サッカー部の部室前にある連絡用ホワイトボードにはスーパーゴールランキングと共にAV嬢ランキングが書かれている。


「写真、絶対だよ」


ねぎまはぽってりとした厚めの唇の両端を上げた。泣きぼくろを従えた目は嬉しそうにやや垂れさがった。





放課後、男子硬式テニス部2年は部室に召集された。

部員は引退した3年生を除いても約50名。全員は部室に入れず、2年だけが使っているから。


「割れてっじゃん」


窓の部分には黄色と黒の「DENGER]と書かれたテープが張り巡らされていた。


天井の低い部室内で部長は通達した。


「割った人は名乗り出ろってさ。男テニが何か隠してるんじゃないかって疑われてる」


当然そーくるよな。


「ちょっと待った。調べられるわけ?」


オレは焦り気味に質問した。


「それは分かんないけど」


部長は暗い顔をして俯く。


「やべーって!」


何、呑気に意気消沈してんだよ。やることあるじゃん。オレは部長に代わってみんなの目を見た。以心伝心。さすが今まで一緒に様々な困難を乗り越えてきた仲間。部室にいた部長以外は即、行動した。


「タコパの鉄板は入ったけど、お好み焼きの鉄板、ラケットバッグに入んねーよ」

「ガスボンベ、これ、見つかったらアウトっしょ」

「おいー、焼肉のたれ入れるビニール袋、誰かもってない?」

「エロいDVDは?」

「それくらいは見つかってもいいって。まず、素麺スライダー隠せっ」


てんやわんや。

男子部室棟は女子だけでなく教師にとっても未踏の地。

それによって無法地帯と化し、男子硬式テニス部の部室にはバーベキューや鍋、タコパ、流しそうめんの道具が揃っている。それは駅伝の襷のように代々受け継がれている。

いや、オレ達の学年になってから道具は増えたかも。


いつ顧問や校長がやってくるかもしれない中で、オレ達は様々なものを各自のバッグで秘密裏に運び、教室のロッカーに収納した。おかげでオレの教室のロッカーの中は、バーベキューのトングやら焼肉のタレ、紅ショウガでいっぱい。焼き網はロッカーに入らなくて、ロッカーの後ろに一時的に置いておいた。


走って部室に戻ると、様々なものを避難させた男テニ部員と合流。

部室の窓に目をやれば、割れているのは校舎に近い方にある窓の1枚。下の方が割れていた。ガラスは部室の中、1m離れたところにまで散らばっていた。


「あのさ、これ、テニス部の部室が原因じゃねーじゃん」


オレの言葉にみんなが割れた窓の辺りにわらわらと集まって来た。


「「「「「なんで?」」」」」

「部室の外側にはガラスほぼねーじゃん。で、中にあるってことは、外で何かがあって外から割れたってことじゃん」

「「「「「ホントだ」」」」」


かなり初歩的な気づき。


「じゃ、そのこと、顧問に報告してくる!」


部長は嬉しそうに走って校舎の方へ行ってしまった。



パシュンッ! という音が聞こえたのは、午後の授業が始まる少し前だった。

ガラスが割れる音じゃなく、爆発音のような妙な音。

その時、校舎から離れた場所にあるここで何が起こったのかを見た者はいない。

直後に駆け付けたテニス部員の1人に聞いたら、ガラスが割れていただけだったらしい。


部室の外に出て、窓ガラスを眺めた。

壁より少し窪んで窓がついているせいか、窓枠の下には4センチほどの桟がある。その部分にもガラスの破片が零れていた。


あれ?


おかしい。

窓ガラスは分厚いすりガラス状。割れた破片は分厚く緑色っぽい。その中に、透明なガラスの破片を見つけた。明らかに他の破片とは異質。厚さ1ミリほど。しかもそれは円くカーブしている。


カシャ カシャ

カシャ カシャ

カシャ カシャ


連写。即、ねぎまに送信。全体、割れた部分、破片が飛び散った部室、桟の上の透明な薄いガラス。

目を凝らして探せば部室の外側にもそれは零れていて、部室の軒下にある幅1mのコンクリート部分に置き去りにされた、バスケ部の壊れたボール入れの布の間にも。

あらら。あんなとこにも。コンクリート部分より外の土の上にも散って雨に濡れている。それはほんの3ミリ角ぐらいのもの数粒で、誰も気づかないだろうし、前からあったと言われれば「そうかも」と思える欠片。


想像する。何かガラスの丸い部分のある小さなものが部室の窓に当たった。そして窓ガラスが割れて部室内にガラスが零れた。衝撃でガラスの小さなものも割れて飛び散った。


が、音はガラスが割れるのとは明らかに違った。

ミナトが言ったとおり、爆発したような音だった。



しばらくすると顧問がやってきた。20代後半♂、英語担当、独身。


「まあ、お前らが部室で飲み食いしてるだろーってこたぁ、想定内だ。

 だけど、おまえらが問題起すなんてないよな」


「「「「「先生!」」」」」

「「「「「信じてくれたんですね」」」」」

「「「「「オレ達じゃありませんっ」」」」」


「お前ら、ちっせーもんな。問題起せねーだろ。

 制汗剤か筋肉冷却用の缶が爆発したのかもってのはちらっと疑った。が、昼休みなら違うだろうと。昼休みまで部室来るほど熱心なヤツいねーじゃん」


「「「「「「……」」」」」」


「テニス部の部室の外で起ったらしいってことは、先生方に即行で伝えた。安心しろ。いやー、よかったよかった。オレが減給んなったり飛ばされたりしたらどーしよーと思ってたんだよ」


保身かよ。所詮、こんなヤツ。

ガラスの注文書は部長が書かされていた。


そして、雨だから部活はなし。解散。


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