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短編置き場

あいつは唯の幼馴染みだからっ

作者: 海ほたる

久し振りに勉強した。

 最初は夢を見ているんだと思っていた。視覚も思考もぼんやりとしていて、でも上手に動かすことは出来なくても手足を動かすことは出来ていたから。

 明晰夢。夢を夢と自覚できていれば夢の中でも自由に動けるらしい。今まで生きてきて体験したことが無かったが、これが一番しっくりくる答えだった。

 まぶたを閉じる度に場面転換が行われる。回数を重ねるごとにその時間は延びていき、視界もクリアになっていった。しかし体の制限が解除せれていくにしたがって新たな疑問も生まれた。

 最初は意味の理解出来ない音だった。視界に映り込んだ影の方から聞こえてくるそれ。今ならわかる、どうやら私は赤ん坊らしい。


 どうやらこれは夢では無いらしい。私は三歳になった。頭の中では思い浮かぶのに、上手く言葉に出来ないということも減ってきた。謎の悔しさでよく泣いてしまっていたが、母は嫌な顔もせずによく付き合ってくれていたと思う。

 三歳にもなるともう自由に動ける。大人の体とは体幹バランスが違うのでスマートにとはいかないが、これまでの制限から解放された身としては満足できる。

 ボール遊びや走り回るのは存外に楽しいのだが、流石にごっこ遊びは楽しめなかった。なので今日も公園ではボール遊びにに興じている。

「あっ!?」

 コントロールなんて期待できない相手が投げたボールを追いかけていたら、転んでしまった。

「だいじょうぶ?」

 相手の子供が心配して声をかけてくれる。だが私は相手の問いに答える余裕なんて無い。

 超痛ぇ~っ!

 はぁ!? めっちゃ痛いんですけど!? ありえない! いや……、はぁ!?

「大丈夫!?」

 私が涙目で痛みに耐えていると親たちが駆けつけてきた。母が私を抱き上げて手洗い場に走る。その間に私は母の服を握りしめてひたすら痛みに耐える。

「ふぐぅっ」

 水が傷にめっちゃしみるっ! 怖い!

「ごめんねぇ、でも我慢してねぇ」

 母が辛そうな声で声をかけてくる。母は悪くない。私は必死に耐えた。結構な量の涙がこぼれ落ちたけど、見逃して欲しい。

「ごめんなさい、この子を病院に連れて行くわ」

 母が持参していた消毒液やガーゼで応急手当てを終えると、一緒に遊んでいた子の母親に声をかける。私はじんじんと脈打つ度に走る痛みと戦っている。気が緩むと嗚咽を漏らして泣いてしまいそうだ。

「そうね、その方が良いわ」

 心配そうな顔をしてくれる相手の母親が肯定する。その母親に抱き抱えられている相手の子も泣きそうな顔をしている。

「それでは」

「ええ、お大事に」

 荷物を片付けると母は私を抱えて、気持ち早足で歩き出す。私は思わずギュッと抱きつく。

 ……ママ、転ばないでね。


 月日は流れ、小学校に入学する年だ。二年間幼稚園に通って、公立の小学校へ入学する。あの時の相手、コウくんも今年入学だ。彼とは幼稚園も一緒で、あの日以降もよく一緒に遊んでいる。

 まあ家が隣同士なので、どちらかが受験しなければ中学校までは同じだ。子供は同い年で母親同士も同年代なだけあり、両家の仲は良い。今日は珍しく両家の父親も揃って小学校に向かっている。

 入学式は予想に反して話しも長くなく終わった。子供の集中力の無さを考慮したのだろうか。まあ何でもいいがありがたい。

 各教室に移動してから出席を取り、自己紹介なんてものは無かった。出席とる意味なんてあったのか疑問ではあったが、やたら元気に返事する子が多かった。はしゃぐような精神年齢では無いので、私はまあ普通に返事をした。コウくんとは別クラスだ。

 低学年の頃は手を繋いで一緒に登校なんてしていたが、高学年にもなると手を繋ぐことは無くなった。理由は語るまでもなく分かると思う。

 小学校の勉強は以外と難しかった。漢字を正しく覚えていなかったり、算数は凡ミスが多かったので優秀な子に一歩劣るレベルだった。それでも上位の頭の良さだったが、こんなの高校生にでもなれば嫌でも平均付近まで下がる頭脳だ。


 中学生になった。どうやら私はそこそこモテるらしい。二年生になった頃から何回か告白された。三年生になった現在は所属していたバレーボール部も引退して、高校受験に向けて勉強している。

 独学で自信を持って高校受験に挑めるほど自分に自信の無い私は塾に通っている。かなり薄れているとはいえ、それなりに下地があったのでそこまで苦戦はしていない。第一志望の公立高校は不測の事態が起きない限り安全圏内だ。

「はぁ」

「どうしたのアキ、ため息なんてついて」

 最近の悩みについて考えていたらため息をついてしまい、友達に話しかけられてしまった。

「あー、うん、あの人のこと考えてて……」

「あー……」

 部活を引退したすぐ後くらいにある人から告白された。恋愛に興味も無かったし、中学生を相手に恋愛できるほど脳は退化していなかったので普通にお断りした。

 そしたらどうもその人のことを好きな子がいたらしく、フッたのが気に入らなかったのか嫌がらせみたいなことをされるようになった。別に実害とかはないのだが、目の前をチョロチョロされると鬱陶しい。

 最近は私の反応が無いのが気に入らないのか、何故かコウくん改めコータにアプローチをかけているらしい。

「コータから鬱陶しいからどうにかしろって言われてるんだけど、どうすればいいのよ……」

 一応は私に原因があるので、……いや、あるか?

「アキはスラッとしていてスタイルも良いし、顔も整っているもんね」

「はあ、嫌味?」

 半目になってしまっているのは自覚しているが、言わせて欲しい。その胸の脂肪の塊もぐぞ。

「容姿で敵わず思い人を取られた、なら相手の思い人を取ってやるって感じじゃない?」

「意味がわからない」

 この子は何を言っているのだろうか。別に私はコータのことが好きではない。いや、ツンデレ的な意味ではなく。

「まあ、あんたらの関係をどう思うかは相手の勝手だしね、ほっとけば良いんじゃない?」


 高校生になった。無事に第一志望の公立高校に合格できた。中学校の三分の一くらいは一緒の高校である。部活は選手としてバレーボールを続ける気は無く、どうしようかと悩んでいると同じバレーボール部だった子から男子バレーボール部のマネージャーに誘われた。

 男子バレーボール部としても経験者のマネージャーはありがたいらしく、是非にと言われた。特に入りたい部活も無かったのでマネージャーをすることにした。

 私をマネージャーに誘ってきた子は同級生の男子バレーボール部員と付き合っていたらしく、一人でマネージャーするのは恥ずかしくて誘ってみたと後ほど言われた。

 二人とも同じ中学校で通っていた頃はそんな関係ではないと思っていたが、春休み中に付き合い出したらしい。

「なあ、俺と付き合ってみない?」

 高校生活にも慣れてきた頃、男子バレーボール部のそこそこ人気のある先輩から告白された。正直軟派な感じでタイプじゃないし、でも体育会系の先輩からの告白ということで非常に返答に困った。

「えっ、と」

「急がなくていいからさ、考えといてよ」

 私が困っているのが分かったのか、その場は退いてくれた。しかし事あるごとに聞いてきて、返事を渋っていると最近はイライラしている感じになってきて怖い。

「どうしよ……」

「付き合っちゃえばいいじゃん」

 中学校から付き合いのあるカナちゃんに相談してみたら、こんな答えが帰ってきた。

「それは……」

「じゃあ断ればいいじゃん」

 いや、そうなんだけど……。

「う~ん……」

「好きな人がいるとかで良いんじゃない?」

 ため息を吐きながら、私の考えを察して答えてくれる。

「嘘をつくのは……」

「はぁ、真面目だねぇ」

 真面目なのか? 呆れたようにカナちゃんはため息を吐く。

「なら嘘じゃなきゃいいんでしょ?」

 その日の夜、夕飯とお風呂を済ませた私はコータに電話をかけた。

「もしもし?」

『どうした?』

「今からアンタの部屋に行ってもいい?」

『はあ? 別にいいけど……』

「じゃあ今から行くね」

 私は電話を切ると、コータの家に向かった。

 小さい頃はよく遊びに行っていたコータの家だったが、年を取るにつれて足を運ばなくなっていった。そのせいだろうか今日は凄く緊張している。

「おじゃまします」

「いらっしゃい」

 インターホンを押すとコータのお母さんが出迎えてくれた。優しい笑顔に緊張が少しほぐれる。リビングに入る扉の前に差し掛かると中にコータのお父さんと目があった。会釈をすると会釈を返してくれた。

「コータ、アキちゃん」

「んー、入れよ」

 コータはお母さんに反応を返すと、私を部屋に招き入れてくれた。昔に来た頃と比べて結構変わっていた。オモチャの転がっていた床にはダンベルが置かれていて、壁にはバットが立て掛けられていた。

「急にどうしたんだよ」

 グローブの手入れの最中だったらしく、グローブを磨きながら問いかけてきた。私は心臓が脈打つ速度を抑えるように深呼吸した。

「実はねーー」

 私は男子バレーボール部の先輩に告白されたこと、断りたいこと、でも断り辛いことを話した。そしてコータの部屋に来た理由を。

「話しはわかった」

 手入れが終わったのかグローブから手を離していた。いつ離したのか分からなかったけど、今のコータは腕を組んで目を瞑っている。

「自分勝手、だよね……」

 自分が相手の都合を考えずに我儘を言っている自覚はある。言葉として口から出すと、自分がとんでもなく失礼なことを言った自覚が押し寄せてきた。

「……」

 無言のコータを見て、怒らせたと思った。

「ごめんね、今のは忘れて、自分一人で何とかしてみるよ」

 居たたまれなくなって、逃げ帰ろうとする。私はなんて卑怯な女なんだ。あ、泣きそう。声、震えてなかったかな……。

「いや、いいよ」

「え?」

 予想外の答えに固まる。

「付き合っているフリすればいいんだろ?」

 その答えを聞いて、思わず座り込んでしまった。

「お、おい、泣くなよ」

「ごめんねぇ、無理言ってごめんねぇ」

 コータはあたふたしながらティッシュを箱ごと渡してくる。涙の止まらない私はありがたく受けとる。こんなにも感情が乱れたのは久し振りにだ。

「落ち着いたか?」

「うん、ごめんね」

 申し訳なさで謝ってしまう。

「いや、もういいから」

 何だが気まずくって黙ってしまう。コータも気まずいのか無言だ。だいぶ落ち着いてきて何か話さないとと思ったらコータが口を開いた。

「なあ、付き合うって何をすればいいんだ?」

「え?」

 ……何をすればいいんだろ。

「一緒に帰ったりとか?」

「そんなんでいいのか?」

 そんなの聞かれてもわかんない……。

「たぶん……」

 再び気まずい空気になってしまった。

「と、とりあえず今日は帰るね」

「あ、ああそうだな」

 目を赤くした私を見たコータのお母さんが、コータに詰め寄ったりしたりした。

「先輩、すいません」

 翌日の昼休み、先輩を呼び出して断りの返事をした。

「いや、俺こそごめん」

「え?」

 謝られるとは思っておらず、疑問の声を上げてしまう。

「いや、泣かせるほど追い詰めちゃっていたみたいだから……」

「あ」

 今朝も赤みが取れていなかったのを思い出した。まだ赤さが残っていたのか……。

「うん、この話しはこれでおしまい」

 先輩の手で鳴らした音に引きずられて顔を上げる。

「先輩後輩としてまたよろしくな?」

「はいっ、よろしくお願いします!」

 つい嬉しくなって答えてしまったが、先輩の悲しそうな苦笑いを見て胸がチクりとした。


 高校二年になった。自分の身の丈にあった高校を選んだだけあり、特に勉強を頑張らなくても平均以上の成績を維持できている。そんな二年の二学期、一緒にお昼を食べているカナちゃんからコータが後輩女子からアプローチされていると聞かされた。

「ふーん」

「お、嫉妬? 面白く無さそうな顔してるよ」

 非常に面白そうな顔で言われる。あれからもコータとの付き合いは続いている。一緒に下校したり、たまにお昼を一緒に食べたり、遊びに行ったり。止めるタイミングがわからなくて続いている感じだ。

「そんなんじゃないから」

「そういうことにしといてあげる」

 カナちゃんに言われたからじゃないが、少し早く登校して朝練しているコータの様子を見てみた。ネットに向かってボールを打っているコータに近寄って女子生徒が飲み物か何かを渡していた。他のメンバーにも渡していたので、特にどうこうはない。

 その後も朝練は恙無く進んでいき、そろそろ終わりにするようだ。私も教室に向かおうとしたタイミングで女子生徒がコータに駆け寄っていくのが見えた。声なんて聞こえるような距離じゃないけど、何だが楽しそうな様子は伝わる。……面白くない。

 その日のお昼、コータを誘って二人で食べることにした。

「今日の朝練を見てたんだけど……」

「ん? そうか」

 以前と変わらない感じで食べている。

「朝練の後、女の子と楽しそうに話してたね」

 私の発言に何か感じたのか、コータは食べるのを止めた。

「どうした? 気に障るようなことでもしたか?」

 何でもないような態度が無性にむかつく……。

「私たち付き合っているんだよね?」

「フリだけどな」

 その間髪入れずに答えられた言葉を聞いて、私の中の何かが切れた。

「じゃあもう終わりにする?」

 尋ねる体を取りながら、食べかけのお弁当を包み直して立ち去る。……何だが嫌な感じだ。

 教室に戻って来た私を見てカナちゃんが大丈夫か聞いてきたけど、大丈夫じゃないかもしれない……。

 その日の放課後、いつも通り最終下校時間を越えないように片付けを終えて帰ろうかとしていると、私をマネージャーに誘ってきたマナちゃんが声をかけてきた。

「今日はお迎えを待たないの?」

「うっ」

 何とも答えづらい質問に声が詰まってしまった。

「あー、喧嘩でもした?」

「うん……」

「そっかー」

 気まずそうにするマナちゃん。居たたまれない……。

「あ、ごめんね」

 どうやら彼氏から連絡が来たようだ。

「うんうん、また明日」

「うん、また明日」

 ……私も帰ろ。気を取り直して帰ろうとすると、マナちゃんが走って戻って来た。

「どうしたの? 忘れ物?」

「ふふ、違うよ」

 何故か満面の笑みだ。

「え、どうしたの?」

 そして私の手を引っ張ってくる。

「早く行こ!」

「え? え?」

 マナちゃんに手を引かれて行った先にいたのはコータ(とマナちゃんの彼氏)だった。

「じゃあね!」

「え、うん」

 彼氏を引っ張って大きく手を振りながら帰っていくマナちゃん。マナちゃんは元気だなぁ。

「よう……」

 そんな感じで現実逃避してると、コータが声をかけてきた。

「何しに来たの?」

 答えなんて簡単に予想できるのに、こんなことを言ってしまう自分を嫌いになった。

「一緒に帰ろうと思ってな」

「ふーん」

 答えを返さない自分に嫌悪しながらも、でも答えたくない気持ちが勝って一人で歩き出す。コータがついてくるのがわかった。

「昼は、悪かった」

 しばらく歩いているとコータが話しかけてきた。

「別に、コータは悪くないでしょ」

 どんどん自分が不細工になっていく。そんな自分を自覚すると、涙が滲んできた。

「いや、あの関係に甘えていた俺が悪かったんだ」

 その答えに泣きそうになる。

「アキ」

 コータに手を握られて、コータの方を向けられる。とてもコータの顔を見れそうにないので、何となく握られた手を見る。……手汗が気持ち悪い。

「俺と、本当に付き合わないか?」

 コータの言葉に肩が跳ねる。けじめをつけに来たとは思っていたけど、方向が違った。

「いや、違うな……」

 違うのか……。

「アキ」

 肩にかけたカバンの紐を強く握りしめる。

「俺の本当の彼女になってください」

 口角を全神経をもってして押し止める。表情を崩してたまるかっ。

「アキ?」

 少し不安そうな声。握られた手の力が少しだけ強くなった。

「し、仕方ないわね、本当の彼女になってあげるっ」

 握られた右手を振りほどいて、パンチをお見舞いする。コータの心臓なんてドキドキしすぎて止まればいいんだ!

「ああ、ありがとう」

 安心したような、嬉しそうな声な気がする……。顔なんて上げられないなぁ。涙声じゃないよね?

「泣くなよ……」

「泣いてないっ」

 次の日のホームルーム前に、コータが私のクラスまでやって来た。

「後輩にはちゃんと言っといたから」

 蹴りを入れといた。


 高校三年になった。我が男子バレーボール部も硬式野球部も地区大会で敗れ、揃って引退となった。柄にもなく泣いてしまったけど、一生懸命頑張っていた姿を見ていたらね?

「明日、お弁当作ってきてあげるから……」

 部活を引退してからは、コータと二人で食べることが増えた。前からカナちゃんに面白がって聞かれたりしていたのだが、部活を引退して時間ができたのでやってみようかなって……。

「ああ、楽しみにしてる」

 くっ、笑われてるような気がするっ。本当に作れるのかなんて思われていたらどうしよ……。

「ママ、変じゃないかな……?」

 次の日、実際に作って見たけど、不安で心臓が潰れそうだ……。前から料理の練習していたから大丈夫だと思うけど、こんなに怖いなんて思わなかった。

「大丈夫よ、味見もちゃんとしたでしょ? 形も崩れてないし、パパも美味しいって言ってたでしょ?」

「……パパは何でも美味しいって言うし」

 失敗したクッキーを美味しいって言う人の言葉なんて信用できない。

「ママの言葉は信用できない?」

 ママが困ったように笑いながら言う。

「できる……」

「じゃあ大丈夫よ」

 そう言って抱きしめてくれるママ。恥ずかしいけど一番安心できる場所。

「うん」

 結果としては何の心配も無かった。普段と変わらない感じで食べているので、大丈夫だろう。……大丈夫だよね?

「また作ってきて欲しい……?」

「ああ、そうしてくれると嬉しい」

「そうっ、じゃあまた作って来てあげる!」

「ああ、楽しみにしてる」


 時は少し流れてバレンタイン。私もコータも指定校推薦で合格が決まっていてのんびりしている。半日授業で何のために学校に来ているのかよくわからないけど、ちゃんと登校している。

「男子どもは今年も浮わついているねぇ」

 カナちゃんが落ち着きの無い男子たちを見て呟く。

「なんでこっちをチラチラ見てるんだか……」

「そりゃあ、アンタの彼氏のおこぼれを貰えるかもしれないと思っているんでしょうよ」

 ああ、なるほど。

「去年までも用意していた記憶は無いけど、今年はケーキを焼いたから尚更ないわね」

 ちっ、コータ爆発しろなんて声が聞こえる。

「カナちゃんは誰かにあげないの?」

「弟と父親にあげたわよ」

「ふーん」

 それ以上突っ込まないでいると。

「ここで突っ込まないアキが好きっ」

 そう言って抱きついてきた。

「ふふ、そんなカナちゃんにチョコをあげましょう」

「えっ、本当に!?」

 カバンから取り出したチョコをカナちゃんにあげる。

「嬉しいっ、私からもあげる!」

「ありがとう」

 まあ毎年やっている茶番なんだけど。

「今年はケーキを焼いたんだけど、食べていく? 家まで持って行こうか?」

 放課後、コータと一緒に帰りながら尋ねる。

「んー、食べていく」

「わかった、ママに連絡しとく」


 大学の四年間は何事もなく過ぎ去っていき、現在は就職して働いている。コータと私はまだ付き合っていた。今年で二五になるので、そういうのも気になったり……。

 コータはどう考えているんだろうか。あんまりこういうこと話さないから、やっぱり不安に思う……。

「今年の誕生日にどこか行きたい所とか、欲しい物あるか?」

「うーん、特に……」

 毎年聞いてくるけどたまには自分で考えてくれてもいいのに。

「そうか、わかった」

 まあ毎年答えないから、結局考えた物を貰っているんだけど。去年は腕時計を貰ったなぁ。

「誕生日おめでとう、アキ」

「ん、ありがと」

 誕生日を喜ぶような年でもなくなったので、特に感慨はない。むしろ早く来ないで欲しい。

「今年は良いところを予約したね」

「まあな」

 イタリアンの美味しいお店で有名なところだ。一般人が少し背伸びすれば来られるぐらいの値段帯だ。

 食事を楽しみつつ、合間に会話をする。評判通りの味で大変満足でした。食事を終えた私たちは店を出て、人通りは少ないが景色の良いところで止まった。

 何だが今日はいつもと違う……。こんなに雰囲気の良い所を選ぶような奴じゃないのに。

「今日は特別だからな」

 表情に出ていたのか、コータが疑問に答えた。

「やっと資金が貯まったんだ」

 似合わない。

「アキ、俺の妻になってください」

 本当に似合わない。

「ふふっ、似合わない」

「知ってるよ」

 私の左手の薬指に指輪をはめながら苦笑するコータ。

「アキは本当によく泣くな」

「泣いてない」

 そう言ってコータの胸に頭突きする。強さについては、察して欲しいかな。

娘「ママはどうしてパパと結婚したの?」

母「んー、どうしてかな?」

息「お父さんはどうしてお母さんと結婚したの?」

父「よく泣くから放っておけなくてな」

母「泣いてないっ」

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