第3話:まさかまさかの相部屋ですか!?
本日3話目
「じゃあ、服はこれでいいかな」
アリスさんが手に持ってるのは青い色をした軍服と学生服をたして2で割ったみたいな受付嬢の制服。
「・・・これを、着るんですか?」
「そりゃ受付嬢だからね。ロタ君は男の子だけど受付嬢の制服は着てもらわないと。きっと似合うから」
「ええ・・・」
僕が目の前の服を着たくない理由。
それは、太股が半分くらい見えてしまいそうな、短めの丈のスカートのせい。
「いいから履きなさいって」
「うわっ!ちょっと・・・」
結果、強引に着せられてしまう。
昔から村のお姉さん達に遊び半分で女装させられるのも度々だったせいで、着てて違和感がないのがまた腹立たしい。
「か・・・可愛い・・・」
「やめてくださいよ、アリスさん。僕は男なんですから、そんな事言われたって嬉しくないですよ!」
「んー、でもその格好でそんな事言われてもねー」
「アリスさんが着せたんでしょ!」
「でも、受付嬢になってくれるのを承諾したのはロタ君でしょ?」
「うっ、確かにそうですけど・・・」
「はいはい、じゃあ文句は言えないねー。それじゃあ次行こっか。ロタ君には覚えて貰わないといけない仕事が沢山あるからね」
「・・・分かりました」
楽しそうに何処かへ歩いていくアリスさんに、僕は遅れないようについて行く。
僕は『見習い』として働くわけだから、先輩であるアリスさんから受付嬢の仕事について色々学ばないといけないのだ。
時刻はもう14時くらいで、僕の村には午後にゆっくり休む習慣があったんだけど、そんな事アリスさんは気にしてくれない。
こうして僕の長い長い半日が始まったのだ。
●●●
夕日も沈んで沢山の冒険者さん達が素材を換金しようと列をなしている裏で、へとへとになった僕にアリスさんは追い討ちをかける。
「はい、この名簿、ここのギルドで管理してる冒険者たちだから、ちゃんと全員覚えてね」
手渡されたのは、厚さ3,40センチにもなりそうな羊皮紙の束。
そこには一枚一枚に丁寧に描かれた似顔絵と、冒険者ランク、得意不得意などの備考に、たまにその人のタレントが記載されている。
一体何枚あるんだろう・・・
多分300枚はくだらないだろうけれど覚えられるかな?
「さて、だいたいやらなきゃいけない事の確認も済んだし、次は受付の仕事を教えたいんだけど、ロタ君ももう疲れたでしょ?」
「はい・・・正直もうパンクしそうです・・・」
本当に疲れた。
アリスさんがもっと何か説明しようとしたらどうしようかと思ってた。
今日は人生で一番疲れたかもしれない。
「そっかそっか、そう言うと思った。それで、今から宿舎の方に行こうと思うんだけど、ロタ君は私のパートナーだから私と同室になるけど良いよね?」
「え?」
突然のその言葉に、今日アリスさんから習った事を全て忘れてしまうような、そんな感覚に襲われる。
僕がアリスさんと同じ部屋?
だって僕は男でアリスさんは女の人。
そもそも前提条件が違いすぎる気がする。
「嫌って言ったら変更になりませんか?」
「うーん、多分ムリかな」
「・・・はぁ」
僕はとてもとても深い溜め息をつく。
「アリスさんは嫌じゃないんですか?男の人といて」
僕がそう聞いたのは、アリスさんが嫌がっているのならそれを理由に違う部屋にしてもらえるかもって思ったからだ。
アリスさんのお父さんであるレギンさんに掛け合えば、多分そうしてくれるだろう。
「私は全然構わないよ」
「ひょっとしたら、夜中僕が襲いにいくかも知れませんよ?」
「それなら大丈夫じゃないかな?多分ロタ君より私の方が力があるしね」
さらっと気にしてる所をついてくるアリスさん。
本当にコンプレックスだからそこを突くのはやめてほしいな・・・
「でも、一緒の部屋ってことは、その・・・」
「ん・・・?どうしたの?」
「き、着替えとか、見たら駄目なことも見られちゃうかも知れないんですよ?」
女の人の前でこういうことを言うのが恥ずかしくて、恐る恐るそう言って見たら、何故か恍惚な表情を浮かべるアリスさん。
訳が分からない。
「・・・あっ、ごめんね、ロタ君があまりに可愛くて、もう首輪をつけて飼いたいくらい」
「え?」
「勿論冗談だけど」
怖い、アリスさん怖い。
こんな可愛い顔して、何というか欲望に忠実そうというか、結構サディスティックな所があるのかもしれない。
アリスさんと相部屋なんてしたら、寧ろ僕の貞操が危ない気がしてきた。
もし何かあったらレギンさんに助けて貰おう。
「こんな所で立ち話も何だしね、早く宿舎に行こっか」
「えっと、僕はまだ相部屋でいいなんて一言も・・・」
「はいはい、ロタ君に拒否権はありませーん。いいからついて来て」
アリスさんは僕の腕をつかんで引っ張って行く。
僕も頑張って踏ん張ろうとはするんだけど、流石はレギンさんの娘さん。
必死の抵抗も虚しく、僕はアリスさんに引きずられてしまった。
●●●
黄金都市の冒険者ギルド、職員用宿舎。
「はい、とうちゃーく」
大きな音をたてて部屋の扉を開けたアリスさんは、そのまま僕を部屋の中に放り投げる。
その華奢な腕の見た目からは想像もできないようなアリスさんの力でもって投げ飛ばされた僕は、2メートルくらい空を飛んで、そのままゴロゴロと床を転がった挙げ句、思いっきり壁に頭を打ちつけてやっと静止する。
転がっているときに出来た擦り傷や、折れたと思われる骨が治っていくのを感じる。
こんな乱暴、僕じゃなかったらどうするつもりなんだろう、アリスさんは。
1秒もして、僕の体から痛みが退いてきて、僕はやっとの事で立ち上がった。
「うぅ、酷いですよ・・・」
まるで僕の顔に虫でもついてるかのように、見つめてくるアリスさん。
さっきまでの陽気な感じじゃなくて、凄く真面目な目だ。
「・・・どうしたんですか?」
「ん?あーごめんね、ロタ君ってやっぱり可愛いなーって思って」
「だから、そんな事言われても嬉しくないですよ」
本当、神様は何で僕をこんな顔に作ったんだろ・・・
「それで、どうかな?この部屋は。結構広いしいいと思うんだけど」
僕の心の叫びなんて気にも留めないアリスさん。
言われてみれば、確かにこの部屋は凄く広い。
二人部屋って言うのもあるんだろうけど、たぶんそこら辺の高級ホテルくらいには広い。
部屋の両端には大きなクローゼットがついていて、そのすぐそばに大きめのベッドが一つずつ。
ベッドの近くには作業用だと思う机が備え付けられていて、その片方には羽ペンやら羊皮紙やら、色々な書類が積まれていた。
多分アリスさんのものだろう。
それに、少し部屋から目を離せば台所が見えて、トイレとかシャワーとかどうするんだろうと思っていると、台所の向かいの扉がそこへ繋がるものらしかった。
「確かに凄く広いですね」
「そうでしょー、まぁ受付嬢の仕事は兎に角大変だからね。ロタ君も早く早く見習いを抜け出せるように頑張ってね」
「はぁ・・・分かりました。こんなにいい待遇してもらって、仕事をサボったりなんてしませんから」
「おお、いい心意気!じゃあ問題ないね。今はまだ見習いだから、実際に冒険者の人と接する機会もするないかも知れないけど、仕事に慣れてきたら私の分までバンバン働いてもらうから、宜しくね」
「アリスさんの分までって僕にアリスさんの仕事まで押しつけないでくださいね・・・」
何かギクッとしてるアリスさん。
絶対その気だったでしょ。
「じゃ、じゃあ、今日はこれで終わりね。明日の朝は早いから、ロタ君はお疲れ。わ、私はまだ仕事があるし、しばらく戻ってこないだろうから。またね・・・?」
何で疑問形なんですか・・・
僕がそう言うよりも、アリスさんが部屋から出て行くのが早かったから、僕は喉まででかかったその言葉を飲み込んでおく。
はぁ・・・
ご飯、食べに行こっかな・・・
思えば朝から何も食べてない。
僕は着ている制服を着替えるのも忘れて、今日紹介されたばかりの職員用の食堂に足を運ぶ事にした。
●●●
夜、月が空高く輝いている頃。
「お父さん、入るね」
そう言ってアリスはギルド長室に入る。
もう皆寝てるであろう時間だ。
一応、ギルドの受付嬢は最低でも誰か一人いるんだけど、時間も時間で暇だから、ひょっとしたら受付カウンターで爆睡しているかもしれない。
そのくらい、夜も更けた時間だというのに、アリスは父であるレギンの元を訪ねた。
「来たか、アリス。とりあえず適当に掛けてくれ」
そう言われて、アリスはソファにゆっくりと腰をおろす。
薄い寝間着の上からだと、そのふわふわの感触がじかに伝わってきて、気持ちいい。
「それで、お父さん。それで、彼のことなんだけど」
「ああ、彼女の事だな。聞かせてくれ」
お父さん、ロタ君の事、まだ女の子って見てるんだ。
まぁ、私と同じ部屋だし、男の子って認めたくないのかな・・・?
父のそんな所が少し面白くて、本来の目的を忘れそうになるが、アリスは何とか本題に入ることにする。
「まず、ロタ君を雇ってくれてありがと」
「気にするな。あれだけ必死で言い寄ってきたんだ。何かあると思うのが普通だろう」
ありがと、お父さん。
その言葉を聞いて改めてアリスは思う。
もし、レギンが言うとおりにしてくれなかったら、今頃どうなっていたことか。
そう考えたら、少し鳥肌がたった。
「それで、彼のタレント何だけど、私の『眼』で見れなかったの」
「・・・ほう。お前の『眼』で見れないって事は、最低でもって英雄級のタレント。どんな能力か検討はつくか?」
何時になく真剣な顔で答えるレギン。
その質問にアリスもまた深刻そうに答える。
「多分、物凄い再生系のタレントだと思う」
「再生系か・・・」
「そう、お父さんとの試験の時もそうだったけど、彼、あんなに激しく転んだのに傷一つ無かったから」
「・・・なるほどな。確かにその可能性は高いな」
「うん。だからお父さんも、彼に万が一の事が無いように、見守っててあげてくれない?」
アリスからの、娘からの頼み。
レギンは一瞬だけ考えるが、鼻から答えは決まっていた。
嘗てと同じ答え。
「分かった。ただアリス。お前も何かあったら直ぐに知らせろ」
「りょーかい、お父さん。じゃあ私も寝るから、おやすみ」
そう言ってアリスは部屋を出る。
残されたレギンは、1人大きな溜め息をつくのだった。