第2話:やけくそで冒険者登録試験受けたら、なぜか受付嬢になりました。
本日2話目
「はあ、はあ、はあ」
息も絶え絶えで、黄金都市の街を走りつづけ、ついた先にあったのは冒険者ギルド。
おそらく高そうな木で出来た茶色くて大きな扉には所々が金色の金属で装飾されていて、そのドアノブに手をかけるとひんやりとした感覚が皮膚を伝った。
ギギィ・・・
一気に開け放ってやろうと思ったけど、扉が重かったせいでゆっくりと扉はゆっくりと開かれる。
あそこ、かな?
冒険者ギルドに入ってみて、最初に目に入ったところ。
入り口から真っ直ぐ行ったところにある受付のカウンター。
金髪のお姉さんがニコニコしながら僕の方を見つめている。
「あ、あの」
「はい、何のご依頼でしょうか?」
冒険者ギルドに子供が依頼を持ってくるのが珍しいのだろうか。
いろんな冒険者の視線を感じて、ちょっと怖い。
でも僕はめげない。冒険者になりたいから。
「いえ、あのですね、冒険者に登録したくって」
「はい?今なんと?」
「だから、冒険者に登録したくって」
「え?冒険者に・・・?まさか、私の聞き間違いですよね。それで、どのようなご依頼で?」
「だ・か・ら!!冒険者に登録しに来たんです!!!」
お姉さんがなかなか理解してくれなかったから、勢い余って大声で怒鳴ってしまった。
そのせいで、冒険者ギルドにいた冒険者達にどよめきが広がってるのが分かる。
特に、すぐ隣に立っている4人組のお兄さんとかはとても面白そうに笑っていた。
「・・・えっと、誰かから推薦状のような物は?」
漸く僕の事を分かってくれて、お姉さんはそんな事を聞いてくれるけど、推薦状なんて持ってる訳がない。
「ごめんなさい、無いです」
「・・・じゃあ冒険者学校の卒業証明書は?」
「ごめんなさい、それも無いです」
「・・・お嬢さん、本気ですか?」
困ったような顔をして尋ねてくるお姉さん。
もちろん僕の気持ちは本当だとも。
他の誰にだって負けやしない。
「本気です!!何でもやる気です!あと僕は男です!」
大事な事なので訂正しておく。
「はぁ、分かりました。じゃあお嬢さん、今から冒険者の試験を受けましょう。それがクリア出来れば、Fランクからスタート出来ます」
冒険者の認定試験。
成人した男の子なら楽勝でクリア出来ると言われてる試験。
なら、僕にだって出来るはずだ。
受付のお姉さんは未だに僕の事をお嬢さんと呼んでるけど、これでも僕は男なのだ。
だからきっと出来る。
「分かりました、よろしくお願いします」
僕は頭を下げてそう頼んだのだった。
●●●
冒険者ギルドに隣接した訓練所。
中でも一番隅っこの方にある所で僕は試験官のおじさんと向かい合っていた。
「嬢ちゃん、そこにある武器、どれを使ってもいいぜ。全力でかかってきな」
「嬢ちゃんじゃないですよ、僕はれっきとした男の子です」
「はっはっ、こんなに可愛らしい男がいるもんか!いいから、嬢ちゃんは早く武器をとってきな」
そう言って壁に立てかけている武器を指さすのは赤髪の筋肉質なおじさん。
身長190センチくらいありそうな巨体で、腕や顔に所々ついている切り傷が格好いい。僕もこうなりたかったと、心底思う。
はあ
僕のため息。
何に対するものかと言えば、僕が武器を扱えない事に対するため息だ。
でも、僕は武器を使わない戦い方なんて知らないし、試しに片手剣を一本手に取ってみる。
「じゃあ、これを使います」
「へぇ、片手剣か、さては嬢ちゃんはそう言う系のタレントだな?」
もしそうだったらどれだけ嬉しかったことか。
少し腹がたったので、睨みつけてやった。
「やる気は十分ね。まぁ、よっぽど酷くない限りは受かるから精々がんばれや」
おじさんは持っている大剣を構えもせずに笑っている。
そんな姿を見せられては、男たるもの黙ってはいられない。
手にした剣を手前で構えた。
「よし、どこからでも来い!嬢ちゃん!」
「分かりました。じゃあよろしくお願いします。あと僕は男です」
「そうかいそうかい、じゃあそれは試験に合格して証明して見せな」
そう言われて、僕は剣を握りしめる。
片手剣らしいけど、重いから両手で。
少し剣を振るくらいなら僕でもいけるんじゃないか。
そう思ってた。
舐めてたのだ。
英雄級、或いは神話級の僕のタレントによる呪いを。
「てやああああ」
僕はおじさんに向かって走り出し、構えていた剣を振り上げる。
そして、おじさんとの距離が1メートルくらいまで縮まって、僕が剣を振り落とそうとした時、僕の呪いは発動した。
「てやっ?」
しっかりと握っていたはずの剣が僕の手から解放される。
思わず変な声を出してしまうけど、そんな事に構ってる暇はなかった。
何故なら僕の手から抜け出た剣は、頭上でくるくると回りに回り、今にも僕の脳天に直撃しようとしていたから。
「あうっ」
ビギッと鳴ってはいけない音が鳴って、僕は自分の頭蓋が割れた事を理解する。
とても痛い。
落ちてきた剣は、その平べったい面でもって僕の頭をかち割ることにしたらしかった。
そして、追い討ちとでも言うように僕にのし掛かる剣の重量。
気がつけば僕は片手剣に押しつぶされていた。
「おいおい、大丈夫か!?嬢ちゃん!」
「だ、大丈夫です・・・うっ」
慌てて駆け寄ってくる試験官のおじさんに僕はそう告げるけど、背中に乗っている片手剣が重すぎて上手く立ち上がれない。
「あー、良かった。嬢ちゃんにもしもの事があったら俺の責任になるからな。と言うか何で今ので怪我してないんだよ・・・」
確かにそれは僕もそう思う。絶対頭の骨が割れたと思ったのに、もう既に僕は何の痛みも感じていない。
強いていえば、今まさに僕を押しつぶしてる剣が少し痛いくらいだ。
今回ばかりは僕のタレントに感謝した。
「それよりも、僕は合格できますか?」
そう、そんな事よりもこのことの方が重要なのだ。
そして、返ってくる答え。
薄々感じていた答え。
「そんな訳あるか」
やっぱり無理だよね・・・
タレントに恵まれなくて、やけくそで試験を受けた。
あわよくばと思った。
だけど神様は、僕にタレントを授けた戦神様はそれを許してくれなかった。
そう思うと、またまた泣きたくなった。
●●●
何故か僕は今、このギルドのギルドマスターの部屋にいる。
「そこに座りな」
試験官だったおじさんにそう言われて、僕は大きなソファにちょこりと座る。
高級なのだろう。モフモフな感じが堪らなく気持ちいい。
「さて、何で俺がここに呼んだのか分かるか?」
僕と向かい合って座ったおじさんがニヤリと笑う。
「分かるわけないじゃないですか、僕は試験に落ちたんですよ?それにここってギルドマスターの部屋ですよね?」
「おう、そりゃそうだ。だって俺がこの街のギルドマスターだからな」
「・・・へ?」
何?僕の試験の相手してくれてたおじさんはギルドマスターだったの?
そう言えば、黄金都市のギルドマスターは僕の村でも噂を聞くようなAランク、なかでも最もSに近いと言われてる冒険者だった気がする。
名前は確か・・・
「ひょっとしてレギンさん・・・ですか?」
「ああ、そうとも」
「あ、あああ」
思わず言葉を失ってしまう。
何故なら僕の憧れの人が目の前にいるから。
Aランクモンスターのリッチをソロで討伐した生きる伝説が目の前にいるから。
「どうした?」
「あっ、いえ、ごめんなさい・・・後でサイン貰えますか?」
「おう、いいだろう」
「ありがとうございます」
冒険者になれなかった僕への憐れみからかもしれない。
けど、とっても嬉しかった。
そして、数分経って、僕の興奮が漸く収まってきたのを見計らってからレギンさんはまた口を開いた。
「さて、本題に入ろうか、嬢ちゃん」
「えっと、そうですね、分かりました。あと僕は男です」
「ああ、今はそんな事どうでもいいだろ」
「どうでもよくないですよ、僕にとっては」
「いーや、どうでもいい。言っただろ?お前が男であるというなら試験に合格して証明して見せろって」
あ、そう言えばそんな事いわれた気がする。
もちろん、同意した覚えは一切ないんだけど、今回ばかりは仕方ない。
ここでグチグチ言い続けるのはカッコ悪いから。
「・・・分かりました、じゃあ今は気にしない事にします。それで、どういう要件ですか?」
僕が折れて、何故かほっとした顔をするレギンさん。
何かとってもいやな予感がする。
「えっとな、嬢ちゃん」
「はい」
嬢ちゃんって呼ばれるのは凄くいやだけど、僕はちゃんとレギンさんの目を見て頷いた。
そして、そんな僕の態度を見てレギンさんは言うのだ。
僕の人生を左右することになる一言を。
「嬢ちゃん、内のギルドで受付嬢として働いてみないか?」
「・・・はい?」
余りに突飛で、僕はそれしか言えなかった。
固まる僕と、その様子を見つめるレギンさん。
数十秒もの間、沈黙が場を支配した。
「どうだ?嬢ちゃん?」
再び聞いてくるレギンさんだけど、僕がそんな変な提案を承諾するはずがないのだ。
「・・・えっと、お断りしてもいいですか?」
「本当に無理か?」
断ったのに、まだ聞いてくる。
ここはもっときっぱりと、理由も含めて言わないといけないみたい。
「僕は男らしくなりたくって、だから冒険者になろうとしてたんです。受付嬢なんて嫌ですよ」
「・・・でも、行く宛はないんだろ?どうやって稼いでいくつもりだ?うちで働けば衣食住は保証出来るし給金だってそこらへんの仕事と遜色ない。頼むからうちで働いてくれ」
ちゃんと断ったのに何で引き下がってくれないんだろ?
だいたいどうして僕に固執するのかな?
でもそこまで言うなら、受付嬢じゃなければここで働いてもいいかもしれない。
「・・・受付嬢じゃなかったら働きますけど」
「いや、駄目だ。受付嬢をやってくれ」
「じゃあ交渉は決裂ですね」
レギンさん、憧れてたけどちっとも僕の話を聞いてくれない。
だから、僕は自分の意志を明確に示すために、この場を後にすることを決意して立ち上がった。
サインを貰う約束を反故にするのは悲しいけど仕方ないよね。
そして、僕がギルドマスターの部屋から出ようとしたとき、またもレギンさんに呼び止められた。
「うっ・・・待ってくれ。嬢ちゃんの目標は冒険者なんだろ?うちで働いてくれれば特別に俺が稽古をつけてやれるかもしれない」
「えっ?」
ギルドマスターが稽古をつけてくれるという特典。
憧れだった人に戦い方を習うことができる。
もし本当にそうなるのなら、諦めた冒険者への道ももう一回切り開けるかもしれない。
「どうだ?考え直してはくれないか?」
「分かりました。もうちょっと話しましょう」
僕はソファにもどる。
でもどうして僕何だろう。
フワフワのソファに座って、ふとそんな事を思った。
「どうして僕に固執するんですか?」
気になった疑問。
僕みたいな男にレギンさんがこうもしつこく言い寄ってくる理由。
「ひょっとして、レギンさんってそっち系の人?」
世の中に稀にいるらしい男の人が好きな男性。
一瞬そんな考えが頭をよぎって、何故かお尻の穴が縮こまる。
「おい、待て、それは断じてない」
「はぁ、じゃあ何で僕を?」
「それはだな・・・」
口ごもるレギンさん。
そこを答えてくれないと、僕だってここで働くわけには行かない。
そして、レギンさんが口を割るよりも前に、思わぬ人の声が聞こえた。
「はいはい、お父さん、もういいから」
その声で僕は部屋の入り口の方に目をやる。
入ってきたのは金髪でエメラルドグリーンの瞳をした少女。
受付で僕の相手をしてくれた彼女だった。
「あ、アリス?」
「ほらほら、どいてどいて、後は私が話すから」
レギンさんの事をお父さんと呼んで、レギンさんからアリスと呼ばれた少女は自分の父親を押しのけるように、僕の向かい側に座る。
座った反動で、大きな胸がプルンと震えた。
「えっと、レギンさんの娘さん?」
「そうそう、私はアリス。よろしくね、ロタ君」
ロタ君。
その言葉が僕の脳内で木霊する。
アリスさんは僕の事をそう呼んでくれた。
女の子じゃなくて、男の子として扱ってくれたのだ。
凄く嬉しかった。
「はい!よろしくお願いします、アリスさん!」
嬉しくって僕の声が弾む。
それで、アリスさんの方はどういう要件なんだろう。
レギンさんに後は自分が話すって言ってたのを聞く限り、多分僕に受付嬢をやって貰いたがっているのは、レギンさんじゃなくてアリスさんなんだろう。
「さてさて、それでねロタ君」
「はい、何でしょう」
「お父さんから色々聞いたでしょ?」
「は、はい」
「実は私がロタ君に受付嬢をやってもらいたいの」
やっぱりそうだった。
でもそれだけじゃ、わざわざ僕に拘る理由が分からない。
ちゃんと聞かないと。
そう思っていると、アリスさんは自分からその理由を話してくれた。
「あのね、受付嬢って言うのは2人一組で色々な仕事をするんだけど、つい最近私のパートナーだった娘が辞めちゃったの。それで、いろんな人を見て回ってたんだけど、今日君を見たときに『君だ!』ってなっちゃったんだ」
「はあ・・・?」
「ギルドに入れば安全と衣食住が保証されて、国立図書館も自由に利用できる。それに他の街とのアクセスも簡単になって、極めつけはお父さんから直接稽古をつけて貰えるんだよ!どう?私のパートナー、やってくれない?」
「・・・え?」
「ん?どうしたの?」
一気に色々説明されて混乱してる訳じゃない。
寧ろ彼女の言ってることは驚くほどすらすらと頭に入ってきて、僕を誘った理由も、受付嬢になった利点も理解できた。
だけど、一つだけ僕には不思議な事があったのだ。
「あの・・・僕を誘った理由って、それだけですか?」
僕の言葉にアリスさんはニコニコ笑って、そうだよと返す。
一応念のために、レギンさんのほうを見てみたら、どうにも困った顔をしてしまった。
多分何か裏があるなぁ・・・
そうは思うけど、ここまで熱心に説得されたら、断るにも断れない。
それに、レギンさんからの稽古と、図書館の自由な利用。
呪いのせいで僕の寿命はないらしいから、ずっと続けてたらいつかは冒険者になれるかもしれない。
だから、僕はこの提案を受けることにした。
受付嬢になって、女の子みたいな扱いを受けるのは嫌だけど、ずっと未来の為の準備だって、そう思えば悪くないかなと思った。