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第15話:赤い悪魔と六花の魔法

ザクリと、生々しい感触がナイフ越しに伝わってくる。

倒したゴブリンはこれで7匹目。

持ってきた素材回収用の鞄にはすでに6つのゴブリンの鼻が入ってる。もうすぐ暗くなる、早く帰らないと。

今日受けた依頼内容はゴブリン4匹の討伐で、最初に見つけたゴブリンの集団が3匹しかいなかったから、少し時間がかかってしまった。

だけど、少し不思議だと思う。

ゴブリンの討伐がEランクへの昇級試験っていうのが、イズには少し引っかかる。

確かにゴブリンは危険度Fの魔物だけれど、それを駆け出しの冒険者にやらせるのだろうか?

だって彼らは常にグループで行動する。

力は子供レベルだけれど、そこを侮ってはいけない。

そう師匠からは教えられた。

簡単な話、武器を持って殺意に満ちた子供の集団と戦うのだ。

こんなのが最初の昇級試験なら、きっと多くの冒険者がFランクのまま命を落とす。


考えてみるけれど、やっぱりよく分からないので、イズは思考を止める事にする。

取りあえず依頼分はゴブリンを狩ったのだ、早く帰ってロタとご飯を食べよう。


「手がベトベト。川があったよね」


イズは行きしに見つけた細々と流れる川のことを思い出して、そこによることにした。もうすぐ日が沈むけどそのくらいの時間はあるだろうと踏んだのだ。


びちゃり


何かが足にくっつく音がした。

ぬめぬめした、ベトベトした何か。そして何よりも強烈な臭いがそこに漂っていた。


血?


ふと足下を見るとそこには何かが転がっている。

日も殆ど沈んできていたせいで正確にその形を確認することは出来なかったが、それでもそれが人の死体であるということは、何となく分かった。


「冒険者・・・」


そっとしゃがんで、イズはその死体から冒険者のカードを手に取る。銀色に光る、ランクBの冒険者プレートだった。


それにしても腐敗が酷い。鼻がひん曲がりそう。

血は半分だけだけれどエルフの持つ嗅覚に、その死臭は少しキツすぎた。

だから、気づけなかった。背後から迫る何かに。


そして次の瞬間、イズの体が宙を舞った。



●●●



黄金都市シグルスの冒険者ギルド


「森で、ミノタウロスが出ました!!!」


駆け込んできた血まみれの青年の言葉でギルドの中がざわつく。

ミノタウロス、それは危険度Bに格付けされる魔物。

Bランク冒険者数人で組まれるBランクパーティーでもってやっと討伐できるか出来ないかという悪魔の化身。


「アリス!ギルマスに連絡先!」


受付嬢のシンリーさんがそう叫んで、呆気にとられていたアリスさんは行動を開始する。

そして備え付けの音信の魔働具のもとまでいくと何かに気がついたように、振り返って叫んだ。


「お父さんは今日、領主館に喚ばれてる!シンリー!行ってきてくれる!?」

「わかった!私が連絡して来るから、アリスは緊急依頼の作成をお願い!」


そう言って大急ぎでギルドを出るシンリーさん。

僕は突然の事で動けないでいると唐突にアリスさんに叩かれる。


「ロタ君!いつまでボーっとしてるの!?早く緊急依頼を呼びかけて!」


そう言ってくるアリスさん。

だけど僕の心はそんな所にはない。


「・・・イズさん」

「どうしたの!イズさんって・・・え!?」


緊張が走る。


「ロタ君!イズさんは森に行ったんじゃないよね?だって昇級試験の内容はスターラビットの討伐でしょ?」


僕は言葉を失う。

だって、今朝見た昇級試験の依頼書は、確かにイズさんを直接指名していたから。


「えっ?依頼書にはゴブリン討伐って・・・」


アリスさんの顔色がどんどん青くなっていく。

冷たい汗が流れる。

そしてアリスさんはゆっくりと話し出した。



「いい、ロタ君。どうしてそんな事になったのかは分からないけど、落ち着いて聞いて」


アリスさんの真剣な表情。僕はゴクリと息を呑む。


「この辺りのゴブリンは『森』に生息してるの」


その言葉で、頭の中が真っ白になる。


『ねえロタ君、ロタ君は、受付嬢の仕事って何だと思う?』


あの日、イズさんが僕の担当冒険者になったあの日、アリスさんが言っていた言葉が脳裏を過ぎる。


『いい、私たちはね、冒険者の命を預かってるの』


さんざん怒られて、頭に染み込ませたはずの言葉。


『私たちがほんの少し間違えて、レベルに合わない依頼を認めたら、冒険者たちはすぐに死んじゃう。だから、私たちは彼らを守らなきゃいけない。彼らだって守るべき大切な人がいて、帰りを待つ家族がいるから。だから・・・』


『だから、正しい知識を身につけて、正しい判断をしなきゃいけないの』



間違えた。

僕は間違えた。間違えた今なら分かる。朝、アリスさんのそばに置いてあったあの頃グチャグチャの依頼書は寝てるときに潰れたんじゃない。昨日僕がアリスさんに話しかけたとき、見つめていた紙はあれだったんだ。

そして、あの依頼書の内容は覚えてる。

『パンサー』の討伐依頼。それにパンサーはこの前図鑑で見たばかりじゃんか。そこにはちゃんと書いてた。『分布:シグルスの森・・・』って。

間違えた。

あの時、この辺にゴブリンがどこにいるか確認しておけば。

アリスさんの冒険者さんが森での依頼から帰ってきてない事は分かってたのに。


僕は自分の不注意を恨んだ。


「ロタ君、自分を責めたらだめだよ。どれだけ責めても過去は変わらないし、今は緊張依頼を出すことくらいしか出来ないからね」

「そう・・・ですね・・・」


アリスさんが2枚の羊皮紙をつきだしてくる。

『ミノタウロスの討伐・条件:ランクB以上の冒険者』

そしてもう1枚はこの街のBランクパーティー以上の冒険者パーティーの名簿。

やらなきゃいけないことは分かった。

僕はアリスさんからその紙を受け取って、走る。

イズさんを助けるために。助力を得るために。僕は弱くて何も出来ないから。


「お願いします!Bランクパーティー『ドライバー』の皆さんですよね。僕の担当冒険者が危ないかもしれないんです。どうか助けてください!」


僕は必死で頭を下げた。

じゃないとイズさんが死んでしまうから。

だけど・・・


「ロタきゅんよ。俺らだってミノタウロスクラスの怪物相手にするんじゃ色々と準備がいるんだ。そんな急なお願いで自分の命を捨てに行く気はねぇ」


パーティーリーダーの冒険者さんがそう言って、他の人達もそれに頷く。

そう、だよね・・・

分かってはいた。ミノタウロスは仮にも危険度Bの魔物。それもBの中でも特に強力な魔物だから。Bランクパーティーだって討伐出来るかどうかは7割に満たないって本で読んだ。


だけど


ここで引き下がる訳にはいかない。


「そこを何とかお願い出来ませんか!!お願いします、お願いします!」


何度も何度も必死で頭を下げる。


「だがなぁ、そんな事言われてもよぉ」

「本当にお願いします!僕からも、追加で報酬をだしますから!」


僕の全財産は村を出るときに貰ったミスリルの御守りだけ。報酬として足りるのかは分からないけど、僕はポケットからそれを取り出して机に置いた。


「でもよぉ、俺らだって家族がいるん・・・」

「手伝ってやってもいいんじゃないか?」


突然、別の冒険者さんの声が聞こえた。

ドライバーの皆さんのすぐ後ろで、そのリーダーの肩に手を置く男の人。名簿で見た、Bランクパーティー『クロガネ』のリーダーだった。


「ロタちゃんが泣いてまでお願いしてんだ。ここで受けなかったら男が廃るってもんだろうよ」

「ガンドか、確かにな。お前等と一緒なら何とかなるだろうよ」

「な、なら・・・」


一筋の光が差したような気がした。

イズさんが助かるかもしれない。そんな希望の光。






そして、そんな僅かに立ち込めた光は、一瞬にして闇へと変わる。


「緊急です!森で出現したミノタウロス、『レッドミノタウロス』の可能性があります!!」



糸の切れた人形のように、僕はその場に崩れ落ちた。



●●●



シグルスの森 上層


咄嗟に魔法を展開する。

青い閃光が夕闇に消えた。


真っ赤な衝撃に教われて、イズは真横に吹き飛ばされる。

つかの間の浮遊感。直後、シグルスの樹に彼女の体は打ちつけられる。


「うっ・・・」


思わず吐血する。脇腹が痛い。腕が痺れる。

このままじゃ死ぬ。

ノソリと悠長に歩いてくる赤い巨人を見ながらイズはベルトに掛けておいた回復薬に手を伸ばした。


「殆ど割れてる」


持ってきていた回復薬は5つ。そのほとんどが今の一撃で粉々に砕かれていた。

もう、回復薬がない。

そう思いながら、唯一残っていた回復薬の瓶を手にとって口に運ぶ。

安物だから効果は薄いけど、何となく癒された気がした。


『グロォォォォオオオオ!!!!』


目の前の巨体が唸る。

何でこんな所に、余りにも理不尽な状況に神を恨みながらも、イズは走り出した。

街の方向じゃない。森の奥地へと


レッドミノタウロス。危険度Aの災害種。

ミノタウロスの進化形たるその赤い豪腕に握られるのは、大人1人分くらいありそうな石の大剣。

あれに当たったら次はない。

それはイズの思い込みなんかじゃなくて、誰が見てもわかる事実。

そして、一目散に逃げ出した餌を赤い悪魔が見逃す訳がなかった。

その一歩が大地を揺らす。

かすっただけでも、人一人を吹き飛ばすような圧倒的な暴力がイズに迫った。


六花の盾スノーバリア 四連テトラ!!!」


イズがそう叫び、巨大な雪の結晶が展開される。

2重、3重、4重、あの巨人の攻撃を押さえるために展開した青の障壁を豪腕が襲った。


バリンッ!!


まるで何の障害も無かったかのように、レッドミノタウロスの腕は氷を砕き、その余波がイズを再び吹き飛ばした。

地を這う大樹の根に弾かれるように転がるイズ。もう、ここがどこなのか分からない。そのくらい奥まで森に入り込んでしまった。


夜の森は暗い。普通の人間なら何も見えない。

そんな暗闇の中、イズは父親譲りの種族的な夜目を駆使して走り続ける。回復が不十分で、全身がガンガンに痛むけれど、そんな事に構ってはいられなかった。


あそこなら・・・


ふと目に入った巨大な岩陰。

このまま助けが来るまで逃げ続ける事なんて出来やしない。

そんな彼女にとって、その空間は隠れるのに取って置きの場所だった。

幸い、今の所はミノタウロスを巻くことが出来ている。

後ろの様子をチラリと確認して、イズは大岩の影に入り込んだ。

ズシリと奴の足音が響く。熱を帯びた吐息は真っ白な蒸気と化し、真っ赤に脈動する巨体は獲物イズの居場所を探した。


イズは目を閉じる。余りの恐怖で現実から目を背けたんじゃない。師匠から学んだ回復の魔法を、傷だらけの体を癒やす術を行使する為に集中する必要があったのだ。


「天の煌めき 大地の温もり 治癒の光キュア・ライト


今にも潰えてしまいそうな、小さな小さな声で唱える。

温かな、癒やしの『光』がイズを包み込んだ。

だんだんと傷が癒えていくのが分かる。

3分もかければ、大きな怪我は治るはず。


だけど、そうは問屋が卸さない。

分かってた。回復の魔法は光の系統に準ずる魔法。その行使には発光が伴う。普段、そんな事は気にするまでもない。

だけど、今は違う。

ここは一寸先も見えない夜の森。その光は奴に居場所を教えてしまう。


ズシン ズシン


また一歩、また一歩とミノタウロスが近づいてくるのが分かる。後少しだけ、ほんの少しだけ回復魔法をかけたい。だってそれが自分の明日いのちに繋がるから。

足に、そして脇腹に治癒の光を集中させた。


『グラァァァアアアアア!!!!』


直後、そばにあったはずの大きな岩が無残にも砕け散る。

粉々になった瓦礫は、運良くイズとは真逆の方向に飛散して、振るわれた大剣の風圧だけが、イズの黒い髪を靡かせた。


来る


そう判断して、治癒魔法を解除する。足と脇腹、痛みだけならだいぶ治まった。意を決して目を開く。目に入ったのは全身に赤い闘気を迸らせた災厄の巨人。真っ赤に染まった眼光に怯みそうになりながら、歯を食いしばって一歩前に踏み込んだ。


低く保った体の真上を大剣が通り過ぎる。

襲い来る赤いを潜り抜け、イスは腰に下げた長剣を抜いた。


「羽ばたけ 輝け 蒼穹の光ファーマメント!」


その瞬間、世界が青く塗り上げられる。

光と氷の混合魔法の冷たい光。最上級の威力を発揮するただの目くらまし・・・・・・・・。光子さえも静止させる極寒の光。時間にして僅か数秒の停滞。

だけど、その間にイズはもう一つ呪文を口ずさむ。


六花の枷スノーカフス 六重ヘキサ!」


残り僅かな魔力を、殆ど消費せずに生み出される6枚の雪の結晶。イズの持つタレント、『六花りっか』の負の火属性結晶生成系魔法に対する最適性。

その重厚な雪の結晶はミノタウロスの足を芯とするように片足にだけ6枚も積み重ねられた。

イズはその大きな足枷を足蹴にミノタウロスの肉体を登る。狙うは眼球。蒼穹の世界の中、2点だけその存在を主張して来る緋色の目玉。


そして、イズがその長剣で持ってミノタウロスの眼を穿とうとした正にその時、静止した世界が融解した。


目が合つた。


イズの蒼の視線と、かの悪魔の赤い視線が交差する。

このまま、押し斬る。一瞬の間にそう思考したイズの放つ銀色の一閃。

直後、鮮血が夜の森を彩った。


綺麗な弧を描いて、空中遊泳を試みたのはイズの華奢な身体。

治癒したばかりの足から、腰から真っ赤な液体が溢れ出して、夜の空を赤く染める。

打ちつけられた全身が、大地を走る木の根によって弾かれて、幼子のスキップのように弾んだ。


ガッ


血を吐いた。内臓がやられてるのだろう。どす黒い血だった。

全身全霊の一撃は、圧倒的な力の前に為すすべもなく崩れ落ちた。空中で剣を構えていたイズの体に大剣の刃が食い込んだのだった。


もう何でまだ死んでいないのかが分からなかった。

全身が焼けるように痛くて、視界は真っ赤に染め上げられている。回復薬はもう無くて、回復魔法を行使するだけの魔力も殆ど残っていない。

自分の死を悟った。


ロタとの約束、守りたかった


帰ったら一緒にご飯を食べるという、そんな囁かな約束が思い出された。

ズシンと大きな音を響かせて、脈打つ赤い巨人が歩いてくる。

私は奴に食いちぎられるのだろうか?

自分が毒をもつ生き物だったら良かったのに。

もう指1つ動かす力さえ残っていない。

今にも潰えそうな意識の中で、そうこいねがった。


ミノタウロスが大剣を振り上げる。

迫る死の世界。

兄さん、ごめんなさい。私はもうそっちに行っちゃうみたい。

全てを諦める。

自分が目指していた全てを、無謀だったと切り捨てて目を閉じる。


そして振り下ろされる大剣の先で、最期の最後に思った。




生きたい




ガキン

その願いが届いたのか否か。銀色の光が夜を駆ける。

自分を2つに分かつはずの刃はまだ届かない。

不思議に思って、ゆっくりと瞼を開く。

白い光。

暗闇のはずの世界に1人だけ立つ白色の男の姿。

彼のもつ槍が赤い悪魔の大剣と拮抗している。


そして、そんな白銀の青年は、余裕そうにこちらを振り返ると、僅かに笑みを浮かべて言った。


「もう、大丈夫だ。ここからは、僕の戦いだ」




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