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第14話:アリスさんの異変

冒険者ギルド 訓練所


「たぁぁぁぁ!!!」


僕は思いっきり前に踏み込んで、レギンさんの腹の下まで潜り込む。

狙うはレギンさんの横っ腹。

武器もないし、ただのパンチだけだけど、僕に剣とか槍は扱えないので仕方ない。


「いやぁ!!」

「ほい、隙あり」

「あうっ」


僕の伸ばした腕はレギンさんに当たる直前にその大きな手でキャッチされて、そのまま頭を軽く叩かれる。少し痛い。


「あ、ありがとうございました」


練習を始めて一週間とちょっと。

朝のランニングと夜の筋トレは出来るだけ続けていて、僕の練習メニューには少しだけ拳闘術の講座が増えた。


「うーん、筋は悪くないんだが、やっぱり力不足だな。それにすぐバテっちまうし、まぁこれからだな。今日はもう上がっていいぞ」


レギンさんはそう言ってくれる。

僕ももうヘトヘトだ。すぐにでも帰ろう。

僕はレギンさんにお辞儀をして、訓練所の出口に向かう。

いつも通り、何人かの冒険者さんがタオルを持ってくてくれて、水も汲んでくれている。僕はありがとうございますっていいながら水を浴びて、そのタオルを使わせてもらった。

それにしても返した時に凄く嬉しそうな表情をする冒険者さんは何なんだろうか?

僕にタオルを貸してくれる冒険者さんはだいたい4人いて、毎回毎回新品みたいに綺麗なタオルを貸してくれるんだけど、お金とか大丈夫なのかな?

一応僕もタオルを持ってきてるけど、冒険者さんの親切は嬉しいし断れないから毎回有り難く使わせて貰ってる。

ありがとうございます、冒険者さん。


そんなこんなで、ベトベトの練習服を麻袋に押し込んで、渇いたマントをはおいながら自分の部屋に戻った。


「・・・アリスさん、またいない」


まず部屋に入って思ったのはそのこと。

もう帰ってきていてもいい時間のはずなのに、アリスさんはいなかった。

ひょっとしてまだ受付にいるのかな?

今日は稽古を遅くから始めたせいで、もう10時間を回ってる。

アリスさんは朝から受付に入ってたからもう仕事は終わってるはずなんだけど、そういえば最近アリスさんはずっと受付に張り付いている気がする。

少し見に行こう。

そう思って僕は寝間着のまま、冒険者ギルドの受付にいくことにした。



受付のいつもの番号の窓口で、アリスさんは真剣な表情で何かを読んでいる。

依頼書、なのかな。

取りあえず、僕はアリスさんに声をかけてみた。


「アリスさん、大丈夫ですか?」


ガタンと、慌てて手に持っていた紙を隠すアリスさん。

僕みたいな見習いが見たら駄目なんだろうか?

それならそれで、気にしない事にする。

ひょっとしたら、依頼書なんかじゃなくって、アリスさんのプライベートなものかも知れないから。


「うん、だ、大丈夫だよ。私、今日はもうちょっとここで仕事するから、ロタ君は先にあがってて」


必死そうに僕を見つめるアリスさん。

何かあるんだろうけど、僕は大人しくアリスさんに従っておく事にする。


「分かりました、アリスさん。体調は崩さないでくださいね」

「うん、ありがと、ロタ君。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


僕は仕方なく引き下がったんだけど、やっぱりアリスさんの事が気になる。

絶対何かあるのに、僕に話してくれないのは、僕がまだ未熟だからなのかな?

ここは1つ、レギンさんに聞いてみよう。

僕はアリスさんにバレないように、宿舎に戻るふりをしながら、レギンさんのいるギルド長室に向かった。



●●●



「入っていいぞ」

「失礼します」


レギンさんからの返事を確認して、僕は部屋に入る。

相変わらず大きな部屋。

今回はソファには座らずに、僕はレギンさんの座るデスクの所まで歩いた。


「どうした?ロタちゃん。何か分からん事でもあったか?」


レギンさんはてっきり僕が魔物の勉強で詰まってると思ってるのかな?確かにまだまだ分からない事は多いけど、僕がいまここに来たのはそのことじゃない。

アリスさんの事をちゃんと知りたいから、僕は単刀直入に聞いてみることにした。


「あの、アリスさんがずっと受付をしてて、何かあるみたいなんですけど、何か聞いてますか?」


レギンさんの眉間に皺がよる。

僕との稽古の時にも見せない真剣な顔だ。


「・・・アリスからは、何も聞いてないのか?」


「はい」


そう答えると、レギンさんは何故か少し悲しそうな顔をする。


「・・・そうか、あいつ、あれだけ人を頼れと言ったのに、また1人で抱え込んで、パートナーにくらい相談すればいいのに」


またって事は前にも同じことがあったのかな?

そんな事今はどうでもいいか。重要なのはアリスさんが何かを抱え込んでいるってことだから。


「何が、あったんですか?」


僕の質問で、部屋の空気がドッと重くなったように感じた。

窓の外で何かが光ったような気がした。

そして、レギンさんは重々しい声で答える。


「5日だ。5日、担当の冒険者が、帰ってきてないんだよ」


思わず息をのんだ。

ギルドの受付嬢が必ず通る道。担当冒険者の死。

僕の事じゃないけど、その可能性が頭をよぎって、僕は後ずさる。

逃げたい。

そう思った。

そう思って、僕はレギンさんに「ありがとうございました」とだけ言って、部屋に戻り布団の中に潜り込んだ。

アリスさんは、まだ帰ってきていていなかった。



●●●



朝になった。

僕はいつもの通り顔を洗って制服に着替えて、食堂に行って軽い朝食を済ませる。柔らかいはずのパンが喉を通らなかった。

食堂のおばちゃんが、体調が悪いならムリに食べないでもいいって言ってくれたけど、食料は貴重だから、僕は無理やり呑み込んだ。


アリスさん、いるかな?


朝の支度を終えて、僕は受付に向かう。

イズさんはまだ来ていない。

今日はイズさんのEランクへの昇格試験があるから、僕も受付を手伝う事になっている。

レギンさんは、イズさんの実力ならDランクまでなら難なく上がれるだろうって行ってたから心配しないでも大丈夫だろう。

そんな事よりも、アリスさんだ。

僕が受付に顔をだすと、そこではアリスさんが椅子に座ったまま、突っ伏すように寝ていた。

疲れたんだろうな。

起こしたらまた無茶しそうだから、僕はアリスさんが風邪を引かないように、そっと毛布を取り出してかけてあげる。

静かな寝息が可愛かった。



パンサー討伐の依頼書が、グシャグシャになってアリスさんのすぐ側に置かれていて、僕は仕方なくそれを元の場所に戻しにいく。

きっと寝てる内にクシャっとやっちゃったんだろう。

依頼書を見ると、炎の牙ってパーティーが受注してたから、僕は冒険者用の掲示板じゃなくて、職員用の誰が何の依頼を受けているのか知るための掲示板にそれを貼りにいった。


「おはよう、ロタちゃん」

「おはようございます、シンリーさん」


最近顔見知りになった受付嬢のシンリーさんが挨拶をしてくれたので、僕も快く挨拶を返して、そのまま掲示板に向かう。

彼女はリリーナさんのパートナーだけど、あの人とは違って、僕にも凄く優しくしてくれるのだ。

そういえば今日はアリスさんが疲れちゃってるから、シンリーさんとか他のペアの受付嬢さん達にも迷惑をかけちゃうかも知れないな。

僕は心の中でだけ、シンリーさん達に謝っておいた。


まだ朝早い時間で、今日持ってこられた依頼が少ないからだろう。職員用の掲示板はスカスカだった。

反対に、今の時間だと冒険者用の掲示板はものすごく混雑してるんだけど、それは実は毎晩僕達が新しく来た依頼を整理して張り出してるからで、少し誉めてくれてもいいと思う。


そうこうしてるうちに、時間は過ぎていって、段々冒険者さんの数が増えてくる。

そろそろアリスさんを起こしてあげよう。

僕は出来るだけ優しくアリスさんの背中を揺する。

しばらくすると、アリスさんは眠そうな顔でゆっくりと起き上がった。


「あれ?今何時?」


凄く眠そう。腕でゴシゴシと目を擦っている。


「おはようございます、アリスさん」

「ん?ロタ君?あっ、そうだ、皆は!?」


突然机の上で何かを探し始めるアリスさん。

引き出しも足下も、20秒くらい必死で何かを探して、何に気がついたのか唐突に職員用の掲示板までいくと、そこに貼られている依頼書の幾つかを確認して、ガックリと肩を落とした。


「おはよう、ロタ」


そんなアリスさんの様子を見つめていると不意に声がかかる。

透明感のある女性の声。僕の唯一の担当冒険者、イズさんの声だ。この前は色々あったけど、初めての事だったからレギンもちょっとの罰則で許してくれたのだ。


「おはようございます、イズさん」

「うん、今日はEランクの昇格試験を受けにきた」

「そうですね、ちょっと待っててください」


僕はアリスさんがゆっくりと戻ってくるのを横目に予め用意しておいた昇格試験用の依頼書を引き出しから取り出す。


『ゴブリン4匹の討伐』


アリスさんに相談して決めて貰った、試験の内容。

実は今初めてこの依頼書をみたけれど、イズさんの今までの実績馬なら楽勝だろうってアリスさんも言っていたし大丈夫だろう。それにこの前の一件で多少引かれちゃったけど、昇級のポイント的にはもうすぐDランクにまで到達しそうだったのだ、きっと心配ない。

それにしても自分の担当してる冒険者さんのランクがあがるのはやっぱり嬉しいなぁ。そう思って1つ提案してみることにする。


「イズさん、僕、イズさんが初めての担当冒険者ですし、今晩にでも一緒にご飯食べませんか?お祝いです」

「ん、いいよ。多分そんなに時間かからないから」

「じゃあ、お願いしますね。いってらっしゃい、イズさん」

「じゃあ、また夕方。いってくる」


そういってワイワイ賑わう黄金都市シグルスの街に消えていくイズさん。僕はその背中を見届けて、ゆっくりと腰を上げた。


「そういえば、イズちゃんって今日昇格試験だっけ?」


これまでのやり取りを見ていたのだろう、アリスさんも僕に話しかけてくれる。少し落ち込んでる声だけど、それが僕にバレないようにって、そんな優しさの隠れた声だった。


「はい、でも、ごめんなさい・・・」


アリスさんに僕は謝る。

突然の謝罪に不思議そうに見つめられるけど、僕は今からアリスさんのそんな優しさを踏みにじる話をするから。


「あのですね、アリスさんは大丈夫なんですか?僕聞きました。アリスさんの担当してるパーティーが1週間近く戻ってきてないって」


でも、僕はそんなアリスさんの事を気にかけないなんて事出来ないよ。だってバレバレだから。

アリスさんは僕のその言葉を聞いて、やっと、諦めたようにその事を話してくれた。


「うん、バレちゃったね。ごめんねロタ君。でも心配しないでいいから。私は彼らが無事に戻ってくるって信じてるから」


祈る事しか出来ない。そんな立場なのに、アリスさんのその言葉はいつにも増して力強く聞こえた。



●●●



夕暮れ 黄金迷宮シグルスの冒険者ギルド


「まだかなーまだかなー」


僕のワクワクが止まらない。待ちきれない。

他でもない、イズさんが帰ってくる事だ。

アリスさんは朝からずっと心配な気持ちを押し殺して受付の仕事をしてる。

僕だって、心配そうなアリスさんを横目に喜んでばっかりいられない。だけど、冒険者の試験に落ちちゃった僕としては、イズさんの昇級は自分の事のように思えて、ワクワクせずにはいられないのだ。

でも、流石にそんな僕の気持ちが漏れ出てしまってるのか、アリスさんが時々小さい弟でも見るような目で僕の方を見つめてくる。もっとポーカーフェイスを練習しないと。


そして時計の針は回る。


日もしっかりと暮れて、冒険者も段々少なくなっていく。


「おそいなぁ、イズさん・・・」


ふとそんな言葉が漏れる。

段々心配になってきた。でもイズさんが行っているのはゴブリンの討伐依頼だ。イズさんなら大丈夫ってアリスさんからもレギンさんからも太鼓判を押してもらってる。

だからきっと問題ない。少し遅れてるだけ。

僕はそう言い聞かせた。


そして、ギルドの大きな扉がバンッと思いっきり、開け放たれる。


イズさん!?


期待に胸を膨らませた僕は、身を乗り出して確認する。

するんだけど、そこにイズさんの姿はない。

変わりにいるのは黒い泥で汚れた服の男の冒険者さん。なんだかとても息を切らしていた。

そして、その男の冒険者さんは精一杯大きな声で叫んだ。



「森の上層で、ミノタウロスが出ました!!!」


僕の額を冷たい汗が流れた。


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