第12話 一悶着
「あれ?イズさん?」
今は未だ午前中だし、町のお外に出ている筈の黒髪の少女が男の冒険者さん達と一緒に少し向こうを歩いているのが目に入って、僕は思わずそう呟いた。
「どうしました?」
突然立ち止まってしまって、リーラさんからそう訪ねられる。
「いえ、ちょっと知り合いの顔を見かけて」
「なるほど、そうですか。せっかくですし、声をかけてみたらどうですか?私はちゃんと待ちますから」
「そうですね、でも、仕事中ですし・・・」
「大丈夫です。知り合いを見かけて挨拶の一つもないのは失礼ってもんですよ」
「・・・わかりました。じゃあちょっとだけ行ってきますね」
僕はギルドのほうから向かってくるイズさん達のほうまで歩く。
道が広いおかげで、それほど混んでもなかったから、ほんの10数秒で僕はイズさんの元までたどり着いた。
「こんにちは、イズさん!今日の依頼はもう終わったんですか?」
僕がそう話しかけると、全く予想だにしてなかったのか、イズさんの体がびくんと跳ねる。
イズさんが決まり悪そうに僕の方を見る。
どうしてそんな顔をするんだろう?
そう思って、また話しかけようとすると、僕の言葉は遮られた。
「ああん?なんだ、てめぇ・・・ってロタの野郎じゃねえか。仕事さぼって何ほっつきあるいてんだ?」
キリキリとうるさい声が聞こえて、僕はイズさんの後ろの男の人達に目を向ける。
3人の男の冒険者さんのうち、2人がこそこそと何か話しているけれど、僕には聞こえないので、構わずに声の主の発言を訂正することにする。
「さ、さぼってないですよ、仕事中にイズさんを見かけたので、声をかけただけです」
「へへ、仕事中に他のことに注意を向けるなんてな、鼻からリリーナちゃんの敵じゃなかったのかな?」
どうしてそこでリリーナさんの名前が出てくるんだろう。
そう思って聞いてみるけど、何だかんだとはぐらかされてしまう。
気になるけど、教えてくれないなら仕方ないので、本来の目的だったイズさんに話を振ることにした。
「はぁ・・・そんなことよりも、イズさん、今日の依頼はもう終わったんですか?というか、この冒険者さん達とはどういう・・・」
「あー、待った待った、俺たちはなぁ、今日からこのイズちゃんとパーティー組むことにしたんだ。また今度ちゃんとギルドで登録するからよ。あっ、そうだそうだ、もしそうなったらイズちゃんの担当受付嬢はあんたじゃ無くなっちゃうな、へへへ」
またしても、僕の言葉を遮るように、冒険者さんがしゃべりだす。しかも物凄く聞き捨てならないことを。
僕は確認をとるように、イズさんに視線を送るけど、イズさんは何も言おうとしない。
何だか凄く不安になってきた。
初めての担当冒険者さんが僕の元を離れて行ってしまう、せっかく仲良くなれるかもって思ってたのに・・・
無言で、何も話そうとしないイズさんに僕はさらに言い寄った。
「イズさん、ほんとなんですか!?」
「・・・」
そっと、目をそらされる。
本当にリリーナさんの所にいっちゃうの?
心配で心配で、心配でしょうがなくなってきて、僕の額から汗が落ちた。
「待ってください」
僕でも、イズさんでも、冒険者さん達でもない声が、僕達の間に割ってはいる。
高くて、どこか安心感のある声。
隣を見ると、いつの間にかリーラさんが冒険者さん達をじっと見つめていた。
「ああ?今度は誰だよ。てか、何だその服、どっかのギルドか?」
「ええ、私は王都ブレイザブリクで受付嬢をしています、ウルリーラです。所で黄金都市の冒険者様、さきほどこの女性とパーティーを組むとおっしゃっていませんでしたか?」
「はぁ?だから何なんだよ。何か悪いのか?」
少し苛立ってきたのか、冒険者さんが荒々しく言う。
僕なんかよりも圧倒的に強い男の人が言うものだから、僕は少し怖く感じてしまうけれど、リーラさんはそんな事気にも留めず、堂々と張り合った。
「もちろん、問題しかありません。冒険者様は見たところ銅のギルドカード、つまりはCランク冒険者とお見受けしますが、対してこの女性は緑青で最低ランクのFランク。ギルドの規定により、2つ以上のランク差がある場合、冒険者の保護のためパーティーを組むことが出来ないはずです。にもかかわらず、冒険者様は今日からパーティーを組むとおっしゃったではないですか。一体どういうことでしょうか?」
「な、なんだ、その規則、聞いてねぇぞ」
リーラさんの主張に取り乱す冒険者さん。
だけど、リーラさんはその様子を見てニヤリと笑うと言葉を続ける。
「なるほど、そうですか。これは初めてパーティー登録をする際に説明する事なのですけど・・・冒険者様は元々パーティーを組んでいたのではないのですか?」
男の冒険者さん達は全員で4人。確かに、この人達全員が今日からパーティーを組むなんて事はあまりにもおかしい。
「ちっ、いちいち、いちいち、うっせえなぁ!よそ者は黙っとけば良いものを!」
「いえ、私は先輩の受付嬢として、このロタ君の手助けをしなくてはならなかったので。別に冒険者様を追いつめようとしたのではありませんよ。そんなどうでもいいこと、するわけがないじゃないですか」
白々しくそう言われて、冒険者さんの顔が真っ赤に染まる。
次の瞬間、男の冒険者さんは、いや冒険者の男は腰からナイフを引き抜くとリーラさんに襲いかかった。
「このクソアマがあぁぁぁぁ!!!」
「リーラさん!危ないです!!」
そんな冒険者の奇襲に、僕はウルリーラさんの身代わりになろうと叫ぶ。なぜかといえば、僕はいくら傷ついても死ぬことはないから。だから、リーラさんを庇おうとしたのだけれど、彼女は僕の頭にぽんと手をおくと、小さく笑った。
「大丈夫です。見ててくださいね、ロタ君?」
男のナイフが銀色の曲線を描いてリーラさんに向かう。
そしてリーラさんの頭にナイフが振り下ろされたとき、そこにはもうすでにリーラさんの姿は無くって、代わりに何故か冒険者の男が力つきるように倒れ込んだ。
「もー、駄目じゃないですか、人様に暴力を振るっちゃ。規定により、3ヶ月のギルドカードの停止です。それで、あなた達はどうするんですか?」
ギロリとリーラさんの瞳が残りの3人を睨む。
一体何が起こったのか。僕と同じく未だその事を把握できない冒険者達はずりずりと後ずさるとイズさんを指差して吐き捨てるように言葉を発した。
「こ、この女が危険度Dを狩ってたのを見つけたからよ、黙っててやる代わりにちょっと遊んで野郎と思ったんだ。ほんとにそれだけだ。何も裏はねぇよ!」
黙りこくっていたイズさんの顔が青くなっていくのが分かる。その様子はこの男の主張が真実なんだと物語っていた。
「本当なんですね、イズさん?」
「・・・うん、ごめんなさい」
申し訳無さそうに頭を下げるイズさん。悪い事をしたという自覚はあるみたいだから、一旦置いておくことにする。
「はぁ、わかりました。後で少しお話をしましょう。それよりも、今はこの人達です」
「そうですね、私はよそのギルドの者なので本来あまり口出しするのは良くないのですが、取りあえずギルドに行きましょう。詳しい事情はそこで聞きます」
リーラさんはどこからやってくるのか分からない馬鹿力で倒れた冒険者の男を担ぎ上げると、今回はちゃんとギルドのある方向へのしのしと歩き始め、3人の冒険者さん達もそれに続いた。
「イズさん」
2人だけになってしまって、イズさんに話しかける。
ビクリと一瞬体を震わせるイズさん。そんなに緊張しないでいいのに・・・
「危険度の高い魔物を勝手に狩ることは、安全保障上の理由と、生態系を守るという理由で禁止なんです。だから実は2つもイズさんは違反してるんですよ?」
「うん、本当にごめんなさい」
「わかりました。イズさんが反省してるのはよく分かりました。だから今回は僕も一緒にレギンさんに、ギルドマスターに謝ります。だから・・・」
僕の頬を僅かに涙が伝った。
「だから、もうあんな風に隠そうとしたり、僕の所から離れないでくださいね?」
イズさんとの間に沈黙が宿る。街の喧騒だけが頭に響いて、暫くするとイズさんはいつも無表情な顔に薄く笑みをつくって言ったのだった。
「わかった、今日はごめんね、ロタ」
ガヤガヤと賑やかなお昼の黄金都市。
色々あったけど、そろそろ僕も仕事にもどらなきゃな。
イズさんの言葉が嬉しくって。暫くその余韻に浸っていたいけれど、そう言うわけにもいかないのだ。
と、ここにきて、僕はあることを思い出す。
あの荷車、どうやって運ぼう。
リーラさんは先にギルドに行ってしまったし・・・
僕はゆっくりと黒髪の少女に目を向けた。
「あの、イズさん。あれを運ぶの、手伝ってくれませんか?」
イズさんは僕の頼みを快諾してくれて、僕達はようやくギルドに戻る。
ギルドに戻ると、リーラさん達の事を聞きつけたレギンさんが真っ先に出迎えてくれて、聞き取りされたり、イズさんと謝罪したりで、結局全てが終わる頃にはもう日が暮れそうになってあたけれど、なんだか今日1日で僕はイズさんと凄く仲良くなれたような気がした。
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真夜中 黄金都市の冒険者ギルド 受付
金の髪の毛の少女は腹がたっていた。
夜の営業時間に入ってもう随分たっているせいで、ギルドには殆ど冒険者は残っていない。
彼女の名はリリーナ・リリウス。
金色のツインテールが特徴的な美少女で、その端正な顔つきと、彼女の能力も相まって冒険者達の中でも人気が高い。
けれど、今の彼女を見て、一体どれほどの人間が彼女に魅了されるだろうか?
殆ど誰も冒険者のいない深夜だからいいものの、その表情は怒りの色で染まっていた。
「あの、馬鹿共・・・勝手な事するなってあれほど言ったのに・・・」
思い出すのはお昼時に起きたあの騒動。
自分の担当する冒険者が問題を起こした事だ。
そして、彼らは彼女に心酔していた。否、正確に言えば、彼女の能力に影響されていたのだ。
そう、彼女リリーナ・リリウスの能力、【魅了(中)】に。
だからこそ、彼らは常日頃彼女の魅了について語り回っていたのだ。あの娘は凄く可愛くては良い娘だと。
そのせいで、今日の午後からリリーナに対する風当たりは強かった。冒険者からではなく、ギルドマスターであるレギンから。
元はといえば、リリーナが不用心にも彼らにロタへの愚痴を言ってしまったことだろう。急に入ってきたくせに、ちやほやされて、気にくわない。それにアイツは・・・
そこまで考えて、リリーナの視界にふともう一人の金髪の姿が映る。少し向こうの方で、いつもは真面目なギルドマスターの娘が、お姉さん気取りのアリスが、長いブロンズの髪の毛を見出しながらカウンターに突っ伏して寝ていたのだ。
「何よ、いつも偉そうな癖に・・・」
思わずそう零す。こんな奴がなんで周りから評価されるのかと、考えてみると無償に腹が立った。だけど、ふと思い出した。
最近四六時中受付に回って、寝る間を惜しんでいるアリスの姿を。
暫くじっと彼女の方を見つめる。
その目のしたに大きな熊を作って寝る少女を。
そして目を移す。
彼女のそばに放置された一枚の紙切れに。
『Fランク冒険者 イズ 昇級試験』
そう書かれた書類を見つけて、気がつくとリリーナはニヤリと笑っていた。